命集めの乱闘〈コスモコレクトロワイアル〉

風宮 詩音

第10話 脱獄犯と怒りし少年

時は1時間ほど戻り、まだリーシャが朝食を作る前。昨日はさすがにリーシャも疲れたらしく朝稽古はなしだった。朝起きてリビングにある袋に向い手を合わせる。


「我々は人様の命を自分の目的のために使おうとしている。ならば毎日手を合わせるくらいのことは絶対しないといけない。そしてそれらを絶対無駄にしてはいけない。」


師匠はあの日、結晶を持ち帰ってまずこのことを話していた。いつになく真面目な師匠の言葉に桐真きりま蒼太そうたは息を呑んだ。


8月3日、蒼太達が結晶を集めに行ったとき、ちらほら数少ない飛行系の能力を持った人や機械を見た。きっと彼らは先生に見つかったらめっちゃ怒られるんだろうな。なんて考えたものだ。あの日集めた分じゃ蒼太の目的を達成するための量には遠く及ばないらしい。あの日殺された幼馴染を生き返らせるため、何人の人間が犠牲になってしまうのか。蒼太は考えることを放棄していた。本当は人間1人を蘇らせるために何千万、下手したら億を超えるかもしれない量の人間が犠牲になってはいけない。しかし、もう進み始めてしまった。もう戻ることはできない。全てはあの時の。人間の蒼太が決めたことなのだ。犠牲になってしまう人が蒼太を殴りたいなら殴ればいい。気がすむまで、と蒼太は考えている。
だって


彼らには蒼太を好きなだけ殴る権利と理由があるのだから。



※※※


驚愕。それも今までで感じたことがないくらいの。(といっても蒼太は多くの記憶を失っているが。)テレビの中の若い女性のアナウンサーは今、はっきりとこう言った。


先月脱獄しとある学園に侵入し、なぜか持っていた異能殺しの剣を使い、1人の生徒を殺した男。霧崎きりざき浩二こうじが再び脱獄したと。現在霧崎は星島の東側の燃料系の保管もしている港周辺に潜伏している可能性が高いとのこと。今は夕食前の休憩。外はもう薄暗い。


「これなら1人くらい空飛んでてもばれないよな。」


一応自室に「夕食前には戻ります」とだけ書いた紙を置いておく。靴を取ってきて窓から飛び立つ。蒼太の翼は氷のように透き通っていながらも悪魔であることを示すように淡く紫に輝いている。形は鳥の羽とは似ても似つかない。薄く細長い結晶が重なったようなものだった。


いくら8月と言ってもさすがに暗くなってくればかなり涼しい。さらに上空を飛んでいるため余計に体感温度は下がり、寒いくらいだった。学校を超え、大きな道路を超え、怪しげなビルを抜け、ただただ飛び続ける。東の港めがけて。


※※※


「お〜い。夕食は何が食べたい?ちょっと調べ物をしてるうちにもうこんな時間になってしまった。」


リーシャは廊下を歩きながら問いかける。しかしいつまでたっても返事は来ない。ゆっくり歩きながら言ったのだが蒼太の部屋の前に来ても返事は来ない。


「寝とるのか〜。今寝ると夜、寝れんぞ〜。……返事なし、か。入るぞ〜。」


部屋には人の姿はない。いつも通りの部屋と違うところといえば机の上の書き置きだけだろう。


「このタイミングで外出……まさか。でも、ありえるかもしれんな。」


魔術師も現代の道具くらい使う。インターネットを使って調べ物をしていたリーシャは知っている。彼の中で1番重要でかけがえのない記憶。その人間を殺した奴がまた脱獄したことを。細い足で家中の明かりを消してまわり、これまた小さな靴を履き最後に一応玄関の鍵も閉める。


