やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第40話

「何それ……何か漫画とかの設定?」
「そう言いたい気持ちはわかるけどね。でもさっきのあの場所からここまで一瞬で移動できたのとか、常識じゃ説明できないでしょ?」


粗方の説明を終えて朋美は、ぽかんとしながら口を開く。
信じられないのも無理はない。
中二病にでもかかった、とでも思われるのが普通だと思う。


しかし、これから先信じてもらわないといけない局面というのはいくつも出てくるだろう。
私は彼女を宥める手段の一つとして、能力をバンバン行使して行こうと考えていたからだ。


何故その結論に至ったかと言うと、まず朋美が一心不乱にバイトと学校、それも遠隔地で……今日まで頑張ってこられたのは、大輝がいたからだ。
この年頃の少女と言えば、思い人と離れてしまった場合に早々に他の男を探して、なんてことも珍しくはない。
にも関わらず朋美は、大輝へのその一途な思いを貫いてきた。


であれば、朋美を定期的に大輝に会わせてやるというのは、非常に有効な手段になりえると思った。
大輝だって、春海のことがなければ朋美を放置したりなんてことはなかったんだろうと思うし、そう考えると今回のことがなければ普通に朋美と会いたいはずだ。
そして朋美は社交性の高い人間。


宮本さんはもちろん、柏木さんとだって仲良くできるはずだと私は考えた。
ならば定期的に大輝と会える様にしてやることで、朋美を救済することは可能なはず。
今荒れてしまっているのは単純に大輝に非があることだし、その罰は甘んじて受けてもらう。


そこで手打ちにして、私がこれからの朋美についての条件をつきつければこの件も何とかなるんじゃないか、と私は思う。


「ってことは何?今は椎名睦月って言う人間の体に乗り移ってて……中身は神様ってこと?」
「まぁ、大体そんな感じかな。普通は信じられない様な話なんだと思うけど……」
「……信じられない様な話だけど、そうじゃないと話は進まないんだよね、多分」
「まぁ、呑み込んでくれるならありがたいけど」
「つまり俺は小学生の時、神に挑んでたってのかよ……勝てるわけねーわ、はは……」


大輝が笑いを取りにでも行きたかったのか、自嘲気味に言う。
しかしその呟きを聞いた朋美は血相を変えて大輝を見た。


「何私の許可なく口挟んでるの?大輝、それが遺言でいいの?」
「ひっ!?」


大輝なりに場を和ませようとした様だが、この時ばかりは逆効果だった様だ。
朋美も朋美で頭の中を整理するので手一杯なのだろうが、邪魔をされてお怒りというところなのだろうか。


「まぁまぁ待って、朋美。落ち着いてって」
「どいてよ、睦月。そいつ殺せないじゃない」


大輝は元々フェミニストの気がある。
仮に誰も止めないで朋美に撲殺されるとしても、おそらく完全な無抵抗を貫くのではないかと思われた。
朋美を殴れとか殴り返せ、とは思わないけどさすがに死なない程度の受け身とかは取ってほしいところだ。


一方私はフェミニストではないから男女問わず気に入らなければぶん殴るくらいはするけど……今回ばっかりは朋美悪くないしなぁ……。


「朋美、一個いい?」
「何?相手が神でも私は引かないわよ」


おお……完全にキレてますわ、これは。
心なしかオーラまで見える様な……よほど根の深い問題なんだな、これは。


「まぁ、そういきり立たないで。私は話がしたいというか……一個提案があって」
「提案?何に対して?大輝を生かせとかそういうの?」
「まぁ、私の提案に乗ってくれるんだったら……それももちろん候補に入るんだけど」
「そう……ねぇ、睦月……でいいんだっけ?私がどれだけ心配して、心細くて落ち着かない日々を過ごしてきたか、わかる?」
「えっと……ごめん、多分わからない」
「そうだよね、そう言うんじゃないかなって思ってた」
「だけど」


