やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第49話

今日俺は、昨日の約束を果たさなくてはいけないことになっている。
昨日の約束というのは、望月さんとのデート。
あの二人きりの時に散々望月さん本人から彼女の異常性を聞かされた身としては、正直気が進まない。


元々昨日が初対面ということもあって、正直彼女がどんな人かというのを、俺はほとんど知らない。
だからこそ募る不安。
何をしでかすのかわからない、という恐怖。


そしてあのコミュ力の低さが災いして、どう考えても俺が割を食う結果しか見えない気がしていた。
不幸中の幸いとでもいうのか、見た目だけは抜群にいい。
だから連れていて人目を引くのは間違いないし、その点だけは楽しみにできる要素と言えよう。


だからって現状、進んでデートしたいなぁ、なんて呑気なことを思える相手ではないわけだが……。
望月さんから指定された駅前での待ち合わせ。
この瞬間さえも、トキメキとは違ったドキドキが俺を襲っている。


来たばかりだと言うのに、もう既に帰りたい気分だった。


「待たせたな」


横から声をかけられて、声の主が望月さんであることは、すぐにわかった。
やや緊張を含んだ声音ではあったが、昨日散々聞いた声でもあるからだ。
しかし俺は、振り返って早速後悔することになる。


「…………」


何だこの格好は。
何処で売ってるんだこんな服……。
思わずそんな感想が浮かぶほどに、私服が壊滅的にダサい。


いや、ぶっちゃけると女の恰好なんてそこまで普段気にしない。
葉っぱ一枚で来られたりしなければ別にいいや、なんて思ってるくらいだ。
なのに……そんな俺でもわかる、このダサさ。


まずトップス。
黒地にKill youとプリントされたTシャツ。
何故か袖が緑と黄色のツートンカラー。


プリントの文字が大きめの胸に引っ張られて、過剰な主張をしている様に見える。
そして背中にはでかいライオンのアップリケがついている。
どういうコンセプトで作られたのかが非常に気になった。


そしてボトムス。
ピンク地のくるぶしが見えるタイプのズボン。
チェックが入っていて、その色は水色。


マジで、何処でその服買ってきたの?
そして極め付きは丈夫そうなハンドバッグ。
茶色地に金属のトゲトゲが外側についた、どう考えても攻撃を目的として作られたとしか思えない、凶悪な見た目をしている。


「あ、ど、どうも……」


辛うじて声を出してみるも、すぐに俺の頭にこの人を連れて歩くのは嫌だ、という考えが浮かぶ。
正直別の意味で目を引き過ぎて、俺までが同類に見られてしまいそうだ。
幸い俺は学校から直にここへきているので制服だが……この人とペアなんだということを、誰にも知られたくないという思いが浮かんでくる。


「どうした、そんなに見とれて……見たいならあとでじっくり……見せてやるが……」


中身ならな、確かに興味あるよ。
だけどその服はあかん。
連れて歩くのが罰ゲームとしか思えないこのいでたち。


「も、望月さん……その服、お気に入りなんですか?」
「いや……お嬢が昨日、明日のデートは一番のお気に入りで行くべきだ、と仰ってな。ならば、と私も気合を入れてきたんだ」


明日香ああぁぁぁ!!!
何でお前は事前にチェックしてやらなかった!!
何でコーディネートしてやらなかった!!


お前のセンスがそこそこいいのは、知ってるんだぞこの野郎!!
見ろこの惨状を!!
既に!!衆目の視線を独り占めしてんぞ!!


いやーなまじスタイルがいいだけに、目立つこと目立つこと。
しかし開き直ってデートしちゃうか、なんてとてもじゃないが思えない。
まずはこのクソダサい服を、何とかしなければ……。


