虚空の灯明

一榮 めぐみ

26. 夢

 二人の男がオレを見下ろしている。


 この二人を……オレは知っている気がする。でも、誰だったか……思い出せない。


 体はいうことをきかず、ぴくりとも動かない。朦朧とする意識の中で、その二人の様子を伺うように目だけを動かした。


 一人は、その手に紅く光る、炎の魔法を宿している。もう一人は、自分の周囲に碧い水の魔法を飛ばして、にこにこと微笑んでいる。


 ……そうだ。オレは突然、この男たちに襲われたんだ。


 このまま死ぬのか……自分から流れ出る血が、地面を赤く染めていく。その感覚と温度が、気持ち悪い。


「ねぇ……なんで殺されたのかわかるよね?」
「オレたちの勝ちだな」


 なぜ殺されたのか……そんなこと知るわけがない。こいつらは何を言っているんだ……?


「貴様らぁぁ! 許さない!!」


 女がオレの剣を拾い上げて二人の男に切りかかるのが見えた。その刹那、魔法の光に目が眩むと、女は剣を落とし、その場に倒れた。


「……おまえは、いつもいつも邪魔!」


 女は、ぼろぼろに傷つきながらもオレに向かって手を伸ばしている。


 目が霞む……オレはもう……だめだ……


 意識が……途絶え――――


 ――――――――――


「王……、国王様!」


 はっと目を覚ますと、そこは城の中だった。


「うたた寝は、マズイです!」


 また王座でうとうとしてしまったようだ。囁き声の聞こえたほうへと無意識に振り返ると、シュウが微笑んでいる。


「ああ……すまないな。シュウ」
「王、ルリア様が、また城を抜け出したみたいです。探して参りますね」
「ああ、いつもすまんな。娘のことを頼れるのはお主だけなんじゃ」


 シュウは拳を胸に当てて、にっこりと笑った。


「任せてください!」


 遠ざかるシュウの背中は、年齢の割には頼もしくも見える。オレは息子にしてやりたいくらい、シュウを信用している。娘のルリアも、シュウにだけは心を開いているようだ。


 ルリアは、亡き王妃によく似て、わがままで元気な娘だ。時々、城を抜け出しては城下街に遊びに行く。そして、その度にシュウが探しに行く。シュウ以外の者が迎えに行ったところで、ルリアは帰ってこないからだ。


 いつも、シュウは娘のわがままに付き合わされるようだが、必ずルリアを連れて帰って来てくれる。ルリアは自分勝手だが、国民や他の兵たちのことを、とてもよく観察している。いずれは女王として、この国を自分が統治するということを、よく理解しておるのだ。


 いつか、ルリアがこの国の女王となっても、シュウがいてくれれば……


 ゴゴゴゴォォォ……


 突如として、地響きが鳴り出す。


「何事だ!」


 王座を降りると、兵がひとり、青ざめた顔をして走って来た。


「国王様! 男が二人、城に侵入しました! 見たこともない魔法を使い――」


 話していた兵の首が飛ぶ。ただならぬ気配を感じて視線を上げた。


「王様、会いにきたよ」
「娘はいないのか。どこに隠れている?」


 侵入者と言うには、随分と軽装だ。鎧に身を包むでもなく、ヘラヘラと笑っている。だが……瞬時に理解する。この二人は、さっき夢の中でオレを見下ろしていた二人だ。


「貴様らは何者だ……」


 片方の男が笑顔を消して、オレを睨みつけると、瞬時に自分の周囲に碧い水をふわふわと光らせた。もう片方の男は、片手に紅い炎を宿している。


 使用人たちの叫び声があちこちから聞こえてくる。二人が歩いてきたと思われる奥の通路は、魔法の火で燃えている。滅茶苦茶だ……二人だけでこの城を陥落させるつもりか。


「運命ってやつかなぁ……。オレたちはおまえと娘のルリアを殺すためだけに、生きて……」


 隙の出来た瞬間を逃さずに、紅い炎を宿す男に魔法を放つ。知っている。こいつらはオレを殺しに来たんだ。


「侮ったな! 忌々しい魔法使い共め!!」


 オレは光の魔法を使い、紅い炎の魔法使いを貫く。胸に穴の空いた紅い魔法使いは、そのままバタリと崩れるように倒れた。碧い水の魔法使いが表情を変える。


「貴様ぁぁ!!」
「黙れぇぇ! 片割れがぁあ!」


 碧い水の魔法使いへと魔法を放つが、光の魔法は輝かず、目の前が暗闇に染まると同時に、体の自由を失ってその場に倒れた。自分の血か、魔法の水か、判断が付かないけれど、べちゃっと頬に生温かいものが触れた感触だけが、生々しく伝わる。