一回言葉を切って、大輝を見る。
大輝の怯え方が尋常じゃない。
まぁ、あれだけ脅かされたら仕方ないか。


「私もね、春海の体から離れて一週間程度だったけど……その一週間でも大輝に会いたくて仕方なかったし、寂しかったし心細かった。この体の元の持ち主がどんな人間だったかわからないけど、見舞いなんて遠い親戚の叔父さんしか来てくれなかったから。たった一週間でこれだもん、朋美なんかもっとだろうな、って想像は出来るよ」
「だったら止めないで。けじめはつけるべきよ」
「それはちょっと……だって大輝は朋美だけのものじゃないし」


朋美の言うことも一理あるとは思う。
放置されて、その時の不安とかそういうののやり場は?と思うのもわかる。
だけど今はそれをしたところで解決しない。


ただ、気持ちはわかるから、何とかしてあげたいところではある。
だってこのままだと、朋美とお別れすることになっちゃったりするんじゃないかって、ちょっと冷や冷やするし。
大輝が死なないということが大前提だけど、それでも朋美はもう既に仲間なのだ。
その朋美との別れは私の望むところではない。


こうしてまた会えたのは、こんなところで切れる縁じゃないってことなんだと私は思っている。
少し考えて、私は朋美に決着をつけさせる手段を思いついた。


「大輝、立てる?」


私は大輝に手を差し伸べる。
今まで地面に正座という珍妙なことになっていた大輝は、戸惑いながらも私の手を握り返して漸く立ち上がった。


「朋美、あんまり過激なのだと今後に支障とか出そうだからさ。デコピンで手打ちにしない?」
「はぁ?何言ってるのよ、それじゃ優しすぎでしょ!?けじめなのよ!?」
「まぁまぁ……とりあえずやってみよ?」


きょとんとした顔で大輝は私と朋美を交互にを見る。
そして朋美は私に言われて、釈然としない顔ではあるが渋々大輝の前に立った。
大輝はたかが女の子の力によるデコピン、くらいに思って油断していそうだが……それが大きな間違いであることをすぐに思い知るだろう。


「じゃ、やるから」
「あ、ああ……お手柔らかんぃっ!?」


バチィン!!という鋭い音と共に、モロに食らった大輝はそのまま目算で五メートルくらい吹っ飛んで、地面に倒れ伏した。
あれ、ちょっと強かったかな。
気を失っているみたいだが、まぁ大丈夫だろう。


「な……」


朋美が目を丸くして、吹っ飛んで倒れている大輝を見る。
ここまでやるつもりはなかった、という意志が見え隠れしている。


「朋美」
「は、はい」


私が声をかけると、今度は朋美がビビッて返事をする。
普段の朋美じゃできないことを、私が力を少し貸してあげることで達成することができた。
まさか朋美も、ただのデコピンであんなに大輝が吹っ飛ぶなんてことは想定していなかっただろう。


「これで、手打ちにしない?大輝、もう動けなそうだし。多分、もう十分反省はしたと思うし」
「あ……う、うん」


私が力を貸したということが理解できてないのか、まだ目の前の出来事が信じられない様子の朋美だが、ひとまず気は晴れた様だ。
先ほどまでと違って、表情も柔らかく見える。


「でね?さっきも言ったんだけど……私の提案、聞いてくれる?」
「わ、わかった。……どういうの?」


私は先ほど考えていた、朋美を定期的に大輝と会わせてあげるという話をしてみることにした。
具体的には私が長崎までワープして、朋美をこっちに連れてくればいい。
交通費もかからないし、帰りだって同じ様にできるんだから。


「言いたいことはわかったけど……睦月はそれでいいの?疲れない?」
「一日に何回もやるんだと疲れちゃうかもしれないけど……別にその程度だったら何ともないかな。ただ、朋美の都合もあるだろうから、ゆっくり出来る日とかそういうのをよく考えて指定してもらった方が朋美としても楽なんじゃない?」


