やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記
第48話
「つまり何だ……お前はあの時の大輝と朋美の父親とのバトルの中でそれに気づいたってことか」
「そうなるね。最初は、何やら面白いことをしているなぁ、くらいにしか思ってなかったんだけどね。あれが神力であることにはすぐ気づいたよ。だから対処も間に合ったってことになるんだけど」
言われるまでもない。
そんなことはわかっている。
だからこそ私はこんな屈辱感に苛まれているんだ。
ここでこいつを葬ってしまえば……などと物騒な考えが頭を巡るが、一時的とは言えこいつは大輝の命を救った恩人だ。
大変遺憾だが、こいつが大輝の命を救った……ああくっそ忌々しいなこの野郎!!
「ああ、こんなとこにいたんだぁ……」
呑気な声再び。
ノルンが私たちを追ってここまできた様だった。
「うわ……ロキ酷い顔……」
「ま、まぁね。手ひどくやられたけど……僕ももっと早くに説明してればよかったと後悔したよ」
「くだらなくもったいぶったりするからそうなるんだよ。バカな奴だね」
割とノルンも辛辣だ。
それはともかくどうやらノルンは、オーディンに言われて私たちを追ってきたらしい。
お節介なやつだ、二人とも。
「で、何処まで話してたの?」
ノルンもこの話を知っているのか。
ということはさっきオーディンの部屋で、ロキから聞いたってことなのかもしれない。
私はこの話をノルンにしていなかったし、そう考えるのが自然か。
「私が大輝に間違って神力を付与して、それを中和したのが、このドクソ野郎だったってとこまで」
「スルーズ……それはさすがに酷いんじゃないかな……」
ロキが不満を唱えるが、とことん無視することにする。
大体何が気に入らないって、こんな人の嫌がることに命をかける様なクソ野郎が、私の大事な大事な大輝を助けたということだ。
ダイヤモンドよりも硬い豆腐に頭でもぶつけて死ねばいいのにと思う。
もちろん死なないってわかってるからこんなことを考えるわけだが。
さすがに人間相手ならそこまで考えたりはしない。
「スルーズ、それはもう豆腐たりえないよ……」
「ナチュラルに私の思考を読むなよ、ノルン」
「それはいいとして……あの黒い渦の正体だよね?あれは試練の黒渦と言うんだ。冥界なんかでよく使われる、能力向上の為の試練を与えるものなんだけど……」
「だから何でそんなもんが大輝についてんだって聞いてんだよ!!早く話せこの野郎!!」
イライラがまたも募って、私はついロキに怒りをぶつける。
こいつのこの回りくどさが、私を更に苛立たせるのだ。
きっとそうだ、そうに違いない!
ズバッと直球投げることを知らないのか、こいつは……!!
「い、痛っ!!ちょっと、スルーズ、痛い!!話せないから!!」
「ちょっと、それじゃいつまで経っても話が進まないよ、スルーズ……」
「ちっ!!殴られながらでも蹴られながらでも、喋ってみるくらいの根性見せてみろクソ野郎!!」
私がこんなにも理不尽な行為をしているのには理由がある。
何故なら私は私の間抜けさに気づかずここまできてしまい、あまつさえこのクソ野郎に借りを作るなどという愚かな結果を招いた。
しかし、私が私自身を許せないからと言って、自傷行為に走るのは何だか違う気がする。
だから、丁度いいサンドバッグを殴っているに過ぎない。
そう、これはただの憂さ晴らしで私は何も悪くないはずだ。
……いや、やっぱり相当悪いな。
そう思ってひとまず殴る手を止めてロキを地面に放り投げる。
「ほら、とっとと話せよこの野郎。モタモタしてるとぶっ殺すぞ」
「何でそんな上から……助けてもらったんでしょ、大輝を……」
「……ちっ」
わかってはいる。
頭では理解している。
だけど感情が追い付かない。
少女漫画なんかで見る様な、ドラマチックな言い方が出来るシチュエーションでは決してないけど。
「はは……まぁいいよ、ノルン。僕も別に貸したなんて思ってないし、返してほしいとも思ってないんだ」
何をそんなボコボコのツラでニヤニヤしてんだよ気持ち悪い。
ノルンも似た様なことを考えているのか、引いた様な顔をしてロキを見ていた。
「ふん」
「もう……」
「じゃあ、とりあえず話すから……」
