魔神と勘違いされた最強プレイヤー~異世界でもやることは変わらない~

ぶらっくまる。

第005話 芽生えた個性

 帝都シュテルクス卜は、堅牢な外郭により外敵を拒む総構え造りで、城下町を内郭と水を溜めた堀で隔てていた。そのため、帝都と同じ名前を冠したシュテルクス卜城の出入りは、跳ね橋が設置されている内郭の正門――南側の門――が唯一の道だとアレックスは思っていた。

 城の東側にある階段室の一階に到着すると、そこから西側にある正門へと続くエントランスホールとは反対側の扉をジャンが開けた。当然、そのことをアレックスは疑問に思った。

「あれ、こっちで良いのか?」

「はい、少々通路が狭いですが、こちらの方が近くなっております」

「ああ、わかった」

 何で城主である俺より詳しいんだよ、とアレックスは内心突っ込みを入れる。

 ジャンの後にそのまま着いて行くと、内郭側の広場に出た。そこは、ギルドメンバー同士でPVPの摸擬戦をしたり、部隊編成時の装備確認など多目的広場として使用される場所で、いつもであれば誰かしらがそこに居た。

 そこも今は、誰もいなかった。突然の風によって砂埃が舞い、アレックスは顔をしかめた。

 メニュー画面で確認して理解していたにも拘わらず、実際に自分の目でそれを目の当たりにし、アレックスは嫌でも気持ちが落ち込む。

「やはり、俺だけなのか……」

 色々な感情を混ぜた言葉が不意に口を衝いてこぼれ、風に乗って霧散するように思われたが――

「陛下?」

 囁きのような小さな言葉だったのだが、聴覚に優れたエルフ族の特性からか、その言葉をソフィアが拾った。アレックスはハッとしたが、答えない。返事をしなければ、そのまま流されると思ったからだ。

 幸か不幸か、ソフィアは、聞き流さなかった。

「もしかして、使徒様たちのことでしょうか?」

 使徒様? と、アレックスは聞きなれない言葉に疑問符を浮かべた。

 それ故に、反応するつもりはなかったのだが、つい口を開いた。

「使徒様とは何だ?」

「何を仰るのですか。使徒様は使徒様です。宰相のレンレン様や大将軍のケモケモ様たちのことです」

 怪訝な顔をしたものの、ソフィアは例を出して教えてくれた。
 アレックスは、それを聞いて頷く。

「ああ、プレイヤーのことか……」

 ソフィアが、ギルド幹部であり会社の同僚たちのプレイヤーネームを上げたことで、アレックスはその言葉の意味を知った。

 NPC傭兵たちには、プレイヤーのことが神の使いとでも思われているのか、とリバフロの設定とは違うことに困惑するよりも、可笑しくて笑えた。

 リバフロの世界でプレイヤーは、最初どの勢力にも所属していない自由人ということで、「冒険者」という設定のはずだった。決して、「使徒」なんて仰々しい役目は無い。

「そっか、ソフィアも気付いていたんだな」

「なんとなくですが、たった今確信しました」

「今?」

「はい、城内の警備に陛下の近衛兵しか見当たらないことに違和感を感じていたのですが、この修練場は副皇帝である斬鉄様の憲兵が常時配置されているはずですので……」

 ソフィアが確信に至った理由を説明し、アレックスも納得した。

 斬鉄は、アレックスの同期である鴻崎直人こうさきなおとのことだ。本来は、サブギルドマスターなのだが、便宜上、副皇帝の地位についており、彼らもアレックスと同様に独自の部隊を所有してる。

 それ故に、彼らに属するNPC傭兵が見当たらないことで、他のプレイヤーがいないことを、ソフィアは気付いたのだった。

 前を歩くジャンの耳にも二人の会話が聞こえていたが、皇帝と将軍の会話に参加できるはずもなく、我慢して聞いていた。それでも、流石に不安から耐えきれず、ジャンは口を挟んだ。

「や、やはり、今回の異変が何か関係しているのでしょうか……」

 アレックスを見上げるように振り返ったジャンの表情は、不安の色一色で、今にも泣きだしてしまいそうなほど、儚げだった。

「案ずるなジャンよ! 俺がいるじゃないか。このベヘアシャー帝国の絶対的強者である俺がな! 襲ってきたのが魔人族らしいが、例え魔王が出てきたとしても俺が千切っては投げ、千切っては投げしてやるよ」

