やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第52話

「なぁ、明日香の言う通り断ってきたけど……何かあるのか?」
「睦月は何か言ってた?」
「んー……明日香が用事があるって言ったら、じゃあ今日はちゃんと明日香を見てあげて、って」
「そう……」


放課後になって、玄関へ大輝くんと一緒に向かう途中。
大輝くんはまだ私を心配している様に見えた。
そして睦月もどうやらお見通しの様だ。


睦月の中身が人間でないということはもうわかっていることだが、それを差し引いてもあの勘の良さは異常だと思う。
顔を見ただけで相手の状態を言い当てることも容易いのだろうし、今回に限って言えば大輝くんから私がおかしい、みたいなことを聞いただけで状態を察したのだろう。
もうこの時点で私には余裕がなく、睦月に勝てるなんて到底思えない。


そう、この時点で役者が違い過ぎるのだということはわかっていた。
こんな子どもみたいな我儘を言って大輝くんを困らせているという現状ですら、睦月は受け入れようというのだから。
ちなみに今日桜子は、睦月のところへ行くという。


私のせいで、二人につまらない思いをさせてしまっている、そう考えると少し胸が痛む気がする。
しかし、私だって前に進みたい。
もっと大輝くんに見てもらいたい。


だから今日だけは、私も我儘で、傲慢でいようと決めた。


「お嬢、こちらです」
「ありがとう、望月。二人はまだいるのよね?」
「ええ、心待ちにされていましたよ」
「……?どういうことだ?」
「父と母が、大輝くんに会いたいって。だから無理言って申し訳ないのだけど、会ってもらえるかしら」
「え?」


大輝くんが、とうとうこの時が来てしまったのか、なんて言っている。
望月が大輝くんを車に乗る様促して、私も大輝くんに続いて後部座席に乗り込んだ。


「何だって、突然?」


私の家へ向かう車の中で、大輝くんはそわそわと落ち着かない様だった。
それもそうだろう。
いくら私の家柄を気にしない、とは言ってもやはり相手が組長ともなれば話が別、なんていうのはおかしいことではないと私は思っている。


それに、世の男子は大体彼女の親とかあんまり会いたいものではないとも聞いているし、大輝くんだってもしかしたら……いや、姫沢さんの時は親とも普通に会っていたと言っていた。
だとすると、普通に馴染んでしまったりということもあり得る……。
それならそれで別に構わないのだが、問題は両親がどう思うかだ。


望月の件も私の件も、果てにはハーレムの件までも親には伝えてある。
父はすげぇやつだ、なんて言っていたけど、母はやや複雑そうだった。
そう、問題は母なのだ。


「父も母も、組のことで忙しいから。いるときに捕まえておかないと、なかなか会わせられないのよ」
「ほーん……あ、そうだ和歌さん」
「どうした?」
「明日香のお母さんって、美人ですか?」
「……お前な……女なら何でもいいのか……」
「ち、違いますよ……ちょっと気になっただけで……」
「間違っても手を出そうなんて考えるなよ?さすがにおやっさんに殺されるぞ。そして質問に答えるなら、お嬢は姐さんにそっくりだ」
「わ、わかってますって……だとしたらやっぱ美人なんだな」
「…………」


望月の言ったことは大体合っている。
私は確かに母に似た。
見た目だけでなく、この性格のきつさもおそらくは母譲りだ。


だからこそ母と大輝くんを会わせるのは、少し心配なのだ。
もちろん会わせると言ったのは私だし、今更反故にしようなどとは思わないが、展開が想像できないことが不安だった。


「トイレとか、大丈夫ですか?コンビニが近いので、今なら寄って行けますが」
「大輝くんはどう?」
「あー……そうだな、じゃあ寄ってもらってもいいですか」


大輝くんの要望もあって、望月はコンビニで一旦車を停める。
コンビニに入って行く大輝くんを見届けて、望月が私を見た。


「お嬢、元気なさそうですね。……やはりあねさんに会わせるのが?」
「……望月にもそう見えるのね。私、まだまだだわ」
「ああ……すみません、お気に障りましたか?」
「いいの。でも、望月が思っている様なのではないのよ。もちろん母に会わせるのは多少心配ではあるけど……」


