やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第12話

大輝と一緒の高校を目指すべく勉強を開始してから、早くも一年が経過している。
勉強そのものが苦にならなくなってきている様で、一年前とは見違えるほどの成長をしている大輝を見て、私はここまでが順調であることを実感できた。
少しずつだが大輝は、私の理想に近づいてきていて私としては非常に喜ばしい。


この一年の間で私の誕生日、大輝の誕生日、クリスマス、年越しとイベントはあったが、私の誕生日の時に金銭的に余裕がない大輝は、悩んだ末に可愛らしいプレゼントをくれた。


「私は、大輝の気持ちが嬉しいから……それに、誕生日って誰かの生まれた日を祝う日であって、誰かに物をあげる日じゃないでしょ?」


ヒントを与えてあげると、便せんセットを買ってきて私への思いをしたためてくれたのだ。
内容は伏せるが、読んで思わず目頭が熱くなって、それを誤魔化す為に手紙を音読してやったんだけど。
当日は誕生日だからか怒られずに、後日軽く文句を言われただけで済んだ。


ちなみに手紙は額縁に入れて、私の部屋に今も飾ってある。


大輝の誕生日は姫沢家全員でお祝いして、プレゼントもあげた。
冬が近づく季節でもあるので私はセーターを編んであげて、ママはマフラーを。
パパは腕時計をあげて、大輝はどれも気に入った様でちゃんと普段から使ってくれている様だ。


実は大輝は最初、俺の誕生日なんか別にいいよ、とか言って遠慮していたのだ。


「大輝くんが春海の彼氏でいてくれることが嬉しいから。嫌でなければ、祝わせてよ」


パパに説得されて、無事大輝のお誕生日会は敢行された。
クリスマスや年越しも、姫沢家の例年に比べてかなり賑やかにお祝いをしたが、その時には大輝はもう家族の一員の様に振舞ってくれていた。


そして今日は普段頑張っている息抜きも兼ねた週末デート。
前に見かけたお店に行ってみたい、というのも考えるが……実はここが分岐点だ。
大輝が死なない様に運命を進めていくためのターニングポイント。


そう、今日はハーレムを作るきっかけになる日なのだ。




「大輝、待った?」


今日は少しだけ大輝を待たせた。
私が先に着いても別に良かったんだけど、今までこの日は必ず大輝を待たせていたし、私が先に待つことでずれてしまうのがめんどくさいという理由で同じ様にした。


「何、大したことはないよ。こんなの待った内に入らないさ」


軽いドヤ顔で言う大輝だが、待ったのは五分程度だということも知っている。


「もう、普通に待ってないよ、って言うところでしょ?まだまだ合格点には遠いね」


別にそんなのは期待していないし、今日はそんなことを目的にしているわけじゃない。
正直、あの子と顔を合わせるのは気が進まない。
だが、それがなければ大輝が死んでしまうので、私は私憤を抑えてデートを楽しんでいる私を演じる。


「しかし……何て言うかこの辺ももはや巡り尽くした感あるな」


そう、私たちの付き合いは長い。
大人のカップルなら結婚を意識したりということも普通なくらいの付き合いの長さだ。
もちろん、カップルとしてはまだ一年ちょっとの期間だけど、学生のカップルならまぁまぁの長さだろう。


まだ必要はないが、ホテルがどこにあるとかそういうのも当然知っているし、遊ぶところや食事ができるところなど、そういうものは熟知していると言っていい。


「そうだねぇ、それだけ深く長い付き合いをしてきてるってことだから。嬉しいでしょ?」
「ああ、嬉しいよ」


ここ一年で大輝はだいぶ柔軟になっていると思う。
こうして素直に言えるのもその成果の一つだとは思うが、素直になれば何でもいい、という勘違いをさせないために敢えて私は毒を飲ませる。


「うわぁ、大輝が素直って……しかもなんか自然な感じだし、きんもーい」


同年代の女の子で、しかもそれが彼女。
そんな彼女に強調されたキモいという言葉をぶつけられるのは、大輝としては大ダメージだろう。
現にちょっと泣きそうな顔になってるし。


