虚空の灯明

一榮 めぐみ

31. 惹きつけるもの

 アイキが魔法を消した。頭がぼうっとする。アイキの魔法は……あたしを変えてしまう。あたしは、アイキの魔法に変えられてしまう。


 アイキに視線を戻すと、碧色に光っていない目から涙が零れた。アイキは、はっとしたように目を擦る。


「リューナたん、ごめんね。オレ……卑怯だ」
「アイキが、いつも笑顔で頑張ってたの、あたしは知ってる。それがあたしの知ってるアイキだから、嫌いになんてならないよ。きっとルーセスも同じ」


 ちらりとこちらを見たアイキは、途端に拗ねた顔をして、膝を抱えて俯いた。


「でも、だからってリューナたんに何してもいいとは思えない」
「それはそうだけど……今は、寝ぼけてるだけだと思うし」
「リューナたんは、オレがルーセスにぎゅーって抱きしめられてたら、嫌じゃないの?」
「それはそれで見てみたいけど……なんか違わない?」


 アイキはあたしの返事が気に入らないのか、ムスッとして首を傾げる。どうしよう……アイキの思考がよくわからない。


「リューナはルーセスのことも好きなんだ」
「うーん……まぁ、友達として。しょうがない王子様だから面倒みてあげるっていうか、お互い様なのかな。そもそもあたし、恋愛なんて何年もしてないし」
「えっ?!」
「……えっ?」


 アイキは途端に泣きそうな顔をして、再び膝を抱えこんでしまった。


「リューナが、オレのこと好きって言ってくれたのに……そんなぁ……」
「あぁもう……そうじゃなくて。アイキのことも好きだし大切に思ってる」


 あたしはアイキを異性として意識したことは無かった気がする。アイキは、あたしのことを女として見ていてくれたのかな。それはそれで、意外だ。


「……分かった。リューナの好きは、オレがルフを想うのと同じ?」
「そうかな。きっとそうだと思う」
「じゃぁ……男の子として、好きって言ってもらえるようにならないとね」
「うん……」


 でも、アイキのその仕草も笑顔も女の子なんだよな。こんなに可愛くて綺麗な人を、女の人でも知らない。


「オレは……リューナたん以外の女に興味はないんだ」
「……え?」


 突然、アイキはあたしに手を伸ばして艶っぽく微笑む。肩にかかる髪をゆるりとはらいのけると、首筋に冷たい指先で触れた。


「前にリューナを殺した時、どうやって殺したと思う……?」
「アイキ……?」
「ねぇ、もう一回言って? 大好きだから殺されてもいいって」


 にっこりと微笑むアイキの言葉に、頭の中が真っ白になる。アイキは期待の眼差しで、あたしを見つめている。


「アイキが……大好きだから殺されてもいい」
「オレもリューナが好きだ……ずっと、ずっと前から」


 アイキが目を閉じて顔を近づけてくる。どうしたらいいのかわからず、息を止めて目蓋を閉じた。


「……でも、今の好きは まだ違うんだよね」


 はっとして目蓋を開くと、アイキが視線を落としたまま、あたしからゆっくりと離れるのが見えた。目を細めて、口をぎゅっと一文字にしてあたしからその手を離す。


 ルーセスだったら思いきり蹴飛ばすことも出来るのに、アイキには出来ない。どうして……アイキが好きだから……?


 いや……違う。アイキを傷つけたくないから。アイキの心が、透き通った薄氷のように澄んでいて壊れやすいのがわかるから。


 呼吸が苦しくなる程のこの動悸は、恐怖と期待を含んでる。アイキがあたしに触れた感触も、その声も、いつも当たり前に感じていたのに、特別な、誰にも教えたくない、とっておきの秘密になる。


 ……どうしよう。心が、落ち着かない。


 アイキは、ぴょんと立ち上がると、振り返ってにっこりと笑った。いつものように。


「ね、リューナたん、たまには虹彩の中をお散歩しよう?」
「うん……」
「さ、行こう♪」


 アイキは動揺するあたしの手を取り、引っ張っていく。あたしはただ、繋いだ手を握りしめてアイキを追いかける。アイキはすごく綺麗だ。透き通ってて、そこに善悪もない。それに気がついた人は、アイキを恐れるのかもしれない。


 壮絶な過去からは想像できない透明さで、アイキはいろんなものを守ってるんだ。


 もっと知りたい……アイキのこと。アイキは、何を望んでいるの? 何を夢見ているの……?


 あたしの中に溢れる碧い魔法が、あたしを導いていく。気がつかないうちに、あたしは碧い魔法にかけられていたんだ。きっと、ずっと前から、この先の未来に向かって。

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