明日はきっと虹が見える

モブタツ

1ー10

  朝はすぐにやって来た。午前7時。休日なのにこんな時間に起きるなんて、今日の私はどうかしている。
  体を起こすと、隣には掛け布団を蹴飛ばして歪な体勢で寝ている恵美花が視界に入った。
  掛け布団をかけ直す。
「………んぅ……」
  どんな夢を見ているのか、小さな声で唸り声をあげた。
  そんな彼女を起こさないように、私はそっと台所の方に向かった。
  台所のカーテンを開けると、雨はすっかり止んで快晴になっていた青空が見えた。
  これならきっと恵美花も帰ることができるだろう。
  一安心しながら、朝食の準備に取り掛かった。
  りんご4分の1個を薄切り。
  卵を割って牛乳とグラニュー糖を加える。玉ができないよう、ザルを二度通した薄力粉を加え、よく混ぜる。
  厚めの食パンを用意し、内側に浅く切り込みを入れる。そこを指で押し、くぼみを作る。
  りんごを並べて、先ほど作っておいた卵液を入れる。
  アルミホイルをかけて、トースターで12分。
  最後に粉砂糖をかけて…。
  クラフィティトーストの出来上がり!
  普通のパンじゃ嫌がると思ったので、コロネのおねーちゃん、少しだけ頑張ってみました。
「んー…コロネのおねーちゃん、おはよー…」
  そして、ナイスタイミングだぞ。恵美花よ。
「おはよう。洗面所で顔洗って来な。そしたら朝ごはんね」
「うわぁ!美味しそう!洗ってくるー!」
  そうそう。その笑顔が見たかったから作ったんだよ。
  少しだけ手間をかけた甲斐があったもんだ。

                                   …

  私の作戦は大成功したようで、彼女はパンを美味しそうに頬張っていた。昨夜洗った彼女の洋服は、風呂場に付いている乾燥機能で乾いていた。もし、次泊まりに来ることがあったのならば、自分の替えの服を持って着てもらわねば。「コロネのおねーちゃんの匂い〜!」なんて変態的なことを言いながら人の服の匂いを嗅がれてしまっては貸すものも貸せなくなってしまう。あとシンプルに恥ずかしい。
  朝食を食べ終わった私と恵美花は、すぐに家を出る支度を済ませ、家を発つことになった。恵美花は少しだけ名残惜しそうだ。
「また遊びにおいで。今度は、ゲームとか漫画とか持ってき、ゆっくり、ね」
「…うん!そーする!」
  ゆっくりと歩き出し、家を後にする。
  駅に向かう途中の公園で姉が待っているらしいので、そこまでの間の短い時間になってしまうが、私と恵美花は様々な話題で盛り上がっていた。
  そんな中、私はある事を実感した。
  私があの時死んでいたら、この子はうちに来ることはなかったのだろう。そもそも、私があの時死んでいたら彼女には出会っていなかった。健斗が私を引き止めてくれたから、ルピナスに連れて行ってくれたから、この子がチョココロネを選んでくれたから。この短い期間に色々あったから…今、私は生きていると実感できている。今は何よりこの子の笑顔が、私の心を支えている。
  広島を出る前の私は、こんな風に笑っていた。
  時が経つにつれて、私は笑うことを辞めた。
  いつしか私は人を信じるということを辞めた。
  そして、生きることすらやめようとした。
  でも、死ぬということを、やめた。
  失われた時間はこれから取り戻すことができるのか。
  今の私の答えは「できる」だ。
  これからの人生、自分次第でいくらでも明るい人生を歩める。
  逆に、自分次第でいくらでも暗い人生を歩める。
  失われた時間なんて、これから寿命で死ぬまでの間の中の一部、それもちっぽけな時間なのだ。
  今まで様々なことをやめてきた私はもう、やめることをやめてやる。死ぬのは、やめるけど。
  なんだって諦めない。そして、なんでもチャレンジしてみようと、そう思った。
  そして、そう思わせてくれた恵美花と健斗、その妹の美優に、いつか恩返しができるように。
  一度死んだ私は、一人の人間として生まれ変わる。
  そう心に誓った。

