元魔王と元社畜のよくある冒険

3-1*刀

「なんだ兄ちゃん、太刀が良いのか?」
「ああ。ここなら置いてあるとギルドで聞いたのだが、今あるものを見せて貰えるだろうか。」
「ああ、勿論だ。そっちの奥にあるから好きに見てくれ。」

図書館から出て向かった武器屋は、メインストリートの露天の間に店を構えていた。
美月は初めて武器と言われる物に囲まれて、圧倒されながらも目を輝かせて陳列棚に並んだ武器を眺めていた。

「随分熱心に眺めてるが、うちの武器は実用性重視だ。嬢ちゃんみてぇな女の子が見ても、別に楽しかないだろう?」

厳つくて強面な大男で如何にも鍛治職人といった風貌の店主は、ソワソワと色々な武器の前でそれらを眺める美月に声を掛けた。

「いえ!すっごく楽しいです!はぁ〜……いいなぁ。私も何か使えたらなぁ。かっこいいんだろうなぁ。」
「ふっ……」
「ねえちょっと。今の笑いはどういう意味よ。」
「さてな。」

そう一言だけ女に返し複数置いてある太刀を手に取りながら眺める男を、店主はジッと観察した。
店主の男ーーイシリュドは、今まで色々な冒険者を見てきた。武器を買うのすらも初めてという様な冒険者未満の新人から、これからドラゴンに挑むという様なベテランまで。
だからこそ、店に入ってきた全身に黒を纏ったこの男が只者ではない事は瞬時に理解した。何せ、纏う空気が他とはあまりにも違うのだ。
一切気を張っている素振りを見せないだけならばともかく、実際にこの男は気を張っている訳ではない。それでも、例え一切の殺気も放たず不意に死角から斬りかかったとしても、この男は一瞬でこちらの命を容赦無く奪うだろう。投擲しようとした瞬間、矢を放とうとした刹那、この金色の瞳がこちらを一瞥しただけでも動きを止めてしまうだろう。
明確に何とは言えない。しかしこの男には勝てないと、本能が警鐘を鳴らすのだ。

(野宿していて朝起きたら荷が奪われてて無かった、なんてぇのは嘘だろうな。)

そんなヘマ、この男がする筈がないという確証が持てる。
しかし、イシリュドの仕事は武器を作って売る事であり、決して客の素性を暴くことでは無い。この男に限って言えば、下手に藪をつついて龍を出す位ならば気付かぬ振りで素通りした方が安全だ。

「ねえねえこれ銃だよね?弾はどこに入れるの?」
「それは魔銃だ。弾の代わりに魔力を込める。残弾を気にする必要もなく威力も普通の銃とは桁違いだが、代わりに連射は出来ん。出来るものもあるが、そちらは威力と命中率が下がる。」
「なるほど。それぞれ長所と短所があるんだね。」
「ああ。普通の銃は隣の棚に飾られて……」
「あー!これ!あれでしょ!?シャムシール!曲刀!すごい!いっぱいある!」
「……そうだな。」

しかし、イシリュドがそれ程の感想を抱いた男は現在、どう見ても冒険者未満の新人もいい所といった女に振り回されている。どういう経緯かは分からないが、この二人に接点など微塵もないような気がする。

もしかしたら金持ちのお嬢様とその護衛かもしれない、等とイシリュドが邪推を始めたところで、ルーアが太刀を一振り持ってこちらへ歩いて来た。

「決まったかい?」
「ああ。一先ずこれにしたいのだが……」

そう言って渡された太刀を見て、イシリュドはやはりこの男はヘマをするような素人じゃないと確信した。
刀に分類される武器自体、イシリュドは通常冒険者が選ぶ両刃の剣に比べるとやや慎重に作っている。決して両刃の剣に手を抜いている訳ではなく、刀が特殊だと言っても過言ではなかった。

遠く極東にある島国から伝わったというこの武器は、この大陸で主流に使われる両刃の剣と比べると製造過程があまりにも複雑なのである。
故に出回っている殆どがトンズィアを経由して輸入されたものであり、万が一折れたり欠けたりしても打ち直せる者があまりにも少ない。