ロキ曰く、試練の黒渦はその対象の欲望を極限まで高めて、それを乗り越えた者に力を与えると言ったものらしい。
人間が抱える七つの欲望……大罪という言い方もあるが、望月さんの時に現れたのは暴食。
悪食の本能だ。
大輝が急におかしくなった理由は何となくわかった。
だが、何で大輝にそんなものを付与したのか。
そして乗り越えられなければどうなるのか。
解除は出来るのか否か。
わからないことは沢山ある。
「解除は、乗り越えることでしかできない。逆に言えば、乗り越えることで宇堂大輝は黒渦を解除することができるし、同時に強大な力を手にすることができる」
「それは、神力の付与とは違うのか?」
「違うね。似て非なるもの、というべきか。彼の中に眠る力を呼び覚ますと言った方が適切かもしれない。それから、あの黒渦は後々になるほど試練がきつくなっていく傾向があるんだ」
段々と普段の気取った様な鼻につく仕草を見せ始める。
またしてもここで私はイラっとしてしまった。
「あり得ないことだが……あの大輝なら大丈夫だとは思うが一応聞いておく。乗り越えられなかった場合は、どうなるんだ?」
「ああ……聞かない方がいいと思うけど」
「ロキ……そうやってもったいつけるから、さっきみたいなことになるんだよ?」
ノルンは優しいなぁ、こんなクソ野郎に慈悲を与えようって言うんだから。
二、三発殴って吐かせるくらいでちょうどいいだろ、こんなやつ……いや、もう二、三発じゃ済まないくらい蹴り飛ばしてる気がするけど。
殴ってるんじゃなくて蹴ってるんだし、別にいいよね。
「なら一応話しておこうか。仮に乗り越えられなければ、あの黒渦はただの神力を付与した時と同じ状態になるよ。しかも特性は変わってもモノが変わるわけじゃないから、神力での浄化は出来ないっていうオマケがついてくるイメージだね」
この野郎、こんな大事なこと今まで黙ってるなんて……。
やっぱりここで葬ってしまうか?
そう思ってまたも私はロキに詰め寄った。
「何でそんなめんどくさいものが大輝についたんだ?」
「えーっとね……」
ここへきてロキは口ごもる。
大体読めてはいるが、こいつの口から直接聞く必要があるだろう。
「中和した時に、力加減を間違えた……ということになるかな」
しれっと言うロキ。
そこに悪びれた様子など微塵もない。
「ロキテメェ!!ぶっ殺してやる!!」
「す、スルーズ!!」
頭の中で何かが切れた音がして、気づいたらロキをまたも蹴り飛ばしていた。
しかしもう一発、と思った直後にノルンが全力で私を止めに入り、追撃はできなかった。
そして思い切り私の蹴りをくらったロキは体ごとぶつかって木を四本ほど薙ぎ倒して、地面に落下する。
「もう、らしくないよスルーズ……ちゃんと話は聞かなきゃ……」
「ああ、クソが!!」
頭ではわかっているのに、何でこうイライラするんだろう。
「げほ……ま、まぁこれに関しては僕も悪いな……」
「いやいや……そこまでされたら立派に被害者だと思うんだけど」
「…………」
「まぁ、スルーズもわかっているからそう苛立ってしまうんだろう。だけど、スルーズ。君がついているんだったら宇堂大輝は必ず試練を乗り越えられるはずだ。もちろん保証はないけど……僕は君たちの力を信じている」
「キモ。何が信じている、だ。ふざけんな」
「だからスルーズ……気持ちはわからなくもないけど……」
「あはは……まぁ、その方がスルーズらしくていいよ。あまりにも素直に感謝なんかされたら、それこそ体調不良でも疑っちゃいそうだからね」
「まだ殴られ足りないのか、お前……」
「ダメだって、落ち着きなよ……」
半ば抱き着く様な形でノルンが私を制するので、私としてもこれ以上暴れるのは違うか、と思い直す。
「……はぁ。何度か蹴り飛ばしたのは、悪かった。お前も私を殴れ。ガツンと!!」
「いや、僕はいいよ……いや、めちゃくちゃ痛かったし殴られたいわけじゃないけどね」
「うるせぇ!!とっとと殴れっつってんだよ!!ぶっ飛ばすぞこの野郎!!」
「言ってることが支離滅裂だから……」
そうノルンが言った瞬間、はっとして私から離れる。
何だ?と思った瞬間、体にあり得ないほどの電流が迸った。
「んぎゃああああああああ!!!」
目の前がチカチカして、指でさえもまともに動かない。
これは……。
不意打ちとか、卑怯じゃないか?
