やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第41話

思えばあっという間の数か月だ。
まだ高校入学してから三か月弱なのに、色々なことがありすぎた気がする。
春海との死別、明日香、桜子、愛美さんのハーレム加入に朋美襲撃……。


何より死んだわけだから二度と、絶対、まず会うことなどあり得ないと思っていた相手との再会……これが一番驚いた。
もちろん嬉しい気持ちだって大きいが……普通に生きていたらまず経験し得ない出来事ばかりだ。


しかも睦月……元春海の正体が神様で、よりによって力の女神、戦女神スルーズとかいう物騒な神様だったという。
睦月の逆鱗に触れたら、俺は跡形もなく消滅させられたりしないだろうか……。
いや、でも俺とちゃんと付き合える様にする為に二万回以上春海の人生やり直したとか言ってたくらいだから……俺って大事にされてるってことか?


結果として、俺は思い人と一緒にいられているわけだから贅沢は言えないわけだが。
それから姫沢家訪問からの睦月と両親の和解。
これだけの出来事がたった三か月弱の間に詰め込まれている。


そして俺こと宇堂大輝は、あの姫沢家での謎解きが終わった週の週末、朋美以外のハーレムメンバー全員で睦月の暮らすマンションに集結し、まったりとした時を過ごしていた。


「……魔導書?」
「ああ。本当に存在するのかなって」


元の睦月の趣味なのか、それとも今の睦月の趣味なのかはわからないが、ありとあらゆる漫画、アニメDVD、ラノベと言った娯楽がここには揃っていて、正直俺からしたら天国みたいな場所だ。
新しいものに手を出す前に、俺はいつも見慣れたものなどに手を出す癖があって、ここでも俺はちょっと懐かしい現代ファンタジーのアニメを見ていた。


「魔導書なぁ……私からしたら絵空事の代表格みたいなイメージなんだけど」


愛美さんはそう言ったが、アニメなどが嫌いではなさそうだ。
現に俺と一緒になってそのアニメを見ているし、キャラの考察とかそういう議論も出来る。
昔どういう人だったとか、そういう話は聞いたことがないが、何となく俺から聞くのは憚られて聞けないでいる。


頭の回転は速いし割とよく色んなことも知っていることから、優秀な人なんだろうなという想像は出来るが本人が語るまでは触れないでおくのも優しさかと考えて、俺は聞かないでおいている。


「私はあってもおかしくないと思っているわ。というか、あったら面白いかな、くらいの認識だけど」


明日香は自分から進んでアニメなどは見ないし、睦月の家では小説を読んでいることが多い。
それも、分厚い辞書みたいなやつ。
そして桜子も、明日香が読む様な難しいのを読んでたりするから驚きだ。


さすがに学校での成績上位者は違うな、と思う。


「あったとして、大輝くんは何に使いたいの?」


桜子は存在そのものよりも俺の用途が気になるらしい。
何に使う……そもそも魔力なんて物を持たない俺が、持ったところで使いこなせるのか、って話になりそうなんだが。
睦月みたいな何でもありの神様だったらともかく。


「どうだろ、持っても多分使えないんだろうし、目の前にあったら、おおすっげぇ!くらいにはなりそうだけど……想像できないな」
「まぁ、大輝の想像力だとそんなもんだよね。エロい妄想はすごい想像力発揮するのに、何でこういうのはダメなんだろうね?」


睦月に物凄い心外なことを言われた気がする。
いや、間違ってはないんだけどさ。
ちなみに魔導書の使い道が思いつかないのは、現実味がないからってだけ。


エロいことがすぐに思い浮かぶのは、現実感たっぷりなんだから仕方ない。
環境がそういう環境なんだから。


「ちなみに、魔導書はあるよ。多くの魔導書は紛失しちゃったり火事とかで燃えちゃったりって経緯があって無くなっちゃってるけど、人間界にあるだけで四冊、確認されてるね」
「え?あるの?完全に空想上のものだと思ってた。あっても何て言うか、オカルト的な感じのイメージっていうか……」
「へぇ……夢のある話だな。それって、ちゃんと魔力とかが宿ってるのか?」
「そうだね、見た目じゃわからないことが多いけど、封印が解けると……普通の人間が持っただけで命の危険が伴うくらいのものに変わるよ」