 そこは頂点に立つ者らしく下の者を安心させるように大げさに言うものの、

 うわー、ついジャンの顔を見て大見え切ったが、俺の強さってどれくらいなんだ? ゲームのときのように無双できればいいんだが……

 と、不安が募った。

 その不安を拭うように、目の前にあったジャンのただでさえくせっ毛の髪を、ぐしゃぐしゃに撫でまわすアレックス。

「あわわ、へ、陛下どうなさったんですか、急に……」

 くすぐったそうに笑い、頬を染めて俯くジャンに、女の子は笑っているのが一番だな、とアレックスはより明後日の方向へ勘違いを深めていくのだった。


――――――


 三人は広場を抜けてそのまま東へ向かっている。正門から離れるばかりか、このままでは内郭に辿り着くだけで、外には出られない。

 そのことに不安になったアレックスは、再度ジャンに問いたい気持ちになったが、どうにか堪えている。城の主であるにも拘わらず、城の造りを知らないということを知られたくないというつまらない意地でもあった。

 まあ、迷いなく歩いてるんだから、何かしら仕掛けがあるんだろう。

 そんなアレックスの予想は正解だった。

 そのまま錬金術の素材農園のスペースを通り抜けると、突き当りに納屋があり、その扉の前に一人の青年が佇んでいた。

 黒のタキシードに白い手袋を両手にしている優男風の青年。清潔感のある黒髪で、切れ長の黒い瞳の端をサラサラの前髪がかすめていた。

「あ、これ以上何も言うなよ!」

「……何も申しておりませんが」

 その青年の前に到着するなりアレックスが釘を刺すが、むっつり顔で言い返される。

「いい、いいんだよ。言いたいことはわかっている、クロード!」

 全てお見通しだと言わんばかりにアレックスはクロードの名前を言い当てたが、別に覚えていた訳ではない。単純に頭上に表示される名前を確認しただけだった。

 釘を刺したのにも理由がある。ソフィアが第三連隊長とわかった時点で、第二連隊長の名前も確認していた。それが、彼、クロードだったのだ。

 彼の本名は、クロード・バトラー。

 ソフィアと同様に、レベル一〇〇のSランク傭兵で将軍キャラ。そして、アレックスのもう一人の副官でもあり、家名も執事が似合いそうな男前な見た目という適当な理由からだった。

 本来のタスクは、訪問したギルドメンバーへの特殊施設の案内役で、クロードの定位置は、エントランスホールのはずだった。それなのに、こんなアレックスもはじめて来たような場所に彼が居る理由は、一つしかなかった。

 何故、アレックスたちがここを通ることをクロードが知っていたかは、この非常事態に於いて些末事さまつごとだろう。

「お前の考えていることはお見通しなんだよ!」

 ビシッとクロードを指さし言い放つ。

「さて、何のことでしょうか?」

 表情を一切崩さずクロードは、しれっととぼける。

「しらばっくれるな! ソフィアと同じで同行するとか言うんだろ、どうせ!」

 そんなクロードにムッとなったアレックスはそう決めつけた。

「では、参りましょうか――」
「参りましょうか、じゃねえよ! 俺の話を聞けえー!」

 ソフィアのこと然り、所有制限のある高性能自律型AIを搭載した従者と違い、無個性であるはずのNPC傭兵たちの個性的な反応に、アレックスは調子を崩されていた。支配者であるはずが、どうにも思い通りにいかない。

 これは、もう間違いない。外を確認するまでもなく、ここは現実だ!
 が、俺の知っている現実じゃない!
 こんなリアルなのが夢な訳ないし、アップデートと言われても信じられない!

 などと、アレックスは、ここがリアルだということの確信をより強めた。
 むしろ、そうしないと彼の神経が持たないのである。

 そんなアレックスに追い打ちを掛けるようにクロードが、

「さあ、こちらです」

 と、納屋の扉を開け、感情の読めない無表情でズンズン中に入っていく。

「ああー、もう、わかったよっ」

 アレックスは、後頭部をガシガシと掻きながらその後に続くのだった。

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