虚空の灯明

一榮 めぐみ

3. 第二王子と音楽家

「ふぁぁ、今日もいい天気だなぁ♪」


 アイキが昼寝から目覚めると気持ちよさそうに伸びをしている。


 オレは、城の窓から外を見た。雲のない透き通った青い空に、町のあちこちにある緑が映える。天気が良く穏やかな気候の所為か、それらがいつもより色鮮やかに見えた。


 アイキは、昼寝していた椅子から勢いよく立ち上がると くるりと振り返り、ニカッと笑った。


「こんな日は良いことがありそうだ!」
「オレは嫌な予感しかしない」
「そんなこと言うなよ、ルーセス♪」


 ルーセスはオレの名だ。このミストーリ国の王はオレの父親で、兄さんが第一王子となり、オレは第二王子になる。アイキはオレの付き人として、そして友人として、いつも共に行動している。


 アイキは音楽家で、楽器を奏でて歌を歌う。男のクセにキレイな顔立ちで、サラサラとした金髪とその服装から女にも見える。そして、短剣を使う兵士でもある。『大きな剣は重たいから動き難い』と言っているが、身軽な動きを得意とするアイキは、そこらの兵士よりずっと短剣の扱いが上手い。


「で、嫌な予感って何?」
「門番から連絡があった。新たな飛行する魔物を発見したので確認して欲しい、とのことだ」
「へぇ、新種の魔物なんてめずらしいね。それで?」


 アイキは嬉しそうな顔をしてオレの話の続きを待っている。その新種の魔物と戦うつもりなのだろう。


「残念ながら、その魔物は門の外で見つかった死骸・・だ」
「えぇー! 飛んでるの見たかったのに、残念だなぁ。でも、誰がやっつけたんだろうね」
「さぁな。黒焦げになっていたらしく、殆ど情報はない。そして、もうひとつの報告だが……」


 オレは、ため息をひとつ吐く。


「……第二王子護衛兵の風の魔法使いが、ひとりで外出したそうだ」


 アイキはオレの真似をするように、はぁ、と溜息を吐いた。


「ひとりで? なんでリューナたんはオレたちに何も言わないんだ?」
「さぁな……。また、いつもの気まぐれだろう。まだ、そう遠くには行ってないさ」
「うん……でも、新種の魔物も見つかったんだろ? ちょっと心配だね」
「……そうだな」
「で、ルーセスはどうするの?」


 アイキは、期待の眼差しでオレを見ている。


「とりあえず、リューナを探さないとな。隣り町あたりまで行ってみるか」
「いいね、それ!」


 アイキは、嬉しそうに身支度を始めた。隣り町まで行くとなると今日は城には帰って来られない。オレは腰に携えた剣を確認した。それ以外の荷物は全てアイキが管理している。


「さっ、行こうぜ」
「ああ、国王か兄さんに外出すると言っておかないとな……どこにいるだろう」
「そうだね、王様なら謁見の間かな?」


 リューナはいつも不機嫌顔で、ツンとしている。それでも、このところはどこかうわの空で”心此処に在らず”といった感じだった。今までも何度か任務中に腹を立てて消えてしまうことはあったけれど、門の外にまで行ってしまうようなことはなかった。


 自分勝手なリューナらしい行動とも思えたけれど、オレにはそう思えなかった。


――――――――――


「兄さん」
「どうした? ルーセス」


 謁見の間に向かう通路をアイキと歩いていると、前方から第一王子である兄さんが歩いてきた。オレは、兵士たちをまとめる兵士長のようなことしかしていないが、兄さんは国王の右腕として様々な国務をこなしている。オレとは違い、王子らしい王子だ。


「リューナがひとりで外出したようだから、隣り町まで探しに行ってくる。それから、新種の魔物の件も確認してこようと思う」
「了解した。国王にも伝えておこう。気をつけて行け、無理はするな」
「わかってる」