睦月の言葉に場が静まる。
何て言うか、この短期間で数々の超常現象を起こしてきている睦月の言葉だけに説得力が半端じゃない。
少なくともこの場にいる人間は睦月の力をその目で見てきているし、疑う余地はない。


「い、命の危険って……」


明日香が漸く口を開くが、目が少し恐怖を覚えている様だ。


「精神を呑まれるって言うのかな、魂が食われるって言うのかな……どっちにしても生きていけないレベルの話になるかな」


何ともとんでもないことをさらっと言うが、俺たちは正直笑えない。
まぁ、目の前にその魔導書があるわけじゃないから別に怖がる必要はないのだが……懸念されるのは、現物を睦月がこの場に取り寄せたりなんてことも出来ちゃうんじゃないかってことだ。


「見てみたい?」
「い、いや……そんな話聞かされて見てみたいなんて言えるやつはさすがに……」
「あたしは見てみたいけど……でも、見たらあのアニメみたいなことになったりしねぇの?」
「魔力が開放された状態で見ると、あんなものじゃ済まないかもね。ちなみに人間界に現存するものだと実は大したものじゃないっていうか……」
「どういうこと?」


桜子が不思議そうな顔をしている。
なんて言っている俺も意味がわかってないから人のことは言えないのだが。


「あれは元々堕天した天使が作ったもので、人間界を混乱させるのが目的だったのね。精神がある程度鍛えられた、その堕天使から認められた人間が持つと威力を発揮して、その人間に魔力を与えるっていうものなの」
「何かややこしい話になってきたな」
「人間界に残ってるのは、魔力そのものが気化しちゃってる様な感じのもので、残りカス程度の魔力しか残ってないって言えばわかりやすいかな?まぁ、それでも普通の人間には有害だし封印はちゃんとされてるんだけど」


誰が一体、どういう目的で残したのかわからないけど、何かの拍子に封印とやらが解けちゃったりということはないのだろうか。


「封印の解除には、ある程度の手順と道具が必要だからね。まず普通の人間じゃ解けないんじゃないかな。それに、もっと強力なのは神界にあるから」
「神界って……お前の故郷だっけ?」
「うん。主神オーディンが厳重に管理してるし、無断で持ち出すことは出来ない様になってるから、罷り間違っても人間界には持ってこられないと思うけど。まぁ、魔導書なんかよりももっと危険なものがヴァルハラには沢山置いてあるしね」
「何だか理解を超えた話になってきたな……」


さすがの愛美さんも、頭を抱えている。
睦月の中身が神で、その神は戦女神スルーズという超大昔に活躍した女神だったってのは聞いたけど、それでも到底想像の出来る世界ではなかった。


「見てみたいなら、借りるくらいは出来るけど、どうする?」
「ええ……何かそう言われると、どっちとも言えないな」
「そうね……正直命に係わるかもしれないとなると気軽に見たいです!とか言えるものではないって言うか……」


普段毅然としている明日香でさえ、魔導書を実際に見るとなると少し腰が引けてしまう様だ。
そんな明日香でもビビる様なこと、俺みたいなノミの心臓の持ち主が見たら、封印状態でも死んじゃうんじゃないだろうか。


「あ、そうだ朋美にも聞いてみよう」
「朋美がいくらおっかない子だって言っても、さすがに魔導書に太刀打ちできるとは思えないよ、大輝」
「そ、そうかもしれないけど……あれだけおっかない女なんてそうそういないからな……よし、送信っと」
「うわ、大輝くんもしかして、いざとなったら朋美を盾にしようとか考えてない?さすがにドン引きだよそれは……」