「ロキは殴らんだろうからの。わしが代わりに見舞ってやったわ」
「て……め……ジジイ……」
「ほう、まだそんな口が利けるのか。しかしさっきはよくもやってくれたな、スルーズ」
こんなとこまで追っかけてきて雪辱を晴らそうとか、とても主神のやることとは思えない。
というかノルンめ、来るのがわかってて黙ってやがったな……。
「もう一発くらってみるか?真っ向勝負じゃ負けるかもしれんがの、身動きとれん相手ならこの通りよ」
情けないことを偉そうに……。
ノルンも若干引いてる様に見えるぞこのガキが……。
「えっと……まだ僕たち話し合いの最中なんだけど」
「その様だな。ノルン、最低限動ける程度に治療してやれ」
「は、はぁ」
私の報復を恐れてなのか、またも情けない命令をくだしている。
とりあえず神界で何日も動けないって言う状態だけは回避できる様だ。
「だがな、スルーズ。お前のその血の気の多さは何とかしなければならんぞ」
その場に座らされて、私は五歳児から説教を食らっている。
何だってこんなことに……まぁ、殴られたのがよほど悔しかったんだろうけど。
「昔からお前は血の気が多くて……最終的にはヴァルハラまで破壊しよって……」
んな昔のことまでほじくり返すのかよ……女々しいやつだな。
「それでもラグナロクにおける功績がうんたらかんたら」
「わかった!!わかりました!!すみませんでしたぁ!!もうこれでいいだろ!?話し合いの最中だって言ってんだから、どっか行けよもう!!」
「本当にわかったのかのう、このじゃじゃ馬は……」
ため息をついて、オーディンがやれやれとか言いながら近くに岩に腰をかけた。
「本当、君は楽しいね。見てて退屈しないよ」
「……見てんじゃないよ。気持ち悪いな」
「本当、辛辣だね。うーん……まぁ、さっきのことだけど悪かった、とか借りに思いたくないってことならそうだな……」
ロキが立ち上がり、血を拭う。
そして乱れた髪を少し直して、私を見た。
こういう仕草一つだけでイラっとさせるとか、そういう方向に対しては天才的だな、こいつ。
「君と、宇堂大輝のことを少し観察させてくれないか?もちろん毎日とかずっと、ってことじゃない」
そんなことでいいのか、と思うがやっぱり気持ち悪い。
ここで葬ってしまいたいほどに。
「はぁ?今度はストーカーするつもりかよ。ますます気持ち悪いな、お前」
「あはは、手厳しいなこれは……」
「スルーズ、多分そういうことじゃないと思うんだけど……」
「わかってるよ。黒渦の経過が見たい、とかそういうことなんだろ。風呂とかエロいことしてるところ覗きたいとかじゃなければ別にいいよ」
まぁ別に見たけりゃ好きにすれば、とも思わなくもないが。
別に見られたからってどうっていう話でもないし。
大輝は嫌がるかもしれないし、烈火のごとく怒り狂うかもしれないけど。
「僕としても、正直黒渦の乗り越え方とか乗り越えた結果をサンプルとして知っておきたいからね、助かるよ。それから君が懸念している様なところは見ない様にするから、安心してくれ」
そう言ってロキはヴァルハラに戻って行った。
結局私は何をしにきたのかわからないな。
一応成果はあったと言えるかもしれないが……。
「あれって、ロキは暗に私の力も借りたいって言ってるんだよね。私まで巻き込むなんて……面倒なことになったなぁ」
確かに人間界の様子を見るということになると、ノルンの力が不可欠だ。
つまりロキはノルンの力を借りて大輝の様子を見る、ということになる。
「腹くくれよ親友。私がやったことは連帯責任だ」
「私、スルーズみたいに無闇に暴力振るったりなんかしないもん……」
納得いかない様子のノルンだったが、とりあえず仕方ない親友を持った私にも責任がある、とか言って渋々承諾してくれた。
私ってやっぱり恵まれてるな。
これもきっと人徳というやつに違いないな、うん。
そうだということにしておこう。
「お前は勘違いしてそうだから言っておくが、それはお前の人徳ではなく、みんながお前を気遣って心配しているんだということじゃからな?お前は放っておくと何をしでかすかわからんのじゃから」
キャンキャンした声が聞こえて、ああそう言えばこいついたんだっけ、と思い出す。
というか何でまだいるわけ?
