やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第59話

中学くらいまでは、あたしも普通の女子だった。
普通に友達もいたと思うし、今特に付き合いとかないし名前も忘れちゃってるんだけど。
中学時代があったのかって?


なかったらあたしは何だ?このまま母の腹突き破って生まれてきたとでも言うつもりか。
まぁ、仮にそうだったとしても母は二秒後にはピンピンしてそうだけどな。
中学時代のあたしと聞いて、大輝はどうやら母を連想してるっぽい。


まぁ、あのルックスじゃ無理もないか。
高校に入るまでは父母揃っていたし、そんな人並みの幸せ?な人生を歩んでいたあたしだったけど……高校二年の時だったか、両親は突然離婚した。
しかも悲観した様子でもなく、割とにこやかに離婚することにしたから、とか言われたのを覚えてる。


それが余計にイラっときたのもあるんだろうけど、あたしにも人並みに傷つく心みたいなのがあったみたいで、荒れた時期があった。
今でも荒れてる、みたいな顔で大輝は見てるけど、とりあえずまだ続きがあるんだから黙って聞いてくれよ。
とにかく荒れていたあたしは、当時目についたイケメンから悪そうな男まで、彼女の有無関係なく片っ端から食い散らかしてた。


ああ、一応言っておくとカニバリズムの趣味はないから。
あの学校はあたしのおかげで童貞卒業率高かったんじゃないかな。
もちろんそんなことやってたから女子からは恨まれたりもしたけど、男が絶えず傍にいたから寂しくならずに済んでたのかもしれない。


そんな荒んだ生活が高校卒業とともに終わって、あたしはファミレス勤めのフリーターになった。
当時大学なんか行こうって頭はなかったし、何より母にそんな金銭的な余裕があるとも考えられなかったから。
小遣いもらってすねかじってなんて許す様な母じゃなかったし、そうなればあたしが歩める道は一つしかないと思ってた。


だけどそんなあたしの考えに反して、母は大学へ行けと言ってきた。
母は高校を中退してあたしを生んで、そのまま社会人になった。
だからそういった苦労も身に染みてわかっているのもあるんだろうけど、当時のあたしには自分の夢を娘に押し付けるなよ、くらいに考えていた。


もちろん最初はバカ言ってんじゃねーよ、とかそんな金何処にあんだよ、とか言って無視したり喧嘩になったりしてたんだけど、ある日同僚って言っていいのか、大学通いしながらあたしと同じ店でバイトしてる女の子たちが学校での様子を楽しそうに話してるのを聞いて、何となく大学というものに興味が湧いた。
あたしみたいなのが今更大学なんて行ってどうなるんだよ、なんて考えたりもしたけど、三日くらい悩んでからあたしは母に大学に行きたい、と打ち明けた。


あの時の母の顔は今でも忘れられない。
お金なら大丈夫だから、と言って母は色々調べてくれたりして、あたしが浪人する準備も整えてくれていた様だ。
当時のファミレスの店長のセクハラに辟易していたあたしは、早速辞めるということを店長に告げた。


今よりも法律が甘かったというのもあるのだろうが、大抵のセクハラは風潮的に許されていたし、あたしのいた店では泣き寝入りする子も少なくなかった。
もちろん黙ってされるがままにされていたわけではないし、腹が立てば警察呼ぶ、とか言って脅かしたこともあったけど、その時も寂しくなるねぇ、なんて言いながら尻を撫でてきた店長に何となく辞めるんだしいっか、と思って心の何処かでリミッターが外れてしまったんだろう。
気付いたら店長が目の前で血だるまになっていた。


救急車を呼ぶだけ呼んで、あたしはそのまま帰り道で参考書なんかを買って帰った。
後々特に警察に呼ばれたり店からの呼び出しもなく、後日ちゃんと給料も振り込まれたから店長が悪かった、ということにでもなったんだろうと思ってる。


人生初とも言える親孝行ができる、と思ってあたしも勉強をその日から頑張った。
もう一年くらい留年するのは覚悟していたけど、母はその年に一回試しに受けてみろと言ってくれて、手続きも既に済ませていたらしい。
仕方ない、と思いながらダメ元で受けてみたら一発合格という奇跡が起きて、あたしは同級生から一年の遅れだけで大学生になることができた。


思い出してみれば高校の時もそこそこ授業には出席できてたし、ノートなんかはとってもいた。
もしかしたら元々は真面目だったのかな、なんてその時は思ったものだ。


母から行け行け言われていた頃は、大学なんか入っても適当なヤリサーみたいなの入って高校の延長線になるんじゃないかって思ってたけど、そうはならなかった。
とは言ってもやることが麻雀に変わっただけだったんだけどな。


だけど楽しかったし、このまま行けば順調に就職なんかも出来るのかな、って思っていたところで母が突然知らない男を連れてきて、そいつが新しい父だと言った。
別に父がいなくても特に寂しいとか考えたことはなかったが、母はそうでもなかったのかもしれない。
だからあたしは特に反対もしなかったけど、賛成もしなかったし、必要以上にその新しい父というのにも関わろうとはしなかった。