「許さない……許さない……何度殺せば……!!」


 碧い水の魔法を使う男の声だけが耳に残る。けれど、それさえも遠ざかっていく。


 ルリアは……無事だろうか。シュウは……ルリアを…………


―――――――――――――――――


「ねぇ、ねぇ、国王さま!」


 はっとして振り返ると、王妃が草の束を持って、嬉しそうな顔をしている。


 そうか……ここは王であるオレの自室か。またしても、うとうとしながら、おかしな夢を見ていたようだ。どうも最近、変な夢を見る癖がついてしまった。


 王妃に微笑んでみせると、椅子から立ち上がって歩み寄る。


「そんなに呼ばなくても聞こえている。草の束なんか抱えてどうしたんだ?」
「ほら、気が付きませんか? いい香りでしょう?」
「うーん、よくわからないな」
「もう! もっと近づいてくださいませ」
「うん……?」


 王妃に言われるまま、草の束に顔を近づけてみるけれど、何も匂わない。


「やはり、よくわからん。王妃よ、これは何なんだ?」
「チッ……バカルーセスが……」
「ん、何と………ぐあっ!」


 顔を上げて王妃を見ようとすると、王妃は草の束をオレの顔面に押し当ててきた。


「バカルーセスが! あたしの声が聞こえないの!?」


 オレはなんとかして草の束を退けようとするけれど、王妃はオレを押さえ込んでグイグイと草の束を押し付けてくる。王妃はこんなに力が強かったのか……?!


 まずい……。呼吸が……息が、苦しくなる……。


「ちょっとぉ……死にたいの?」
「ぐはっ……や、やめてくれ……っ!」


 王妃がパッと草の束を離したかと思うと、今度は顔をくすぐるように、ばさばさと顔の前をチラつかせる。もふもふして……くすぐった……気持ちいい!


 ……ん? もふもふ??


 恐る恐る目を開けてみると、押し付けられているのは草の束ではなくて、クーちゃんではないか……! 


「ちょっ、ちょっと待て……!」
「ルーセス、早く起きろって言ってんのよ!」」


 そうだ、これはリューナの声だ……オレは夢を見て――――!


「リューナ!!」


 目を覚まし、がばっと起き上がった。はっとして周囲を見渡すと、ベッドの脇でリューナがクーちゃんを抱いている……というよりは、汚いものを持つように指で摘んでいる!


「やめろリューナ! そんな持ち方ではクーちゃんが可哀想だろ?!」


 リューナはクーちゃんとオレを交互に見ると、不潔なものを見るような眼でオレを睨みつけてから、クーちゃんを思いきり投げつけて来た。


「バカルーセス! あんたキモいのよっ!!」
「ぅごっ……!」


 クーちゃんはオレにヒットして宙を舞う………危ない! このままではクーちゃんがケガをしてしまう!


 なんとかオレは腕を伸ばし、落ちてくるクーちゃんを掴んだ。恐ろしい……現実のリューナだ。


 ……リューナ?


「リューナ?! 目が覚めたのか!」


 不機嫌顔のリューナは、ミストーリでいつも見ていたリューナそのものだ。それなのに……何とも言えない違和感が払拭できない。リューナが無事に目覚めてくれたことが嬉しいのに、オレは……どうかしてしまったのだろうか。


「なによ、変な顔して。元からだけど!」


 リューナは少しだけ微笑んで大きく息を吐くと、ベッドの脇にある椅子に座った。


「ごめんね、心配かけて。それから……ありがとう。あたしを助けてくれたのよね」
「お、おう……体は大丈夫なのか」
「うん……もう大丈夫」
「そうか……アイキとルフは?」
「サラのお手伝いに行ってる。ルーセスもごはん食べるでしょ? あたしもおなか空いちゃった」


 にっこりと笑うリューナに微笑み返すものの、妙な感覚に襲われる。光の魔法のせいなのか、今見ていた夢のせいなのか……。


「ルーセス、どうしたの? 変な夢でも見た?」
「ああ……変というか、ものすごく現実的な……」


 リューナは立ち上がると、ひょいっとクーちゃんをオレから奪った。リューナは真剣な顔をして、クーちゃんをじっと見つめた。

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