パンアテナイアー採火の時

あー

402号室の住人

起き上がろうとすると、鈍い痛みがして、機械のコードが引っ張られた感触、『頭をぶつけたから安静にそのままで良いからっ』と白衣の人に抑止された。
視点を動かし見渡すと、白い壁に、機械音がして、コードや点滴で繋がれている小さな部屋だ。
『ここは、桜ヶ丘付属病院です。貴方は川沿いで怪我をして倒れてるところを散歩中の近隣住人に発見されて搬送されてきました。貴方のお名前をまだ、伺っていませんので教えて下さい。』と言われた。
『????わからない…』と答えると、相手も困惑した表情を浮かべ、『少々お待ち下さい』と部屋を出ていった。
その頃、病院内でちょっとした騒ぎになっていた。
『402号室の方の身元不明だから、警察に連絡して下さい。』
『取り敢えず、脳波とCTの予約しますね。水曜日の午後2時から空いてます。』
『救急隊員から再度事情を問合せて下さい。』
『カルテ管理するのに、仮の名前をつけた方が良いんじゃないでしょうか…』
そんな会議の後、仮の名前である川辺瑞希という仮名が与えられた。
その後、荷物確認を看護師とともに行ったが、身分のわかるものは何もなかった。
ジャケットの内ポケットの中に、血塗れの現金の束で50万程あったが、それ以外は何もなかった。
幸い、現金の束とベルトの厚みでナイフで刺されたが軽傷で済んだようだ。
身に付けている腕時計やアクセサリーも手掛かりにはならない。
指紋等の照合を行い、一応前科者のリストには掲載されていなかったらしい。
もし、この状態が続いた場合、戸籍や住民票というものがない状態が続く。
それでは、正常な社会生活というものが送る事が出来ない。
その為に、市町村が住民票を作り、就籍という形で戸籍を作成し、就職出来る形にすると説明された。
もし、記憶が戻った場合、以前の戸籍に戻るか、今の戸籍か選べるシステムになっているらしい。
一応、病院内でアレルギーショックに陥ってはいけないという事で、アレルギー検査も行われたが、特に問題はなかったようだ。
翌日、朝から心理検査を含む診察が手配がされ、珈琲が注がれてビスケットを勧められ、穏やかな空気の中面談が始まった。
絵を描いたり、質問に答えたりして簡単な検査を行って、3時間後のお昼には、なんだか、とても疲れてしまった。
この後、午後は身体検査とCT検査があるようだ。
そのままお昼を一緒に過ごし、 CT検査や身体検査に案内された。
頭をぶつけてるので、移動は車椅子を押してくれているので、ただ、運ばれているだけである。
情緒不安を心配しているようで、基本的にずっと誰か付き添いがいる感覚である。
検査を終える頃には、グッタリと疲れてしまい、その日はそのまま眠ってしまった。
看護室では、申し送りが行われていた。
『川辺瑞希さん、情緒不安を心配したが、今のとこ落ち着いてます。
全般性健忘の診断書で市に身元不明者として保護願いを出します。住民票作成、就籍届の手続きを行う予定です。』
『医療費の請求ですけど、身元不明の場合、保険使えないので、市役所の福祉課に連絡します。
現金の束や金目の宝飾品が有ると認可されるかわかりませんが…携帯電話や財布も持たずに、不自然な箇所がありますね。』
『散歩途中の目撃者の証言によると、鞄を奪って逃走、その際、背後から刺されてます。身元不明になる事情がある訳ですから。目撃者は、ペットの散歩中だったので、救急車同乗してもらうことは出来ませんでしたが、連絡先も確認済みです。』
『医療費に関しては、犯罪被害給付金から支払って頂けるように要請中ですので、生活保護が下りなくとも、問題ないかと思います。それよりも問題は、経歴不明の人間がどのように、社会復帰するか、そちらが先決だと思います。』
『就籍手続きを経ても、年齢も名前も職歴も学歴も不明な人を雇う会社を見つけるまでが難しい。名前で住民票や就籍で戸籍を作成しても、学歴や職歴や技能はわからない状態じゃ書類審査を通貨する事も困難でしょうね。』
『住民票作成と就籍手続きの書類理由の為、診断書送付の為、医療施設で引き続き保護するという事でお願いします。また、記憶の定着や記憶障害の程度が判断つかない為、様子見でお願いします。』
福祉事務所のケースワーカーの笹塚由梨は、川辺瑞希の資料を読んでいた。
今後、一週間経過観察中、付き添いを行う事になった相手が記憶喪失だった場合、どのように対応すればいいのだろうか??資料の詳細とは、以下の通りである。

