やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第55話

「ズズンズンズンプリズンプリズーン♪」
「……ご機嫌ね」


旅館をチェックアウトして、二人で何処か観光名所をと探している最中。
大輝くんはご機嫌だった。
今朝、ウザさが増していると思ったがどんどん増加しているのは気のせいだろうか。


大体大輝くんは普段鼻歌なんか歌わないし、やっぱり目の前の男が大輝くんなのかどうかというのは疑わしいものだった。
見た目や声などは間違いなく大輝くんだが、中身は完全に別人と言ってもいいだろう。
普段どっちかって言えばダウナーなオーラを……いやそれは言い過ぎか。


高すぎず低すぎないテンションを保っている大輝くんが、こんなにもテンション高めなのは違和感しかない。


「お前と一緒にいるからな。テンション上がらないわけ、ないだろ?」
「…………」


何なんだ本当、このキメ顔。
携帯持ってたら動画で撮影して、あとで笑いの種にしてやりたいくらいだ。


「だけど、このまま帰っちゃって、本当にいいのか?」
「……いいのよ。私は悲劇のヒロインにも似た籠の鳥を気取っていただけなのかもしれないって、気づいたから」
「よくわからないが、昨日よりは元気になったみたいで、安心した。もう少し歩くと、海が見えるらしい。行ってみようぜ」


そう言って大輝くんがずんずん歩いていく。
海か……そういえばまだメンバーと行ったことがないかもしれない。
夏と言えば確かに海だし、プールなんかも夏の代名詞と言える。


個人的に人の多いところはあんまり好きじゃないが、桜子辺りは喜びそうだ。
夏休みも近いことだし、今年の夏は海に行ってみるというのも、一考の価値がある。
そう思った時、私たちの行く先に複数の人影が現れたのが見えた。


「明日香……」
「お、お母さん……」


母と、うちの組の人間が五人。
それに……。


「お嬢……」
「望月……」


迎えに来たのだろうか。
だとしても、どうやってここが?
不自然な点ばかりだ。


しかし聞いてみないことには何も先に進まない。
そう考えて私が一歩進み出て母にどうしてここがわかったのか、と質問しようとしたところで、私は大輝くんに道をふさがれた。


「走れ!!」
「え?」


何が起こったのか、と思って母の方を見ると、母や組員、望月に至るまでの全員が銃を構えて私たちに向けていた。
え、さすがにおもちゃよね?
たかが一泊の家出で、私たち殺されないといけないってこと?


母は確かに昔から厳しい人だったけど……ぶたれたこともあるけど……銃までは取り出したことがなかった様に思う。
どうして、私たちは銃を向けられているのか……。
いきなりの展開に私は混乱するばかりで、体が動かなかった。


「いいから行け!!殺されるぞ!!」
「あ、え……で、でも大輝くんは……」
「早く行けっつってんだよ!!俺のことなら気にすんな!!すぐ後追ってやるよ!!」


どん、と大輝くんに押されて訳も分からないままに私は走る。
直後大輝くんの叫び声が聞こえて、少し遅れて銃声が何発か聞こえた。


「大輝く……」
「振り……返るな……明日香!!」


もう、訳がわからなかった。
何でいきなり銃なんて……大輝くんはどうなった?
だけど、大輝くんは振り返るなと言った。


ならば私には、大輝くんの言う通りにしないという選択肢はなかった。




「はぁ……はぁ……」


どれだけ走ったのか、辿り着いた先は崖だった。
大輝くんは、どうなったのだろうか。
まさか大輝くんを殺した、なんてことはないはずだ。


いや、生きているなんて保証はどこにある?
殺されないなんて保証はどこにもない。
なのに何で、私は大輝くんを置いてきた?


「あす……か……」
「!!」


背後から聞こえた声に、私は思わず歓喜の声を上げそうになる。
しかし、ところどころから流血していて見るからにボロボロの彼は、もはや死に体に見えた。


「た、大輝くん……その傷……」
「へっ……かすり傷だよ……一発、かましてやったぜ」
「ダメよ、喋らないで!い、今傷を……」
「大丈夫だから……それより明日香、逃げろ……まだあいつら、追ってきやがるぞ……」
「そんな……!!」


本当に、何が起こっているのかわからなかった。
昨日、何も言わずに来たことがそこまで母を怒らせたということか?
和解という選択肢はもうないのか?


