保存料たっぷりの生活

聖 聖冬

無添加の世界③

「おいお前立ち止まる……な。チッ……先回りされてたか」

立ち尽くす俺の前に出た女児は逆手で持った倭刀を構えて隙を探すが、素人の俺が見ても分かる程に堅固な壁は、與儀の無い揺らがないものだった。

「無駄な抵抗は辞めてください。争う事が本意ではありません」

「チッ、剣の巫女か。それにこの数はな……後ろにも大勢敵が居るとなるとこりゃ詰みだね」

この世界に来て初めて出会った顔が大勢の騎士の中から姿を現し、あちらも俺の顔を見て少しだけ目を大きくする。
だが、すぐに顔を引き締めて前に立つ女児に視線を戻し、自分の職務を全うする。

「降伏しては頂けないでしょうか」

「この状況ならしたいのは山々なんだけどさ、やっぱり剣の道を志すものとしては巫女様と一戦交えたいと思って」

「私の力は人に向けるものではありません。それにまだ小さなその……」

「らぁぁっ!」

予備動作すら見せずに踏み込んだ見事な奇襲だったが、間一髪で交わしたメリッサが2歩3歩と後方に後ずさる。

「貴様! 総員……」

「良いのです! 分かりました、果し合いに応じましょう。皆さんは手出ししないで下さい、これはストレングスの名を背負った私の勝負です」

剣を抜くと同時にそう制したメリッサは左手で盾を構え、青く光る剣が線を引いてぴたっと止まる。

「さぁ、真剣しょう……」

「片付いたぞ」

「さぁさぁ行きましょボス」

メリッサが腰を落として踏み込もうとした瞬間、背後の森から追い付いてきた7人が同時に飛び出し、無防備だった騎士の壁を突き崩す。
その内の1人に担がれて包囲網を突破し、引かれていた馬に跨って離脱する。
俺を担いでくれていた男の腰に必死にしがみつき、揺れる馬上でこの世界に来てから何回目か分からないが、また途方に暮れる。

「そう言えば、あんなに多く居たのによく追い付けたな」

「ん、そうだな」

前に乗る無愛想な目の細い男はそれだけ言って喋らなくなり、最早会話のキャッチボールをする気のない、全力豪速球の暴投が飛んで来る。

「それが大変だったんすよ、俺たちも剣の巫女にまんまとやられたと言うかね。馬に乗ってたのはほんの一部で、殆どが松明を括り付けただけのハリボテでさー」

「そうか、噂に聞く剣の巫女はやっぱり尋常じゃないらしいな。合間見えて分かったけど、あれは強い」

軽い口調のふわふわした青年が代わりに見た事を説明し、剣の巫女と実際に気をぶつけ合った本人はそう言いながらも笑みを浮かべている。

「おい、お前の名前はなんて言う」

「やっとその質問か、俺は伊弉冉《いざなみ》璃々亜《りりあ》。あんたは?」

「傭兵ギルド代表のフランチェスカ・ヴォイドだ、恩人の名をよく覚えとけ」

「あーはいはい、そりゃどーもフランチェスカさん。にしてもそんなに小さいのに代表なのか?」

その言葉を発した瞬間、いつもにこにこしていた青年から笑顔が消え、俺を乗せていた前の男に腕を掴まれてフランチェスカに投げられる。
臓物が浮き上がる何とも言えない不快感の後に、細い腕に抱き止められる。

「ミンチかおろしか選べや」

「下ろしてくだ……」

「おろしだな!」

襟首を掴まれて地面に投げ出され、ずるずると引きずったまま走行を続ける。
何とか踏ん張って両足で地面を滑るが、いつ靴底が擦り切れて足が使い物になるか分からない。

何とかして言い訳を考えようとしていると、後ろに無数の揺れる光が固まって見えた。

「おいフランチェスカ!」

「黙って擦られてろ!」

「騎士が追ってきた、火が何個が見える」

「足の早い馬を集めた部隊か、巫女も私たちを逃がすつもりは無いみたいだな」

俺を仕方なく引き上げたフランチェスカは左右に視線を送り、それに従って6騎がそれぞれ扇状に散開を始める。
双子の姉妹らしい2人が乗った馬には2騎、そして他の馬にはそれぞれ1騎ずつが追尾を始める。

相手は8、それぞれが逃走した人数に対応して散開した事からして、恐らく選りすぐりの精鋭。そして早馬の中でも特に足の早い馬に乗った人物の顔は、フランチェスカが最も危惧していた巫女だった。
瞬く間に距離を縮められてしまい、もう馬3頭と半分の距離にまで迫っていた。

一瞬だけ前を向いてまた後ろに振り返ると、走り続ける馬上にメリーは乗っておらず、フランチェスカにまた襟首を掴まれて地面を滑る。
勢いがある程度弱くなってから投げ捨てられ、さっきまで居た場所は青い光が集合して、次の瞬間にはメリーがその場に居た。

灯りのない闇夜の中で鉄と鉄がぶつかり合う火花が辺りを照らし、凄まじい速度の打ち合いは継続的に光を放ち続ける。
暫くして遠くでも火花の光が見えたり、浮かび上がる火球の行き交う戦場と化していた。

「剣の巫女! 名は?」

「蛮族と言葉を交わすなど論外です」

フランチェスカの問い掛けで漸く打ち合いが一旦止み、青く光るメリーの剣の切っ先が地面に向く。

「そう言うな、それに蛮族ってのは聞こえが悪いしな。私らはただ色んな国の味方をするだけだろ? ライラックと仲が悪い国の味方をしたからって、あんたらの敵って訳じゃない」

「何の話をしているのですか。先日起こった村の略奪は近くを拠点とする傭兵団を名乗る賊の仕業。そして王国への献上品を輸送中に遅いこれを略奪、これも先に記した通り。傭兵などとはよく言えたものです」

「あぁそうか、そりゃ酷いことをする連中も居たもんだ。それが本当に賊ならまだ可愛いかったのにな」

戯言を、と短く吐いた巫女が再び剣を振るうが、剣は振り上がったまま一向に振り下ろされない。
その隙を見逃さなかったフランチェスカは一瞬で納刀して鞘から走らせるが、真上から降って来た大剣がそれを阻む。

拘束を振り解いたメリーと空から降ってきたガタイの良い男が背中合わせになり、闇の中から狙いを済ませる刺客と、逆手持ちで柄に手を添えたフランチェスカと相対する。
そんな中でも尚続く他の場所での仕合に目を向けてみる。

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