だけど向こうはそうは思わなかった様だ。
母だって身長が違うだけであたしとそっくりなんだから母だけで満足しててくれりゃいいのに、ある日あの男はあたしにも狙いをつけてきたのだ。
正直気持ち悪かった。


彼氏がいたとかそんな理由じゃないけど、こんな男に体を許そうなんて気分にはとてもならなかったし、何よりそうなってしまったら母に申し訳が立たない。
だけどあたしの考えなんかお構いなしにあの男は迫ってきた。
最後の方なんかもう無理やり犯す、みたいな感じのオーラ満々で、あたしとしてもやんわりと断るのではなく完全に抵抗していたのだ。


人間ってのは必死になるとやっぱり思いもよらない力を発揮する瞬間っていうのがあるみたいで、その時本気で抵抗して気づいたら血まみれでそいつが倒れていた、というものだった。
結果としては未遂に終わったのだが、当然母にもこんなことがあった、というのはバレてそいつは警察に捕まった。
母の勤める会社の上司らしいが、出所後クビにはならなかった様だ。


もちろん同じ部署でって言うのは当然ありえない話になって、そいつは地方に飛ばされて同時に母は離婚した。
あたしがあの時無駄に抵抗しなければ、母はせっかく見つけた幸せを逃がさずに済んだのだろうか、なんてあたしは考えたが母は泣いて謝ってきて面食らった。
私に見る目がなかったばかりに怖い思いをさせた、みたいなことを言われて何度も謝られた。


高校時点でグレて、男なんか何人食ったかわからないくらい汚れ切っていたあたしに、そんなくだらない気を遣わせてしまったことが申し訳ない、という気持ちになってあたしもその時だけは泣いたのを覚えている。
今でこそ母の幸せを、なんて考えが間違っていたのだということはわかるが、当時のあたしには大学に行かせてもらっているという負い目から責任を感じずにはいられなかった。


それからのあたしは真面目に講義に参加したりもして、単位も危なげなく取っていった。
いい会社に入って母に恩返しをしたい、と思う様になったのだ。
結果、今の会社に内定をもらえてあたしは東京で一人暮らしをすることになったのだが、母はその時も引き留めたりはしなかった。


いつでも帰ってきていいから無理はするな、なんて言ってあたしを送り出してくれて、少しだけど金も握らせてくれたっけ。
会社は会社で給料もそこそこ良かったし、会社の業績も悪くなかったからちゃんとボーナスも出た。
酒はやるけどタバコはやらなかったあたしは順調に貯金もできたし、年に一回か二回くらいは実家に帰って母を旅行に連れて行ったりする様になった。


少しずつだけど大学の入学金なんかも返していったら、そんなのいいのに、とか言われたけどこれだけは絶対返したかったし、そんなあたしの考えを母もわかってくれていたのだろう。
それからは何も言わずに受け取ってくれていた。
そんなある日のこと。


同僚の女の子に誘われて、あんまり気乗りしないまま行った合コンであたしはあいつに出会った。
……そんな顔すんな大輝。今ここにいるわけじゃないんだから。
気乗りしなかったこともあって、あたしとしては当時あいつ……彰に興味は全くなかった。


というかその場の男子誰にも興味なんかなくて、でもあたしってこんな恵まれたルックスしてるから、注目の的だったわけだ。
とは言ってもお持ち帰りとかする予定もなかったから見せ場は全部他の女子に譲っていた。
にも関わらず彰だけはあたしにしつこいくらいアプローチしてきたんだよな。


合コンが終わって、もう会うこともないだろうな、なんて思ってたら名刺交換してくれ、とか懇願されて断りにくい雰囲気が出来ちゃって、仕方なくあたしも名刺交換くらいなら、と思って交換してやったら翌日から更に猛烈なアプローチが始まった。
会社の近くで待ち伏せてたりなんてのは当たり前、一回無視してったら黙って後ろついてきたこともあって何だこいつ、って思ったんだけど、段々何て言うか捨てられた子犬を見ている様な気分になって、あたしは根負けした。


大輝たちの中での印象は最悪だったかもしれないけど、基本的にあいつはいいやつだったし、付き合い始めてから暴力を振るったりとかそんなことも当然なくて、交際自体は順調だった。
あたしの過去のことに触れてきたりもしなかったし、もし話しても大丈夫なんじゃないかなって思えた。
あたしみたいなのでも、幸せになっていいのかなってその頃からちょいちょい思う様になってたんだったかな。


付き合って半年くらいして、彰が結婚しないか、って言ってきた。
あいつはあたしよりも二個年上だったけど、まぁそういう風に考えてもおかしくない年頃ではあるのか、って思ったしあたしとしても特に断る理由はなかった。
だから了承して、お互いの家に挨拶に行ったりもしたし、彰は大輝が受けたのと同様の洗礼を母から受けていた。


