虚空の灯明
1. 風の魔法使い
生まれ育った故郷を背にして立っていた。
「さようなら、あたしをバカにした人たち」
ひとりで『門』に向かって歩き出すと、不意に背後から強い風が吹いてきた。周囲の草がざわつき、髪と服の裾が揺れる。
……大丈夫! 風が背中を押してくれている!
大きな城と城下町の喧騒をすり抜けて、ひとり黙々と歩いてきた。城下町から門までは少しだけ距離がある。あと少しで、この国ともお別れだ。
一人で旅立つことに、不安がないわけじゃない。だけど、ひとりでもやっていける自信がある。あたしは、国内屈指の風の魔法使いで、友人でもある第二王子の護衛兵をしている。……いや、今日でそれも終わりだから"していた"って言ったほうがいいかな。
まぁ、他人と馴染めない性格だから他の部隊には所属できなくて、しょうがなく友人が面倒を見てくれていた、とも言えるけど。
それなのにあたしは、そんな"友人"の恩を仇で返すように、何も告げずにひとりで旅立つことを決めてしまった。
世界中にはたくさんの国がある。それなのに、壁に囲まれたこんな小さな国の中で生きている限り、何もわからない。この国は平和だし、なんとなく、それなりに幸せに過ごしてきた。けれど、心のどこかで"このままじゃダメだ"って思っていた。
それを友人に話しても、全然理解してもらえなかった。適当にあしらわれて、話をはぐらかされて……。
だから、あたしは努力した。強くなれば、あたしにも何かできるんじゃないかって、あたしの言いたいことの本当の意味が、わかってもらえるんじゃないかって思ったから。
そう、あたしはずっと頑張ってきた。
門を抜けるまで、国の中は"結界"に守られていて、魔物はいない。
"星族"という人たちが城と町をぐるっと『門』と呼ばれる壁で囲み、その内側に結界を張って、危険な魔物から人々を守ってくれている。"結界"の内と外を通過することができるのは、門にあるひとつの出入り口だけだ。それに許可証を持っていないと、どこの国の『門』も出入りができない。
『門』に近づくにつれて、胸が高鳴る。
門とはいえ、小さなお城みたいなもので、下階には国の門番と他にもたくさんの兵がいる。上階には結界の管理をしている星族が住んでいる。
星族のことは、よく知らない。門の中だけで生活していて、国民と交流することはない。それ故に怪しいし、全員深々とフードを被ってぞろぞろした同じ服を着ていて、とにかく胡散臭い。
門番に許可証を見せてから、外出を伝える。ふと上階を見上げると、硝子窓越しに数人の星族が見えた。あんな狭いところで生きていて何が楽しいのだろう。
あたしは、服装にはそこまでこだわりなんて無い。ただ、ぴしっとしたこの国の制服は好きだった。毎日それを着てればいいってのも楽だったけれど、護衛兵には制服が無い。と言うよりも、同じ護衛兵のアイキに「そんなものを着るな」と言われてから着ていない。お陰で毎日、今日はどの服を着るかという、どうでもいいことに時間を割かなければいけなくなった。
外へと続く廊下をひたすら歩く。天井が高く、幅も広くて、空気が冷たい。そして、いつもより長く感じた。
護衛兵というよりは、第二王子の付き人のようなものだったかもしれない。王子であるルーセスを含めて、3人で、この廊下は何度も通ってきた。
いつも、王子であるルーセスが作戦を練る。そしてもう一人の護衛兵であるアイキがダメ出しをする。あたしは二人のやり取りを聞いておきながら、作戦は無視して自分のやり方を貫いた。怒るルーセスと、笑うアイキの顔を思い出す。それはそれで楽しかった……。
カッ、カッ、と、あたしの靴の音だけが壁に反射して響いている。その音に耐えられず、外の光で明るく見える出口に向かって、走りだした。振り返らずに、何かから逃げるように、何かを断ち切るようにひたすら走った。
出口を一気に走り抜ける。誰もいない草原へ飛び出して、さらに走り続けた。
息が切れるまでしばらく走り続け、ようやく一本の木を見つけて木陰に滑り込こんだ。
「疲れた……走る必要もないのに……」
息を切らしたあたしは、膝に手をつき、休もうと足元に視線を落とす。――と、自分以外の影に気がつく。急いで視線を上げると、真っ黒な魔物が空からあたしを見下ろしていた。
「いつの間に?!」
黒い獣のようなそいつは、バサバサと翼を羽ばたかせると、あたしに向かって急降下してきた。咄嗟に杖を取り出して魔法を使う。
「――風!!」
風が舞い、緑の光が魔物へと飛んでいく。でも、ヒラリと魔法はかわされて魔物の尖った爪が目の前に迫る。
「……ひゃっ!」
目の前をかすめる魔物の爪。ギリギリのところであたしは後退してその爪を避ける。魔物に視線を戻すと、背後から逆戻りして真っ直ぐにこちらに向かってくるのが見えた。
ザザッ――!
