やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第33話

先ほどまで平和そのもので静かだった室内が、一転して騒然となっている。
女医さんと数人の看護師さんが慌ただしく動いていた。
私にはもう、残された時間が極めて少ないことがわかった。


「姫沢さん、聞こえますか?今、ご両親に連絡を入れました。すぐにこちらに見えるはずですから」


私はパパたちが来るまで生きていられるんだろうか。


大輝は……さすがにこの時間じゃ難しいかな。
最後にもう一回だけでも会いたかった。
贅沢かもしれないが、野口さんや宮本さんとも会えたら最高だなって思う。


もしかしたらどれも、時間的なことから叶わない願いかもしれない。
それでもパパやママが来てくれるってだけでも、私にとっては幸せなことではある。
私はかろうじて、残る力で頷いてみせる。


声もまだ出せるかもしれないけど、その時まで温存しなきゃ。
女医さんが何やら看護師さんに指示を出して、直後に私の腕に注射が打たれた。


「姫沢さん、少し痛いかもしれませんが、楽になると思いますので。我慢してくださいね」


もう一本立て続けに打たれる注射。
以前注射なんて槍で貫かれた痛みに比べれば、なんて思ったけどやっぱり痛いな。
だけど機械のおかげか、少しだけ呼吸が楽になってきた気がする。


それでももってあと数時間というところだろう。
ここまでくると大体わかるものだ。
そして私は、大輝との出会いを思い出していた。


初めてのキスのこと。
あのあどけない、眩しい笑顔。
強がった顔に初めて頬を寄せた日のこと。


大輝の優しさはいつでも私に染みていた。
ほとんど毎日大輝の夢を見た気がする。
大輝のぬくもりをいつでも求めていた。


大輝の笑顔に癒された日々のこと。
彼がこれから幸せだと思える瞬間の為に、私はこの痛みも苦しみも受け入れる。
私はこれからもずっと、大輝の傍にいたい。


だから大輝がしてくれた懸命な告白を、今度は私が命を賭けて届けたい。


「開けます!」


病室のドアがノックされて、ドアが開く音がした。


「いらっしゃいましたか!!どうぞ中へ……春海さん、聞こえますか!?ご両親とお友達が見えましたよ!!」


私は目を開けて、何とか顔をドアの方に向ける。
そこにいたのはパパとママと、野口さんに宮本さんに……大輝。
だけど、入口で佇んでいるのみで入ってくる様子がない。


「大輝くん、どうしたんだ?中に入りなさい」


パパが大輝を促すも、大輝は動かない。
どうしたというのだろうか。


「ダメだ……入れない……」
「……ちょっと?」


大輝の言葉に、宮本さんが苛立った様な声を上げる。
そうか、大輝も漸く現実を受け止め始めているのかもしれない。
仕方ないな、本当……。


こんな時でもらしい、と言えるのか大輝は病室に入れない様だった。
そんな大輝を引っぱたいた宮本さん、そして後ろから背中を押してくれた野口さんのおかげで大輝はやっと病室に入ってきた。


「は、春海……」
「大輝……待ってたよ……」


先ほどまで出さない様に我慢していた声が、自然と出てくるのを感じた。
もう会えないままで死ぬことになるかもしれないって思っていたから、あれだけヘタレていたとしても、やはり嬉しいことに変わりはない。
大輝は私が先ほど吐いてしまった血に気づいて、青い顔をしている様だった。


「パパ……ママ……それに野口さんに宮本さんも……」
「春海ちゃん……」
「姫沢さん、ヘタレの彼氏を連れてきたわ。言いたいこと、言っちゃいなさいよ」


本当に、心強い。
前まで程上手く言葉を紡ぐことができないから、ちゃんとお礼が言いたいのになかなか言葉にならない。
その時はもうすぐそこまで来ているのだ。


「大輝は……相変わらずだなぁ……」
「っ……ごめん……」
「でも、ちゃんと……こうして来てくれたから……いいよ……」


俯いて本気で申し訳なさそうな大輝に向かって左手を伸ばすと、大輝が優しくその手を握ってくれた。
昔から温かくて赤ちゃんみたいだ、と思っていた。
私を忘れない様に、大輝には改めて言わせてもらう。