「そこの公園におねーちゃんが待ってるの」
  家を出てから数十分。やはり公園までもかなりの距離があった。良い汗をかいたので良しとするが、ここに毎度来ようとは思わない。
  …と、疲れ果てて嫌になってる場合ではなかった。
  彼女の姉。高校二年生の姉。私がいつか会おうとしていた、その人が目前に迫っている。
  まだ人影は見えないが、恵美花曰くそろそろ約束していた時間だそうで、私の鼓動は早くなっていくばかりだ。
(緊張する……)
  首を横に振る。だめだだめだ。
  なんでもチャレンジすると心に決めたばかりじゃないか。
  さっそくへばってどうするんだ。
「あ!来た!」
  その人が現れた時、私の緊張は解れ、鼓動はいつものリズムに戻っていた。大丈夫、同い年だよ?何を心配するのさ。と、もうひとりの私を創り出し、自分に問いかける。
「え………」
  でも、その人の顔を見るや否や、私はまた、鼓動が早まった。
「おねーちゃん!ただいま!」
「おかえり」
  恵美花が笑顔で抱きつき、それを優しく微笑んで迎え入れた菜乃花「さん」は、恵美花の姉であるということを必要以上に証明していた。
「菜乃花…さん…」
  デパートで会ったあの日。私が彼女とぶつかって落とした鍵に付いていた手作りのキーホルダー。河川敷で恵美香と一緒に探したキーホルダーの色違いだった。
  そして、恵美香の両親が花を好んでいたために、2人の名前に…花が付いていたこと。
  些細な共通点に気づけなかった私は、今になって衝撃を受けた。
  菜乃花「さん」と恵美花は姉妹だったのだ。
「コンビニ、寄ってかない?」
  菜乃花「さん」の予想外の言葉に驚きながらも、私はたどたどしく誘いを受けることにした。

  恵美花に「好きなものを一つだけ買ってあげるから、選んで来な」と言って、私と菜乃花「さん」はコンビニのイートインスペースで2人きりになった。
  何か言いたいことがあると言われ、私は勝手に嫌な予感を感じ取っていた。
「そ、そっか…菜乃花さんと恵美花ちゃんは姉妹だったんだね」
「名前で分かるっしょ。ホントあんたって鈍感なんだね」
  妹とは打って変わって、素っ気なくぶっきらぼうな姉である。と、聞かれると一巻の終わりになってしまうような一文を心中に留める。
「それで…あの…言いたいことって?」
  彼女は私と目を合わせようとしない…いや、私も彼女の目を見ることができないのだが。
「…あんたのこと、よく妹から聞いてたよ」
  え!?と勢いよく視線を彼女に向ける。彼女は相変わらず目を合わせないままだ。
「キーホルダー見つけてくれたり、チョココロネ食べて泣いたり」
  そこまで聞かれてたのかとショックを受ける。まぁ、嬉しいことや楽しいこと、驚いたことがあれば家族に話したくなるのが子供というやつだろう。
「今回も…大雨だからってわざわざ泊めてくれたんだよね」
  なんだかいつもの菜乃花「さん」と雰囲気が違う。妹を泊めてもらった手前大きく出られないからなのだろうか。
  未だに目を合わせない彼女は、外を見ながら呟いた。
「あんたが泣いたのには…うちにも責任がある」
  恵美花の言葉を思い出す。
  今のお姉ちゃんはとても苦しそうで。
  それは恐らく───。
「妹の面倒を見てくれて、ありがとうね」
  彼女の優しい微笑みを見た私は、途中まで考えていたことを忘れ、その言葉に応じた。
「うちに仮、一つ作れたよ、あんた。」
  小悪魔のような笑顔を浮かべた菜乃花「さん」は、いつも通りの彼女だった。
「おねーちゃん」
  いつの間にか帰って来ていた恵美花は彼女の裾を引っ張った。
「これ、買って」
  手に持っていたのは、おしゃれな模様のクリームとキラキラしたいちごが盛り付けられた、ショートケーキだった。
「げ…え、エミちゃん!?お菓子じゃないの!?」
「おねーちゃん、『好きなものを一つ』って言ったでしょ?」
  小悪魔のような笑みを浮かべた恵美花を見て、あぁ…姉妹なんだなと実感してしまったのだった。

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