あんだけの雷浴びせておいて、まだ物足りないとか言い出すんじゃないだろうな。
このジジイ、案外負けず嫌いだからな……。
それでもみんなを大事にしているから慕われているし、私も心の底から嫌っているわけじゃないけど。
「まだいたのかよ。とっとと帰って昼寝でもしてればいいのに。あとあんたまで私の思考を読むな」
「本当に口の減らん小娘じゃの……まぁ結果として平和に……いや平和ではなかったか……。話自体はまとまった様じゃから良いかもしれんが。あんまり無茶なことばかりしてくれるなよ?」
「へぇへぇ。わかりやした。……ったく、余計な力使って疲れたし、私も帰るわ。ではごきげんようってな」
苦笑いで私を見るノルンと、仕方ないやつだ、という顔のオーディン。
オーディンに至っては手のかかる孫を見るかの様な目で、憎まれている様には見えない。
私は仲間には恵まれているんだな、と思いながらもそろそろいい時間になった頃かと私も人間界に帰ることにした。
『こちらスネーク。どうやら二人は上手くやってるっぽいわよ。今仲睦まじく食事をしているみたい』
人間界に戻って携帯を確認すると、こんなメールが来ていた。
差出人は何と明日香。
そういえば今日は大輝と望月さんとでデートを楽しんでいるはずだ。
ということは何だ、みんなで尾行でもしてるんだろうか。
いやスネークって、そもそも明日香そういうキャラだっけ?
段ボールにくるまってる明日香とか見たら望月さん、卒倒しないだろうか。
それに望月さん鋭そうだし気づきそうなもんだけど、大丈夫なのかな。
大輝は正直それどころじゃないかもしれないけど。
『そうなんだ?じゃあ今夜は二人ともお泊りかな』
そうなるんだろうな、と思いながらも聞いてみる。
もちろん明日香にそんなことわかるとは思えないが、話題作りだ。
そういえば昨日は望月さん、黒のスーツで決めてたみたいだけど……今日は私服なのかな、仕事じゃないんだし。
ちょっとだけ見てみたいと思った。
『多分、このままいけばお泊りなんじゃないかしら。やっと望月にも春が来るんだと思うと、感慨深いものがあるわね』
明日香は心から喜んでいる様に見える。
ずっと、気にしていたんだろうな。
そういう信頼関係も悪くない。
私もいつか、ノルンに男とか紹介できたらいいな、なんて思う。
『なるほどね。それより今日は望月さん、どんな格好してるの?』
明日香に送ったメールに対して、彼女は何と写真を送ってきた。
本当に二人が仲良く夕飯を食べている。
ワンピースか……イメージにはないけど、どっちかって言うと大輝が好きそうなデザインな様な。
明日香から事前に大輝の好みを聞いたのかな。
だとしたら望月さんは意外にも尽くすタイプなのかもしれない。
その後も明日香ととりとめのないメールをして、私も夕飯にする。
今日は望月さんに譲ったし、明日か明後日辺りはまた私も大輝に相手してもらおう、なんて考えながら黒渦に思いをはせる。
あれが七つの大罪になぞらえてるんだとしたら、残りあとまだ六つ。
しかも後半になるにつれて試練の内容がきつくなっていくという。
だけどロキの言った通り……あいつの言う通りとか腹立たしいことこの上ないが、私もいる。
他にもメンバーはいる。
だったら何とかして乗り越えられる方に賭けるしかない。
しかし大輝本人には伝えるべきかどうか……今はまだ黙ってた方がいいかもしれない。
言ってしまうことで変に構えさせてしまうのも大輝が可哀想だ。
次が何の大罪で来るのか、とかそういう傾向の様なものすら掴めていない現状でいたずらに大輝を混乱させることもあるまい、と考えて私は黙っていることに決めた。
私が話さなくても、いずれ大輝は身をもって知ることになると思うし、もしかしたら何かしらのタイミングで知ってしまうということもある。
……しかし、もう少し私も我慢強くならないとなぁ……。
「そうなるね。最初は、何やら面白いことをしているなぁ、くらいにしか思ってなかったんだけどね。あれが神力であることにはすぐ気づいたよ。だから対処も間に合ったってことになるんだけど」
言われるまでもない。
そんなことはわかっている。
だからこそ私はこんな屈辱感に苛まれているんだ。
ここでこいつを葬ってしまえば……などと物騒な考えが頭を巡るが、一時的とは言えこいつは大輝の命を救った恩人だ。
大変遺憾だが、こいつが大輝の命を救った……ああくっそ忌々しいなこの野郎!!
