うちの地元に現れたゾンビがカラッカラだった件について

島倉大大主

第二章 私と618:2:混乱:六月十八日午後三時から 六月十九日午前十時辺りまで 2

『ゾンビ会』。我々の集まりを妻達は、そう呼んでいる。

 大学の頃だったか、ビデオ全盛期に、Xのアパートに週末に集まって、酒を飲んだり麻雀を打ったりしながら映画を観ていたのが始まりである。
 最初は、色々なジャンルの映画を、音楽がわりにかけていたのだが、夏場に限りホラーをかけるようになり、私が持ってきたゾンビ映画(まあ、一番有名なアレだ)に全員がころりとハマってしまい、何度も再視聴しながら、ショッピングモールに立てこもりてえ、とか、美術学部の裏手にあったでかいハンマーは使える、とか喋りながら明け方まで飲み明かしたのだ。

 以来、いい年こいた今に至るも、週一とまではいかないが、暇さえあれば、ゾンビ映画を持ち寄って、ニヤニヤしながら鑑賞しているのである。

 ちなみにXはノロノロ系、Yは低予算、Zは社会派ゾンビ映画が大好物である。(私はスプラッター大好き人間)

 繰り返すが、この記述では社会的な立ち位置は入れ替えたり、暈したりしている。何故なら、我々全員が社会的に結構な立場にいるからだ。

 だからして、隠れてこそこそと集まっているのが、なんだか馬鹿っぽくて楽しかったのだ。
 だが、事態が収束した後、色々聞いて回ると、世間では結構そういう人達が『多かった』という事に気づき、我々は自分達を棚に上げて、呆れたりもしたのだった。



 ぐっと話が逸れたので、元に戻す。

 まあ、そんなわけでYは自分の立場を最大限に利用し、色々な所を短時間で丸め込み、我々の地元に来る電車と車の流れを、一時的に止めるように各部署を動かすことに成功した。
 結局、Yの行動が、どれだけ遵守され、どれだけの効果があったのかは、正確な所は判らない。
 だが、前述したとおり、ゾンビ達が現れたのは六月二十五日であったのだから、成功であったと考えている。(勿論これは、色々と裏があったり、奇跡的な偶然が重なったりした為の成功であった。例えば六月十八日午後四時の時点で、東京からの移動手段は、徒歩以外すべて規制され始めていたのだ。これは当時の首相のA氏の英断であり、世界的に見ても、真に素晴らしい判断であったと言えるだろう。つい先日、本人と話す機会があったが、あの決断に至るストレスで、胃腸の持病が再発してしまい、今も、それに苦しんでいるという)


 さて、夕方六時に 妻が到着し、ついでYとZがやってくると、夕食になった。
 テレビは各局でニュースという名の、ゾンビ実況を延々と放送している。

 だが、キャスターやタレントのコメンテーターはいるのだが、専門家枠がいない。
 映画評論家を呼んでくるわけにもいかないだろうし、何より都内は大混乱でテレビ局まで辿りつけないだろう。中継も、最初の方は路上からのものがあったのだが、今は見晴らしのいいマンションの部屋にお邪魔させてもらって、上から撮っているものしかない。

「今更だが――」
 Yは食後のコーヒーを啜りながら、息を吐いた。(妻達は別室でゲームをやっており、我々はいつもの映画部屋に群れていた。ちなみにゲームは、某メーカーキャラと他メーカーのゲストキャラが大集合して戦う、アレだ)

「午後三時に緊急事態が布告された。んで、同時刻に緊急災害対策本部が設置され、警察法の方の緊急事態も布告され――まあ、要するに、全国の警察官は、総動員でゾンビ対策に駆り出されることになった」
 Zが頷いた。
「ニュースで見た。Aさん(内閣総理大臣のことである)、早かったなあ」
 Yは、それだよ、と困ったような声を出した。
「早すぎて、準備がおっつかないらしい。どうも上の方は、人が集まらなくて、動き辛くなってるらしい。だからまあ、地方の対策は、強引に妙な政令を出して、丸投げにしちまったんだよ」
 私は眉をひそめた。
「政令って、お前、そんなものを素早く出せるわけがないだろう。大体、陛下が署名――」
 Yが、噂レベルなんだが、と前置きをして話す。
「いや、閣僚の何人かもやられちまっててね、Aさん、未曽有の危機だと直感したらしい。で、残りの閣僚をかき集めて、閣議をやって、ほら、アメリカ大統領にプレゼントされた、あの車覚えてるか?」