望月にまで心配をかけてしまっていることに若干の心苦しさを感じるが、それでもこの悩みを望月に言うことは出来ない。
望月がせっかく手に入れた幸せを、私が壊してしまうなんてことがあってはならないのだ。


「お待たせしました。ほら明日香、これ。和歌さんはこれでいいですか?」


大輝くんが戻ってきて、私たちの会話は中断することになる。
いつも私が好きだと言っている紅茶を買ってきてくれるし、望月の好みもここ最近である程度は把握した様だ。
本当に、気が利く。


昔の私だったら買ってきてもらって当たり前、とかお茶入れてもらって当たり前、みたいに思っていたけど、ここまで自然にやられると、こっちも自然にお礼を言いたくなってくるから不思議だ。


「ありがとう、いくらだった?」
「ん?いいよ。明日香、今日元気なさそうだったし。こんな安いお茶で悪いけどさ、少しでも元気になってもらえれば」
「……そ、そう。ありがとう」
「まぁ、こういうお茶もスーパーで買った方が断然安いんだけどな。そう考えるとちょっと高級だと思わないか?」
「…………」
「…………」


こういうせせこましいところだけは、もう少し何とかしてほしいと思わなくもないけど。
まぁ、見方を変えればしっかりしている、とも言えるかもしれない。




「じゃあ、私は車を入れてきますので。お先に入っていてください」


家に到着して、望月は車をガレージに入れてくるというので、私と大輝くんは先に玄関に行くことにした。
外はまだ割と暑いし、中にいる方が安全だろう。


「ありがとう、望月。大輝くん、行くわよ。覚悟はいい?」
「そういうこと言うなよ……そんなにすごい親なのか?」
「……どっちも別の意味ですごいかもしれないわね」


少し脅かす様なことを言ってしまっているが、何の覚悟もなく入って仰天するよりはマシだろう。
そう考えて私はある程度の覚悟を持たせるべく、不本意ながら大輝くんを脅かすことにする。
父はともかく母だけは、大輝くんももしかしたら懐柔できないかもしれないから。


「大輝くん、少し待っていてもらえる?望月がもう少しで戻ると思うから」
「ああ……しかし何度見てもでかい家だな」
「……私と結婚したら、ここに住めるわよ?」
「あっはっは、そりゃいいかも。けど広すぎて俺には分不相応だし、落ち着かないかもしれないな」
「…………」


割と勇気を出して、本気で言ってみたつもりなのだが、大輝くんはきっと冗談だと思ってる。
まぁ確かに結婚とか、私も言葉のチョイスを間違えた感は否めない。
重すぎるし、前に桜子から明日香ちゃんってすぐゼクシィとか持ってきそうなイメージあるよね、なんて無邪気に言われた時は思わず首を絞めてしまったものだ。


……私は、重いのだろうか。
体重の話ではもちろんないし、大輝くんからはちゃんと食べてるのか?なんて言われるくらいにはそこそこ細いつもりではある。
こんなことを考えている辺り、確かに重いのかもしれない。


「明日香、帰っていたのね」
「お母さん……ただいま帰りました」


突如母が姿を現して、私たちを出迎えてくれる。
いきなり現れるなんて思っていなかった私としては先制パンチをくらった気分だし、大輝くんなんか恐縮してしまって目に見えて慌てているのがわかる。
これはしくじったかもしれない。


「あ……は、初めまして。宇堂大輝と申しまして……えっと明日香さんとお付き合いさせていただいています」
「初めまして。娘と……望月がお世話になっているそうね。私は明日香の母の、智香ともかです。よろしくお願いしますね。どうぞ、おあがりになって」
「あ、はい……お邪魔します」


すっかりと母に呑まれてしまっている様子の大輝くん。
そして望月が少し遅れて戻ってきた。


「ただいま戻りました、姐さん」
「おかえりなさい。望月、早速で悪いけれど、お茶とお菓子を。明日香は荷物を置いて着替えてきなさい」
「はい、かしこまりました」


望月がいつもの様に母に挨拶をして、台所へ消える。


「宇堂くんはこちらへどうぞ。夫も待ちかねていますので」
「お、お母さん……大輝くんは私が連れて行くから」
「あなたは早く着替えてきなさい。さ、どうぞこちらへ」
「は、はぁ……」


