元魔王と元社畜のよくある冒険

1-2*改めて

余談ではあるのだが、二人は最初当然の様に無一文だった。
ルーアによれば素材の換金や買い物には冒険者登録を済ませる必要は無いという事から、インテの街に来るまでの道中で少々寄り道をして魔物を倒し、素材を採取してそれを売り捌く事により宿代と服代を調達する必要があった。
当然それだけの量の戦闘を経験していけば次第に慣れるというもので、美月は少なくとも街周辺の魔物は見慣れていった。
とは言え戦闘そのものには未だ恐怖心は残り、役に立たないのも事実だ。ルーアの背後で邪魔にならないように静かに隠れるというスキルが上達しただけで、突然現れる魔物には小さく悲鳴を上げるのも相変わらず、と状況そのものには変化は全く無い。

そしてその道中で分かったことは、ルーアが元々使えていた魔法等の攻撃手段を使用するには、契約者として呼ばれた美月から魔力を一度摂取する必要がある、という事だ。
魔法の使用そのものにはルーア自身の魔力を使用する為、美月から摂取するそれは「使用の許可」という形らしい。
美月に魔力があるのはこの世界に来たことによる適応と変化、そして何よりも元魔王のルーアと契約関係になった事が理由らしい。

「じゃあつまり毎度毎度キスする必要はないって事なのね?まあもう既に三回もされたけどね?」
「拗ねている理由は知らんが、俺が今使えるのはこの刀剣クレセントと低級の黒魔法、後は集めた素材の保管に使っている最低限の次元空間魔法だけだぞ。本来の力を出そうと思えば、あとどれだけあると思っている。」
「拗ねてないし。ていうか、本来の力まで出すとそれは最早冒険者じゃなくて魔王再来じゃないかな。」
「……それもそうか。」

そういう事があり、ルーアは剣と低級黒魔法が使える魔法剣士として冒険者登録する事に決まった。刺青という形で術式化したクレセントを出すのは目立つという事から普通の剣を買う事も決まり、それから二人は更に草原と森の中を彷徨う事になる。

お陰で街に着く頃には冒険者ギルドは登録受付けを終了しており、換金と服の買い物だけ済ませて残りは明日改めて、という事になったのだった。

そうして見つけた安宿で部屋を取ったはいいが、節約の為にと一部屋にしたのだ。流石に出会って初日に同室では落ち着いて眠れないかとお互いに危惧していたし、最悪ルーアは屋根の上にでも居ようかと考えていた。
しかしそもそも異世界に転移するという人生で一度もないであろう経験をした上、更には仕事終わりの夜に世界を越えたら着いた世界は真昼間。それから気を張ったまま一日中歩くというハードスケジュールの疲れから、美月は目を閉じれば何も考えることなく一瞬で眠りに落ちた。
それを見てルーアは何とも言えない複雑な感情を抱きながらも、自身も隣のベッドで横になったのだった。
勿論ルーアの方は有事に備えていつでも起きられる状態ではあったが、平和な時世の街中では朝まで起こされることも無かった。

それでも先に目が覚めて、ルーアは宿の人間から朝食を貰ってきた。
初めこそ少し寝かせておいてやろうと思ったのだが、冷めてしまっては美味しくないだろうと思い至った。それ故起こそうと何度も声を掛け、肩を叩き、そして身体を揺さぶってもいつまで経っても起きない美月に等々痺れを切らした。
結果、一瞬の思考の後に若干強めに頭を叩き、現在に至る。

「いったぁ!?」
「さっさと起きろ。スープが冷める。朝食が昼食になる。」
「う〜、まだ8時ぐらいでしょ……?そもそもの生活リズムが違うし……、こっちはオール明けみたいなもんなんですけど……。」
「起きろ。」
「鬼……悪魔……。」
「俺は元魔王だが。」
「……そうでした。」


***


スープとパンという質素な朝食を済ませ、ルーアは新しく用意した黒いタートルネックのタンクトップと、銀製の釦の付いた黒いタイトなロングコートを羽織り出掛ける準備を済ませた。
椅子に腰掛けて珈琲を飲みながら、街の地図を見て買う物と必要な情報を整理する。どうやら気に入ったのか、美月のスケジュール帳とボールペンは今ルーアの手元にあった。教えられてもいないのにくるくると器用にペンを回しながら、それに今日の予定を書いていく。

一方の美月は洗面所で、ジーンズが目立つという理由で手渡された洋服一式を睨み付けながらゆっくりと着始めた。
バルーン袖とはいえデザインはシンプルな白い襟付きのシャツと、動きやすさから選ばれた黒に近い焦げ茶色の革製の編み上げのブーツはまあともかく、美月が渋い顔をしている理由はコルセットスカートにある。
確かに色こそ白と黒で落ち着いてはいるが、ドレープやフリル、そしてレースの可愛らしいデザインの膝丈コルセットスカートは果たして自分に似合うのだろうかと、美月は着替えを終えて全身の映らない洗面所の鏡を睨み付けた。
この格好は言ってしまえば、クラシカルスタイルのロリータファッションとしか言い様が無い。ある意味では本場の服を普段用として自分の様な者が着ることを心の中でその道の方々に謝罪し、小さく溜息を吐いた。

只でさえ、当然の様に施していた化粧品自体がこの世界のものとは違っているのだ。ウォータープルーフの化粧下地があの洗顔用の心許ない泡で完全に落ちたのかすら定かではない。もう思っている程25歳というものは若くはない、肌が荒れる、という悩みの種があるのだ。