「も、望月さんショッピングとか好きですか?」
「ショッピング?服とか?」
「そ、そうです。デートって言えばやっぱりまずはショッピングだと思うんですよ」


主にあなたの服を買う為にね。
何なら俺の貯金はたいてもいいから、この服だけは俺の命に代えても着替えさせる必要がある。


「そ、そうか……でも服か……この服、ダメか?」


一番きてほしくなかった質問が来てしまった。
ここでどう答えるかで俺のこの後の運命は決まってしまう気がした。


「だ、ダメってことはもちろん、ないです。ただ、望月さんならもっと似合う服とかありそうかなって」
「…………」


失敗したか?
あなたは世間的に見て超絶スタイルいい美人さんなんですよ、と暗に言ったつもりだったんだが。


「お、お前がそこまで言うなら……だけど……」
「だけど?」


何ともいい予感がしない。
何故なら望月さんが既に赤くなっていて、言葉に詰まり始めているからだ。
こういう時、この人が口にするのは――。


「だ、だけど!お前に後で脱がされるんだろうから!べ、別に服とか何でもいいんじゃないかって思うんだが!!」


ほらきた!!
駅前ということもあり、人はそこそこいる。
時間的にも、人が多めの時間だ。


当然のごとく、望月さんの音量高めの言葉に反応する人間は多い。


「脱がされるって……そういう関係なんだ、あの二人……」
「シッ!見ちゃダメよ……目が合ったら大変」


などなど衆目が俺たちを見ながら噂を始める。
当然のごとく突き刺さる様な視線が、死ぬほど痛い。
何ならこの視線のダメージだけで死ねる気さえする。


さすがにこのままというのはまずいと考え、俺は無言で望月さんの手を取って駅ビルの中へ走って避難した。




「……何口走ってくれてんですか、あんた……」
「す、すまない……つい恥ずかしくなって……」
「いやそもそも俺、あなたにそういうことするとか一言も言ってなかったと思うんですけど……」
「そ、それはそうだが……デートと言ったら最後は……」
「わ、わかりました!その辺は後で考えましょう。だから落ち着いて!」


どんだけ想像力豊かなんだよこの人……。
俺なんか無事に今日を乗り切れるかって心配で頭がいっぱいだってのに。
呑気で羨ましいな、全く……。


ひとまず望月さんが落ち着くのを待って、俺は二人で洋服屋を探すことにした。
仮に腹が減ったとしても、それは後回しだ。
何をおいてもこの服だけは着替えさせなければ。


視線を集めながら五分ほど歩き、漸く見つけた洋服屋で望月さんのセンスの悪さが光っていた。
見るものはキワモノばかりで、可愛いとか綺麗、と言ったものに一切目がいかない。
どう考えてもそれ普通のセンス持ってる人が選ぶもんじゃないでしょ、って言うものを率先して見ていた。


「こ、これなんか望月さんに似合いそうかなって思うんですけど」


手近にあった、薄いピンクのワンピース。
ちょっと可愛すぎるかな、と思うがこの人なら着ても似合うだろうという確信はあった。
そしてこれを着てくれるのであれば、俺としても色々想像力がかきたてられて最後にじゃあ、とかなりそうな気もするんだが。


「ほー……お前、そういうの好きなのか。……普通だな」
「…………!!」


……くっそこのアマあああぁぁぁ!!普通で!!普通で何が悪い!!
さすがに頭にきてしまい、こいつにだけは言われたくねぇ!!と頭が熱くなってくるのを感じた。
抑えなければ、と思えば思うほど、何だかムカついてきてしまう。


「ま、まぁほら……普通の物を着ても望月さんほど綺麗な人だったら様になるんじゃないかなーって」


しかしムカついたとは言っても、さすがにこの人に力で勝てるなんて思えないので、引きつった笑顔で何とか望月さんを説得する。
何しろこの人はこんなに美人なのにかなりの勢力のヤクザの、それも若頭という役職持ちだ。
戦闘能力だって高いに違いない。


それにしても……普通に褒めてもこの人の心には響かないのだろうか。


「せっかくだし、着てみてくださいよ。俺、待ってるんで」


そのワンピースを望月さんに渡して、試着室に押し込む。
戸惑いながら、望月さんは試着室に入って行って漸く着替える決心をしてくれた様だ。
中から衣擦れの音が聞こえて、早速色々と想像力が掻き立てられる。