「ああ、こんなとこにいたんだぁ……」
呑気な声再び。
ノルンが私たちを追ってここまできた様だった。
「うわ……ロキ酷い顔……」
「ま、まぁね。手ひどくやられたけど……僕ももっと早くに説明してればよかったと後悔したよ」
「くだらなくもったいぶったりするからそうなるんだよ。バカな奴だね」
割とノルンも辛辣だ。
それはともかくどうやらノルンは、オーディンに言われて私たちを追ってきたらしい。
お節介なやつだ、二人とも。
「で、何処まで話してたの?」
ノルンもこの話を知っているのか。
ということはさっきオーディンの部屋で、ロキから聞いたってことなのかもしれない。
私はこの話をノルンにしていなかったし、そう考えるのが自然か。
「私が大輝に間違って神力を付与して、それを中和したのが、このドクソ野郎だったってとこまで」
「スルーズ……それはさすがに酷いんじゃないかな……」
ロキが不満を唱えるが、とことん無視することにする。
大体何が気に入らないって、こんな人の嫌がることに命をかける様なクソ野郎が、私の大事な大事な大輝を助けたということだ。
ダイヤモンドよりも硬い豆腐に頭でもぶつけて死ねばいいのにと思う。
もちろん死なないってわかってるからこんなことを考えるわけだが。
さすがに人間相手ならそこまで考えたりはしない。
「スルーズ、それはもう豆腐たりえないよ……」
「ナチュラルに私の思考を読むなよ、ノルン」
「それはいいとして……あの黒い渦の正体だよね?あれは試練の黒渦と言うんだ。冥界なんかでよく使われる、能力向上の為の試練を与えるものなんだけど……」
「だから何でそんなもんが大輝についてんだって聞いてんだよ!!早く話せこの野郎!!」
イライラがまたも募って、私はついロキに怒りをぶつける。
こいつのこの回りくどさが、私を更に苛立たせるのだ。
きっとそうだ、そうに違いない!
ズバッと直球投げることを知らないのか、こいつは……!!
「い、痛っ!!ちょっと、スルーズ、痛い!!話せないから!!」
「ちょっと、それじゃいつまで経っても話が進まないよ、スルーズ……」
「ちっ!!殴られながらでも蹴られながらでも、喋ってみるくらいの根性見せてみろクソ野郎!!」
私がこんなにも理不尽な行為をしているのには理由がある。
何故なら私は私の間抜けさに気づかずここまできてしまい、あまつさえこのクソ野郎に借りを作るなどという愚かな結果を招いた。
しかし、私が私自身を許せないからと言って、自傷行為に走るのは何だか違う気がする。
だから、丁度いいサンドバッグを殴っているに過ぎない。
そう、これはただの憂さ晴らしで私は何も悪くないはずだ。
……いや、やっぱり相当悪いな。
そう思ってひとまず殴る手を止めてロキを地面に放り投げる。
「ほら、とっとと話せよこの野郎。モタモタしてるとぶっ殺すぞ」
「何でそんな上から……助けてもらったんでしょ、大輝を……」
「……ちっ」
わかってはいる。
頭では理解している。
だけど感情が追い付かない。
少女漫画なんかで見る様な、ドラマチックな言い方が出来るシチュエーションでは決してないけど。
「はは……まぁいいよ、ノルン。僕も別に貸したなんて思ってないし、返してほしいとも思ってないんだ」
何をそんなボコボコのツラでニヤニヤしてんだよ気持ち悪い。
ノルンも似た様なことを考えているのか、引いた様な顔をしてロキを見ていた。
「ふん」
「もう……」
「じゃあ、とりあえず話すから……」
ロキ曰く、試練の黒渦はその対象の欲望を極限まで高めて、それを乗り越えた者に力を与えると言ったものらしい。
人間が抱える七つの欲望……大罪という言い方もあるが、望月さんの時に現れたのは暴食。
悪食の本能だ。
大輝が急におかしくなった理由は何となくわかった。
だが、何で大輝にそんなものを付与したのか。
そして乗り越えられなければどうなるのか。
解除は出来るのか否か。
