庭には、

古宮半月

8話 蟲との戦い

奥の建物から顔を出す薄い黄緑色の怪物。
細長い身体から伸びる三対の脚。
その姿形は昆虫のナナフシのようにも見えた。
そして、高さ20メートルは悠にありそうな所から赤黒い眼がこちらを見下している。

「渚名、さっそく実戦が出来そうだよ。」

笠井さんがそう言いながら、準備運動をしている。

「は、はい。」

勢いで答えてしまったが、前の虎よりも大きい相手に、どう戦うのだろう?


ふと、一つの疑問が、
「それにしても、ここの通りはよくフレンカーパーが現れますね。」


「ここは餌が豊富だからな。食物連鎖における最下層の小さなフレンカーパー達がここには住んでる。」

ああ、あのタコみたいな緑のヤツか。

今も、のそのそと歩みを続ける蟲の身体には、よく見ると小さな奴らが沢山くっついてる。

「どうすればいいですか?」

「そうだな、まずは、様子見程度に。」

建物から蟲の身体が半分位出てきたところで、笠井さんはその蟲の上空に4,5本の氷柱をつくり、それをまっすぐに蟲の身体目掛けて落とした。

その内の2本は上手く蟲に突き刺さったようだ。しかし、それ以外は蟲の硬い外骨格に弾かれてしまった。

「頑丈そうですね。」

「ちっ、面倒なヤツだ。」

「俺も何か出来ませんか?」

「うーん、しかし、お前の能力はどちらかというと、守備タイプだからな。いや、一度試してみるか。」

「はい。」

「じゃあ、あの蟲がこっちに来たらタッチしてくれ、それだけでいい。」

「はい?それ大丈夫ですか?」

「……。よし、行くぞ!」

「えぇ…。」


そう言い放つと、氷柱を何本も蟲に落とし始めた。

「おら、虫けら!こっちだ、こっち!その小さい脳みそ使って反撃してみろ!ハッハハッハー!出来ねーのか?」

「そんな挑発が化け物相手に……通じたぁ!?」

なんと、蟲は目をギラリと光らせてこっちを睨んできた。そして、あの巨大な身体で出せるスピードとは思えない早さで突進してくる。

「チョロい奴だぜ!後はお前に任せた!」

笠井さんは地面一体を凍らせた。
手前側が少し山なりになっている形状だった。

そして、猛突進してくる蟲が凍った地面に到達すると、そのスピードのまま氷の上を滑ってくる。

「まさか……!」

滑ってくる蟲はスピードを保ったまま山なりになっている部分から、物理法則に従ってさながらスキージャンプのように美しい放物線を描きながら飛んできた。

「決めろー!」

「ちょ、なんでそんな離れてるんですか?」

巨大な蟲が自分目掛けて飛んでくるその光景は、確実に人生最悪のトラウマになるレベルだった。



もう、どうにでもなれ!

そんな思いで右手を目一杯、前に突き出した。

何かが手に触れた感覚…。
まだ自分が死んでいないことを確認する。

「よくやった。」

パチパチと手を叩きながら笠井さんが近寄ってきた。

「これで…いいですか?」

ちらりと蟲の方を見てみると、蟲が鬼の形相で落下を繰り返していた。
トラウマが上書きされた。

「あぁ、初の戦いにしては上出来だ。やはり、お前には素質がある。もう、能力を解いていいぞ。」

笠井さんは蟲の下に鋭い氷柱をつくっていた。

蟲のループを解除すると、落下のせいでかなりスピードが上がっていたらしく勢いよく氷柱に突き刺さった。
蟲の目の色が濁っていく。

周りの小さい虫達は笠井さんが処理してくれた。



「はぁ、疲れた。私は虫の類いが嫌いなんだ。」

笠井さんは例のソファーに座り休憩している。

「そうだったんですか?そういう弱点とかないと思ってました。」

俺も笠井さんの隣に座って休んでいる。

「だから、一刻も早く地球上から滅ぼそうと思ってここで戦ってるわけだ。」

「人類を救うためじゃなかったんですか?」

「それは2番目だ。」 

「出来れば、一番に考えてほしいです。」

「それはさておき、今日の特訓はここまでだ。もう帰っていいぞ。」

「そうですか。」

「…………?帰らんのか?」

「笠井さんて、もしかして、ここに住んでるんですか?」

「何を言い出すかと思えば。まぁ、確かに1日の大半はこっちで過ごすが、あくまでお前と同じようにディーゼウェルト(あっち)の住人だ。仕事が終われば家に帰るさ。」

「でも、向こうに帰ると記憶が消えてしまいますよね?」

「ミサンガ。そのミサンガを着けてれば帰っても記憶が保たれたままになる。外せば、一瞬で記憶は消される。」

「そういえば、ミサンガどこにつけてるんですか?」

「ん?ここだよ。」

笠井さんは頭を回転させて後頭部を見せてきた。ポニーテールの根元の髪がまとめられている部分。
髪止めに、青いミサンガが使われていた。

「なるほど、身に付けていればどこでもいいんですね。」

「あぁ、髪を洗うときは手首に付けてるしな。」

「ずっと着けてると汚れるんじゃないですか?」 

「このミサンガは、汚れにくい繊維でできているから大丈夫。耐熱性、撥水性、伸縮性にも優れてる。」

「とんでもない技術ですね……。」

「そこは、ご都合主義だから気にするな。」

「じゃあ、これは、着けたままでいいんですね?」

「好きにしろ、こっちの世界に飽きたら外せばいいだけだ。」

「分かりました。また、暇なときにでも来ます。」

「おう、またな。宿題はしっかりやれよ。」

「はい。」

そう言い残して、正面の出口から家に帰る。



ドアを閉めると普通の自分の部屋。

「ヒトナ!どこ行ってたんだ?急に消えたからビックリした。」

黄色い浴衣を着た、地縛霊のお菊が迎えてくれた。

「俺もビックリした。」

「あんたって、瞬間移動でもできる超能力者だったの?」

「まぁ、そんなところかな。さて、宿題でもやりますか。」

「ちょっと、適当に流さないでよ!」

それから、お菊の話は無視しながら宿題を少し進めた。

時計を見てみると、アンデレウェルト(向こう)に飛ばされる前に見た時間から5分も経っていなかった。
時間経過も、やはり影響を受けていて1割分しか進んでいないということだろうか。

右手のミサンガは、まだ馴れていないが着けていると非日常を思い出せるので内心、結構嬉しかった。

それと同時に、あの白髪(はくはつ)の少女も思い出す。
きっと忘れた方がいいのだろう。


冬休みはまだ始まったばかり、時間が経てば忘れるだろう。

けれど人は、そういうことに限って忘れられない。





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