「大輝は……いつでも温かいなぁ……赤ちゃんみたい……」


少しでも思い出してもらえることがあるのであれば、私としても嬉しいことだ。
赤ちゃんみたいな顔して、赤ちゃんみたいに温かい、そんな大輝が好きだった。


「パパ……ママ……」


パパはきっと、私が姫沢春海として生き始めてから二番目に好きだった男の人だと思う。
それを伝えてあげられなくて申し訳ないけど、私の立ち居振る舞いはパパから盗んで身に着けたものが多い。


何万回やり直しても、パパがママと私に向ける愛情は変わらなかった。
家族を本当に大事に思っていて、その大事に思う家族の為にって多少辛くても公休以外で会社を休んだりっていうのも、一度も見たことがなかった。
心から尊敬できる父親だと思う。


「……何だい?」
「どうしたの、春海」


ママが毎日作ってくれていたご飯は、私にとっての憧れの一つだったと思う。
どれだけ真似をして作っても、ママの味にはならなかったし、本当ならもっと教えてもらって研究したかった。


パパの収入は一般家庭よりも大分多いはずだし、富裕層に属する我が家で買ってくれば済むものまで、それに近いかそれ以上のクオリティで作ってくれていた。
ハウスキーパーを雇ったりも一切しないで、自分一人であの広い家の管理を全部やっていたママには、頭が下がる思いが今でもある。


そういえば今回のママは知らないはずだけど、やり直し十回目前後で一度、生卵をレンチン爆破してしまって、それでもママは仕方ないわね、なんて言いながら笑って片づけてくれたっけ。
あの時ばかりは怒られることを覚悟したけど、全然怒られなくて肩透かし食った気分だったけど……でもママが優しい人だって改めてわかったんだった。


二人とも、泣いちゃってるなぁ。
そんな顔させるなんて、親不孝だよね。
本当にごめんなさい。


「今日までありがとう……二人の子どもで……良かった……」


心からそう思う。
出来ればまた、二人の子どもに生まれたいって思えるほどに。


「春海っ……!!」


二人ともが声を我慢しないで泣き始めた。
私はある程度伝えられているのだろうか。
だけど、まだ伝えないといけない人がいる。


「野口さん、宮本さん……」
「何?春海ちゃん、何でも言って?」


二人は既に涙が止まらない様子だ。
まだ生きてるんだけどね、かろうじて……あともう少しでその命の火は消えてしまうと思うけど……。


「今まで……仲良くしてくれて……本当にありがとう。すごく……楽しい時間だったよ……」


野口さんの明るさで、大輝も私も救われた様な気持ちになったことは多かった。
これからもその調子でいてほしいって思う。


いつだかのやり直しの時には、その飯マズ力で大輝を食中毒で死なせてしまった野口さんが、高校でこんなにも良い友人になれるなんて誰が想像しただろうか。
少なくとも私は想像できなかった。
きっとこれは、何万回ものやり直しを乗り越えたことで築けた信頼関係なんだろうと思う。


宮本さんに関しては私がからかい半分でちょっかいかけたのに、その後妙に懐かれてしまったけど……。
大輝とクラスが離れて落胆していた私にとっては、それを苦にしなくて済む様になって本当に感謝している。
そのプライドの高さと気高さが邪魔して友達を上手く作れなかったという宮本さんだったけど、私から見たら可愛いこと言ってるな、って言うことが多かった。


この二人と出会えたことは、春海の体を生きてきて五本の指に入るほどの出来事に数えられるかもしれない。
二人が、私の右側にさっと回り込んで私の右手を握ってくれた。
その手の温かさが、正真正銘最後の力を与えてくれたのかもしれない。


