明日はきっと虹が見える

モブタツ

4ー3

  昨日も今日も、祐樹は図書館で夏休みの宿題を進めている。
  真面目だ。夏休みに入って数日で宿題を半分終わらせるなんて。
  …いや、それは真面目なのかな。
  本当は…コツコツと計画的にやっていくものなのではないだろうか。まぁ、やってくれるのならばどっちでもいいけど。

  インターホンが鳴った時は少し驚いた。
  祐樹が帰ってくるには少し早い気もするし、別にネットで何かを買ったわけではない。
  と、なると。
  誰が来たかは何となく予想はついていた。
「よっ」
  ドアを開けると、そこには健斗が立っていた。
「どうしたの?またお昼でも食べに来た?」
「別にそういうわけじゃねーけど、まぁ、食いたいな」
「…要件は?」
「明日、祭りがある。行こうぜ」
  鼻を指で軽く擦りながら、得意げに笑った。
  そして、自分の耳を疑った。
  唐突に来たためもあったが、願いが叶ったのかと、一瞬思ってしまったのだ。
「祐樹君も来てるんだろ?思い出作りだよ。」
  しかし、次に聞いた彼の言葉は、私の期待を裏切った。
  …あぁ、みんなで行くってことだよね。
  そりゃあ…やっぱり、そうだよね。
  別に、みんなで行くのが嫌なわけではない。嫌なわけではないのだが、健斗と一緒にいる時間が楽しくて。それで、2人でどこかに遊びに行きたいと、思ってしまっているのだ。
「いいよ。集合時間とか決めたいし、上がってきなよ」
「腹減ったんだけど、なんかない?」
「…ここはあんたの家じゃないの」
  彼は「ただいまー」と軽い口調で言いながら部屋に入っていった。
「もう…」
  でも、どこかこの状況を楽しんでいる私がいる。
  自然と口角があがり、ふふっと小さく笑ってしまった。


  時間と場所は、すぐに決まってしまった。
  この世には「駅」という最強の集合場所がある。
  時間なんて、そんなに迷う必要はないし。
  だから、なぜ私が今、彼にご飯を作っているのかが分からない。だって、もう決まったじゃん。話すことなくない?なんて冷たく言うつもりはなかった。でも。誤解を招くかもしれないけど。話すことがなくなって気まずい、と、彼に言いたい。
  …緊張しちゃうじゃん。
  だって…この状況って、他の人が見たら…。
「ほうれん草と、ベーコン?」
「わぁ!?」
  気がつけば、彼はすぐ隣でフライパンの中を覗いていた。
「…なんちゅう声出してんだよお前」
「ごめん…ちょっと考え事してて。パスタ作る。文句言わないでね」
「作らせてる分際で文句なんか言うかよ」
  麺が茹で上がり、すぐにフライパンを熱し始める。
「んで、これは何を作ってんのさ」
「ほうれん草とベーコンのバター醤油スパゲッティ」
「おぉ、美味そうだな」
「どうだかね。前に健斗と一緒に行ったファミレスのメニューを真似してるだけだよ」
  あれは確か…ガーリックオイルを使ってると書いてあったから…。
「ん?そりゃなんだよ」
  冷蔵庫から取り出した油を不思議そうに見ている。
「ガーリックオイル。ニンニクの香りがつくの」
「普通の油じゃダメなのかね」
「お望みなら、そうしますけど?」
「いやいや!そう言うわけじゃないけど!」
  彼をおちょくるのを少しだけ楽しんでいる自分がいる。
「ガーリックオイルとベーコンとほうれん草に火を通す」
  そして、ジュクジュクと音が鳴り出したら、具材をフライパンの奥に寄せる。
「なんか、手慣れてるな」
「まぁ、2人分作ることが結構多いからね」
  手前にバターと醤油を入れ、バターがある程度溶けたら麺を入れる。
「めっちゃいい匂いする」
「結構美味しそうだね」
  あとは、混ぜるだけ。
  完成!なんて高いテンションでは言えないが。
  少しだけ、2人で一緒にいる時間が楽しかった。