 それだけ話すと、兄さんはさっさと歩いて行ってしまった。兄さんとは、いつも必要以上の会話はしない。いつからか、それが当たり前になっていた。


 オレたちは城を出ると城下町を歩き、門へと向かう。


「オテンバ娘のリューナたん〜このごろちょっとヘンよ~♪」


 アイキがオレの顔を覗き込み、ニカッと笑う。


「ルーセス、なに神妙な顔してんの? リューナなら大丈夫だよ。あいつたぶん、オレたちに言ったら止めると思って何も言わなかったんだ」
「そうだろうな……でも今までは、どんなに不機嫌でも門を出るなんてことはなかっただろう?」
「うーん……リューナたんはどこに行くつもりだったんだろうな」


 アイキは、何かを考えるように首を傾けたけれど、すぐに「わっかんないな! あはは!」と言って笑うと、また謎の歌を歌いだした。オレは何とも言えず空を見上げる。雲一つない晴天が余計にオレの不安を煽る。


 城下町は、今日もいつも通りだ。買い物をする人、急ぎ足でどこかに向かう人、散歩する親子。王子であるオレを見ても、国民が寄ってくるようなことはない。オレはよく城下町を歩くので、今日も、特別なことではないはずだ。


―――――――――――


「ルーセス様! お呼び立てしてしまい、恐れ入ります」


 門の兵士が敬礼をする。オレが敬礼するとアイキも横で真似をしていた。


「魔物は死骸が見つかっておりますが、その後も似たようなものが飛行しているところを見たとの報告もありまして……現在は一般人の外出は許可しておりません」
「死骸の場所は?」
「門を出て南西に真っ直ぐ、森の手前にある一本の木の下で発見したとのことです。まだ移動などは行っておりません」
「了解した。隣り町とは少し方角がずれるな……。今、門の外に兵はいるのか? 民間人で外出中の者は?」
「ちょうど交代の時間ですので、兵は全員戻っております。民間人は、本日は誰も外出しておりません。町を行き交う商人などはいるかもしれませんが……」
「わかった。引き続き、警戒してくれ。魔物の討伐よりも命を優先するように」
「承知しました」


 アイキがオレの服を横で引っ張る。早くリューナのことを聞いてくれと言っているようだ。アイキに大丈夫だと目で合図を送ると、兵士に視線を戻す。


「……それから、オレの付き人である魔法使いがここを通った時間を確認したい」
「かしこまりました。しばしお待ちください」


 門番の兵が書類を持って来るとオレに見せた。リューナが出て行った時間は今より数時間前だ。隣り町のオツラタに向かったとしても、まだ着いてはいないだろう。


「オレたちは今から魔物の死骸を確認しつつ、隣り町まで外出する。記しておいてくれ」
「ハッ! かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ!!」


 門の外へ向かう通路へと歩き出すと、アイキが上階を見ながら、またオレの服を引っ張った。


「なぁ、ルーセス……早く行こうぜ」


 アイキが小声で囁く。視線を感じてオレも上階を見上げると、星族と目が合った。帽子を被り、白い装束を着ている。星族は深いフードを被っていた気がするが、衣装が一種類だけというわけでもないのだろう。


「あんまり見ないほうがいいぜ、ルーセス」
「うん? どうしたんだよ」


 アイキは複雑な表情をして、門の先を見つめたままオレを急かすように背中をぐいぐいと押した。


「アイキを見て、変わった身なりをしている男だとでも思ってるんだろう」
「そうかな……。オレはルーセスのことだと思うな……」
「オレのこと? ああ、兄さんと違ってオレは星族に会ったことがないからな」
「うん……そうだな……」


 星族は王族と年に数回だけ面会し、結界のことを話し合う。この国では第一王子である兄さんが星族と面会する立場にあたるので、オレは星族とは何の面識も持たない。


 オレと兄さんはあまり似ていないので、星族がオレを見ても王子だとは思わないだろう。アイキが何を気にしているのか、オレにはよくわからなかった。

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