望月は、躊躇なく大輝くんを撃った、ということなのだろうか。
様々な思考がごちゃごちゃに頭の中を掻きまわして、考えがまとまらない。
逃げろと言われているのに、こんなにもボロボロの大輝くんを放ってなんか行けない。


「ぐっ……うう~……お、重い……」
「お、おい何してんだ……俺のことなんか放っておけって……」
「出来るわけ、ないでしょ……!」


考えた結果、私は大輝くんの腕を私の肩に回して、支える様にしながら引きずって逃げることにした。
無謀なことかもしれない。
力仕事なんか普段全くと言っていいくらいしない私が、一体何を考えているのかと思う。


大輝くんは男子の中ではおそらく軽い方なのだろう。
それでも私みたいな非力な女子には重たいことに変わりはなかった。


「バカ……野郎……そんなことしてたら……」
「黙ってなさい……あなたを置いてなんて、私にはできない……!」
「そう、なら二人まとめて死ぬ?」
「!?」


もう、追い付かれてしまったというのか。
背後から、母の声がした。
普段よりも数段その冷たい声音に、私は背筋が凍り付く様な恐怖を覚える。


「あなたは宮本家の秩序を乱した。私は以前から言っていたはずよ。連絡もなしに無断で外泊をする様な真似はしない様に、と。どうしてそこまで聞き分けのない子になってしまったのかしら。そこの大輝くんが、そうさせたの?」


昨日あれだけ仲良くしていた母が、大輝くんを悪者扱いするなんて。
いや……母は昔からこういう人間だ。
自分が気に入らないと思ったら、数秒前まで仲良くしていた相手でも容赦なく切り捨てる。


そうして母は生きてきた。
それが母なりの帝王学ということなのだろう。
だが、私は母みたいにはならない。


「……大輝くんがそうさせたのではないわ。大輝くんのおかげで、私は変わったの。自分の殻を破ることができたの。断じて、大輝くんの『せい』ではないわ」
「そう……残念よ、明日香。ここでお別れね」
「…………」
「バカ野郎……何で……俺なんかに……」
「黙っててって言ったでしょ……そのままじゃ本当に死ぬわよ」


母は本気で私と大輝くんを葬ろうとしている様だ。
どうにかして、切り抜けなければ。
しかし、もう私に策などない。


先ほど悟ったばかりではないか、私にできることなんかそう多くはないと。
なのにこの期に及んで、私は何をしようと言うのだろうか。


「覚悟はいい?大輝くんに、別れを言う時間くらいなら許してもいいのよ、明日香」
「…………」


お別れ……。
もう、本当にここで終わりなんだとしたら、私にはやり残したことが沢山ある。
こうなってしまった以上、望月も母に逆らうなんてことは出来ないだろう。


しかし望月だって、大輝くんを思う気持ちは同じはずだ。
なら、私は望月に大輝くんを託そう。


「私はどうなっても構わないわ。だから、大輝くんは何が何でも助けて」
「言える立場だと思っているの?でも、そうね……娘の最後のお願いくらいは聞いてあげても、良いかもしれないわね」
「そう、ありがとう……お母さん」


私は大輝くんを地面に下ろす。
しかし、組員や望月……そしてお母さんに身内殺しの汚名を着せるわけにはいかない。
そんなものに一生を支配させるわけにはいかない。


「さようならよ、お母さん。そして望月……大輝くんをお願いね」
「お嬢!?」
「な……明日香……!」


二人の叫びを背後に受けながら、私は崖に向かって走り出し、足を踏み出した。
これでいい。
大輝くんには生きてもらわなければならない。


私の代わりなんて、探せばいくらでもいるんだから。


「バカ野郎!!俺の許可なく死ぬなんて、許すかよ!!」
「!?」


そう思った時。
今日一番の声が聞こえた直後に腕を引っ張られる感覚があって、代わりに私の目の前に人影が海へ落ちていくのが見えた。


「……た、大輝くん!?」


全身への衝撃の後、私は崖から落ちることなく引き戻されたのだということを理解する。
そして……辺りを見回しても、大輝くんがいない。
大輝くんの姿が、見えない。


「そんな……そんな!!大輝くん!!」
「お嬢!!ダメです!!」


大輝くんの後を追う為に崖に駆け寄ろうとしたところで、望月に押さえつけられる。
身動きが取れなかった。


「離して!!離して望月!!大輝くんが!!大輝くんが海に!!」
「落ち着いてください、お嬢!!」
「離しなさいよ!!まだ!!まだ助かるかもしれないの!!」


どんなにもがいても、私には望月の拘束からは逃れる術がなかった。


「大輝くん……ああ……」


私があんなくだらない我儘を言わなければ……。
巻き込んだりしなければ……大輝くんは……。
そう考えると無力感やら色々なものがせりあがってくるのを感じて、涙が止まらなかった。