「風舞い吹き荒れ、主人あるじを包む、風は主人あるじ天空そらへ導く、風は舞いそして踊り、主人を運ぶ翼となる。」


リーシャが前に出しその小さな手を目一杯開き唱える。手から30㎝くらいのところに黄緑色の魔法陣が現れリーシャが言葉を発するたび魔法陣に文字が刻まれていく。


嵐の翼ストームフェザー


魔法陣が後方へ動く。腕をすり抜け体すり抜けていく。魔法陣通り過ぎるとリーシャの肩甲骨のあたりに天女の羽衣のような春の穏やかで心地よい風を具現化したような形の黄緑色の半透明な翼が生えている。これは蒼太の翼をもとに今まで飛行用に使っていた魔術を改良したもの。魔力効率、飛行速度、旋回のしやすさ。すべての面で進化したもの。しかしこれでも蒼太の本物の翼には勝てないだろう。リーシャはゆっくりと飛翔し、ある程度の高さで止まる。東の空を見つめそして進み始める。自身の出せる。最高速度で。最高速度と言っても多分ヘリコプターくらいだろう。蒼太の本気となればきっとこの5倍は出せるだろう。なんとか間に合えばいいが、と考えつつもリーシャは最悪の場合を想像してしまった。


(あの日、母とも父とも弟、妹とも別れたあの日。忘れもしない。300年前。もう同じ過ちはしたくない。)


リーシャは心の中で強く自分に言い聞かせる。大丈夫、大丈夫、と。だからコンテナで迷路のようになっている港の1番奥。すぐそこが海のところに2人の男が特に目立った傷もなく立っているのを見てほっとした。しかし2人の男の1人。高校生の少年の後ろのドラム缶が倒れその周りが妙に鮮やかに月を映していた。それはまるで油のような液体だった。


※※※


星島東側の港はどうやったのかはわからないがコンテナが迷路のように配置してあった。テレビから得たやつの情報と記憶を失う前にリーシャさんに話していた分だけの少ない材料でやつの潜伏場所を予想してみる。ここに来るまでである程度はやつの考えそうなことを予想することができた。今のこの状況ならきっと警察が迷路に苦戦する姿を見ることができる高台だろう。この迷路所々に赤い光が見える。きっと魔法陣の類だろう。あれがなんの魔術なのか、はたまた魔法のものなのかはわからないが警察がヘリコプターを使わないあたりきっと迎撃げいげき系だろう。飛行物体は撃ち落とされてしまう。蒼太は魔法陣から距離を置き迷路の出口らしき場所に降りる。空から見た限りでは奴が潜伏していそうな高台は4つだけある大きなクレーンのみ。しかし運がいいことにこのコンテナ迷路の出口らしき場所の先にあるのは1つだけ。他はすべての迷路の側面にある。


(待ってろ未来。いま仇を取るからな。)


蒼太は魔法陣と十分に距離が開いていることを確認すると、クレーンの操縦席まで一気に上昇する。中に人影らしきものを確認。扉を蹴り破ってやろうかとも思ったがあくまでこれは他人のもの。やつのものだったらなんの躊躇ちゅうちょもなく蹴り破っていただろう。


扉は潮風によって微妙に錆びていたがすんなり開いた。しかしそこにいたのは、いやあったのはただのマネキンだった。そして次の瞬間真後ろから気持ち悪い男の笑い声が聞こえた。



突然の攻撃に体には弾が当たらなかったが、避けようとして足を踏み外してしまった。しかも数発弾が当たり氷のような翼は砕けてしまった。がこれは後で修復できる。しかしこの状態では飛行は不可能。蒼太はなんの抵抗もできず地面に向かって落ちてゆく。中学の柔道の授業で習った受け身が初めて役に立ったかもしれない。なんとか致命傷は避けたものの足を打ってしまいちゃんと力が入らない。立ち上がることはできても走ったらすぐに動けなくなるだろう。ならば魔術オンリーで戦うしかなさそうだ。足を動かすのは回避の時だけにしないと。