「いやほら……たまには俺だって、そういう気分になることくらいあるわけで……」
「そういう気分?ムラっとしたりとか?」
「…………」


相変わらずの直球下ネタ。
歳をとると下ネタに躊躇なくなる、なんて聞いたことがあるけど……私をババァというやつは、月に代わってお仕置きだ。
ちょっと引いた顔をした大輝だが、そういうことを考えているのはわかっている。


「あっはっは、ドン引きの表情頂きました!」


そんなことには気づいてないふりをしてあげるのも、時には優しさだ。
それに、こんなところで盛られてしまったらこの後に支障が出る。
今日ばかりは、しくじってしまう訳にいかないのだ。


「今日なんだけどさ、実はちょっと行ってみたいところがあって……」


と言いかけたところで声がかかる。
とうとうきたか……別ルートで大輝を殺した死神どもが。


「あれ?宇堂じゃない?」


大輝が呼ばれて、フリーズしている。
この一年で同級生とか同じ学校の人間とは、鉢合わせをしていない。
というか意図的に私が鉢合わせしない様ルートを選んでいたというのもあるのだが。


「げっ……」


あからさまに、まずいところでまずいやつらに会った、という顔をする大輝。
相手は女子三人。
私は当然、この子らを知っている。


「何よ、げって。ご挨拶じゃない?」


まぁ、大輝がいじめにまでは行ってないものの、この三人から学校で散々いじられているということも知っている。
大輝のこの反応は自然なものと言えるだろう。


ボブカットの女子……この子は桜井朋美。
所謂敵だ。
……いけない、話が飛躍してしまった。


大体おわかりだろうと思うが、この子は大輝にホの字だ。
ちょっかいかける理由も単純明快、好きな子に意地悪しちゃう、という小学生みたいな理由からだ。


先ほど声をかけてきたのは井原圭織。
桜井朋美と同じ小学校だったとかなんとか。
長い髪が特徴的な子だけど、この子は大輝に桜井さんほどの好意を持ってはいない。


もう一人の巨大な目が特徴的な子は、野口桜子。
今回この子はあんまり出番がないけど、桜井さんと井原さんの中間程度、大輝に好意は持っていると推測される。
身長が低めで、私としてもちょっと可愛い、なんて思ったことがある。


そして桜井さんは今、大輝にかなりの近距離で詰め寄っていて、大輝は後ずさりながらたじろいでいる。
近いから。離れてよ本当。


「え、いやまさかこんなところでクラスの女子に会うなんて思わなかったからさ……あと近いから……」


ほら、大輝だってこう言ってるんだし!
危うく口に出しそうになるが、何とか堪えて二人を見守る。


「そちらにいるのは、宇堂くんの彼女さんかな?」


野口さんが私に気づいて声をかけてくる。
さて、ここからが勝負だ。


「初めまして、姫沢春海です。十三歳の中二で、大輝とお付き合いしてます。皆さんよろしくね」


とりあえず、当たり障りのない挨拶という先制攻撃。
私は桜井さんみたいにTPOを弁えずに暴走したりはしない。


「う、噂の彼女さんだ!すごい美人だね!」


桜井さんが私を見て、はしゃいでる私可愛いアピールをする。
いや、本当にそうなのかはわからない。
今までのやり直しからのイメージによる偏見だが、こういう女子はそういうアピールをしていてもおかしくないって私は思っている。


「噂の……?」


とまぁ、ここで憎しみを募らせていても仕方ないので、噂ってなんぞ?という顔で小首を傾げて大輝を見る。
俺に聞かれても、という顔をしていたが、噂自体を知らないということではない様だ。


「結構みんな知ってるんだよ。宇堂くんに彼女がいること……ああ、ごめんなさい自己紹介してもらってたのに。私は野口桜子です」


うん、もちろん知ってる。
でも一番最初に挨拶をしてきたこの子は、ある程度常識を弁えている。
だから過剰に口を挟んだりしないのかもしれない。


桜井さんや井原さんも野口さんに続いて自己紹介をしてきて、大輝はそれをやや遠巻きにして見ていた。


「じゃあ、今ラブラブおデート中なわけだ?」


私がひた隠しにしている敵意を少し出して、桜井さんが私を見ながら大輝に尋ねる。
桜井さんが大輝への好意をいつまでも隠しているつもりがないという意志の表れだろう。
私も桜井さんから視線を外すことはしない。