桜子が本気で引いた顔をして俺を見る。
さすがにそこまで考えてはいなかったが、何て言うのだろうか。
神頼みに近いものがあるかもしれない。


あれだけ強い女が一緒に見てくれるなら、俺ももしかしたらビビらないで見られるかもしれないし。


『は?魔導書って何言ってるの?意味不明なんだけど。大体そんな危険なものを私に見せてどうしようって言うの?こないだの仕返し?』


メールの着信音が鳴って、開いたメールを見て危機感を覚える。


『みんなで集まってるんだろうから、楽しそうだし私も行きたいけど、私これからバイトなの。だから私の代わりに魔導書とやらを見て、感想を四百字以内でよろしく』


一瞬で見捨てられた。
この流れだと、見ないと先に進まないってやつだろうか。
というか見ませんでした、なんて朋美に報告したらどんな仕打ちを受けるか……。


「まぁ、朋美もこう言ってることだしちょっと取り寄せてみるね」
「ま、待て!まだ心の準備が……トイレとか」
「はぁ……何そんなにビビッてるの?封印状態なら別に害とかないから。大体ページ開いても多分大輝じゃ読めないと思うし」
「まぁ、英語とか……日本語以外だと俺、確かに読めないかもしれないな」
「強制的に読める様にしてあげることも出来るよ?」
「や、やめてくれ!さすがに俺まだ死にたくない……」


こんなにマジでビビってるから、睦月も面白がってからかってくるんだろうとは思うんだけど……それでもやっぱり怖いものは怖い。
得体が知れないものって、やっぱり怖いと思うの。


「まぁ、朋美が見てこいって言ったんだったら見ないわけ行かないよな、大輝は。私たちも付き合ってやるからさ、思い出作りってことで一緒に見ようぜ?」


不敵な笑みを浮かべながら愛美さんが俺の肩を抱く。
男らしいなぁ……なんて言ったらぶん殴られそうだから言わないけど。


「ああ……私たちも一緒に見るのは確定なのね」


明日香はやや気が進まない様子だったが、みんなで見るということなら、と渋々承諾した。
逆に桜子は怖いものがないのか、少しワクワクしている様だ。
サイヤ人か何かなのか、桜子は。


「みんな大事なことを忘れてるみたいだから、改めて言っとくけど……ここにいるのは神だからね?何が起こっても私の前には無力みたいなもんだから。大船に乗ったつもりでいてよ」


睦月はそう言うけど、こいつ案外適当だからな……。
それに俺をからかう為には死力を尽くすみたいなとこあるから、どうも心の底から信用はできないっていうか……。


「大輝、何その顔……」
「え?」
「何か私、信用ないみたい。ちょっとムカついたから今すぐ魔導書取り寄せるね」
「ええ!?」


一気に場が騒がしくなる。
さすがに理不尽じゃないか?
俺まだ何も言ってなかったはずなのに。


「た、大輝お前……」
「いや、待ってくださいよ、俺まだ何も……」
「いや、今のは大輝くんが悪いわね。ちゃんと謝らないと」
「ふん」


当の睦月はそっぽを向いてしまっている。
そして何か別のことに意識を集中している様に見えた。
これはいよいよまずいかもしれない。


「む、睦月、待ってくれ。俺が悪かったから。反省したから!」
「何を反省したの?大輝って最近、私の扱いがぞんざいだよね。本当に私に会いたかったの?」
「あ、当たり前だろ!?お前が生きてたら、って何度考えたことか……」
「ふぅん?それにしては……」
「大輝くん、ちょっと」


桜子が俺を呼んで、耳を貸せとジェスチャーしてくる。
この非常時に、何を呑気に耳打ちなんて……と思ったがもしかしたら奇策を授けてもらえるかもしれない、という藁にもすがる様な思いから俺は桜子に耳を貸す。


「こういう時はほら、抱きしめてチッスして耳元でアイラビューでしょ」
「…………」


真剣に聞こうとした俺がバカだった。
こいつ、他人事だと思って……。


「あれぇ、大輝……桜子がせっかく授けてくれた攻略法を、無駄にするのか?」
「え?」


愛美さんは他人事だと思ってニヤケている。
この人、人生楽しそうでいいなぁ……。


ていうか嘘だろ?
あんなのでいいのかよ。
案外こいつ、チョロくね?