だけど彰は引き下がるどころか、それでも僕は愛美と結婚したい、みたいなことを言って母に認められていた。
過去に何度か男は母の前に連れてきたことがあったけど、その度洗礼を受けて逃げたやつばっかだったから、その時は驚いたっけな。


今あたしが暮らしているマンションで同棲をする様になって、式場選びとかドレス選んだりとか、幸せの絶頂期って当時は思ってた時期が訪れて、そんな折あたしは自分の体調がおかしいことに気づいた。
そう、妊娠していたんだ。
大輝を始めとするメンバーの顔色が急変した様だが、まだ続きがあるからあたしは話すのをやめない。


もちろんあたしにとっていい思い出で終わる話じゃないから、大輝にだって本当なら知られたくなかった。
知られるにしてもこんな形でなくもっと落ち着いてから、なんて思ってたからか段々声のトーンが下がっていくのが自分でもわかる。
だけどここでやめちゃったら、多分話す機会は二度と訪れないんじゃないかって思った。


当時のあたしは幸せなことがいくつも同時に降りかかってきた、なんて楽天的なことを考えて舞い上がっていたんだと思う。
彰だけは、そんなあたしをあくまで客観的に見ていたのかもしれない。
あいつは会社を休んであたしに体を労わる様言ってくれた。


産休って通常は予定日の二か月前くらいからとれるって会社が大半みたいなんだけど、産休ではなくて有給などを使って休むのはどうだろうか、と言ってくれた。
だけどあたしとしては、休んでいる間有給で給料がある程度出るにしても、収入自体が減ってしまうことには変わりないと思っていたこともあって、どうせなら二人で頑張りたいって思っていた。
だから会社は休まなかった。


休むどころか、もっと頑張らないとって思ってあたしは無理を重ねた。
彰は当時、あたしのことをよくわかっていたんだろうな。
あたしがそんな風にして無理して頑張って、体を壊すことも考えていたんだろうと思う。


妊娠発覚から僅か一か月ちょっとで、あたしは流産した。
みっともなく会社で倒れて、救急車で病院に運ばれて、意識が戻って少ししてから医者から告げられて。
一気に目の前が、人生が真っ暗になった気がした。


取り返しのつかないことをしてしまったと思った。
あたしと彰の子どもを殺してしまった、と。
彰は仕方ないことだったんだ、なんて言って一言もあたしを責めたりしなかった。


あたしとしては、責められてなじられた方が何倍も楽だったかもしれない。
退院してから、会社からは休む様言われてあたしは一週間の休みを得ることになった。
その間、あたしがしていたことと言えば辛い現実からただひたすら逃げることだけ。


その手段は酒。
酒を飲んで酩酊状態にある間だけは、その事実から目を背けて忘れることができた。
もちろん彰は飲みすぎだ、と諫めてくれたりもしていた。


だけどその度八つ当たりの様な感じであたしは彰に当たる様になっていたんだよな。
……こんな話、和歌ならまだともかく高校生に聞かせる話じゃないよな、と思う。
だけど、聞いてほしい。


もう少しで、終わるから。


ある日、彰が式場の申込書の控えを持ってあたしの前に座って……ビリビリに破り捨てた。
普段怒りなんかを露わにすることがなかった彰の、唯一見た怒りだったかもしれない。
式場はキャンセルしてきた。だから僕ら、終わりにしよう。って。


そう言って彰は荷物をまとめ始めて、あたしは放心しながらそれを見ていた。
誰が悪いのか、なんて初めからわかっていた。
彰は何度も、あたしに無理をするなと、酒を飲みすぎるな、と言ってくれていた。


だけどあたしから改善の兆しが見えなかったのだろう。
その日、あたしと彰は静かに終わった。


母にも当然報告をして、物凄く怒られた気がするが、詳しくは覚えていない。
まだ心がそこになかったのかもしれない。
だけど現実問題として会社から言い渡された休みは翌日で終わりを告げる、というところまで来ていたのだ。


だからあたしは、休みが明けてそのまま出社することにして、その日の朝礼で先日の迷惑を詫びた。
会社の人間の誰もがあたしに気を遣ってくれて、その日は早上がりになったりもしたっけ。
だけど一人残されたあの部屋で過ごす時間が、あたしには苦痛だった。


嫌でも彰のことを思い出したし、自分で殺してしまった子どものことを思い出して苦しくなった。
だけど彰が出て行った原因でもある酒に逃げるっていう手段も何となく取る気になれなくて、あたしは今までにないほど早寝早起きの規則正しい生活を送っていた。
そんな生活が続いて少ししてから、寝酒程度ならと思って立ち寄ったコンビニでアルバイト募集の張り紙を見て、あたしの中で何か閃くものがあった。


寂しい時間を、苦しい時間を潰すことができるかもしれない、と思ってあたしは帰ってすぐにそのコンビニに電話をかけて面接を申し込んだ。
翌日、担当と言う名のオーナーの面接を受けてあたしはコンビニの店員も兼任することになった。
それから数か月して……あたしは出会った。


大輝、お前にな。

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