「あ、ああ……まぁな」
「じゃあ、邪魔したら悪いよね」


目を泳がせながら答える大輝だが、浮気をしているとかそういうことではないのはわかっている。
だが、大輝は私がこの三人に対してあまりいい印象を持っていないと思っているはずだ。
そして事実私はこの三人をよく思っていない。


何を隠そう、彼女たち三人は別ルートで大輝を殺した犯人なのだ。
今までの選択肢で大輝に甘い選択肢ばかり選んでしまっていると……何ともお粗末なことに大輝がチャラ男になってしまう。
その結果、彼女達を始めとする女に次々と手を出すルートを進み、昼ドラ真っ青の愛憎劇の末、大輝は殺されるのだ。


チャラ男になった大輝の行動が完全に悪いので、彼女たちを擁護出来なくもない。
まぁ、野口さんの場合は完全に被害者というか……。うん。
それでも、大輝を殺そうとする奴のことを私がよく思っている訳がない。


もちろん今回のルートは大輝がチャラ男にならない様配慮したから、そんなことにはならないだろう。
しかし、別ルートとはいえその結末を私は見ている。
例えばチャラ男大輝が桜井さんに手を出そうとした場合、大輝に惚れている彼女はあっさりと落ち、あまつさえ妊娠までしてしまうのだ!


二万回以上繰り返した私ですら一度もないというのに!
まぁ、その後妊娠した桜井さんをあっさりとポイ捨てして、彼女に包丁でめった刺しにされるのは完全に大輝の自業自得だが……。


「ふふ、私たちもね、女子三人でデート……そう、女子三人で……」


野口さんがこう言って打ちひしがれるのも、別に芝居ではない。
だが何となくこの三人を目の前にしていると、どうも冷静でいられなくなってしまう。
このままじゃいけないとはわかっているのに。




『この先には大いなる試練が待つ……。あなたが取る行動を、次の内から選んでください』


A じゃ、私たち急ぐから、と大輝の手を引いて無理やり桜井さんの視界から大輝を遠ざける。
B ここは私が誰とでも仲良くなれるってところを大輝に見せてあげなくちゃ!というわけでみんなでご飯。
C 私は女の子だって食っちまうんだぜ?三人を手篭めにして、私のハーレムを作ろう!




私がまだ冷静で良かった。
正直、もう少し余裕がなかったらCを選んでいるかもしれない。
もちろんCが正解のはずがない。


というか、ここでそれを成そうとしても絶対に成立しないことを、私は知っている。
何故なら大輝の気持ちが私一人に固まってしまっているからだ。
大輝が死なない為のハーレム形成に至るには、私に向けて固まってしまっている大輝の気持ちをハーレムに向ける、もしくは分ける必要がある。
つまり、大輝が納得した上で大輝の気持ちが乗ったハーレムを作らなければ意味がないのだ。


Aに関しては論外。
この後説明するが、簡単に言えば大輝は死ぬ。


「そーだ!みんなご飯食べた?」


努めて明るく提案する。
今はとにかく動かなければ。
そうしなければ大輝が死ぬってわかっているんだから。


「え?俺はまだだけど」
「大輝はわかってるからいいの。みんなはどう?」


大輝はこんなところでもボケをかましてくる。
普段なら可愛いなぁ、で済ませられるのに、今の私はちょっと引っ込んでて、なんて思ってしまう。
敵を前にして大分余裕、なくなってきてるなぁ……。


「ま、まだだけど……」


意外だとでも言いたげに、躊躇いがちに桜井さんが答える。


「本当?なら良かったらみんなでご飯でも食べようか」


本当ならこんな風に誘う様な真似はしたくない。
だって、まだ観察が必要な段階からは程遠いから。
だが今はまだ、私の知る通りのルートを通る必要があるのだ。


「え、でも……さすがに邪魔したら悪いかなって……」


さすがに遠慮してくる三人だが、ここで逃がすわけにはいかない。
桜井さんの気持ちを封殺しても大輝はその後死んでしまう。
私と大輝の二人だけで恋人生活を送ったとしても、大輝は必ず不幸な死を遂げる。


