やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第22話

「大輝、隙ありすぎ。相手が強いからって、最初から諦めてたら勝てる勝負も逃すことになるよ」
「んなこと言ってもな……」


怪異・タコ坊主に叩きのめされてから早くも四日。
俺はあのタコ坊主に再戦を挑むべく、あの翌日から春海に稽古をつけてもらっている。


場所は春海の家の広い庭。
作戦決行は早い方がいいだろうということで、大晦日に決めた。
春海の稽古は苛烈を極め、容赦なく拳や蹴りが飛んでくるし、当たればもちろん痛い。
それでもおそらく春海は実力の半分も出していないのだろうということが、辛うじてわかるくらいにはなった。


二日前、朋美が少しでも明るい気分になればと考えて、俺たちはクリスマスパーティを決行した。
案の定暗いムードは解消されなかったが、朋美に多少の笑顔を取り戻すことができたはずだ。


もちろんそれはすぐにまた、沈んだ表情へと変わってしまったのだが。
しかし、俺も春海もまだ朋美を諦めてなどいない。


クリスマスはもう終わってしまったことだし、諦めた。
だけど年越しくらいはみんなで笑って過ごしたい。
だから俺はこうして悪あがきをしている。


最悪、俺の願いなんか通じなかったらそれはそれでいい。
俺が一生懸命であることが、朋美に伝わるかどうかが肝心なんだから。


そう、今回大事なのはその結果ではなく、あくまで過程なのだ。


「ほら、大振りすぎ。攻撃が正直すぎるよ。避けてくださいって言ってる様なもんだからね、それじゃ」
「うおおお!?」


俺の回し蹴りがいとも簡単に止められ、空いた脇腹にショートアッパーが入る。
とても女の放つ一撃とは思えないほどの重さを持った、春海の攻撃。
もしかしてこいつ、本当にタコ坊主より強いんじゃないか、なんて考えてしまう。


「ぐふ……」
「どうしたの?もう終わり?それとも休憩する?」
「いや、まだだ……やれるぞ……」
「ふふ、そう来なくちゃ」


やっぱりいきなり春海を相手に、というのは無謀だったかもしれない。
手加減されてるのも十分わかるのにこの実力差って、絶望的な気さえする。
だけど飛び級してでも俺は強くならなければならない。


とにかく今は集中しなければ……春海に一撃でも当てるってことが既に無謀なんだから。


「らあっ!!」


右ストレート気味の正拳を繰り出し、春海の反応を探る。
受け止めようと春海が腕を振り上げたところで、俺はその手を引っ込め、そのまま横蹴りに移行。
これなら当たる!なんて思って油断したのがいけなかった。


当然、そんなでかい隙を見逃す様なやつじゃない。
春海はニヤリと笑って、そのまま蹴りをかわして俺の体の側面に移動する。
あ、これ死ぬかも……。


「一回やってみたかったんだ。覚悟してね」


うわぁ、覚悟って……。
とか思ったらその瞬間に、体の捻り、足の踏ん張り、踏み込み、全てが完璧な掌底が俺の身体にめり込む。
もちろんガードなんて間に合うわけもなく、俺は吹き飛ばされて受け身も取れずに転がされる。


呼吸ができない。
これはマジで死ぬかもしれない、と思っていたら春海が後ろから俺を抱き上げて喝を入れた。


「がはっ……何だよ今の……通背拳とか……こ、殺す気か……」
「ああ、知ってるんだ?鉄拳チン○」
「おい、伏せる場所に悪意を感じるぞ……ごほっ……」


呼吸は何とかできる様になったものの、体が思う様に動かない。
この技真似しろとか言われても、多分無理だからな……。


「あんまり動かないで。今動くのはちょっと危険だから」


その危険の元はあなたが作ったんですが、いいんですかね……。
まぁ、正直この程度は訓練中のちょっとした事故みたいなものだ。
春海は俺が致命的な怪我をしない様に、巧妙に手加減をしてくれているのだから。