わからないことは沢山ある。
「解除は、乗り越えることでしかできない。逆に言えば、乗り越えることで宇堂大輝は黒渦を解除することができるし、同時に強大な力を手にすることができる」
「それは、神力の付与とは違うのか?」
「違うね。似て非なるもの、というべきか。彼の中に眠る力を呼び覚ますと言った方が適切かもしれない。それから、あの黒渦は後々になるほど試練がきつくなっていく傾向があるんだ」
段々と普段の気取った様な鼻につく仕草を見せ始める。
またしてもここで私はイラっとしてしまった。
「あり得ないことだが……あの大輝なら大丈夫だとは思うが一応聞いておく。乗り越えられなかった場合は、どうなるんだ?」
「ああ……聞かない方がいいと思うけど」
「ロキ……そうやってもったいつけるから、さっきみたいなことになるんだよ?」
ノルンは優しいなぁ、こんなクソ野郎に慈悲を与えようって言うんだから。
二、三発殴って吐かせるくらいでちょうどいいだろ、こんなやつ……いや、もう二、三発じゃ済まないくらい蹴り飛ばしてる気がするけど。
殴ってるんじゃなくて蹴ってるんだし、別にいいよね。
「なら一応話しておこうか。仮に乗り越えられなければ、あの黒渦はただの神力を付与した時と同じ状態になるよ。しかも特性は変わってもモノが変わるわけじゃないから、神力での浄化は出来ないっていうオマケがついてくるイメージだね」
この野郎、こんな大事なこと今まで黙ってるなんて……。
やっぱりここで葬ってしまうか?
そう思ってまたも私はロキに詰め寄った。
「何でそんなめんどくさいものが大輝についたんだ?」
「えーっとね……」
ここへきてロキは口ごもる。
大体読めてはいるが、こいつの口から直接聞く必要があるだろう。
「中和した時に、力加減を間違えた……ということになるかな」
しれっと言うロキ。
そこに悪びれた様子など微塵もない。
「ロキテメェ!!ぶっ殺してやる!!」
「す、スルーズ!!」
頭の中で何かが切れた音がして、気づいたらロキをまたも蹴り飛ばしていた。
しかしもう一発、と思った直後にノルンが全力で私を止めに入り、追撃はできなかった。
そして思い切り私の蹴りをくらったロキは体ごとぶつかって木を四本ほど薙ぎ倒して、地面に落下する。
「もう、らしくないよスルーズ……ちゃんと話は聞かなきゃ……」
「ああ、クソが!!」
頭ではわかっているのに、何でこうイライラするんだろう。
「げほ……ま、まぁこれに関しては僕も悪いな……」
「いやいや……そこまでされたら立派に被害者だと思うんだけど」
「…………」
「まぁ、スルーズもわかっているからそう苛立ってしまうんだろう。だけど、スルーズ。君がついているんだったら宇堂大輝は必ず試練を乗り越えられるはずだ。もちろん保証はないけど……僕は君たちの力を信じている」
「キモ。何が信じている、だ。ふざけんな」
「だからスルーズ……気持ちはわからなくもないけど……」
「あはは……まぁ、その方がスルーズらしくていいよ。あまりにも素直に感謝なんかされたら、それこそ体調不良でも疑っちゃいそうだからね」
「まだ殴られ足りないのか、お前……」
「ダメだって、落ち着きなよ……」
半ば抱き着く様な形でノルンが私を制するので、私としてもこれ以上暴れるのは違うか、と思い直す。
「……はぁ。何度か蹴り飛ばしたのは、悪かった。お前も私を殴れ。ガツンと!!」
「いや、僕はいいよ……いや、めちゃくちゃ痛かったし殴られたいわけじゃないけどね」
「うるせぇ!!とっとと殴れっつってんだよ!!ぶっ飛ばすぞこの野郎!!」
「言ってることが支離滅裂だから……」
そうノルンが言った瞬間、はっとして私から離れる。
何だ?と思った瞬間、体にあり得ないほどの電流が迸った。
「んぎゃああああああああ!!!」
目の前がチカチカして、指でさえもまともに動かない。
これは……。
不意打ちとか、卑怯じゃないか?