ハーレムを作らないと大輝が死ぬなんていう、ふざけた運命のせいだ。
私が取れる手段は一つしかない。
そう、この忌々しい泥棒猫であるところの桜井さんを、大輝のハーレム要員として迎え入れるのだ。


彼女の思いを利用して……こいつなら簡単に、しかも喜んでハーレムへ加入するだろう。
そうなればあとの問題は、大輝への説得と……愛しの大輝をこの女と共有しなければならない怒りを、私が上手く隠し通せるかどうかだ。


「だって折角知り合えたんだし。大輝が学校でどんな感じかとかも聞きたいし!それに私たちは毎週会ってるから、そんなに気を遣わなくても大丈夫だって。ねぇ、大輝?」


決して無理やりでも私が無理をしている訳でもない、ということをアピールしておく。
大輝がうんと言えばこの三人は必ずついてくる。
ここでこの三人のうちの一人でも逃がすわけにはいかないのだ。


「まぁ、俺は別にどっちでも構わないけど……」


はっきりしろ!お前のことなんだぞ!と言いたくなるのを必死で堪える。
この答えだって、毎回同じだ。
寧ろ変に捻った答えが返ってこなかったことを喜ぶべきだ。


「じゃあ……お言葉に甘えて、ご一緒しちゃう……?」


躊躇いがちに答える桜井さんだったが、顔がやった、って言ってるのは見ててわかる。
きっとわかってないのは大輝くらいだろう。


結局私たちは五人でファミレスに入った。
ここに入って食事をするのも、多少仲良くなるのも必要なことだ。
ドリンクバーと食事メニューを全員が注文して、大輝が男だからという理由だけで全員分のドリンクを取りに行っている。


「あの……宇堂って二人きりだとどんな感じなの?」


おっと、焦るなよ。
お前が聞きたいことはわかっている……。


「どんな……割とあのまんまだと思うけど。裏表ないっていうか、嘘ついたりとか自分を作るってことができないからね、あの子。まぁ、一応言っておくと桜井さんが考えてる様な、大人の関係にはまだ至ってないよ」
「お、大人の関係って……」


おいおいカマトトぶってんじゃねーよ。
この歳でそんなこと言われてもわかりません、とか言うつもりか?
どこぞのアイドル気取りだ、ええ?


……おっと、落ち着け。
くそ、ここにきて独占欲が邪魔をしてくれる……。
落ち着くんだ……桜井さんをハーレムに加入させるのが目的なんだろう?


冷静に……努めて冷静に行かなければ……。


「やだなぁ、わからないなんてこと、さすがにないでしょ?」


暴走して具体的な単語を口走らない様にしながら、明るく答える。


「こないだやっとお揃いの携帯買って、普段でも連絡取れる様になったばっかりだしね」


ほら、これの色違い、と携帯をちらつかせると桜井さんの表情が少し険しいものになった。
大人げないことしてるなぁ、私……。


「へ、へぇ、ラブラブだぁ……」


そうだよ……だけどこれからあんたもここに加わるんだ……光栄に思え……!!


「待ち受け、プリクラなんだけど見る?」
「え?どんなの?見て大丈夫なやつ?」
「ほら」


例のキラキラアイのプリクラ。
お互いがお互いの肩を抱いて撮っている構図だ。
三人は大輝のキラキラした目を見て笑っていた。


「に、似合わないわね!普段からキラキラした目してるくせに!」


井原さんがチンパンジーみたいに手を叩いてゲラゲラ笑っているが、その点に関しては同意だ。
やっぱり大輝はあの目でこそ大輝だなと思う。
けど女子力低いからその笑い方はやめた方がいいかもね。


「何か……楽しそうでいいな……」


段々取り繕わなくなってきたな、この子。
大輝と付き合えていいなぁ、って言ってるのも同然だ。


「確かに楽しいかもね。うちの両親も大輝のこと物凄く気に入ってるし。」


桜井さんがQRコードで私のプリクラを携帯に取り込みたいと言うので、私は了承して読ませてあげた。
桜井さんは時々伏し目がちになるが、それでも楽しもうという意志を見せている。