草の上を転がるように、魔物を避ける。そのままくるりと起き上がり、あたしが立っていた場所を通りすぎる魔物に魔法を放つ。これなら、避けられないはず――!
思った通り。緑の光が、魔物の翼を切り裂くように線状に……
――切り裂かない!?
「風の魔法が効いてない……こんな奴、見たことない――!」
これじゃ、どれだけ戦っても勝てるわけがない! 逃げなきゃ……って、どこに?!
いきなりこんな奴が出てくるなんて、タイミングが悪いと言うか、運が無いというか……いきなり、死の予感!!
しょうがない――あんまり得意じゃないけど、風以外の魔法を………っ!!
「きゃあっ――!!」
だめだ、速すぎる。避けるのも精一杯で……まるで魔法そのものと対峙してるみたい。結界の外に出るのも、魔物と戦うのも、特別なことじゃない。いつも、仕事で魔物退治をしていたのだから。
でも、こんな"黒い魔物"は見たことがない!!
「ゥゥゥゥ……!」
気持ちの悪い鳴き声が聞こえた、次の瞬間、"黒い魔物"の眼が光る。
「まさか――魔法?!」
緑の光が、あたしに迫る。身体を捻らせて横に逃げるけれど完全には避けきれず、足を取られ、バランスを崩す。それを狙ったように、魔物が爪を鈍く光らせて飛んできた。
だめだ、間に合わない――!
胸の前で魔法の杖を両手に握り、目をぎゅっと瞑った。
「ウァァァア―――!!」
魔物の叫び声が耳を劈く。
――ゴトン!!
「きゃあぁっ!!」
目蓋を開くと、目の前に紅い炎で覆われた魔物が落ちてきた。何が起きたのか分からず、炎に包まれた魔物をじっと見つめた。
……これは、火の魔法?!
――ゾクッ……。
背後から強い魔力を感じて、あたしは後ろを振り返った。
「さようなら、あたしをバカにした人たち」
ひとりで『門』に向かって歩き出すと、不意に背後から強い風が吹いてきた。周囲の草がざわつき、髪と服の裾が揺れる。
……大丈夫! 風が背中を押してくれている!
大きな城と城下町の喧騒をすり抜けて、ひとり黙々と歩いてきた。城下町から門までは少しだけ距離がある。あと少しで、この国ともお別れだ。
一人で旅立つことに、不安がないわけじゃない。だけど、ひとりでもやっていける自信がある。あたしは、国内屈指の風の魔法使いで、友人でもある第二王子の護衛兵をしている。……いや、今日でそれも終わりだから"していた"って言ったほうがいいかな。
まぁ、他人と馴染めない性格だから他の部隊には所属できなくて、しょうがなく友人が面倒を見てくれていた、とも言えるけど。
それなのにあたしは、そんな"友人"の恩を仇で返すように、何も告げずにひとりで旅立つことを決めてしまった。
世界中にはたくさんの国がある。それなのに、壁に囲まれたこんな小さな国の中で生きている限り、何もわからない。この国は平和だし、なんとなく、それなりに幸せに過ごしてきた。けれど、心のどこかで"このままじゃダメだ"って思っていた。
それを友人に話しても、全然理解してもらえなかった。適当にあしらわれて、話をはぐらかされて……。
だから、あたしは努力した。強くなれば、あたしにも何かできるんじゃないかって、あたしの言いたいことの本当の意味が、わかってもらえるんじゃないかって思ったから。
そう、あたしはずっと頑張ってきた。
門を抜けるまで、国の中は"結界"に守られていて、魔物はいない。
"星族"という人たちが城と町をぐるっと『門』と呼ばれる壁で囲み、その内側に結界を張って、危険な魔物から人々を守ってくれている。"結界"の内と外を通過することができるのは、門にあるひとつの出入り口だけだ。それに許可証を持っていないと、どこの国の『門』も出入りができない。
『門』に近づくにつれて、胸が高鳴る。
門とはいえ、小さなお城みたいなもので、下階には国の門番と他にもたくさんの兵がいる。上階には結界の管理をしている星族が住んでいる。
星族のことは、よく知らない。門の中だけで生活していて、国民と交流することはない。それ故に怪しいし、全員深々とフードを被ってぞろぞろした同じ服を着ていて、とにかく胡散臭い。