暫くは拠点確保の為に貯金だな、とやけに現実的且つ堅実な元魔王様の発言により、化粧をするのは諦めた。そうして質素になった自分の顔に、やや童顔とはいえこの格好はやはり25歳にもなって痛々しいと思い至り、今度は深く溜息を吐いた。

「何を溜息など吐いている。」
「わあああ!?入る時はノック!声を掛ける!常識!」

溜息を吐きながら金色の石が嵌め込まれたループタイを付けたところで突然開いたドアと、鏡越しに現れたルーアに叫び美月は咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。

「声は掛けた。音がしないから着替えは済んだと判断したが。」
「声を掛けるのはドアを開ける前!ていうか、ノックはするものなの!」
「そうか。ところで何をしている、早く立て。」

無慈悲に告げる元魔王様に小さく唸り、美月は渋々背を向けたまま立ち上がった。ルーアは美月が顔を上げない事に少し眉を寄せたが、少々値は張ったものの選んだ服が間違っていなかったことに満足した。

「お前はそういう女らしい格好の方がいい。」
「……お世辞はいい。」

美月が俯いたまま小さく零すと、ルーアは表情を動かさないまま言葉を続けた。

「俺は世辞など言えんが。」
「……それは、なんとなく知ってる。」
「そうか。しかし、髪も結った方がいいな。コルセットのリボンも、結び直してやる。」

そう言って近付いてきた気配はしたが、何となく先程とは違う気恥しさから美月は顔を上げられなかった。そうして俯いたままでルーアの指が髪を優しく梳くのを感じた。
ふわりと香った甘く冷たい香りに、まだたったの一日だと言うのに自分の世界で感じたそれを、遠い昔の様に思う。

「サキュバス連中がやかましかったからな。お陰で髪も結える様になった。……よし、これで良いだろう。」

パチン、といつの間に用意していたのか分からないバレッタの着けられた音と、その声に美月はおずおずと鏡を見た。
前髪とサイドを残して器用に三つ編みのハーフアップが作り上げられており、似合う似合わないよりも器用なものだと美月は素直に感心した。
コルセットのリボンを結び直したルーアは、顔を上げた美月を改めて見て満足気に頷いた。

「これで多少はヒーラーにも見えるな。」
「……え、ヒーラー?」

ヒーラーと言えばRPG的には回復職の人間の事だと思うのだが、特にそんな能力も無い美月はきょとんと鏡越しにルーアを見上げた。

「冒険者として登録するのに何も使えないのでは無理だろう。だからと言って俺だけ登録する訳にもいかん。元々滅多に使わん白魔法ぐらいならくれてやる。」
「魔法くれるって、そんな事出来るの?」
「俺が使えるものをお前に渡すだけだ。代わりに俺は回復魔法は使えなくなる。戦闘中の回復の類いは任せたぞ。」

ルーアはそう言って一歩移動し背を向けたままの美月の左手を取ると、少し屈んで手の甲に口付けた。ごく自然に行われたその行動に一瞬頭が付いていかず、理解した頃には同時にこれが魔法を渡す為の行為なのだと美月は理解した。その証拠に、ルーアが何かを呟くと淡く白い光が美月の左手に灯り、手に吸い込まれるようにして消えていった。

「これでいいだろう。回復範囲や度合いのイメージをもって、ヒールと言えば傷を治せる。後で試しに使ってみろ。」
「分かりました先生。」
「だから先生ではないのだが……。」

そう言いながら洗面所から出るルーアに続いて美月は部屋へ戻るが、そのルーアは突然立ち止まり思い出した様に振り返って口を開いた。

「これもつけておけ。」

そう言って無造作にズボンのポケットから取り出したのは、細い腕輪だった。銀の造りに石が一つのシンプルな物だったが、その石は一見しただけでは色の判別がつかない様な、深い色合いをしていた。
受け取った美月は腕輪を傾けたり窓から差し込む光に照らしたりと、その石を観察した。夜の色をした石は、角度によっては深い赤にも、青にも見える。そして反射して銀にも、金にも。星のように中で小さく光る粒も見えれば、線のように光が走る時もあった。

「綺麗……。どうしたの?これ。」
「俺が元々持っていたものだ。特にそれ自体に力は無かったが、お前が寝ている間にまじないを施した。いざと言う時、攻撃の一つや二つなら弾けるだろう。」

なるべく心臓に近い方がいい、と言われて左手に通すと、ぶかぶかだったそれは少し光って美月の手首に合うサイズに縮んだ。

「それと、もしも俺が近くに居ない時に何かあれば名前を呼べ。声に出さなくてもいい。契約を介して直ぐに行く。」
「うん。……へへ。」
「……なんだその顔は。」

突然顔が緩んで笑った美月を疑問に思ったルーアは、少し眉を寄せて美月を見下ろした。

「なんか分からないけど、嬉しいから。色々準備してくれて、髪も結ってくれて……勿論、この腕輪も。ありがとう、ルーア。」

感謝を述べられたルーアは、虚をつかれた様に目を見開いた。純粋な感謝を人間から述べられる事すら、彼にとっては初めての事だったからだ。
気付いた時から侵す側であり、奪う側であり、そして破滅を与えるモノだった。人類の敵として存在していた男は、自身が与えたモノに感謝される事は初めてだった。

「多分これから先、勝手に巻き込みやがってー!って思う事は、そりゃああるだろうけど……。でも、今は凄く嬉しいし、楽しいよ。」
「……そうか。」
「うん!だから、これからよろしくね!」

笑顔で差し出された手を、ルーアは一呼吸置いてから握り返した。

「ああ、よろしく頼む。」



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