「この……人でなし!!」
「…………」
「あなたが……あなたが大輝くんを殺したも同然よ……お母さん……」
「お嬢……」
「望月……何であなたはそんなに平然としているの!?母の命令だから!?その為なら自分の大事な人をも殺すというの!?答えなさいよ、望月!!」


拘束が解かれぬまま、私は望月を問いただす。
こんなことをしても、何にもならない。
こんなのは責任逃れだ。


私にはわかっていた。
大輝くんを殺したのは母でも望月でもなく、私の我儘なのだということを。


「お嬢……だって、大輝は生きていますから」
「何を言っているの!?大輝くんは……え?」
「だから、大輝は生きています」
「……は?」


母たちが立つ更に後ろから、足音が聞こえた。
それも一人のものではなく、二人の。


「よう、明日香。無事で良かったよ」
「……ど、どうなっているの?」
「明日香、頑張ったね。ここまでお母さんに反発したの、初めてなんじゃない?」
「な、何で……睦月……?」


そう、そこにいたのは五体満足で傷一つない大輝くんと……睦月だった。




「そういうことだったのね……」
「悪いな、明日香……いや、本当に」


私と大輝くん、それに母に望月、睦月は温泉街の一角で仲良くお土産を選んでいる。
他の組員は少し離れたところで待機していた。


昨夜私を迎えに現れた大輝くんは、事前に母からいい機会だし一芝居打とうと持ち掛けられていたらしい。
私の様子がおかしかったことに気づいていた母は、私の心の奥にある思いを全て見抜いていたのだ。
だから、私に全てを吐き出させるべく大輝くんに協力を要請したのだということだった。


母はこうなることを見越して、大輝くんにお金を握らせた。
結果大輝くんの懐が痛むことなく、旅館に泊まることもできたというわけだ。
望月たちに撃たれたと思った大輝くんは、当然ながら実は撃たれてなどいなかった。


精巧に出来たペイント弾によって、見た目だけ重傷の大輝くんは作られた。
瀕死の演技が真に迫りすぎていて、正直私としてはトラウマになりそうだ。


「でも……何で睦月がいたの?」
「ああ、それはね……」


昨夜、大輝くんが私を迎えに来る時、望月が睦月に連絡を入れていた。
一芝居打つのに最後の締めとして力を貸してほしい、と。
結果睦月は大輝くんが飛んだ先にあった洞窟の様なくぼみに、今朝から潜んでいたそうだ。


そんなものがあったなんてことも当然知らない私は、大輝くんを死なせない為……ひいては母に殺人者の汚名を着せない為に飛んだ。
しかし大輝くんは最後の締めに、高所恐怖症を押して私と入れ替わった。


そして睦月は飛んだ大輝くんをキャッチして、洞窟から母たちの背後にワープ。
大輝くんが私と入れ替わって飛ぶところまで、母が打った芝居だったということになる。
そう、私は見事に踊らされていたのだ。


「いや、途中で気づかれるんじゃないかと思ったんですが……」
「…………」


望月が私と一緒にお土産を選びながら、申し訳なさそうな顔をしている。
あんなの気付くわけがない。
何の違和感もなく……いや、大輝くんは別のベクトルで違和感だらけだったけど……。


「それで……大輝くんはまんまとハマった私を見て、内心でほくそ笑んでたってわけ?」
「え?いや、それがさ……実はお前を迎えに行って、それ以降何て言うか……俺の意識と関わりなく勝手に体が動いてたっていうか……」
「……え?」