「わ、わかったよ、俺の本気を見せてやる!」


ヒュゥ!と愛美さんが囃し立てる。
桜子や明日香も、そういうのを見るのは嫌いじゃない様で案外ノリノリだ。
だが……。


「どうしたの?大輝」
「いや、えっと……」


睦月の前まできて、立ちはだかったはいいが……何て言うか人が見ていると思うと、どうもやりにくい。
恥ずかしいというか……いや、朋美の前とかだと割とよくやってたし、壮行会でもチュッチュしてたんだけどさ。


「ほら大輝くん、こうガバっと!!」


桜子が言いそうなことだが、言ったのは何と明日香だ。
ガバっと、なんて言われても……。


「男らしくねぇなぁ……そんくらい躊躇なくやって見せろよ……」
「そ、そうは言いますけど……」
「何?できないんだ?だったらもう魔導書出すけどいい?」
「ま、待って!お待ちになって!」


睦月の目が冷たい。
ここでヘタレたら、睦月は勢いで取り寄せた魔導書の封印を解いてしまうんじゃないかと思われる。


「大輝は私のこと、そんなに好きじゃないのかな。悲しいなぁ……」
「ば、ち、違うから!た、ただちょっと恥ずかしいってだけで……」
「へぇ、私って大輝から見て恥ずかしい女なんだ?知らなかった」
「そういう意味じゃ……ええい、ままよ!!」


何事も勢いって大事だよな。
そう思って俺は勢いに任せて、睦月を抱き寄せた。


「…………」
「…………」


抱き寄せたはいいが……この先どうしよう。
いや、やることなんて決まってる。
決まってるんだけど……。


「その先は?ほれほれ。早くしないと、もう魔導書はすぐそこに……」
「く、性格悪いなお前……」
「そういうこと言うんだ?」


そう言って睦月がまたもむっとして、手を天にかざした。
あかーん!!


「さ、させるか!!」


俺もすかさず睦月の顔を顎から掴んでこっちを向かせる。
こうなったらもう、恥ずかしがってる場合じゃない!
俺の命がかかってるかもしれないんだ!!


そう思って一心不乱に睦月の唇に吸い付く。
これで俺の命は助かった!!
と思ったところで一つ気づいたことがあった。


誰が、俺の命の危機だなんて言った?
そもそも、全部可能性の話じゃなかったか?


「…………」
「…………」


何をしてたんだろう、俺は。
いくら何でも怯えすぎじゃないか?
慌ててたとは言っても、人前で必死で睦月に吸い付くなんてこと……。


睦月から離れてがくっと膝を折って、俺は床に跪く。
こいつは俺の苦しむのを見て楽しむ、悪魔みたいな女だということを忘れていた……俺のバカバカバカ!!


「ああ、気づいちゃった?まぁ、私が取り寄せても結局封印状態ならまず危険はないし、封印解けても私の力でどうにでもなっちゃうんだけど」
「…………」


マジで性格悪いなこいつ……。
キスくらい確かに減るもんじゃないから別にいいけど……やっぱ恥ずかしいんだよ、こっちは……。


「というわけで、取り寄せるからね」
「ひ、卑怯者!!」


こうして俺たちは、睦月の言う本物の魔導書を目にすることになる。
ある者は楽しみにして、ある者は怯えながら、睦月の手元に召喚されたその魔導書を見守るのだった。

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