明日はきっと虹が見える

モブタツ

4ー7

  夏だけど。
  確かに夏なんだけど…。
  プールって…。
  健斗に水着姿見せるのって、なぜか緊張する。
  うちの高校は水泳の授業をやらない。その為に「授業のために減量!」とか「授業のために水着買わなきゃ!」とか「泳ぎ、苦手なんだよなぁ」なんて心配をする必要はない。
「お姉さーん」
  だからこそ、だ。
「な、なに?」
「まだ準備できないのー?はやくいこーよー!」
「ちょ、ちょっと待って」
  こんなことになるのなら、少しくらい食生活見直したのに…。
「まだ…心の準備ができてない」
「こころの…準備?」
「あぁもう!行くしかないよね…」
「ココロの準備、できた?」
「できたできた。じゃあ、行こっか」

  美優は部活で留守。菜乃花は理由は教えてくれないが留守。そんな中、夏休みの宿題をなぜか家ではなく図書館で進めている祐樹と、その祐樹目当ての恵美花、付き添い兼保護者の私と健斗でプールに行くことになった。
  前日の唐突な誘いに最初は戸惑ったものの、何とか道具は揃えることができた。
  問題は「心」である。
  減量なんかしてない。なんたって私はもう死んでる予定だったからだ。
  まさか、同級生の男の子と一緒にプールに行くなんて思っても見なかったから。
  …他人の男の子だよ?
  変な知り合い方をした私達は…もしかしたら他の人達より特別な関係なのかもしれない。でも、それでも。これじゃあまるで付き合ってるみたいじゃん…。
「…おまたせ」
「おせーなぁ…水着の着方分かんなかったの?」
「いや、分かるわ!」
「ねーちゃん、遅過ぎ」
「なんかね、お姉さんね、こころの」
「あー!!あー!!ほら!早くプール入るよ!」
  でもまぁ、せっかくの夏休みだし。
  ここまで来て、こんな格好までしちゃったんだし。
  せっかく生きてるんだし。
  楽しまなきゃ。
  やっぱり、私は「せっかく」に弱いんだな。





『15分間の休憩になります。プールから上がってください〜』

  入ってから1時間くらい経っただろうか。
  時計は見ていなかったが、恐らくそれくらいだろう。
「なー」
  椅子に座ってゆっくりしている私に、彼は不思議そうに訪ねてきた。
「ん?」
「祐樹君って、なんで海苦手なんだ?」
  波のプールにも行きたがらなかったし。と付け足した。
  今でも忘れない。私が中学2年生だった年の夏。
  家族で海に遊びに行ったある日、祐樹は突然姿を消した。海水浴中に波に攫われ、家族とライフセーバーのお兄さん2人によって捜索される事態にまで陥った。その後、祐樹は少し深めのところで遊んでいた別の家族によって助けられていたことがわかり、何とか弟を失わずに済んだ。が、実は溺れてしまっていたらしく、その次の年からは海で泳ぐことを断固拒否。今に至るということなのだ。
  健斗に「溺れちゃったんだよ。昔ね」と短く説明すると、彼は「ふーん」と言って納得した。
「姉弟揃って死にかけた経験有り、か」
「変な表現しないでよ」
「アハハ。悪りぃ」
  会話が途切れる。周りの楽しそうな声が耳に入ってきた。
「なぁ、その…」
「な、なに」
「水着、いいな」
「へ?」
「…察しろよ」
  突然の彼の言葉に脳の処理が追いつかない。
「でも、やっぱお前は浴衣の方がいいよな」
「そ、そう?」
  少しだけ嬉しいかも。
「なに照れてんだよ。からかってんだぞ?」
「え、どういうこと…………あ」
  そういえば…。
『水着と違って、ほら。なくても、映えるだろ?』
  ………………………。
「…今度、美優ちゃんに報告しとくね」
「え!?い、いや!それはやめろ!ごめんって!」
  彼の一言で嬉しさが幻滅した。

  ーーーだけど。分かってた。
  これが、彼なりの気持ちの伝え方なんだって。


「ねーちゃーん」
  嬉しさの余韻に浸る暇もなく、飲み物を買いに行った祐樹と恵美花が戻ってきた。
「あ、おかえり」
「はい。お釣り。」
「ありがと。でも、このお釣りは祐樹のお小遣いにしな」
「え!?いいの!?やったー!」
「お姉さん、ジュース、ありがとう」
「どういたしまして」
「で、これがねーちゃんが頼んだオレンジジュースね。で、これが…」
  健斗に差し出す。
「ねーちゃんが、奢りだそうです」
「え、まじ?サンキュー。…ん?これ、何?」
「冷やしカボチャスープですけど。」
  どうせ水着姿の私を見て胸をいじるんだろうなって予想してた。
「…なぜプールでカボチャスープなんだよ」
「いいから飲みなよ。美味しくないよ」
「そんなこと言われて飲むやついるか!」
「ハハハ!ごめんごめん。ほら、熱中症にならないようにと思って、ちゃんと健斗の分の麦茶も買ってきてもらったから。はい」
「あ、ありがとう」
「お姉さんってイジワルなんだね…」
「健斗にだけねー」
  健斗が缶を開け、スープを口に含む。
「美味いけど、泳いだ後に飲むもんじゃねぇ!」
  健斗の感想に、恵美花と祐樹が腹を抱えて笑っている。

  そう。これだ。
  この光景が見たくて、ここに来たんだった。
  でも、やっぱり恵美花は私に対して笑ってくれなかった。
「コロネのおねーちゃん」って、呼ばれなかった。

  …また少しだけ、心の片隅に切ない気持ちが生まれてしまった。

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