急所への攻撃もほとんどしてこない。
もちろん、春海ほどの実力者の金的とか再起不能になる予感しかしないから、受けないで済むならその方がいいに決まってるのだが。




残り四日、まだ時間はある。


そして迎える大晦日。
決行は夕方五時。
前日は何と、あの春海からお褒めの言葉をもらって、俺の中でも何とかなりそうかも、なんていう謎の自信が湧いてきていた。


冬休みでもあることだし、本番に向けて日中は体を十分に休めておく様に、というのが春海の命令……じゃなくて助言だった。


正直なところ筋肉痛なんかもひどかったから、助かると言えば助かる。
緊張していてもおかしくないこの空白の時間で、俺の心は妙に落ち着いてしまっていた。


あれか?ナメック星に到着した孫さんが、修行のし過ぎで、って感じのやつ。
いや、さすがにあそこまで強くなってるとは思わないけどさ。
何にせよ、朋美が今日家にいることは事前に確認してあるし、俺は遅れない様にあの団地へ行くのみなんだが。


そして時刻は夕方四時五十分。
多少の胸の高鳴りは感じるが、これでいいと思う。
じゃないと落ち着き過ぎて調子に乗って、油断したりとか普通にありそうだから。


「よし、行くか」


朋美の住む団地のエントランスで、一人気合いを入れる。
春海は終わる頃に来ると言っていたが、一体どのくらいの時間なんだろう。
何でも、見てるとタコ坊主殺したくなっちゃうかもしれないから、とか物騒なことを言っていたが……。


エレベーターで八階を目指し、八二三号室前に到着。
いよいよだ。
深呼吸をして、インターホンを押した。


「はい、どなた?」


出てきたのは小柄な女性だ。
何だろう、可愛らしい。
お姉さんかな?いや、朋美は一人っ子だったはずだ。


「あ、えっとお、俺は宇堂大輝と言いまして、朋美さんのクラスメートなんですが……突然すみません。朋美さんは今……」
「あら、ってことはあなたが……お父さんにも用事よね?この間はごめんなさいね、お父さんがいきなり……私は朋美ちゃんのお母さんです、よろしくね」


な、なんだってーーー。
こんな若々しくて可愛らしい人が、あのタコの嫁だってのか!!
世の中何か間違ってないか?


「あ、いえこちらこそ……」


何だか急に殺意が……。
美女と野獣ってレベルじゃないだろ、これ……。


「小僧てめぇ!!朋美に飽き足らず俺の嫁にまで色目使ってんじゃねぇ!!」


怒号と共にタコ坊主が俺とお母さんの間に割り込んでくる。
おいおい、こんなにも可憐な人の前でそんなでかい声出すなよ。


「るせぇ!!とっとと行くぞこのタコ!!」
「はぁ!?何いきなりキレてんだお前……てか今なんつった?もういっぺん言ってみやがれ……ぶっ殺すぞ」


ショックすぎて、ついつい強い言葉を使ってしまった。
やべぇ、こんなところで怒らせてどうすんだ、俺。


「お父さん。そういうのダメだって言ったでしょ」


お母さんの言葉にあのタコ坊主が萎縮している……だと……。


「だ、だけどよ、このガキが……」


タコ坊主も俺の前だからか辛うじて言い返してはいるが、段々と尻すぼみになって行っている。
な、なんと……あのタコが、こんなにも頭の上がらない相手だったなんて……朋美母おそるべし。
正しく猛獣使いだな、これは。


「と、とりあえずだな……朋美にもあんたにも、話あんだけど」


とりあえず納得いかない部分は大いにあるが、話を進めることにした。


「話ぃ?おめぇが?何だ、こないだの意趣返しがしてぇのか」
「別に、話だけで済むならそれでもいいんだけどな。時間あるなら付き合ってくれよ」
「ほう、言うじゃねぇか。確かにこないだよりはマシになってるみたいだからな……けど既にボロボロだな。俺、そこまでやったっけか?」
「いや、違うから……」
「あ、大輝……本当に、やるつもりなの?」


心配そうな顔をした朋美も出てくる。


「まぁ、この程度は何でもないよ。それより何処か場所に当てはあんのか?」
「ついてこいよ、近くに空地があるから。年末のこの時間だ、誰もきやしねぇだろ」


タコ坊主が靴を履いて玄関に出て、朋美もそれに倣って靴を履く。
お母さんはわかってるみたいだけど、一応断っておかないとな。


「忙しい時期なのにすみません、旦那さんと娘さん、少しお借りします」
「いいのよ、お父さんいても今日なんかどうせ役に立たないんだから」
「お、お前そりゃねぇだろ……」