「ロキは殴らんだろうからの。わしが代わりに見舞ってやったわ」
「て……め……ジジイ……」
「ほう、まだそんな口が利けるのか。しかしさっきはよくもやってくれたな、スルーズ」
こんなとこまで追っかけてきて雪辱を晴らそうとか、とても主神のやることとは思えない。
というかノルンめ、来るのがわかってて黙ってやがったな……。
「もう一発くらってみるか?真っ向勝負じゃ負けるかもしれんがの、身動きとれん相手ならこの通りよ」
情けないことを偉そうに……。
ノルンも若干引いてる様に見えるぞこのガキが……。
「えっと……まだ僕たち話し合いの最中なんだけど」
「その様だな。ノルン、最低限動ける程度に治療してやれ」
「は、はぁ」
私の報復を恐れてなのか、またも情けない命令をくだしている。
とりあえず神界で何日も動けないって言う状態だけは回避できる様だ。
「だがな、スルーズ。お前のその血の気の多さは何とかしなければならんぞ」
その場に座らされて、私は五歳児から説教を食らっている。
何だってこんなことに……まぁ、殴られたのがよほど悔しかったんだろうけど。
「昔からお前は血の気が多くて……最終的にはヴァルハラまで破壊しよって……」
んな昔のことまでほじくり返すのかよ……女々しいやつだな。
「それでもラグナロクにおける功績がうんたらかんたら」
「わかった!!わかりました!!すみませんでしたぁ!!もうこれでいいだろ!?話し合いの最中だって言ってんだから、どっか行けよもう!!」
「本当にわかったのかのう、このじゃじゃ馬は……」
ため息をついて、オーディンがやれやれとか言いながら近くに岩に腰をかけた。
「本当、君は楽しいね。見てて退屈しないよ」
「……見てんじゃないよ。気持ち悪いな」
「本当、辛辣だね。うーん……まぁ、さっきのことだけど悪かった、とか借りに思いたくないってことならそうだな……」
ロキが立ち上がり、血を拭う。
そして乱れた髪を少し直して、私を見た。
こういう仕草一つだけでイラっとさせるとか、そういう方向に対しては天才的だな、こいつ。
「君と、宇堂大輝のことを少し観察させてくれないか?もちろん毎日とかずっと、ってことじゃない」
そんなことでいいのか、と思うがやっぱり気持ち悪い。
ここで葬ってしまいたいほどに。
「はぁ?今度はストーカーするつもりかよ。ますます気持ち悪いな、お前」
「あはは、手厳しいなこれは……」
「スルーズ、多分そういうことじゃないと思うんだけど……」
「わかってるよ。黒渦の経過が見たい、とかそういうことなんだろ。風呂とかエロいことしてるところ覗きたいとかじゃなければ別にいいよ」
まぁ別に見たけりゃ好きにすれば、とも思わなくもないが。
別に見られたからってどうっていう話でもないし。
大輝は嫌がるかもしれないし、烈火のごとく怒り狂うかもしれないけど。
「僕としても、正直黒渦の乗り越え方とか乗り越えた結果をサンプルとして知っておきたいからね、助かるよ。それから君が懸念している様なところは見ない様にするから、安心してくれ」
そう言ってロキはヴァルハラに戻って行った。
結局私は何をしにきたのかわからないな。
一応成果はあったと言えるかもしれないが……。
「あれって、ロキは暗に私の力も借りたいって言ってるんだよね。私まで巻き込むなんて……面倒なことになったなぁ」
確かに人間界の様子を見るということになると、ノルンの力が不可欠だ。
つまりロキはノルンの力を借りて大輝の様子を見る、ということになる。
「腹くくれよ親友。私がやったことは連帯責任だ」
「私、スルーズみたいに無闇に暴力振るったりなんかしないもん……」
納得いかない様子のノルンだったが、とりあえず仕方ない親友を持った私にも責任がある、とか言って渋々承諾してくれた。
私ってやっぱり恵まれてるな。
これもきっと人徳というやつに違いないな、うん。
そうだということにしておこう。
「お前は勘違いしてそうだから言っておくが、それはお前の人徳ではなく、みんながお前を気遣って心配しているんだということじゃからな?お前は放っておくと何をしでかすかわからんのじゃから」
キャンキャンした声が聞こえて、ああそう言えばこいついたんだっけ、と思い出す。
というか何でまだいるわけ?