門番に許可証を見せてから、外出を伝える。ふと上階を見上げると、硝子窓越しに数人の星族が見えた。あんな狭いところで生きていて何が楽しいのだろう。
あたしは、服装にはそこまでこだわりなんて無い。ただ、ぴしっとしたこの国の制服は好きだった。毎日それを着てればいいってのも楽だったけれど、護衛兵には制服が無い。と言うよりも、同じ護衛兵のアイキに「そんなものを着るな」と言われてから着ていない。お陰で毎日、今日はどの服を着るかという、どうでもいいことに時間を割かなければいけなくなった。
外へと続く廊下をひたすら歩く。天井が高く、幅も広くて、空気が冷たい。そして、いつもより長く感じた。
護衛兵というよりは、第二王子の付き人のようなものだったかもしれない。王子であるルーセスを含めて、3人で、この廊下は何度も通ってきた。
いつも、王子であるルーセスが作戦を練る。そしてもう一人の護衛兵であるアイキがダメ出しをする。あたしは二人のやり取りを聞いておきながら、作戦は無視して自分のやり方を貫いた。怒るルーセスと、笑うアイキの顔を思い出す。それはそれで楽しかった……。
カッ、カッ、と、あたしの靴の音だけが壁に反射して響いている。その音に耐えられず、外の光で明るく見える出口に向かって、走りだした。振り返らずに、何かから逃げるように、何かを断ち切るようにひたすら走った。
出口を一気に走り抜ける。誰もいない草原へ飛び出して、さらに走り続けた。
息が切れるまでしばらく走り続け、ようやく一本の木を見つけて木陰に滑り込こんだ。
「疲れた……走る必要もないのに……」
息を切らしたあたしは、膝に手をつき、休もうと足元に視線を落とす。――と、自分以外の影に気がつく。急いで視線を上げると、真っ黒な魔物が空からあたしを見下ろしていた。
「いつの間に?!」
黒い獣のようなそいつは、バサバサと翼を羽ばたかせると、あたしに向かって急降下してきた。咄嗟に杖を取り出して魔法を使う。
「――風!!」
風が舞い、緑の光が魔物へと飛んでいく。でも、ヒラリと魔法はかわされて魔物の尖った爪が目の前に迫る。
「……ひゃっ!」
目の前をかすめる魔物の爪。ギリギリのところであたしは後退してその爪を避ける。魔物に視線を戻すと、背後から逆戻りして真っ直ぐにこちらに向かってくるのが見えた。
ザザッ――!
草の上を転がるように、魔物を避ける。そのままくるりと起き上がり、あたしが立っていた場所を通りすぎる魔物に魔法を放つ。これなら、避けられないはず――!
思った通り。緑の光が、魔物の翼を切り裂くように線状に……
――切り裂かない!?
「風の魔法が効いてない……こんな奴、見たことない――!」
これじゃ、どれだけ戦っても勝てるわけがない! 逃げなきゃ……って、どこに?!
いきなりこんな奴が出てくるなんて、タイミングが悪いと言うか、運が無いというか……いきなり、死の予感!!
しょうがない――あんまり得意じゃないけど、風以外の魔法を………っ!!
「きゃあっ――!!」
だめだ、速すぎる。避けるのも精一杯で……まるで魔法そのものと対峙してるみたい。結界の外に出るのも、魔物と戦うのも、特別なことじゃない。いつも、仕事で魔物退治をしていたのだから。
でも、こんな"黒い魔物"は見たことがない!!
「ゥゥゥゥ……!」
気持ちの悪い鳴き声が聞こえた、次の瞬間、"黒い魔物"の眼が光る。
「まさか――魔法?!」
緑の光が、あたしに迫る。身体を捻らせて横に逃げるけれど完全には避けきれず、足を取られ、バランスを崩す。それを狙ったように、魔物が爪を鈍く光らせて飛んできた。
だめだ、間に合わない――!
胸の前で魔法の杖を両手に握り、目をぎゅっと瞑った。
「ウァァァア―――!!」
魔物の叫び声が耳を劈く。
――ゴトン!!
「きゃあぁっ!!」
目蓋を開くと、目の前に紅い炎で覆われた魔物が落ちてきた。何が起きたのか分からず、炎に包まれた魔物をじっと見つめた。
……これは、火の魔法?!
――ゾクッ……。
背後から強い魔力を感じて、あたしは後ろを振り返った。
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