いい気味だ。
寧ろもっと言ってやってほしい。


三人でその空地に向かうエレベーターの中、全員が無言だ。
朋美はまだ、俺が無茶するなんて思ってるんだろう。
まぁ、大体その通りなんだが。


そしてこのタコ坊主もきっと、俺のやろうとしていることを粗方理解している様に見える。
もちろんそうだったとしても、ここで引くなんてありえないんだけどな。




「さて、ここだな。どうすんだ、いきなり始めるのか?話があるんだったらそっち先でも構わねぇが」


生憎俺はスロースターターなもんでな……。
とかカッコつけたいところだが、ここはカッコつける場面じゃない。


「じゃ、話から……これはもし、っていう仮定の話なんだが……朋美を俺にくれ、って言ったらあんたは怒るか?」


いきなりぶっ飛んだことを、と自分でも思う。
だが、意外性というのはこういう相手には割と有効なのだということを、俺は知っている。
先日俺がこのタコ坊主に歯向かって行った時がいい例だ。


そして俺の言葉に朋美ははっとして、顔を赤らめている。
親の前で何ということを、って顔だ。


「ちょ、ちょっと大輝……?」
「はっはっは!!ガキが生意気なこと言ってんじゃねぇや。そもそもお前まだ結婚できる歳でもねぇだろうが」
「もちろんそんなことはわかってる。だけど、俺は朋美をこのまま手放したくない。将来そうなることだって、俺は躊躇わない覚悟だ。それでもあんたは笑うかもしれないが、俺は俺なりに真剣なつもりだよ」
「ほう、言う様になったな、ガキが。それは朋美の人生全部を背負っていくってことにもなるんだぜ?わかってるのか?」
「当たり前だろ。半端な覚悟だったら、俺だってこんなこと言いにきたりしない」
「そうか、若さってやつだな。いい目だ」


自分の若い頃でも思い出しているのか、タコ坊主が感慨深そうな顔になった。
このタコ坊主でも、そんな顔することあるんだな。


「まぁ、おめぇの言いたいことはわかった。だが、男なら欲しいものは拳で勝ち取らなきゃな。それができねぇなら、ここで諦めてもらうしかねぇ。まぁ、最初からそのつもりできたんだろうがな」


やっぱバレてたか。
まぁ、強くなったとは言っても、演技指導までは受けてないからな、仕方ない。
しかし、前回は棒立ちに近かったタコ坊主がちゃんと構えを取ってるってことは……俺のこと、多少なりとも認めてくれてるってことか。


「大輝……」
「朋美、大丈夫だから。見ててくれよ、俺の覚悟。あと、危ないから離れててくれよな」


朋美の頭を撫でると、タコ坊主が何とも言えない顔をした。
親の前でイチャついてんじゃねぇ、と目が言っている。
朋美が離れたのを確認して、俺も構えた。


「行くぞ!!」


掛け声と共にタコ坊主めがけて全力疾走。
奇襲作戦は春海の提案だ。
俺がいくら強くなっていても、力に差がありすぎる。


そんな相手と力勝負をしても、こっちの不利であることには違いなかった。
なら俺は、スピードでタコ坊主を掻きまわして隙を狙う。
フェイントの為の拳を振り上げて、タコ坊主が腕を上げるのを確認する。


ここだ!!
咄嗟に方向転換して、タコ坊主の側面に回り込んで空いた脇腹に膝を入れた。
……はずなんだけど……割と全力で行きましたけど……こんなもんですか。
ふぅ、とタコ坊主が息をついて、俺にちょいちょいと手招きをする。


本当にバケモンだな……勝てる気がしない。
前回のパンチよりは効いたのかもしれないが、それでも大したダメージを与えられた様には見えなかった。


「いい動きになったもんだ。おめぇの努力が窺えるぜ。それでも、俺に勝てるとは思えねぇがな」
「そうかよ、そりゃ光栄だな」
「こんな勝ち目のない戦いでも、おめぇの目は死んでねぇ。覚悟が本物だってことか?」
「男の子だからな、カッコつけてんだよ」
「そうかい、まだ始まったばっかりだしな。どんだけ成長したのか見てやるから、打ってこい」
「言われなくても!!」