「最後に、大輝……」
「やめろ……最後なんて言うな……」


大輝が俯きながら呟く。
大輝は泣かない様だ。
泣かないんじゃなくて、泣けないのかな。


信じたくないのかもしれないが、本当にやばいのだ。
気を抜いたらその瞬間意識がなくなって、そのまま魂が抜けてしまいそうなほどに。


「大輝……抱っこ……」


甘えた様な口調になってしまったが、もうここまできたらそんなことはどうでも良かった。
大輝と二人が手を離して、私は上体を起こそうと試みるが、案の定力が入らない。
心なしか視界も霞んできている気がする。


「……これで、いいか?」


そんな私を見かねて大輝が手を貸してくれて、そのまま抱きしめられる。
何万回もやり直して求めたこの温もりを今再び、全身で感じることができた。
次の体では、ちゃんと大輝にこうして抱きしめてもらえるんだろうか。


いや、たとえどんな体であろうと必ずそうしてもらうんだけど。
見た目が変わっちゃっても、またすぐ必ず大輝の前に現れてみせるから。


「ずっと、こうしたかった……」
「バカだな、俺だってそうだよ……何ならお姫様抱っこだって……」


言えば困らせるだけだと思って、ずっと言えずにいたことを、漸く言えた。
だけど、もう一息……もうあと二言だけ……持ってほしい、この体!


「ありがとう、でももう十分だよ……だって、また必ず会えるから……」


最後の刷り込みだ。
どこまで大輝が信じてくれるかは未知数だが、この瞬間に言うのは大輝の中にも強烈な記憶になる可能性は高い。
この歪んだ運命において、大輝を生かす為の魔法の言葉。


そして私自身を別の体で立ち上がらせる為の暗示にもなっている言葉。
今度こそ絶対に死なせない。
生きて絶対に再会してみせるんだ!


「大輝……」


あと、あと一言だけ。
体から力が抜けていく。
魂が勝手に抜けそうになるのを、必死で抑え込んで。


「大好き」


最後の最後、残りカスみたいな力だったが、全てを絞り出して発せられた言葉。
考えていたよりもずっと、はっきりと言葉になった。
ちゃんと、私の大切な恋人に言いたいことは伝わっただろうか。


それから朋美……ちゃんと知らせてあげられなくてごめん。
でも、次に会う時にはちゃんと私の口から説明するからね。


この別れは決して永遠の別れではない。
大輝が世界に、運命に絶望しない様に。
言わば出会い直す為の、最後の仕上げなのだ。


そう思った瞬間、目の前が真っ暗になる。
魂が完全に抜け出る時の、あの何年ぶりかの感覚。




目を開けると、そこは病院っぽい天井だった。
まぁ、死にかけてる人間にしか憑依できない私にとっては病院で目覚めるなんて、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
しかしさっきまで寝ていた病院とは大分違うみたいだ。


それにしても……あれだけ頑張ってきた春海の人生は終わってしまった。
また違う体でやり直すのか……まぁここまできたらもう、春海の時の様な異常な回数やらなくて済む様に気を付けるだけだ。


「あ、目が覚めたみたいですね」


声がした方向を見ると、看護師さんと思われる女性が私を覗き込んでいた。


「えっと……」


声を発するとそれが女性のものであることがわかる。
そして声を出すのと同時に、頭と体のあちこちが痛むのを感じて軽く呻いてしまった。


「記憶が混乱してるのかな、ちょっと待っててくださいね」


看護師さんは私にウィンクして病室を出た。
どうやら上手く女性の体に転生できたみたいだけど……胸のサイズは少し小さいな。
大輝に会った時、がっかりされたりしないといいんだけど。


とりあえず周りを漁ってみて、自分が何者なのかを確かめようと思った。
ベッドサイドの引き出しに、この体の検査結果と思しき書類が入っているのを発見する。


「椎名、睦月……」


これがこの体の個体名。
年齢は……十六歳。
誕生日は……六月五日?