やつ、霧崎 浩二は器用にクレーンの足を伝って地面に降りてきた。


「あ〜んた。まだ若いのに。命が惜しくないのかぁ?」
だいぶ特徴的な喋り方。そしてこちらをなめている。


「お前は覚えてないかもしれないけどな、俺はお前が先月殺した女子高校生の幼馴染でな。ちょうど脱獄したみたいだから……。ちょっと殺しにきた。」
奴の武装は見える限り異形の銃だけ。対してこちらは足がほとんど動かないが遠距離の魔術がいくつかあるし、何よりあいつは蒼太のことをなめている。これは勝機は十分にあるかもしれない。


「おやおや。物騒な言葉を使うねぇ〜。先月……。ああ。あのバリア使いのことだな。お前は知らんだろうがあいつを殺した異能殺しの剣ブラットスキラー魂具ソウルツールと言う魂の宿った道具の1つで。まあ、あれだ異能力者に反応して一時的に使用者の思考回路を乗っ取るんだよ。それだから正直に言うとそいつを殺した時の記憶はないんだ。ごめんよ少年。」


「なぜ、謝る。」
ただそれだけを真剣なそして怒りが混じった声で言う。


「殺した奴すら覚えていない。これはひどすぎるだろ?俺だって目的がある。目的のための脅し用の剣だった。しかしあんなことになることは知らなくてな。だからこそまずは謝罪をしたんだ。」


真剣に謝られて、少し迷ってしまう。俺はこいつを殺してもいいのか、と。


(だ、だめだ。いくら剣が思考回路を奪ったとしてもこいつが殺ったことに変わりはない。)


「悪いが誤ったって俺はお前を許したりしない。」


「まあ、当然の判断だな。な〜ら戦ってやる。ただし手加減はしない。」


「いつまで余裕で居られるかな?」


※※※


奴は魔術に驚かなかった。きっと魔法と勘違いしているのだろう。やつの銃、異形のショットガンは見た目完全に手作りなのになかなかいい性能をしている。しかし全く当ててこない。


「どうしたんだ?そのショットガン。壊れてるんじゃないか?」


「お前こそその氷の光線。全然当たってないじゃないか。」


そう痛みのせいかどうも魔術の調子が悪い。しかし相手は当てられずこっちは何回かに一度は当たるので着実に勝利に近づいているだろう。


奴が撃った弾はまたしても外れ、後ろのドラム缶に当たった。足の痛みも引いてきたし少し接近してみるか。蒼太がそんなことを考えている時。奴が何かを唱えているのが聞こえる。術式が英語なら魔法。日本語なら魔術。蒼太はどんな英語か聞き取ろうとした。しかし奴が唱えているのは日本語だった。


「ま、魔術師!?」


「おやおや、他の魔術師を見るのは初めてか?魔術なんて全然浸透していないこの島にも結構魔術師っているものだぜ。」


奴のショットガンの銃口の前に出現したのは赤色の魔方陣。つまり炎属性。蒼太とは相性最悪。嫌な予感がし、右に大きく飛ぶ。見事に着地、はできない。すべすべのコンクリートの上には透明な液体が月を反射させていた。その液体で足を滑らせてしまったのだ。その液体。元をたどった先にあったのはさっき奴のショットガンの弾が当たり倒れたドラム缶だった。その直後蒼太のすぐ左を炎を纏ったショットガンの弾が通った。着弾地点はドラム缶の少し手前。ドラム缶から出ている液体に触れた瞬間。とても大きな爆発が起こった。蒼太は気づいていたこの液体がガソリンであること、奴は最初からこれを狙いこの場所にドラム缶を置いておいたこと、蒼太の足ではもう逃げられないこと。



霧崎 浩二は笑っていた。爆発に巻き込まれた少年を見ながら。しかし彼は気づいていなかった。自身が起こした爆風の中に春のように穏やかで心地よく、そして優しい風が混じっていたことに。

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