「美味かったぁ……美優にも教えてやってくれよ」
「あの子、結構メモしてなかった?」
「情報はあるだけ仕入れたいんだと。ぜひ教えてやってくれ」
  また、彼は皿を台所に持っていった。
  まるで、カップルじゃないか。
「なんか、俺たち付き合ってるみたいだな」
「付き合ってるというか…これ、夫婦だよね」
「こんな無愛想な奥さんはゴメンだなぁ…」
「無愛想で悪かったですね。…あの、健斗、帰らないの?」
「まだ、要件は終わってないからな」
  え?と高い声が出てしまった。
  変な声出しすぎだよ。と自分にツッコミを入れながらも、気持ちは彼に向いたままである。
『ごめんくださぁ〜い』
  聞き覚えのある声が、外から聞こえた。
  次に、ドアをノックする音が2回。インターホンの音は鳴らない。
「お、来た来た。お前、出てやれよ」
「え?私?」
  せっかく座ったのに。と誰にも聞こえないくらいの小さな声を出し、重い体を無理やり動かした。
  ドアに手をかける。
  そして、ゆっくりとドアを開ける。
  声を聞いて、何となく誰が来たかは分かっていたが。
  本当に、カノジョなのだと、目の前にいる少女を見て自分の耳を疑うのをやめた。
「あ、お姉さんだ!やっぱり、ここで合ってたみたい」
  恵美花が立っていた。
  片手に、メモ用紙を持って。
  そこには、きっとここに着くまでの道のりが書いてあるのだろう。
「どうしてここに?」
「ケンちゃんが、ここに来いって言ってたの」
  ケンちゃん…ケンちゃん………あぁ、健斗のことか。って、何でここに呼んだんだろう。
「恵美花ちゃーん。俺もいるぞー」
  一向に立つ気配を見せない彼は、身を乗り出して彼女に存在を伝える。
「あ!ケンちゃん!」
  また…私には見せない明るい笑顔を見せた。
「上がって。健斗に呼ばれたんでしょ?」
「え?でも、お姉さんのお母さんは…?」
「私は、一人暮らしだから気にしなくていいの。ほら、上がって」
「お、お邪魔しまぁす…?」
  恐る恐る、足を踏み入れる。
  その瞬間であった。
「あ、ねーちゃん。ただいま。」
  祐樹が、帰ってきた。
「おかえり。健斗と恵美花ちゃん来てるよ」
  恵美花の名前を聞いた祐樹は、表情を曇らせた。
「…そう」
  そして、私から目をそらした。
  彼のことを生まれた時から見てきた私は、彼の考えてることが何となく分かる。
  …というか、こんな状況なら誰でも分かるだろう。
  気まずいというか、緊張というか。どんな顔で接すれば良いのか。分からないのだろう。
  私が病院に行った時に陥った感覚を、祐樹は今味わっているのだ。
「カレシさん?」
  背後からの人の気配と、恵美花の声。
  ふと、あの時のことを思い出してしまう。
『彼氏さん!?!?』
『ちゃうわぁぁ!』
  あの時と、同じだ。
  やっぱり、恵美花の中には、いつもの恵美花が眠っている。
「………っ」
  祐樹の目が恵美花と一直線に合う。
「?」
  驚く祐樹をよそに、恵美花は不思議そうな顔で彼を見ている。
「私の弟。祐樹だよ」
「そうなんだ。はじめまして。恵美花です!」
  ニッコリと、キラキラの笑顔を彼に見せた。
  彼も、私も、このやり取りを聞いていた健斗も、砂を噛むような気持ちで目を瞑った。
『はじめまして』という言葉が心を蝕む。
  大切な思い出が消えてしまったと。嫌という程教えてくる。

  もう…なんなの?
  こっちは、こんなに頑張ってるのに。
  あなたは、誰なの?
  悪魔?魔女?それとも、神様?
  どんな存在なのかは知らないけど、あなたのことが嫌い。
  毎度毎度、私に辛い思いをさせて。
  そんなに私のことをいじめたい?
  そんなに、いじめるのが楽しい?

  私と違って、祐樹は視野が広い。頭の回転も、気持ちの切り替えも、行動自体も、速い。
  だから、彼はすぐに笑うことができた。
「……祐樹です。よろしく」
「……っ」
  祐樹は、ゆっくりと家の中に上がっていった。
「お!祐樹君!」
「こんにちは。お久しぶりです」
「相変わらずしっかりしてんなぁ」
「あ、挨拶しただけですよ?」
  祐樹と健斗のやり取りを、私と恵美花は静かに聞いていた。
「………お姉さん」
  先ほどまで祐樹が立っていたその場所を見たまま、彼女は動かない。
「恵美花ちゃん?」
「……こいい」
「え?」
「ゆーき君……カッコいい」

  あぁ……………やっぱり。
  恵美花ちゃんは、恵美花ちゃんだな。

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