 私は、一瞬呆けたように口を開けて固まってしまい、Xに大笑いされた。
「まさか、あの、どでかい防弾車で皇居まで行ったのか!?」
 私の叫びに、Yが微笑した。
「ま、噂だ。全部は信じるな。ただ、政令は確かに公布された。内閣は今は中枢の移動、もしくは都内の鎮静化を優先だとさ」
 Xが笑った。
「沈静化って、お前、それ警察や自衛隊にできるのか? 人を万単位で撃つかもしれないんだぞ? 弾薬云々もそうだが、人権的に色々と黙ってられない連中がうじゃうじゃいるだろ?」

 Zが声を潜める。
「それなら大丈夫だ。ほら、あの一番うるさい連中、どうも全滅したらしい」
 私は驚いて、声を上げた。
「マジか!? あれか、本部が襲撃されたのか?」
 Yは顎を擦った。
「いや、どうも外に逃げようと成田に向かってる最中に、車がどうにかなったらしい。まあ、全部噂レベルなんだがな」
 読者諸君はご存知のように、出口が少ない高速道路は、事故による渋滞で、ゾンビで溢れかえってしまったのだ。(今も、そこら辺は暈されているが、ネットでの噂は、そのうるさい連中は東名高速道路で全滅したということになっている。私は――それを否定しない)
「まあ、何をやっても、事態が沈静化すれば、色々な所から色々言われるさ。思いもかけない所からも、言われるさ」
 Zは政治をやっている人間特有の、落ち着いた仕草でニヤニヤしている。
「だから、こいつってば、やるだけやるんだとさ。怖いねえ、中身が子供の奴は」
 Yの言葉に、私達は爆笑しながら、お前が言うなとツッコんだ。

 私達は、六月十九日早朝まで、酒を飲みながら今後の方針を、話しあい続けた。
 この時に、警察官に剣スコを携帯させることを決めた。住民の避難はどうすべきか、という点においては、もう少し事態を注視しなければならないとZは言った。

「逃げた先によっては、それ以上逃げられなくなってしまうからな。隣県もどうやら様子見だ」
「他の県から北に逃げてくる人達は、どうする? 疲れ果ててる人達を、ゾンビと餞別できるのか?」
 私の質問に、Yが喰いつく。
「そっちの対策も一応考えてはあるぞ。
 例えば、『声かけ』とか――あとは、あれだよ! 温度計るやつを使って、気温と同じ連中は全員弾くんだ! どうだ、これ?」
 Xが、いやはやと椅子に深く腰掛け、天井を仰いだ。
「映画馬鹿の台詞が、まともに聞こえる状況が本当にくるとはな。
 で、幾つ手配する? 剣スコはあるだけかき集めるが、温度計るやつは、あまり期待するなよ」
 Yは、とにかくあるだけ頼む、と電話をかける。私とXも、色々と電話をかける。この時の電話で、二十日の午後には、ハンディタイプの熱画像チェッカーと剣スコを警察官の装備品として支給できることになった。

 Xのパソコンにはひっきりなしにメールが届き、我々は電話をかけ続けた。
 一部を抜粋すると――

「油は――東北から震災の時のお礼って事で、ちょっともらえるな。食料は?」
 Xの質問に私は頭を振る。
「いや、関西方面にも一応頼んだが、やっぱり向こうでも規制があって、国道がどこで止まってるか判らんから、確約はできないとさ。そっち経由は?」
 私はZに振る。
「一応、隣県と連携して災害用の非常食は備蓄してあるから、そっちはもう手配した。あとは季節柄、自給自足できる人達が多いだろうし、農家も俄然やる気になってるみたいだから、道の駅とかスーパーに期待だな。で、水は?」
 Zの言葉を受けて、Yは、田舎万歳と言いながらスマホの画面をこちらに見せた。
「水関係と電気関係は、警備会社も連携させて人員を送り込んで、十重二十重に警備させてる。地元の人間の協力も取り付けた。だから今の所は、停電の予定自体は無いって、報告メールだ」

 まあ、数時間こんな調子だったわけだ。
 ちなみに、他の五大都市の映像も、この頃からテレビで放送され始めたが、都内とほぼ同じ、屋内からの映像だった。

 さて、朝の報道番組が始まる時間帯に、内閣が北に移動する、という情報がZに入ってきた。
「流石に早いな」
 Yの言葉に、Zがコーヒーを飲みながら、首を傾げる。
「流石、とは?」
 Yは鼻をかむと、にやりと笑った。
「今の内閣には、我々と同じ穴のムジナが複数人いるんだよ。そいつらの元締めが――」
 私は吹き出した。
「まさか、Aさんか!? 道理で対応が早いわけだ!」
 私達はまたも大笑いし、しばらくすると、解散となった。

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