これって春海と同じなんじゃ……。
どういうことだ?
ただの偶然だよな……。


まだまだわからないことだらけだし、と思って更に周りを漁る。
この体の持ち物であると思われるカバンが床に置いてあった。
酷く汚れて傷ついている様に見える、黒い手提げカバン。


その手提げの中に手鏡があった。
じゃあまずはそのお姿を、なんて思って自分の姿を手鏡で確かめる。


「えっ……?う、うっそぉ……?」


思わず言葉が漏れるほど動揺した私は、つい手鏡を取り落としてしまい、鏡が割れて破片が飛び散った。
何故なら、そこに映っていたのは髪型こそ違うが姫沢春海そのものと言えるほどそっくりな顔だった。
私は茫然としながら駆け付けた医者の問診を適当に受け流して、ノルンにどういうことか問い詰めることにした。


(おいノルン、聞こえてんだろ……というか……見てるな?)


またもすぐには返事がない。
しかし以前ちゃんと返答があったことは覚えているし、すっとぼけさせる様なことは認めない。


(おいこら!!聞こえてんだろ!!とっとと返事しやがれ!!)
(は、はいはーい……用件は大体わかってるよ……。その体のことだよね?)


うわぁ……なんつーかマジでイラっとくる。
私が動揺するかもって、こういうことだったのかよ。
呑気な声出しやがって本当、いい性格してるわ……まぁ、事前に聞いてたら寧ろウキウキで死んでたかもしれないけど……。


(どういうことだ?誕生日も年齢も、見た目も同じとか。当然何か知ってるんだよな?)
(まぁ、何て言うか家庭の事情って言うの?そういうのが……)
(あー、もういいわ。きっと姫沢家にも関連することなんだろうし。今度会いに行って直接確かめるわ)
(そ、それにほら……見た目が春海とほとんど同じなら、大輝のハーレムにも入りやすいんじゃない?それにその子、もう天涯孤独だし動きやすくもあると思うんだよね)
(いや、あんだけ私が頑張って演出した感動の別れだぞ?逆にどんな顔して大輝に会えばいいのかわからなくなったんだけど。あと天涯孤独ってどういうことだ?この子にだって、家族くらい……)
(ううん。その子の家族は一家まとめて先週の事故で死んじゃったから。ちょっと高速道路で大きな交通事故があってね。正直その子も危なかったから、今スルーズはその体に入れてるんだよ?テレビとかで見なかった?)


ニュースで見た記憶がある様なない様な、というものだったが当時春海の体の病状がクライマックスでそれどころじゃなかったのだ。
かなり凄惨な事故だったと言われたその事故の、唯一の生存者がこの椎名睦月ということになる。
睦月の家族は家の用事で二つほど離れた県へ車で出かけていて、帰りの高速で少し走ったところに対向車線のトラックが逆走して真正面から突っ込んだという話だ。


睦月の家族の父や母は即死、弟は病院に運ばれたが、数時間後に死亡した。
そして睦月だけが重体になっても尚生き続けていたが、容体そのものは良くなかったらしく危篤状態に陥り、その瞬間に私が憑依したというものだ。


(大体の事情はわかった。まぁ、大輝のことは退院してから考えるからいいとして……怪我はもう治っちゃってるんだけどいいよな?)
(大丈夫じゃない?それに治ってないと弊害の方が多いでしょ?)


そんな会話を続けているうち、いつの間にか医者らは病室から引き揚げていた様で、私は再び病室で一人になっていた。




「今回のことは、大変だったね……ご家族のことも」


翌朝、病院からの連絡を受けて私の元を訪ねてきたのは、親戚の叔父さんを名乗る人物だった。


「いえ……」


叔父さんからは叔父さん家族との同居を誘われたが、今後のこと、大輝と再開してもう一度ハーレムを築かないといけないことを考えると、一人の方が何かと都合も良いだろう。
それに、どうも話しているうちに叔父さんとしてもその方がありがたい様に見えたので私は一人で暮らす道を選んだ。


私の……睦月の体は結果として全身打撲という重傷でありながらも骨折等の損傷はなく、頭部への打撃から脳へのダメージが懸念されていたが、受け答え等はっきりできていることから一週間程度で退院できるとのことだった。
もちろん全身打撲の症状そのものは私が宿ったことにより、すぐに神力で治ってしまったし、医者も再度検査をして驚いていたのは間違いないんだけど。