大輝くんの言葉に、睦月は顔色を変える。
何か心当たりがあるのだろうか。
というか……あのおかしい大輝くんは、彼であって彼ではなかった、ということだろうか。


「明日香、少しは顔色がよくなったみたいね」
「お母さん……」


正直、すっきりはしているが気分が良くない。
全てがこの人の手のひらの上だったと思うと、余計に。


「私が何年、あなたの親をしていると思っているの。世話の大半を望月に任せたと言っても、あくまで親は私なんだから。それに……私は嬉しくもあるのよ」
「え?」
「昔からあなたは、私の真似ばかりしたがっていたから。自分の道を、ちゃんと見つけられるかずっと心配だったわ。だけどあなたは、ちゃんと自分が生きる道を見つけていたのね」


そう言われて、ふと思い出したことがあった。


『わたしは、しょうらいおかあさんみたいになって、りっぱなあとめをみつけます』


小学校の頃だったか……幼稚園くらいだったかもしれない。
男の子が生まれなかった我が家の将来を憂う様なことを父と母が話し合っていた時に、私がした発言だったと思う。
嬉しそうでありながらも、心配そうな母の顔。


そうか、そういうことだったのか。


「冷たく見えたかもしれないけれど、私の後を追いかけているだけでは、それはあなたの人生とは言えないわ。だから私は、突き放すことにしていたの。私とあなたは似ているけれど、違う人間なんだってことを理解してほしかったから」
「…………」
「結果、あなたはちゃんとお父さんの情熱を受け継いでいたということがわかった。今日までの冷たかった私を、許してくれるかしら」


許すも許さないもない。
きっと私も、何処かでその思いを感じていたから母に反目していたのだろうと思うから。
そう告げると母は心から嬉しそうに笑い、私の頭を撫でた。


「まだ帰る時間には早いわね。せっかくだからもう一泊していきましょうか。椎名さんも望月も一緒にね」


母が急遽予定を変更して、温泉を堪能したいという。
異を唱える者もなく、組員たちは家に戻ったらしいが、私たちはこの温泉街で宿を探した。




「そう言えば……大輝くんはどの程度覚えているの?」
「えっ?」


私たちは少し歩いたところにあった、昨日とは違うやや豪華な旅館に入った。
そして、ロビーで大輝くんに訪ねてみる。


「もしかして、全部?」
「お嬢、実はですね」


そう言って望月が取り出したのは何とテレビ取材班なんかが持っている撮影セットだった。
レフ板に集音マイク付きのご立派なカメラ……道理で大きいかばんを持っていると思ったら……。


「わ、和歌さんもしかして……」
「……ああ。大体の部分は撮ってあるぞ。あとでみんなで鑑賞会をしようじゃないか」
「うわぁ……マジかよ……勘弁してもらえませんかね……」


大輝くんが顔を真っ青にして懇願する。


「そういえば大輝、女子風呂を覗いていたよな。その時も記憶にはあるのか?ん?」


望月がニヤニヤしながら詰め寄る。
望月も大輝くんと知り合ってから、大分変ったなと思う。


「そ、そんなとこまで見てたんですか!?」


慌てふためく大輝くんだったが、母も特に怒っている様子ではない。
それどころか、今後また旅行に行きたいというならちゃんと手配はするとも言っていた。


「うわ、大輝……何子猫ちゃんって。こんなこと言ってたの?」
「やめろ睦月……それは俺の意志じゃないんだ。しかも撮られてたなんて……末代までの恥だよ本当に……」
「まぁ、お嬢に何かあったらお前がその末代になっていたかもしれないけどな」
「何気におっかないこと、さらっと言わんでください和歌さん……」
「すごいわね、これ。どうやったら気づかれずにこんな絵が撮れるの……」


案内された部屋に入って、昨日からの変わった大輝くんの様子をテレビに映してみんなで見て、大いにいじられている。
それにしてもいつの間に、どうやって撮影していたのか。
正直そんな気配は全く感じなかった。


さっきまでのあのおかしい大輝くんのことが、私だけの思い出でなくなってしまったことは残念だったが、私は今日色々と手に入れることができたのだ。
正直な話、昨日まではこんなにも楽しい時間を過ごせる日はもう来ないと思っていた。
しかし、今こうしてみんなで笑っていられるこの時間とこの光景。


普通に生きていたらきっと経験できなかったことも沢山経験できたと思うし、母の言った通り、私は少しだけ成長できたのかもしれない。
今日のことを、私はきっと一生忘れないだろう。
……だけどもう、二度とトイレできんつばを食べることはないと思う。

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