そして大輝が女子の輪の中に入りたくないとでも言いたげに、見えにくい位置に突っ立っているのが見えた。


「あっ、きたきた!おっそーい!!」


桜井さんが大輝に気づいて声を上げる。
本当、大輝のことに関しては鼻が利く様だ。


「ほれ、飲み物。自分らで持ってってくれ」


大輝は全員分の飲み物をトレーに乗せて持ってきた様で、トレーごとテーブルに置いて自分の飲み物を取って私の隣に座った。


「そこはお待たせしました、って言いながら笑顔でみんなの前に置いてあげないと」


もう少し明るく言うつもりが、どうも調子が出ない。
そして大輝もそんな私に違和感を感じてしまっている様に見える。


「さて……宇堂も戻ってきたことだし、そろそろ二人の馴れ初めを……」


そんなものを語ってやろうとは一言も言ってないはずだが、どうしても聞きたいらしい。
なので大輝に全部任せてしまおう。
今の私は何を口走るかわからない。


「おいおい、何だってそんなもん話さなきゃならんのよ……断固拒否するわ」


こんなこと言ってるけど、大輝は絶対断れない。
大輝がそういう人間だし、そういう運命でもあるから。


「ほほう……じゃあさっき春海ちゃんから転送してもらったプリクラ、プリントして教室の黒板にでも……」


まぁ基本的に断らない大輝だけど、こんな風に言われれば確定だよね。
やり方がよくわかっている様で何よりだ。


「……わかったよ、言えばいいんだろ!?」


おお、大輝が少し自棄になっている。
まぁ、ここでいじられるのは規定事項だから。
頑張って乗り越えてくれたまえよ。


「良かった、説得出来て」
「脅しって言うんだよ、ああいうのは!……ったく……」


大輝が渋々と言った様子で馴れ初めを語る。
時折、私の方を見てお前が語れ!と言っている様にも見えるが、とてもじゃないが私はそんな気になれない。
そして半分程度語ったところで、店員さんが料理を持って現れたので一時中断される。


料理を食べながら、私は考える。
この後、割とすぐに桜井さんは動きだす。
具体的には十日後。


今度の週末デートの後の学校で、大輝と顔を合わせた桜井さんは暴走する。
その翌日が勝負の時だ。
桜井さんをハーレムの一員にするということを、大輝に何としても認めさせる必要がある。


その日の私の選択肢によって私が二万回以上も繰り返して求めた、大輝が生存できる未来へと進むことができるはずなんだ!


「そういえばお前らは、男とか作らないの?いっつも女三人でいるけど」


食事をしながら大輝が口を開く。
もちろん流れ通りの発言ではあるのだが、このセリフには毎回冷や冷やさせられる。
相手が独身三十路間近のOLとかでなくて良かったと思う。


「宇堂、私たちはね、作れないんじゃなくて、作らないの。わかる?」
「へ?」
「私たちは、敢えて彼氏とか作ってない、って意味ね。おわかり?」
「あ、ああ……」


まぁ、こうなるのは未来を見てなくてもわかってた。
口はわざわいの元って言うでしょうに……。


「まぁ、朋美はこう言ってるけど、別に好き好んで女三人でいるわけじゃないから。そりゃ、彼氏の一人もほしいって考えることはあるよ」
「へぇ、井原でもそんなこと考えることあるんだな。果てしなく意外だわ」


確か大輝は井原さんのことを、歌が好き過ぎて男なんて眼中にない人、みたいに思ってるんだったかな。


「どういう意味かしら?」
「大輝、私たちは……というより、大輝はある意味で特殊なんだよ。誰もが彼氏ほしい、って願ってすぐできるわけじゃないんだから」


大輝は自分にできることは周りの全員ができておかしくない、みたいに考える。
それがまずそもそもの間違いだということを理解してないのと、大輝の自己評価の低さの原因でもあるのだろう。


「そういうものか?良平とかもそうだけど、何で女作らないんだろ、なんて不思議で仕方ないことばっかりなんだけどさ」


良平くんの名前を出した途端、井原さんが顔色を変えた。
もちろんすぐに取り繕って元に戻ってたけど、大輝にすら気づかれてる様だしまだまだだね。
とは言えそろそろ大輝には黙ってもらう必要がある。