あんだけの雷浴びせておいて、まだ物足りないとか言い出すんじゃないだろうな。
このジジイ、案外負けず嫌いだからな……。
それでもみんなを大事にしているから慕われているし、私も心の底から嫌っているわけじゃないけど。
「まだいたのかよ。とっとと帰って昼寝でもしてればいいのに。あとあんたまで私の思考を読むな」
「本当に口の減らん小娘じゃの……まぁ結果として平和に……いや平和ではなかったか……。話自体はまとまった様じゃから良いかもしれんが。あんまり無茶なことばかりしてくれるなよ?」
「へぇへぇ。わかりやした。……ったく、余計な力使って疲れたし、私も帰るわ。ではごきげんようってな」
苦笑いで私を見るノルンと、仕方ないやつだ、という顔のオーディン。
オーディンに至っては手のかかる孫を見るかの様な目で、憎まれている様には見えない。
私は仲間には恵まれているんだな、と思いながらもそろそろいい時間になった頃かと私も人間界に帰ることにした。
『こちらスネーク。どうやら二人は上手くやってるっぽいわよ。今仲睦まじく食事をしているみたい』
人間界に戻って携帯を確認すると、こんなメールが来ていた。
差出人は何と明日香。
そういえば今日は大輝と望月さんとでデートを楽しんでいるはずだ。
ということは何だ、みんなで尾行でもしてるんだろうか。
いやスネークって、そもそも明日香そういうキャラだっけ?
段ボールにくるまってる明日香とか見たら望月さん、卒倒しないだろうか。
それに望月さん鋭そうだし気づきそうなもんだけど、大丈夫なのかな。
大輝は正直それどころじゃないかもしれないけど。
『そうなんだ?じゃあ今夜は二人ともお泊りかな』
そうなるんだろうな、と思いながらも聞いてみる。
もちろん明日香にそんなことわかるとは思えないが、話題作りだ。
そういえば昨日は望月さん、黒のスーツで決めてたみたいだけど……今日は私服なのかな、仕事じゃないんだし。
ちょっとだけ見てみたいと思った。
『多分、このままいけばお泊りなんじゃないかしら。やっと望月にも春が来るんだと思うと、感慨深いものがあるわね』
明日香は心から喜んでいる様に見える。
ずっと、気にしていたんだろうな。
そういう信頼関係も悪くない。
私もいつか、ノルンに男とか紹介できたらいいな、なんて思う。
『なるほどね。それより今日は望月さん、どんな格好してるの?』
明日香に送ったメールに対して、彼女は何と写真を送ってきた。
本当に二人が仲良く夕飯を食べている。
ワンピースか……イメージにはないけど、どっちかって言うと大輝が好きそうなデザインな様な。
明日香から事前に大輝の好みを聞いたのかな。
だとしたら望月さんは意外にも尽くすタイプなのかもしれない。
その後も明日香ととりとめのないメールをして、私も夕飯にする。
今日は望月さんに譲ったし、明日か明後日辺りはまた私も大輝に相手してもらおう、なんて考えながら黒渦に思いをはせる。
あれが七つの大罪になぞらえてるんだとしたら、残りあとまだ六つ。
しかも後半になるにつれて試練の内容がきつくなっていくという。
だけどロキの言った通り……あいつの言う通りとか腹立たしいことこの上ないが、私もいる。
他にもメンバーはいる。
だったら何とかして乗り越えられる方に賭けるしかない。
しかし大輝本人には伝えるべきかどうか……今はまだ黙ってた方がいいかもしれない。
言ってしまうことで変に構えさせてしまうのも大輝が可哀想だ。
次が何の大罪で来るのか、とかそういう傾向の様なものすら掴めていない現状でいたずらに大輝を混乱させることもあるまい、と考えて私は黙っていることに決めた。
私が話さなくても、いずれ大輝は身をもって知ることになると思うし、もしかしたら何かしらのタイミングで知ってしまうということもある。
……しかし、もう少し私も我慢強くならないとなぁ……。
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