「おい」
「は、はひ」
「その……後ろ、上げてもらえるか?手が届かないんだ」


いきなりデートらしいイベントが発生する。
いいのだろうか、望月さんの背中とか、触っちゃっても。
事故ったふりしてつつー、とかやったら殺されるかな。


もちろんそんなおっかないことを試す勇気もない俺は、おとなしく背中のジッパーを上げるという無難な行動ににとどまる。


「ど、どうだ?」
「……やばいですね、破壊力」


俺の選んだワンピースを着た、(見た目だけ)女神がそこにはいた。
何となく恥じらっている表情も、とても良い。
煽情的ですらある様だ。


こんな人に上目遣いとかされて涙目にでもなられたら、早速過ちを犯してしまいそうな予感しかしない。


「は、破壊力って……お前は私を何だと……」
「そ、そういう物理的なのじゃないですから……まぁそっちもありそうですけど」
「……何だ、破壊されたいのか?」
「いえ、それは視覚的な部分だけでお腹いっぱいなので……」


物騒なことを言われた気はするが、正直想定していたよりもずっといい。
この格好の望月さんなら、喜んで手を引いて連れて歩きたいと思える。
何なら密着して、なんていうのも……。


「じゃあ、それ買いましょう。俺プレゼントしますから」
「は?いや、さすがにプレゼントなんて……もらう理由が……」
「初デート記念、ってことでどうですか?俺が、これからもそういう服着た望月さんを見たいです」
「な、お、お前何恥ずかしいことを……」


テンパった望月さんが、カーテン全開のまま着替えようとしたので俺は慌ててカーテンを閉める。
いや、しかしこれだけ似合うんだったら正直何着でも買って差し上げたい。




「着て行かれますか?」


望月さんの元の服を見ながら、女性の店員さんが複雑な顔をしている。
是非着て行けよ、と目が言っている気がした。


「着ていきましょう、せっかくだから」
「そ、そうか?でも汚しちゃったりしたらもったいないというか……」
「な、なら何着でも買ってあげるので、それ着ましょう。ね?」


店員さんも苦笑いの顔で、グッジョブ、と望月さんに見えない様に俺に示す。
再び望月さんが試着室に消えていき、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「あの、大変そうですね……あの服」
「ええ……しかもあの格好にピンヒールってどんなセンスなんだと思いません?」


望月さんを待っている間、先ほどの会計をした店員さんが小声で話しかけてきた。


「まぁでも、はっきり言っちゃって傷つけるよりは、お上手だったと思いました」
「あはは、ありがとうございます……ところでカバンとか、売ってないですかね?」
「カバン……ああ……」


店員さんも望月さんのカバンを見て、思うところはあった様だ。
あの可愛らしいワンピースとあの攻撃的なカバンが、どうしても俺の中で結びつくことはなかった。
だからこの際だから買い替えさせよう、と決めていたのだ。


「これなんか、どうでしょうか。先ほどのワンピースにも、おそらく他の服にも合うかと思うんですが」


店員さんが持ってきてくれた、淡いグレーのバッグ。
大きすぎず小さすぎず、そこそこ機能的にも見える。
さっきのワンピースだけじゃなくて、他の服にも合わせられるというのは間違いなさそうだ。


……とは言ってもあの私服のセンスはそのうち意識改革させて何とかしないとだけどな。
ついでだし、そこまで高いものでもなかったので俺はそのバッグも買うことにした。
初デートでこんなにもプレゼントとか、買ったことないかもしれない。


「何だ、そのかばん……」
「ああ望月さん……やっぱりお綺麗だ。で、そのかばんなんですけど……これに変えましょうか。もう買っちゃってるので、是非使ってください」
「そ、そんな……ワンピースだけでももったいないのに」
「俺が!望月さんに!プレゼントしたいんです!だから、使ってください」


ゴチャゴチャ言わんで早く受け取れ、別の意味で目の毒だから!!
そういう意味も込めてついつい強めに言ってしまった。


「……わかった。こ、こういう時はあれか……その……」
「え?」


またも望月さんが赤くなってどもり出す。
これは良くない気がする。


「か、体で払うから!とか、言うべきなのか!?」


うああああああこんちくしょー!!
何でこんなとこでそんなこと口走るんだよ!!
店員さんがびっくりして、それでもニヤニヤしながらこっち見てんじゃねーか!!


俺は再び望月さんの手を取り、今度は駅ビルの外へ避難することになった。
本当、俺今日無事に帰れるんだろうか……。

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