魔神と勘違いされた最強プレイヤー~異世界でもやることは変わらない~
第000話 プロローグ 裏
空が隠れるほどの鬱蒼たる森を縫うようにひた走る二人がいた。
そこは、バース大陸を二分するように大陸中央部に広がる大森林――常闇の樹海。
とある種族にとってそこは、『エヴァ―ラスティングマナシー』と、畏怖と共に伝説の聖地とも呼ばれていた。
「シルファ様、そろそろ休憩になさいませんと」
ボーイッシュなすっきりと短く切った茶髪のラフな毛先を揺らしながら、ラヴィーナはシュッとした青色の瞳を主であるシルファに向けて打診した。
「そ、そうですわね……いえ、もう少し進みましょう、ラヴィーナ」
一度は頷いたシルファであったが、すぐに頭を振り、その足を緩めることはしない。
ラヴィーナは、深い森の中にいるにも拘わらず、これから海水浴に行くような肩からバスト、背中の露出が多い紺色のオフショルビキニ姿。腰には、黒色のパレオを巻いているだけといった装いで、その露出した部分に切り傷や火傷の痕があらわになっており、痛々しかった。
決して、ラヴィーナ自身が休憩したい訳ではない。
本来のシルファは、肩先まで伸びたウェーヴが掛かった金髪で、フランス人形のように一際大きな碧眼が人を魅了するほどに美しいと、他国にまで評判の美少女。
それが、追っ手をまくための激しい戦闘の影響で、土埃を被た金髪に艶は無くぼさぼさになっており、苦しそうに顔を歪めているせいで、その美しい瞳を隠すように瞼が重そうに今にも閉じそうだった。
それ故に、ラヴィーナは彼女を休ませるために、やすやすとは引き下がらない。
「ですが、もう数時間駆けっぱなしではないですか」
「いくら追っ手を撃退したからといって、ヴェルダの兵ならともかく、あの帝国はこの場所を恐れていませんわ。気にせず追ってくることでしょう」
二度は言ったが、さすがに三度目は言えず、
「……畏まりました」
と、ラヴィーナは口をつぐんだ。
二人の間を沈黙が支配してから幾ばくか過ぎたころ、唐突にシルファが口を開く。
「ねえ、ラヴィーナ」
「何でございましょう」
声を掛けられたことで、やっと休憩してくれる気になったかと、期待したラヴィーナであったが、違った。
「ほ、本当にありますわよね」
シルファの声には不安の色が窺えた。それに対してラヴィーナは、逡巡してからシルファを見やる。
「そ、そうですね……あくまで伝説というより、空想に近い話ですので、そればかりは何とも……」
ラヴィーナが言ったことは至極まともなことであり、希望的観測なのはシルファも理解していた。理解していたが、何もないシルファにとって、その一縷の望みに賭けるしかなかった。
信じ切れるように同意してほしかったシルファは、真面目な回答がラヴィーナから返ってきたことで、油が切れた機械仕掛けの足になったと錯覚するほど、急にその足が動かなくなり、立ち止まる。
シルファの体調を心配していたラヴィーナは、安堵して彼女を見やる。
「そ、そうですわね。でも、わたくしたちに残された道は、もう……」
悲しそうに眉根を顰め俯いたシルファの様子に、一転ラヴィーナは慌てた。
「あ、いえ、私は疑っている訳では――」
ラヴィーナは、シルファの前に片膝を突き弁明する。そのラヴィーナの慌てた表情が可笑しくて、シルファは微笑む。
「ふふ、わかってますわ、ラヴィーナ。こんな何の取柄もないわたくしに最後まで付き従ってくれたのは、あなただけですもの」
「何を仰いますか! 私にとってシルファ様が至高の御方ですから」
「ラヴィーナは、本当にそればっかりですわ」
「事実ですから」
シルファは、伝説の登場人物と同じ呼ばれ方をして、「とんでもない!」と、思ったが、否定をすることはしなかった。別に否定してもよかったが、シルファに対するラヴィーナの忠誠心は本物で、それを理解しているシルファは、無駄なことをしなかった。
「しかし、シルファ様は、怖くないのですか? あの話が本当だとしたら……」