ここでおかしな空気を作られてしまうと、後々やりにくくなってしまう。


「大輝、そろそろその口を閉じようか。何なら私が塞いでもいいんだよ?」
「私が、って……おいやめろ、こんなとこでそんな暴挙に出るのは……」
「仲良いんだねぇ、本当……」


桜井さんは勘違いしているが、私は必要だからやっているに過ぎない。
そうじゃなければ、大輝に散々引っ掻き回させて三人の仲を引き裂くくらいは何てことないんだから。


「……っと、ほら、それより馴れ初めの続きだよ!ほら話した話した!」


私たちの仲の良さに嫉妬する様な顔から一転、嘘臭い明るさで桜井さんが話の続きをせがむ。
いつも思うが、こんなことを聞いて何になるというのか。
私を自分に置き換えて楽しむつもりなんだろうか。


結局その後私も大輝いじりに加わって、女子四人から羞恥責めという世の男子からすれば一見羨ましいであろうシチュエーションを大輝は堪能することになった。
店を出て、四人で連絡先の交換等して、桜井さんたちは用事があるからと別行動になる。
これでとりあえず、第一段階が終了したことになる。


「大輝……大丈夫?疲れてる?」
「ああ、半分はお前のおかげ様でな」


ごめんね大輝、半分は八つ当たりなんだよ。
でも、もうすぐ終わるから……終わらせるから……。


「あんな風に女子に囲まれるのって、憧れなかったわけじゃないけどやっぱ疲れるな」
「ふぅん……?」


ダメだなぁ、何だか心がささくれ立ってしまっている気がする。
落ちついていこう。


「そういえば大輝」
「どうした?」


こういう、緩やかな時間の流れを堪能していたいという気持ちがもちろんあるが、今はそういう場合ではないと自分に言い聞かせて、前に進む準備をする。


「桜井さんだっけ。あの子、大輝のこと好きなんだと思う」
「ぶっ!!……はぁ?いきなり何言い出すの、お前……」


明らかにうろたえた様子の大輝。
そうだったらいいな、とか考えててくれたらこっちとしても楽なのにな。


「女の勘っていうか……まぁ、あとは桜井さんが大輝を見てるときの表情とか」
「まさかぁ……だってあいつ、俺と春海が付き合ってることかなり早い段階から知ってたぞ?」


それはそうだろう。
女の子が好きな相手の情報探るのなんか当たり前だし、おそらく桜井さんは私を敵視していたはずだ。


「自覚してすぐに私の存在を知ったか、はたまた逆なのか……いずれにしても、間違いないと思う」
「いや、そうは言うけど……だからってあいつが何か行動起こしたわけでもないしさ。ほっといていいんじゃないか?」


まぁ、起こすから言ってるんだけどね。
それも十日後なんていう、割と直近で。
そして大輝に抗う術なんかない。


ここで間違えてはいけないのは、あくまでハーレムを作るのが前提であって、浮気をさせることが目的ではないということだ。
私が全部知っていて、その上でそれを認めているという事実がなければいけない。
こっそり大輝が桜井さんと何かある、という結果では大輝はまた死んでしまうからだ。


「でも……」


ここで少し、大輝が心配なんだよということを匂わせる。
こうしないと私の思う通りに動かなくなってしまうし、流れが変わってしまうのも面倒だ。
そして何より、ここでの私の我儘が十日後に桜井さんが行動を起こすことに繋がるのだから。


「えっと、もしかしてヤキモチ、妬いてくれてる?」
「うん。ヘタレの癖に大輝って割と女子から人気ありそうだし。可愛いって思ってる子は結構いるんじゃないかと思うから」


ぶっちゃけずっとヤキモチしか妬いてませんが何か?
可愛い大輝は本来私だけのものだったはずなのに……くそ、本当めんどくさい運命だ。


「じゃあ、仮に春海の言う通りだとしてだな……俺が春海を裏切る様に見えるか?」
「ううん、大輝はヘタレだから、自主的に裏切ることはまずないって思ってるよ。私のアプローチとか全無視で未だに童貞くんなんだから」