それからどれだけ時間が経っただろう。
俺の体力はもう限界に近い。
一方タコ坊主は全然余裕そうに見える……気のせいだと思いたい。


そこまで長期戦にはなっていないはずだが、もう何時間もこうしている気がしてくる。
お互いの拳が肉を、骨を叩く音だけが辺りに響いていた。
速さでかき回すも大して堪えた様子がないので、こうしてベアナックルで殴り合うことになっているのだ。


「いいねぇ、若いってのは……こうじゃなきゃな」
「……いや、俺としては正直、こんなのもう二度とごめんだけどな」
「はは、おめぇの体力はまだ発展途上なんだよ。だからな、次の一撃で終わりだ。構えろ」


お互いが右手に、残る力を込める。
あれか、俺倒されたあとで立ち上がって、わが生涯に、とか言わないといけないやつか。
まぁ、倒された後でそんな余裕あるとは思えないが。


「来い、大輝!!」
「おおおおおおおお!!」


お互いの拳が交錯し、お互いの顔を捉えた。
今までで一番いいのが入ったんじゃないだろうかと思う。
だが、体重体格とどれをとってもタコ坊主に劣る俺は、勢いそのまま吹っ飛ばされて空地の地面に倒れた。


やっぱ届かなかったか……。


それでも立ち上がって、わが生涯に……ってやらなきゃなんて思っていたら、タコ坊主に止められた。


「もういい、起きてくるな。寝てろ……頑張ったじゃねぇか、大輝よぅ」


あんま効いてないだろうな、なんて思っていたがそれなりに痛みはある様で、タコ坊主は少し顔を歪めて笑った。
それにしてもやっと、名前で呼ばれたか。
とりあえず小僧なんて呼ばれるのは不本意だったから、一歩前進って感じではあるな。


「ちくしょ、化け物だなほんとに……」
「俺とお前とじゃ、くぐった修羅場の数が違いすぎるわな」


どっかのすだれ頭の狼さんみたいなことを……。
タバコ吸ってないだけマシなのか?


「大輝……」


朋美が駆け寄ってきて、俺に縋り付いて泣いていた。
泣かすつもりはなかったんだけどな、こりゃ失敗か?


「大輝、もういいから……よく、わかったから……」
「おい大輝、おめぇ本気で朋美に惚れてんのか?」


娘泣かすんじゃねぇよ、って顔でタコ坊主が問いかけてくる。
正直その顔だけでおねしょとかしちゃいそうだから、落ち着いてもらっていいですか……。


「当たり前だろ……惚れてもない女の為にここまでするなんて正気じゃねぇって……」


いや、本当に。
正直本気で惚れてても、この先もここまでできる自信はない。


「朋美に対して本気であることを……俺たちが朋美を大事にしていることを伝えるには、これしか思いつかなかったんだ。あんたも途中までは本気でやってくれてただろ?」
「なるほどな。大輝、俺はよ……お前のこと、少し見直したぜ。根性あるし、肝も据わってる。これから先朋美のことを任せるとしたら、お前しか相手はいねぇって思ってる。だからな」
「え、お父さん、それって……」
「今は、まだ朋美もおめぇも中学生だ。ここに朋美を置いていくってわけにはいかねぇよ。だから、お前が必ず朋美を迎えに来るって約束しろ。そしたら朋美はお前にくれてやるよ」
「えっ……?」


ちょっと何を言ってるのかわからないですね……。
だって、俺こんなに無様。
気持ちいいほどの惨敗なんですがそれは。


「何だよその顔、不満か?おめぇのこと、認めてやるって言ってんだ。それとも何か?殴られ過ぎて朋美のこと、心変わりでもしたか?」
「い、いや……そういうんじゃないけど……」


正直、ここまで言われるとは思ってなかった。
もちろん、いい意味で。
朋美にだけ、ここまで俺はお前を思っているんだぞ、っていう感じのことが伝われば、それで俺の中では勝利、みたいに考えていた。


俺の中での予想を遥かに上回る結果に、頭が付いて行っていない。


「お前ほどの根性ある男だったら安心して任せられるし、渡すことだって惜しくはねぇ。だから、必ずこい。いいな?」


そう言いながらタコ坊主は俺の倒れているところまできて、ポケットから何かを取り出した。
その紙には住所……長崎県……ってことは、つまり。
まぁ何て言うか……全部お見通しだったっぽいな、このタコ坊主……。