「怖くはないなんて口が裂けても言えませんわ。むしろ、自信を持って怖いと言えますの」
その開き直ったシルファの様子に、ラヴィーナはポカーンとしてしまった。
「ふふ、おかしいですわね。かつては魔皇帝と崇められた帝国の血を受け継ぐ者なのに、怖い、だなんて……」
「な、何を仰いますか! 私が傍におります! 一緒に戦います! 例え命が尽きてもその先も!」
力強く宣言したラヴィーナの拳を両の手で包み込むように添えたシルファは、
「ええ、わかっていますわ。ありがとう、ラヴィーナ。こんなわたくしのために――」
突如、そんな主と家臣の美しい遣り取りを邪魔すかのように、耳をつんざくような爆音が二人の耳を襲った。
「なに!」
「シルファ様、私の後ろへ!」
驚くシルファを庇うようにラヴィーナが背後に隠し、音がした方をキッと睨む。
「まだ、距離がありますね。我々を狙った訳ではないでしょう」
「それじゃあ、何?」
「……予想ですが、シルファ様が仰ったようにシヴァ帝国の兵たちが我々の先を行っていたのやもしれません。それで、魔獣にでも遭遇したか……いや」
ラヴィーナは、自分の予想を説明しながら自分で矛盾に気付いた。
魔法に因るものと思われる炸裂音が未だも轟いており、一向に止む気配はない。
「既に聖域に到達しているので魔獣はいないはず……」
「そ、それじゃあ、もしかして……」
シルファの問いにラヴィーナも無言で頷く。
「そうなのですね!」
歓喜に近い叫び声をシルファがあげ、それに同意するようにラヴィーナが口を開く。
「ええ、もしかしたらもしかするかもしれません!」
二人が、『エヴァ―ラスティングマナシー』に足を踏み入れ、既に一週間が経過しようとしていた。それだけ進めば、魔獣でさえ近付こうとしない聖域に侵入していた。
このまま進めば、伝説の聖地と呼ばれる所以となった魔神が姿を現すと伝承が残っている、その中央へと至る。
それに気付いた二人は、顔を見合わせ、抱き合った。
その先に待ち構えている人物が誰かも知らずに――
そこは、バース大陸を二分するように大陸中央部に広がる大森林――常闇の樹海。
とある種族にとってそこは、『エヴァ―ラスティングマナシー』と、畏怖と共に伝説の聖地とも呼ばれていた。
「シルファ様、そろそろ休憩になさいませんと」
ボーイッシュなすっきりと短く切った茶髪のラフな毛先を揺らしながら、ラヴィーナはシュッとした青色の瞳を主であるシルファに向けて打診した。
「そ、そうですわね……いえ、もう少し進みましょう、ラヴィーナ」
一度は頷いたシルファであったが、すぐに頭を振り、その足を緩めることはしない。
ラヴィーナは、深い森の中にいるにも拘わらず、これから海水浴に行くような肩からバスト、背中の露出が多い紺色のオフショルビキニ姿。腰には、黒色のパレオを巻いているだけといった装いで、その露出した部分に切り傷や火傷の痕があらわになっており、痛々しかった。
決して、ラヴィーナ自身が休憩したい訳ではない。
本来のシルファは、肩先まで伸びたウェーヴが掛かった金髪で、フランス人形のように一際大きな碧眼が人を魅了するほどに美しいと、他国にまで評判の美少女。
それが、追っ手をまくための激しい戦闘の影響で、土埃を被た金髪に艶は無くぼさぼさになっており、苦しそうに顔を歪めているせいで、その美しい瞳を隠すように瞼が重そうに今にも閉じそうだった。
それ故に、ラヴィーナは彼女を休ませるために、やすやすとは引き下がらない。
「ですが、もう数時間駆けっぱなしではないですか」
「いくら追っ手を撃退したからといって、ヴェルダの兵ならともかく、あの帝国はこの場所を恐れていませんわ。気にせず追ってくることでしょう」
二度は言ったが、さすがに三度目は言えず、
「……畏まりました」
と、ラヴィーナは口をつぐんだ。
二人の間を沈黙が支配してから幾ばくか過ぎたころ、唐突にシルファが口を開く。
「ねえ、ラヴィーナ」
「何でございましょう」