そして待ちに待った退院の日。
入院などにかかった費用は当然手持ちがないので、後日振り込まれる予定の保険金で何とか、ということになった。
後で早々に口座関連も何とかする必要はあるだろう。


さて、まず住所を頼りに帰ることにするわけだが、帰ったら葬儀関連や相続関連などなどやらないといけないことがてんこもりだ。
どうやら、自宅は春海の頃に通っていた高校から近い場所にある様だった。
ということは、大輝を探すにしてもそこまで苦労しなくて済むかもしれない。


不謹慎かなと思いながらもルンルン気分で病院を出て、少し歩いたところで覚えのある声がした。
この声……もしかして……。


「やべぇぞこれ……マジで俺、殺されちゃうかもしんない……」
「落ち着きなさいよ……私や桜子からも説明する様にするから」
「そ、そうだね……死ぬ時は一緒ってことで……」


何てタイムリーな……。
あと、何か物騒な話してる気がするんだけど。
そして向こうもこっちを見て固まっているではないか。


「な……」
「え……」
「は、春海……?」
「大輝……!!」


大輝は何と、野口さんと宮本さんを連れて……しかも腕組んでる……だと……!!
それ私のだから!!
何で二人が大輝と腕組んでるの!?


ていうかあれだけ感動的な別れをしたのに、この見た目で再会って……やっぱり気まずいことこの上ない。
そして、何の覚悟も出来てない段階でのこの再会。
どうしよう、本当……。


「お、おいお前……春海……なのか……?」
「えっと……春海?って誰ですかね?私、椎名って言いますけど……」


とりあえずすっとぼけてみたけど、そういえば私動揺して大輝って呼んじゃってた様な……。


「で、でも……どう見ても姫沢さんよ……それにさっき、大輝って呼んでいたし……」


ああ、やっぱり覚えていましたか。
こいつは困ったぞ、と。


「う、そ……本当に春海ちゃんなの……?」


三人ともが、幽霊だとかありえないものを見るかの様な顔で私を見ているけど、大輝だけは泣き出しそうな顔に変わった。
まぁ、こうなってもおかしくないし、こうじゃなきゃ面白くない。
だけど、今のこの三人の親密さはちょっと異常だよね。


「は、春海なのか!?なぁ、おい!!」
「ちょ、痛っ……落ち着いてよ、大輝……」


大輝が二人の腕を離して、私の肩を掴む。
興奮気味の大輝に割と全力で掴まれた肩が、油断していた私にはちょっとだけ痛かった。


「あ、ご、ごめん……なぁ頼む、答えてくれよ……」
「私が答える前に、一ついい?その二人は何?彼女?」


慌てて大輝が手を離すも、その顔はまだ興奮冷めやらぬ様子に見える。
私の言葉に三人が顔を青くしていた。
もしかしてだけど……まさかってこと?


「えっと……実はだな……」


頭をかきながら渋々と言った様子で大輝が語り出す。


「あのあと、俺は春海が死んだって事実を受け入れられなくて、葬儀なんかからも逃げてしまったんだけど……」


もう私が春海であると決めつけて話している。
まぁ、間違ってないし否定しても面倒なことにしかならなそうだから黙って聞いてあげよう。
ていうか葬儀から逃げたってまたすごいな……この二人はそれをほっといたんだろうか。


「何日も死んだ様な生活してて、それで二人が色々してくれてたんだけどな……」


色々の部分と、その前の過程が大分省かれている様な気がしないでもない。
まぁ、色々の部分は、この段階ではどうせ甲斐甲斐しく様子を見に行ってくれてたとか、そのくらいのことなんだろうと思うが。


「それで……最初俺は二人が煩わしく感じていたから、何とかして突き放そうとしたんだけど……やり方がまずかったのか失敗してだな……」
「……何しようとしたの?」


何ともいい予感がしない。
私がこの一週間悶々としながら過ごしていたというのに、まさか……。


「二人をホテルに連れ込んで……」
「はぁ!?」


いかん、つい驚いて大きな声が……。
三人がビクッとしてプルプル震えている。


「ま、まぁ百歩譲ってそれはいいよ……うん、良くないけど、いいよ……。で?そのままンギモッヂィィィィ!みたいになって今があるってこと?」
「……正しくは俺が返り討ちにあって、……って流れだったんだけど」


何という肉食。
何という本性。
この二人がそんな狂暴な本性を秘めていたなんて。


二人は顔を赤くして、大輝を恨めしそうに見ている。
大輝はこの二人を受け入れたってことか。
どうやら、私が死んで大輝の倫理観は完全に破壊された様で何より……なのか?