そう提案すると、向こう一か月くらいは朋美もバイトを詰め込んでいるとかで、そんなに頻繁には来られないということがわかった。
それでもどうしても会いたい時は連絡する、ということも。
だとすれば朋美が時間を自由に使える頻度が増えるのは、夏休み辺りからになるのだろうか。


それならそれで、泊まりで来てもらっても……と考えたがその場所は?
柏木さんが一人暮らしって言うのはさっき大輝からちょっとだけ聞いたけど、さすがに人の家をたまり場みたいにするのは気が引ける。
どうしたものか……まぁ、その辺は追々考えて行ったらいいか。


「ほら、大輝起きて。大丈夫?」
「ぐ……ああ……な、何だったんださっきの……」


私に起こされて、呻きながら起き上がった大輝は自分の身に起きたことが信じられない様子だ。
まぁ、あれだけの威力のデコピンなんか、普通に生きてたらくらう機会なんかないんだろうから……貴重な体験をした、とでも思ってほしい。
一応死なない程度の手加減はしたつもりだけど、思ったよりもダメージは大きい様だ。


「ほら、これでもう痛くないでしょ」


おでこに軽く手をかざすと、朋美に殴られた傷から私のデコピンのダメージまでもが体から消えて行って、大輝は目を丸くしていた。


「お、お前本当にすげぇな……」
「まぁ、神ですから」
「本当に、何でもありなのね……すごいよ。これなら確かに私も気軽にこっち来れるかな」


朋美が落ち着いたのを見計らったかの様に、野口さんと宮本さんが戻ってくる。
まぁ、あの雰囲気の朋美と関わるのは、正常な人間だったら敬遠したいのはわかる。


「えっと、桜井さん?はどれがいい?」


宮本さんが奢ってくれたらしく、沢山の飲み物を朋美に見せて、私を含めた他の面々にも配っている。


「え、えっと……ちょっと怖かったから、私と明日香ちゃんは離れたところから見てたんだけど……凄かったね……朋美っていつからあんな……」
「映画のワンシーンかと思ったわ……映画と言ってもアクション映画だけど」


二人の顔に、朋美を怒らせるとやばい、と書いてある。
普通の女子高生がデコピンで人を吹っ飛ばす光景なんて、そうそう見られないしね、仕方ないね。


「ま、まぁ確かにあの吹っ飛び方は、どっかの芸人か何かかと思わされるかもね。ははは……」


そう言って朋美が引きつった笑いを浮かべる。


「お前ら笑ってるけどな……俺マジで死ぬかと思ったんだからな……」


確かに今の大輝だから耐えられたっていうのはあるかもしれない。
以前、私が春海として死ぬ前に大輝に赤ちゃんみたい、と言ったことがあるが、大輝が本当に赤ちゃんとか幼児だったら即死だったはずだ。
そんな必死な大輝も一緒になって、しばらく私たちはその場で歓談に花を咲かせていた。


「やっぱり仲間なんだから、他人行儀じゃ味気ないよね」


誰からともなくこんな意見が出て、私たちは皆名前で呼び合うことになった。


「いきなりこんなことになったけど……私も混ざって大丈夫なの?」


何となく気まずそうに、朋美が尋ねてくる。
まぁ、大輝にあれだけのことをしたのだからそう思ってしまうのは仕方ない。
だからって今更朋美抜きで、なんて考えるほどみんなも薄情じゃないだろう。


「私だってこの体では初見だからねぇ……別に気にしなくていいんじゃない?」
「私は異論ないわ……というか元々はあなたたちが二人で築き上げてきたものなんでしょう?」
「まぁね、そうしないと大輝は死ぬ運命だったから」
「ハーレムじゃないと生きられないとか、大輝くんらしくていいね」


そう言って桜子は笑っていたが、当の本人である大輝は青ざめていた。
まぁ、私からしても、今だからこそ笑っていられるが……正直真っ只中にいた時は笑えなかったからな……。