既に母のペースだ。
まさか母がこんなにも用意周到だったなんて、迂闊だった。
油断していたと言わざるを得ないだろう。


母は早速大輝くんを品定めしようというわけか……。
まさか乱暴な真似はしないと思うが、あの母が相手だけに油断はできない。
母に言われた通り部屋で私服に手早く着替えて、私も急いで応接間へ向かう。


「あら、宇堂くんったら嫌だわ。お上手なんだから」
「いえいえお母さん、明日香を更に上品にした感じで、まだまだお若いと思いますよ。正直な話、最初お姉さんかと思いましたもん」
「がっはっは、大輝くん言うなぁ!でもこいつはな、こう見えて……」
「あなた?余計なことは言わなくていいのよ?」
「お、おう……」


ものの数分、私がいなかった一瞬とも言える間で、望月を交えた父と母、大輝くんと四人でめちゃくちゃ盛り上がっている。
どういうことだろう、私まだお父さんに紹介とかしてなかったのに。
というか初対面のはずよね?


そして何だろう、本来なら私は中心人物のはずなのにこの疎外感。


何なんだ、一体何が起こっている?
何でこんなに盛り上がっているんだ?
というか人の親とそんなに仲良くするの、やめてほしいんだけど……。


急に私一人だけが取り残された世界にきた様な感覚に陥る。
連れてきたのは私のはずなのに……いや厳密には望月が運転する車で来たから、望月が連れてきたことになるの?
何だかよくわからない。


「明日香、ほらあなたもこっちへきて座りなさい」
「おお、明日香帰ってたのか。大輝くん、面白いやつだなぁ!」
「…………」


私の当てがこんなにも外れるとは思っていなかった。
思っていなかったけど……これは誰が予想できた?
大輝くんはこんなにコミュ力高めの子だったっけ?


理解が追い付かない私を、大輝くんも母も父も望月も容赦なく置き去りにして盛り上がっていく。
あれ、そもそも何で私、大輝くんをここへ呼んだんだっけ。
父と母が前から会ってみたいって言っていて……だから別にいいのか。


私が中心である必要は、なかったのだ。


「そうだろ、なぁ、明日香!」
「……え?」


大輝くんの声で現実に引き戻されたが、正直聞こえていなかった。
途中から私や私の周りの話をしていてくれたのかもしれない。
悪いことをした気がする。


「どうした?大丈夫か?」
「あ、いえ……ちょっとぼーっとしてしまって……」
「ダメじゃない明日香……せっかく大輝くんが来てくれてるのよ?」


もう呼び方変わってるし……。
そもそもあんたのせいでしょうが、と私は言いたい。
だけど言ったら後が怖い。


私はまだまだこの人に勝てない。
正面切って逆らうなんていう恐ろしいことは、出来る自信がなかった。


「あ、私……お手洗いに行ってくるから」


疎外感から逃れる様に、私はトイレに逃げた。
一瞬大輝くんが私を気遣った様な視線を感じた気がするが、その視線からも、私は逃げた。




「あれ、これは……」


トイレで粗方用を足して気づいたことがあった。
トイレットペーパーの上に、きんつばが置いてある。
いつの間にこんなもの……と思った時に、ふと頭の中でフラッシュバックした光景があった。


大輝くんが声をかけてくる直前、朧気な記憶ではあるが、私は無意識に望月が持ってきた茶菓子を手にした。
そしてそこで大輝くんに声をかけられて、そのままきんつばを持ったまま私はトイレに来てしまったのだった。
一瞬はトイレにそのまま流してしまおうか、なんて思ったのだが、ふと大輝くんが以前言っていたことを思い出す。


『食べ物を無駄にしたり、食べ物で遊んだりって俺許せないんだよな。育ちのせいもあるかもしれないけど』


割と気持ちの入ったセリフだった様に、私には聞こえた。
確か睦月もその時いて、大輝は昔からこういう感じだったよ、とか言っていたのを思い出す。


「…………」


まさかトイレで茶菓子を食べることになるなんて……。
しかもこのきんつばは私の好きなお店のものだ。
望月が気を遣って持ってきてくれたのだろう。


「美味しい……」


まさか私ともあろう者が、便所飯ならぬ便所菓子をすることになるなんて、思ってもみなかった。
便器に跨ったままでもそもそときんつばを食べた私は、そのきんつばが思いのほか美味しく、そして情けなくて人知れず涙を流した。

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