まぁ、事実だが何となくトゲトゲしい感じになってしまうのは、もう諦めた。
大体この程度で大輝はダメになったりしないんだし。


「まぁ、あるとしたらそうだね……大輝への感情が抑えきれない!って子が暴走して、大輝がその子から逃げきれなかった時、とかね」


実際に見てきた未来だから割と具体的だが、大輝はそんなの想像もできないだろう。
未だに、この状況にあっても大輝の心は私に縛り付けられているから。


「今日私たちと会って、あの三人は……特に桜井さんは、私たちの品定め的なことをしてたんじゃないかなって私は思ってる。大輝がどの程度私に本気なのか、とかそういうのも見てただろうし」
「ええ……」


女子は、大輝が考えているよりもずっと怖い。
団結すれば思わぬ力を生むこともあるし、そうかと思えばそんな友達をすっと切り捨てたりも平気でするんだから。
私は女神として数えきれない年数人間界を見てきて、そういう人間も沢山見てきた。


「ふむ……なぁ春海、俺にどうしてほしいって願望とかあるか?具体的にどうしたら春海が安心できる、とかそういうのがわかれば俺としても……」




『大輝くんはここで、あなたの我儘を何でも叶えるつもりでいる様です。あなたが取る行動を、次の内から選んでください』


A なら、確かなものがほしい、と詰め寄る。
B 二人で周りを気にしないで会える様にしたい、と提案する。
C 今からあいつを、殴りに行こうか。


必死で考えてくれる大輝の気持ちは嬉しい。
とは言っても今の大輝に確かなものがほしい、なんて言っても答えは出ない。
だから、敢えて私はここで我儘を言う必要があるのだ。


桜井さんを殴りに行こう、と提案すると当然のことながら全力で止められる。
そこで私は、桜井さんと私とどっちが大事なの!?なんて詰め寄って、冷却期間を設けようとか大輝は言い出すのだ。
もちろん、結果的に自然消滅することになる。


「ねぇ、週末デートなんだけど……来週だけは私の家にしない?ちゃんと交通費出すし」
「あー……」


この選択肢が、十日後の桜井さん暴走へつながるフラグとなる。
大輝が幸せな生活を送る為の、とても重要なフラグだ。
それまでの間、私は大輝を独占できる。


そして私と大輝のアツアツっぷりを耳にした桜井さんが、その気持ちを抑えきれずに行動を起こすというわけだ。
大輝への告白、という行動を――。


「春海がそれで安心できるんだったら、俺に異論はないよ。交通費出してくれるって言うなら、それにも甘えさせてもらう。さすがにこればっかりは見栄じゃどうにもならないからな。てかもっと我儘言ってもいいんだぞ?友達と縁切れとかそういうんじゃなければ、だけどな」


少し考えて、大輝はちゃんと私の要望に応えてくれる。
これでひとまずは、まだ大輝をたっぷりと堪能することができる。
あとで往復分の交通費渡すの、忘れない様にしないと。


「ありがとう……私、結構嫌なやつだよね。独占欲強すぎて……本来だったら大輝の交友関係にまで口出すのはどうかって思うんだけど……」


今日一番の、これ以上ない本音だ。
出さないでいられるなら、出さないでいたい。


「人を好きになるってそういうもんじゃないか?俺だって、春海が他の男子と仲良くしてるの見たら……ヤキモチの一つくらいは妬くな……」


何度も聞いているはずのセリフに少しだけ胸が躍る。
ささくれ立った心に、染み込んでいくのがわかる気がした。


「それにね、私の強いのは独占欲だけじゃないから。性欲とか色々」


そんな大輝のセリフに少しだけ救われて、やっと軽口が出る様になった。
まだもう少しだけ独り占めできる。
そう考えて、暗い気持ちはまだもう少しだけ封印しておこうと思った。


「じゃあ、とりあえず来週のデートは私の家でいい?」
「わかった、言う通りにしよう。二人の時間なんだしな」


そう言って笑う大輝だったが、大輝は当然この先何があるかなんて、わかっていない。
だけど、こんな風に屈託なく笑って私を愛してくれる大輝に、何が何でも納得してもらわないといけない。
大輝がこの先も生きて私に笑顔を向けてくれるはずの未来に向けて。

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