「笑いごとじゃねぇだろ……もし仮にだぞ?俺がお前ら全員から見限られたりなんて日がきたら、俺の命はそこまでってことになるんだからな?頼むから誰一人離れないでくれよ?」
「……必死過ぎて引くわね。やっぱり今後のことは考えさせてもらった方が良さそうだわ」
「お、おい明日香!?頼むからそんなこと言わないでくれよ!!何でもしますから!!」


半笑いで言ったはずの明日香は、言われるなり即土下座という大輝を見て本気で引いている様に見えた。
これまた大輝らしいとは思うが、土下座が癖になったりしない様にね。
現代社会において、土下座は一種の暴力なんて言う人もいるくらいなんだから。


少しして、朋美がそろそろ帰らないと、と言い出す。
確かに外は明るいが時間はもう、夕方の五時を回っている。
幸い朋美も大輝も今日はバイト等の予定はない様だったが、何も言わずに来てしまったから、と朋美は家のことを心配している様だ。


「じゃあ、早速だけど私が送るね。三人はちょっと待ってて」


そう言って私は朋美の暮らす長崎へと、朋美を伴ってワープする。
二回目のワープだけど、朋美はやはり驚いている様だった。


「本当に長崎だわ……やっぱり神様なんだね」


しきりに感心する朋美だったが、あまり騒がれると後が面倒そうだ。
幸い朋美の家の近くに人はいなかったが、中からタコ坊主やらが出てくる可能性もあるのだ。


「まぁ、あんまり大っぴらには言わないでもらえると助かるかな。人が押し寄せてきたりとかは面倒だから」
「あ、そうだよね。ごめん、あんまりにも驚いたからついはしゃいじゃって」


先ほどまで鬼神の様な顔をしていた朋美だが、こういう少女らしい一面だって持ち合わせているのだ。
そう、大輝が怒らせる様なことさえしなければ、朋美だってそこまで怒ったりなんかするわけないんだし。
後で再教育しておかないとな。


そろそろ家に入ると朋美が言う。
私がいれば朋美はいつでも地元に連れてこられるということもあって、朋美に別れを惜しむ様子はなかった。




「お待たせ」


地元に戻ると、三人が揃って私を見た。
大輝は私からすぐに目を逸らして、そんな大輝を明日香と桜子が冷やかす様に笑っている様だ。


「……?どうしたの?」
「いや……」
「今日はさ、大輝くんが一番会いたかった人に会えた記念日ってことで……」
「そうね、大輝くんは睦月の穴埋めをする必要があると思うわ」
「だ、だけどお前ら……」


大輝はどうも、気を遣われて照れているらしかった。
さっき目を逸らしたのはそういうことだったのか。


「でも、二人はそれでいいの?」
「ジュース買いに行ってるときにね、少し話し合ったんだ」
「今日くらいは二人きりにしてあげよう、って桜子が言い出してね。私たちと一緒にいても、大輝くんが見ていたのは違う方向だった、っていうことには気づいていたから」
「べ、別に俺は……」
「あら、違うと言うのかしら?」


明日香に睨まれて大輝がまたも目を逸らす。
大輝がそこまで私を思っていてくれたのだったら、私としてもやり直してきた甲斐があったというものだ。
そして二人の気遣いが、私にはとても嬉しかった。


「そっか……二人とも、ありがとうね。なら、お言葉に甘えて今日は大輝を独り占めさせてもらっちゃおうかな」
「ひ、独り占めってお前……」
「ゆっくりしてきなさいよ、私は一人で帰れるから。何なら家から車を呼んでもいいんだし」
「ありがとうね。今度ちゃんとお礼はするから」


明日香と桜子に見送られて、私と彼はその場を離れる。
睦月となった私の新しい家に、大輝を招待してあげようかな。
客人第一号ってことなら、大輝も喜ぶかもしれないから。


二人の厚意に応える為に、大輝には今日ありとあらゆる穴を埋めてもらおう。

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