そんな中でイシリュドが刀を打てるのは、かつて極東まで修行に出向いた先祖のお陰であった。
自身の師匠である父から初めて相槌を打てと言われ教えられた時、その製造工程の複雑さと出来上がった刀身の美しさに鳥肌がたったのを覚えている。
しかし刀自体の使い手の少なさと、父が他界してからは共に打つ相手が居なかった事から最近まで打つことは無く、今店にあるものは息子に教える為に共に打ったものだった。

ルーアが持ってきた太刀はその中でも一番新しく、そして一番上手く出来たものだ。
柄も鞘も同じ、刀身も素人が見ただけでは違いなど分からないその中からこれを選んで来たのは、決して偶然では無いのだろう。
そうなると最早、イシリュドは龍が出ても構わないから藪をつつきたくて仕方が無くなった。いや、むしろ龍を見たいとさえ思ったのだった。

「なあ兄ちゃん。荷を奪われたなんて嘘だろう。」
「ほう。疑問ではなく確信か。流石は多くの冒険者を見てきた武器職人……いや、鍛治職人か。」

未だ武器を眺めながらはしゃいでいる美月を余所に、二人は男同志ニヤリと笑った。

「まあ空気が他とはあまりにも違ってたしな。それに何より、あの中からこれを選んだ。鍛冶師としては、それだけで十分さ。」
「ふむ……全ては話せんが、ベラベラと喋り回るような男でもあるまい。これを見せるだけならば良いだろう。」

そうルーアが口にすると、淡く右腕に光が灯った。次の瞬間にはその手に抜き身の刀が握られており、その美しさと鋭さにイシリュドは息を呑んだ。

「持つか?」
「良いのかい?」
「別に構わん。理由が要るなら、見抜いた褒美とでも言っておこう。」

そうして手渡された刀を、イシリュドはまじまじと観察した。刀身は約80cm、腰反りが高く小切先であり、その反りは約3cn。
先代達が打ってきた刀のその最も初めに近いその刀は、恐らく極東の鍛冶師が打った業物で間違いなく、輸出品として出回る様なものでは無い事は確かだ。
そしてそれこそ、イシリュドが目指すべき形そのものであった。

「これは……」
「俺にもいつからあったものかは分からん。最初にそれを手にした者かそれを渡したものかは分からんが……施されている術によって手入れの必要は無い。手入れの仕方を教える時間すら無かったのか、もしくは造られたその瞬間を残したかったのかもしれんがな。」
「……後者であればいいと、俺は願うよ。」
「そうか。ならばそういう事にしておこう。」

ルーアに返した刀は再び光となって消え、その光は右腕へと戻っていった。

「元々抜き身の刀でな。持ち歩くのに不便で術式を組んで刺青にしたのだが……。ただの冒険者としては目立つだろう。」
「そうだなぁ。そんな奴そもそも見た事がねぇ。」
「そういう事だ。だから代わりの刀をと思って来たのだ。」

そう言うと、ルーアはカウンターに置いた店の太刀を取って鞘から抜いた。

「暫くはこれで良い。故に頼みがある。」
「……まさか、それと同じもん打てとは言わねぇだろうな?」

右腕を指差してそう言うイシリュドを見て、ルーアは不敵に笑んだ。

「同じとは言わん。近いものを作ってくれ。素材なら必要な物を取ってこよう。」
「……まじかよ。無茶言うぜ兄ちゃん。」
「そうは言いつつも、楽しそうに見えるが?」

そう言われ、イシリュドは自身が笑っている事に気付いた。

(ああそうだ。あんな業物を見せられたんじゃ、早く打ちたくて仕方ねぇ。)

バシンと両頬を叩いてニヤリと笑い、イシリュドはルーアに心の赴くままに返事を返した。

「任せとけ。何なら超えるもん造ってやらぁ。」
「ふっ……そうか。楽しみにしている。」
「ただし、素材はこの辺じゃあそこそこ入手困難だぜ?」
「……あいつが慣れるまでは地道にこいつを強化してもらった方が良さそうだな。」

そう言って、ルーアは美月の方へ振り返るのだった。


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