「それから……今ここにはいないんだけど……柏木さんも……」
「えっ?」


思わず間抜けな声が出てしまう。
柏木さんって、あのバイト先の?
どんだけ手広くやってんのよ……。


「流れで春海のことを吹っ切れてないっていう相談みたいな感じになって……それで柏木さんの家に連れ込まれて……」


仲良いなとは思ってたけど、まさかそんなことになってるなんて……。
男子三日会わざれば、刮目して見よとか言うけど……たかだか一週間ちょいでこんなことになってるなんて、誰が想像できるの?
大輝のイメージが絶倫大王みたいな感じになっちゃいそうだ。


「それで明日香と桜子も、結果として柏木さんのことを認めてくれてだな……」


明日香に桜子……ほう、名前呼び……親密ですねぇ。
……ちくしょう、こっちはずっと我慢していたというのに!!
何ならこの場で大輝を頂いてしまいたい気分だ……!


それに、この感じだと……朋美は結局放置したってことか。
遠くの女より近くの女ってわけね……。


「そ、それより助けてくれ!お前も一緒に来てくれればきっと朋美のやつも……ほら、春海が死んで桜子たちと付き合ってるって……あれ?でもお前今、目の前に……ああ、ややこしい!!というかお前、春海でいいんだな?春海だった、とかそういう認識でいいんだな?」


ヘタレの究極形が見られた気がする。
出会って早々に助けてくれとか、人違いだったらどうするつもりだったんだろうかこの子……。
そして結局朋美のこと放置したのか、大輝は……。


そりゃ朋美だってブチ切れるわ……。


だからちゃんと連絡取っておけって言ったのになぁ……まぁ、ここまでの事態になってるなんて想像もしなかったけど……。
話から察するに、これから朋美と会うことになっているんだろう。
まぁ、死亡フラグは回避されたんだし、ここで朋美に殺されるなんてことは多分ないと思うけど……。


……結果オーライ、というやつなんだろうか。
まさかこんな短期間に、しかも近場で女こさえてるなんて、完全に予想外だったけど……。
でも、これで大輝の死の運命が完全に回避されたんだとしたら、私としては喜ぶべきところなのかもしれない。


結果だけ見るなら、大輝はあれから一週間以上もの間生存している。
こうして目の前で生きているのだ。
これを喜ばないんだったら、私は今まで何の為に頑張ってきたのかという話になってしまう。


大輝の死亡フラグは、大輝自らが築き上げた真のハーレムによって、完全に除去されたと見ていいはずだ。
……ああくっそ!!色々納得できない様なもどかしさはあるけど、とうとうやってやったぜ!!
私はとうとうあの忌まわしい運命を乗り越えて、辿り着いたんだ!!


運命よ、私の前にひれ伏せ!!
……とまぁ大輝がちゃんと話してくれたんだから、私も説明はしないといけないだろう。
この数奇な運命と、私の今までの軌跡を。


だけど、何処まで説明しよう……でもノルンと話した時に神であることを明かす、って言っちゃったしな……。
春海の時の何万回にも及ぶやり直しのことも、私が持つ大輝への異常な執念も、全部大輝ならきっと笑って聞いてくれるよね。
もしかしたらドン引きされるかもしれないけど、そんなものはその時私の全てを見せて上書きしてやればいい。


今までだって、ずっとそうしてきたんだから。


それに、これからはきっと楽しい日常が待っているに違いないし……。
だからまぁ大輝の今の災難、朋美の説得くらいは協力してやるか。
全く、相変わらずしょうがないなぁ大輝は……。


「大輝、私はね……」




第一部 完

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