「わかった、必ず行くよ。その代わりっていうんじゃないけど……朋美のことは頼んだからな」
「言われるまでもねぇよ。あと、そこにいる嬢ちゃん、もう出てこい。朋美、年越しは三人でするんだろ?とっとと行け」


タコ坊主がそう言うと、春海が物陰から現れる。
いつの間にきたんだよ、こいつ……。


「え?……いいの?」


そして朋美の顔に以前の様な明るさが戻る。
この様子なら、もう心配はいらないかな。


「当たり前だ。未来の旦那様と一緒に年越し、いいじゃねぇか。なぁ?だから今夜も朋美はおめぇに預けるからな」


がっはっは!と高らかに笑いながらタコ坊主が団地に戻っていくのを、俺たちは呆気に取られて見送る。
春海がいつからか見ていたのを、タコ坊主は気づいていたってことか。
俺なんか必死でそこまで気が回らなかった……というか、春海が来るということすら忘れてたってのに。


「なるほど……あれが朋美の父親。私でも少し苦戦したかもしれない」


タコ坊主が団地に消えてから、春海が呟く。
この化け物が苦戦するとか、絶対勝てないじゃん、俺。
まぁ、負けるとは言わない辺り、やっぱり俺の予想は間違ってなかったってことか。


「お前が苦戦って……そこまでの相手だったのかよ……」
「だって、最後の方とか大輝に合わせてくれてたじゃん。わかってたでしょ?」
「やっぱりか……変だとは思ってたけどさ」
「まぁ、それがわかっただけでも大分成長した証拠だって。お疲れ様、大輝」


そう言って春海が俺を助け起こす。
悔しいが、体がガタガタすぎて、肩でも借りないと歩くのもきついな……。
そして立ち上がった俺を見て、朋美がまた涙を流した。


「バカだよ本当……何でここまでするの?死にたいの?」
「泣きながら悪態つくのやめて……まぁ、あれだほら。言ったじゃん?俺は春海も、朋美も大事なんだ。正直離れるなんて嫌だよ。だけど、たとえ一時期離れることになったって、お前に対する気持ちを変えるつもりはない。だから、必ず俺はお前を迎えに行くよ」
「うん……うん……!」


ほぼ号泣の朋美。
俺が泣かせたみたいだからやめて、とは思うけど、実際泣かせてるの俺だな、これは。
ともあれこれでひと段落ってことになるのか?


「ほら早く行こうぜ、朋美。年越し蕎麦間に合わなくなっちゃうからさ」


時計を見ると、午後六時半すぎ。
割と時間経ってたんだな。
春海に肩を借りて荷物を拾うと、腕がミシミシ言ってる気がする。


本当、今までにないくらい頑張ったな、俺。


「春海は何かトンボ返りみたいになっちゃってごめんな」
「ううん、大丈夫。タコ坊主見てみたかったし」
「ぶっ。タコ坊主ってお父さんのこと?そういえば大輝もさっき、タコとか言ってキレられて怯えてたよね」


ああ、あったなそんなこと……。
だが、朋美が心底おかしいといった様子でゲラゲラ笑っているのを見ると、何となく安心出来る。


「今度私も言ってみようかな」
「いや、さすがにやめといた方が……」
「あ、ちなみにタコ坊主って最初に言ったの大輝だから。出会った初日からタコ坊主呼ばわりしてたよね」
「あ、お前ここで裏切るのかよ!殺されたらどうすんだ!」


言いあう俺と春海を見て、朋美があきれた様な表情を浮かべている。


「まぁ、大丈夫じゃない?ああ見えてお父さんって、認めた相手には寛大だから。今まであんなに気に入られた人って、そんなにいないんじゃないかな」
「へ、へぇ……そうなんだ……」


正直男に気に入られても嬉しくないです、とはこの二人を前にして言えるはずがない。
でも今回頑張ったから、今のこの光景があるのだ。


「さて、じゃあ行こうか。沢山慰めてあげるよ、タラシの旦那」
「ありがとうよ……だけど変なあだ名増やすな。そしてそれ外で呼ぶの絶対やめてね」


朋美も春海と同様俺に肩を貸してくれて、姫沢家に向かうことになった。
こうして俺たちは三人で今年最後の日を、春海の家で迎えることができる。
最後だけは作戦通り笑って過ごせそうで、俺としても満足だ。


ルーベンスの二枚の絵は見てないし、そのまま天に召されたりもしないけどな。

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