声を掛けられたことで、やっと休憩してくれる気になったかと、期待したラヴィーナであったが、違った。
「ほ、本当にありますわよね」
シルファの声には不安の色が窺えた。それに対してラヴィーナは、逡巡してからシルファを見やる。
「そ、そうですね……あくまで伝説というより、空想に近い話ですので、そればかりは何とも……」
ラヴィーナが言ったことは至極まともなことであり、希望的観測なのはシルファも理解していた。理解していたが、何もないシルファにとって、その一縷の望みに賭けるしかなかった。
信じ切れるように同意してほしかったシルファは、真面目な回答がラヴィーナから返ってきたことで、油が切れた機械仕掛けの足になったと錯覚するほど、急にその足が動かなくなり、立ち止まる。
シルファの体調を心配していたラヴィーナは、安堵して彼女を見やる。
「そ、そうですわね。でも、わたくしたちに残された道は、もう……」
悲しそうに眉根を顰め俯いたシルファの様子に、一転ラヴィーナは慌てた。
「あ、いえ、私は疑っている訳では――」
ラヴィーナは、シルファの前に片膝を突き弁明する。そのラヴィーナの慌てた表情が可笑しくて、シルファは微笑む。
「ふふ、わかってますわ、ラヴィーナ。こんな何の取柄もないわたくしに最後まで付き従ってくれたのは、あなただけですもの」
「何を仰いますか! 私にとってシルファ様が至高の御方ですから」
「ラヴィーナは、本当にそればっかりですわ」
「事実ですから」
シルファは、伝説の登場人物と同じ呼ばれ方をして、「とんでもない!」と、思ったが、否定をすることはしなかった。別に否定してもよかったが、シルファに対するラヴィーナの忠誠心は本物で、それを理解しているシルファは、無駄なことをしなかった。
「しかし、シルファ様は、怖くないのですか? あの話が本当だとしたら……」
「怖くはないなんて口が裂けても言えませんわ。むしろ、自信を持って怖いと言えますの」
その開き直ったシルファの様子に、ラヴィーナはポカーンとしてしまった。
「ふふ、おかしいですわね。かつては魔皇帝と崇められた帝国の血を受け継ぐ者なのに、怖い、だなんて……」
「な、何を仰いますか! 私が傍におります! 一緒に戦います! 例え命が尽きてもその先も!」
力強く宣言したラヴィーナの拳を両の手で包み込むように添えたシルファは、
「ええ、わかっていますわ。ありがとう、ラヴィーナ。こんなわたくしのために――」
突如、そんな主と家臣の美しい遣り取りを邪魔すかのように、耳をつんざくような爆音が二人の耳を襲った。
「なに!」
「シルファ様、私の後ろへ!」
驚くシルファを庇うようにラヴィーナが背後に隠し、音がした方をキッと睨む。
「まだ、距離がありますね。我々を狙った訳ではないでしょう」
「それじゃあ、何?」
「……予想ですが、シルファ様が仰ったようにシヴァ帝国の兵たちが我々の先を行っていたのやもしれません。それで、魔獣にでも遭遇したか……いや」
ラヴィーナは、自分の予想を説明しながら自分で矛盾に気付いた。
魔法に因るものと思われる炸裂音が未だも轟いており、一向に止む気配はない。
「既に聖域に到達しているので魔獣はいないはず……」
「そ、それじゃあ、もしかして……」
シルファの問いにラヴィーナも無言で頷く。
「そうなのですね!」
歓喜に近い叫び声をシルファがあげ、それに同意するようにラヴィーナが口を開く。
「ええ、もしかしたらもしかするかもしれません!」
二人が、『エヴァ―ラスティングマナシー』に足を踏み入れ、既に一週間が経過しようとしていた。それだけ進めば、魔獣でさえ近付こうとしない聖域に侵入していた。
このまま進めば、伝説の聖地と呼ばれる所以となった魔神が姿を現すと伝承が残っている、その中央へと至る。
それに気付いた二人は、顔を見合わせ、抱き合った。
その先に待ち構えている人物が誰かも知らずに――
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