虚空の灯明

一榮 めぐみ

23. 黄金色の光

 黒い靄を消さなければ魔物はいくらでも増え続ける。どうすればこの靄を消すことができるのだろう。


 この靄が黒い感情を喰い物にしているということは、リューナが抱えてしまった闇を光で照らしてやればいいのか? でも、それはアイキの魔法やルフの魔法の光ではない。サラやジルの精霊の光でもない。それでは、いったいどうやって……。


 ラピスがビシュの様子を目で追いながら、大剣をずるずると引きずり、オレに歩み寄る。


「闇を消すために光を目指すのではない。自らが光らなければ闇は消えない」
「それは……どういう意味だ」


 傷が痛むのか、ラピスが表情を歪めてオレを見据える。


「リューナひとりを犠牲にすれば済むこと……それは、ルーセスが魔法を使えぬままで良いと言うのと同じではないのか? ルーセスひとりが犠牲になれば済むことだと思っておるのだろう?」
「それは違う!」
「だが、ルーセス。ここでこのままわらわたちが倒れた後も、この魔物は増え続けていく。いずれはどこかの魔族の村へと、どこかの国へと辿り着くことは容易に想像がつくだろう?」
「このままでは……たくさんの人が犠牲になる、ということか?」
「そうだ。ルーセスがひとり犠牲になることによって、たくさんの命を助けているなどと……自惚れるでない。このままでは、大切なものを幾つも失うことになる」


 アイキとルフを見てみると、魔物を倒しながらも傷が増えている。いくら強い者でも、数で押されては敵わない。確かにラピスの言うとおり、このままではこの場にいる全員が倒されるのは時間の問題だ。


 だからといって……リューナを犠牲にすることは出来ない。


 オレはゆらゆらとリューナの元へと歩み寄ると、横にドサリと座った。リューナの頬に触れてみると、随分と冷たい。今の状態は、リューナ自身にも負担になっているのかもしれない。長引かせるのは危険だ……。


 ……力が欲しい。


 オレの……力が欲しい。


 リューナを守るための、アイキを守るための力が欲しい。


 何を犠牲にしたとしても……二人を守りたい。


「ルーセス。大切なものを守るために、奪われたものを取り返せ」


 オレの横に歩いてきたラピスを見上げる。ラピスはオレに手を差し出した。


「星族が大切か。国民が大切か。ルーセスは何を守りたいのだ」


 ラピスと見つめ合う。オレの心に迷いはない。


「アイキとリューナを……二人を犠牲にすることはできない。二人のためなら何にでもなってやる」


 今ならわかる。オレに足りなかったのは覚悟だ。


「二人を守る力が欲しい――」


 オレは、ラピスの手を取った。その瞬間、ラピスと繋ぐ手が黄金色に輝き、何かがじりじりとオレに流れ込んで来るような感覚がする。ラピスが強くオレの手を握る。


「わらわは、ルーセスのために星族からその光を奪った。それはルーセスの光だ」
「ラピスが星族を殺したのか……?」
「……そうだ」


 弱音を吐くオレの代わりに、ラピスが星族を殺して取り返してくれたということか……? 会ったこともないオレのために……?


 いや、今はそんなことはいい。オレは……弱いままでは駄目だ。アイキが守ってくれるからそれでいい、なんてことはない。ラピスが取り返してくれるからそれでいい、ということでもない。


 ラピスから手を離すと、今まで感じなかった感覚が体じゅうを駆け巡り、胸が熱くなる。その感覚を確かめるように、自分の胸へ手を押し当てた。自分の中に絡まっていた鎖が解けて消えていくような感覚がして、光が収束していく。


「……リューナの黒い魔法を、ルーセスの光の魔法で消し去れ」


 黄金色の光を意識しながら、リューナの胸元へと手を当てた。


 そうだ……オレがやるんだ。リューナが自分で輝けるように、オレの光で黒い魔法を消してやるんだ。


「リューナ……目を覚ませ。もう、大丈夫だから」


 リューナの胸元が黄金色に光ると、黒い靄は掻き消されるように消え去っていく。光が一気に広がると辺りの黒い霧が晴れて、夜空に浮かぶ星の瞬きのような光だけが、あとに残った。


 オレはリューナから手を離して立ち上がった。手掌を上に向けて周囲を照らすように手を伸ばすと、光が溢れる。


 黄金色の光が、白く輝く月よりも明るく、紅く燃える火よりも勢いよく、碧く流れる水よりも広く染み渡り、草原を吹き抜ける緑の風よりも早く駆け抜ける。


 黒い魔物は黄金色の光の中に、音もなく消えていく。そのあとにはキラキラと光が瞬き、まるで魔物そのものが星の輝きに変わっていくように見えた。


 これが、オレの光の魔法……!


 ずっと望んでいた、オレの魔法……オレの魔力!!


 オレが、この光で二人を守るんだ。アイキがオレを守ってくれたように。リューナがオレを想ってくれたように。


「――――ルーセスっ!!」
「ぅわっ!」


 アイキが駆けて来ると、オレに飛びついてきた。その衝撃でよろめく。


「ルーセスの魔法だ! やっぱりすごいよ!!」
「アイキ……」


 アイキの喜色満面の笑みが、とても眩しい。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しいけれど、アイキの喜びが伝わってくるようだ。


「ずっと、ずっと待ってたんだ……すごく嬉しい!!」
「オレも嬉しい……ありがとう、アイキ」


 アイキがこんなにも喜んでくれるなんて思ってもいなかった。もう、アイキに悲しい顔をさせたくない……。


「リューナさん……僕がわかりますか」


 振り返ると、ビシュがリューナの傍らに座り込んで声をかけている。オレとアイキも、リューナに駆け寄った。


「ビシュ、いくら優しく声をかけても、おまえの姿を見たら驚かれると思うんだけど……」


 アイキはそう言うと、ビシュに手を差し出した。ビシュは血だらけで服もズタズタなのに、痛みなど感じていないかのように微笑んでいて、確かにそれが恐ろしい。ビシュがアイキの手を取ると、碧い雫がビシュとアイキの周囲にたゆたう。徐々に二人の傷が癒やされて、血に汚れた服も修復されていく。


「もう少し、なんとかならないの? ビシュの戦い方、命が幾つあっても足りなくなると思うけど」
「そうですね、僕もまだまだ修行が足りないようです」
「そういう問題じゃないと思うけどな……」


 リューナは相変わらずよく眠ったままだ。触れてみると、やはり少し冷たい。オレはリューナの頭を首から支えるように持ち上げると、そのまま抱き上げた。


「虹彩に戻ろう……リューナの体が冷えている」


 ふと、アイキとビシュの向こうに、頭を抱え込んで蹲るルフの姿が目に入る。


「ルフ、どうしたんだ?」


 アイキが振り返ると、ルフのところへと駆けていく。それに気付いたようにルフが頭を持ち上げた。


「――――!」


 柳眉を逆立ててオレを睨みつけるルフの眼差しに、思わずリューナをぎゅっと抱きしめた。アイキがルフの前に座ると、その眼差しは見えなくなる。


 胸が騒ぎ、思わずラピスへと視線を移した。ラピスはいつの間にか自分の傷を癒やしたようで、腕の傷が塞がっている。目を細めてルフを見つめていたけれど、オレの視線に気がついたように、ゆっくりとこちらを見た。


「……わらわたちにはどうすることも出来ぬ。ルーセス、魔族の村へと戻ろう。夜も深い……含むこともあるだろうが、今宵は休め。明日にでもなればリューナも目覚めるだろう」


 ラピスがオレに手掌を向けると、この草原に来た時と同じような衝撃を感じた。

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