仮名:川辺瑞希 年齢不詳20~30代程度 性別:女性
川辺で倒れており、水際だったことから、川辺を苗字とし、瑞希を名前としたらしい。
記憶喪失者で、記憶がないので、就籍、住民票手続きをする為診断書作成等医療保護を行う。
ペットを散歩中だった近隣住民が、悲鳴を聞こえたので行くと、何者かが刃物で刺し、鞄を奪っていく際、転んで倒れた姿を目撃している。
現在、桜ヶ丘病院で治療を受け、昨日、心理検査と脳波とCT検査、身体検査を終了している。
記憶のリセット等記憶障害の程度を見極める為の試験的入院措置とする。
情緒不安や離人感等が不安で有る事、事件性が濃厚なので、対人面の不安がある為、空き部屋の個室で見守りを続けている。
医療費負担に関しては、犯罪被害者助成金申請中で、引き続き、病人保護法に基づき医療保護を行う予定である。
対応上の諸注意
 記憶喪失者で、記憶のリセット等見極めが出来ていません。なので、日常生活等混乱が生じる可能性があります。また、情緒不安定や離人感がある場合があるので、相手が落ち着けるよう気遣い、迷子や事故のないように対応しましょう。

資料には、一般的な事しか書いていない。何を話せば良いのかもわからないし、久し振りに緊張する依頼人である。
次の日、朝食前に訪問するように言われていたので、6時半に病院に行き、7時に402号室に行くことになっている。
その日の早朝6時頃、402号室は、窓を開たれていて、布団は綺麗に畳みなおされていて、誰も居ないので、病院内は騒然としていた。
時刻は6時15分頃、笹塚由梨は、病院関係者の待ち合わせ場所の病院の待ち合わせ場所の病院庭の池の傍のベンチを見つけた。
そこには、病院内の庭で、シロツメクサの冠を作ったり、投げ石をしている女性がいた。
病院関係者にメールを送って到着を知らせて、ベンチの方へ歩く。
『お早うございます。』と声を掛けると、『お早うございます。』と返してきた。
池の中のアヒルがシロツメクサの冠を突っついている長閑な朝の風景である。
着信音が鳴り、病院からだったので、出ると『すいません。笹塚さん、川辺さん、病室から居なくなっていて、今、探しているんですけどみつからなくて…』と慌てた口調で言われた。
『あの、川辺さんの外見の特徴を教えて頂けますか、私も探します…』と返してメモを取り出して特徴をメモしていく。
『腕時計の色はシルバー、身長は160㎝位の華奢、茶色の長髪、多分、病院内のパジャマを着ているか、キャリーバック内にあった洋服着用しているかもしれません。ハイウェストのギンガムチェックのワンピース…』
『今、目の前にいる人がもしかしたらそうかもしれません…』と彼女の方を見ると、今度は笹舟を作って池に浮かべている。
『すぐ、行きます。外へ行かないように引き止めていて下さいっ』と言われ、プツリと電話が切れた。
5分~10分位引き止めなければならないがどうすれば良いのかわからなかった。
その後、看護師が来た時安堵した表情をして、『良かった。ここに居たのね。お早う御座います。笹塚さん』と言われたので、この人がそうらしい。『部屋に戻りましょう。』と言うと頷いて動いた。
素直に戻り、再び自己紹介をして、笹塚由梨は一日依頼人を付き添いをすることになった。
午前中の診察室では、川辺瑞希のカルテを覗き見ると、名称は、健忘症???と書いてあるが、情緒不安もなく、極めて冷静なのが何処となく違和感を覚え、ある言葉が反芻した。
「不自然な違和感を覚えるので、詐病ではないかと…脳震盪軽度で記憶喪失になるとは思えません。身分証もなく、まるで、何処か計画策略的な感覚がします。…」
「身分証がないのは、窃盗により鞄を奪われたから、携帯電話も所持していませんでした。
最も、もし、犯人が金目の犯行の場合、自分の指紋等が検出される品をワザワザその辺りに捨てる事もないでしょう。窃盗だけならともかく、傷害罪がついたら執行猶予はつきません。
 労災等の申請の際、詐病と言うのはともかく、経済的メリットのない詐病をする理由が理解出来ません。」
一時的な感情失認や離人感はあるようだが、充分混乱はあるように思えた。
記憶チェックテストのような検査を行ったが特に問題はなさそうだ。
全生活史健忘でパニックになることもなく、冷静沈着な彼女の様子に薄気味悪さを感じる。
混乱による事故が一番怖いが、付き添いもいるし、問題ないだろう。
一過性であれば、数日程度で回復したりするのだろうが、その様子もない。
詐病をするメリットがあるのか、そもそも疑問である。
軽度ではあるが、脳震盪を起こしているので疲労し易かったり情緒不安や集中力低下も影響する。情緒不安に関する症状の出方の違いだろう。
医療費の回収の問題もあるし、就籍手続きを急がなければならない。
もし、身元が判明している健忘ならば、薬剤投与面接など含めた治療などを行うのだろう。
カルテには、脳震盪軽度、身体転換性障害軽度、全生活史健忘?要観察と記載されている。
今のとこ、新しい記憶や記憶定着に問題はなさそうである。
記憶喪失の診断書を作成し、就籍手続きを行い、2週間後川辺瑞希の戸籍を手に入れた。




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