虚空の灯明
2. 紅い魔法使い
「――えっ?」
振り返ってみると、赤黒い髪に紅い眼をした男の人が立っていた。黒を基調とした服は、この国の兵士の制服ではない。武器は持っておらず、片手に紅い炎を宿らせている。
あの炎は……この人の魔法?
「――死にたいのか!!」
「ひゃっ!」
突然、その人は前へと踏み出し、紅い炎で燃える腕を伸ばす。あたしは咄嗟に、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
背後からゴウゴウと燃えるような音が聞こえて振り返ると、あたしのすぐ後ろで魔物が燃えている。魔物の動きは次第に鈍くなっていき、そのうち動かなくなった。
視線を男の人に戻す。さっきは合わなかった視線がピタリと合った。
「あ、ありがとう……」
何か言わなくちゃと、あたしは咄嗟にそう言った。でも……武器を持たずに魔法を使う人も、あんなに綺麗な紅い色の魔法も、見たことがない。まるで魔物のような、鋭い視線に釘付けになる。
「おまえは死にたいのか?」
繰り返された質問に、あたしは首を横に振った。
「……死にたくない」
「ならば、どうしてこんなところにいるんだ?」
当然の質問に返す言葉を必死に探す。この人がいなければ、あたしは死んでいた……。いや、死ななかったとしても、呆気無くあたしの旅は終わっていた。
でも……どうして、あたしはひとりで門を飛び出したりしたんだろう。ひとりで、どこに行こうと思っていたんだろう。
まるで何かに突き動かされるように、門の外に飛び出した気がする。いや……でも、何に突き動かされたというの? まさか、あたしに恨みを持つ者が、あたしを呪い殺すために――って、流石にそれは無いだろっての。何かがおかしい……。
そもそも、この人は何なの? どこかの国の兵士というわけでもなさそうだし……普通じゃない魔力を感じる。
「……変な目でオレを見ないでくれるか?」
「あっ、いや……あなたは?」
その人は、不思議なものを見るような目であたしを見ていたけれど、何かに気が付いたように空を見上げた。
「……オレは、その魔物を倒してくれと頼まれただけだ。また飛んでくるぞ。間違って出てきたのなら、早く結界の中に戻れ」
「戻れって言われても……今さら戻るのもカッコ悪いっていうか……あたしにもいろいろと事情が……」
男の人は、あたしの話を聞いていないみたいに空を見上げている。あたしも上空を見上げると、黒いものが浮いているのが見えた。
「あれは……?」
「面倒だな、次から次へと!!」
「――えっ?!」
急に男の人は、先に見える森に向かって走りだした。あたしも急いで立ち上がると、その人を追いかける。
「ちょっ、ちょっと待って――!」
走り出すと、さっきの魔物にやられた傷が少し痛んだ。
――――――――――
森の入口まで走ると、男の人と一緒に木陰に隠れた。さっき焼かれた魔物と同じ奴が、あたしたちがいた辺りを旋回しているのが見える。
「一匹だけじゃなかったんだ……」
「それはそうだろうな……って、おまえは帰ればいいだろ?」
男の人は呆れたような顔をしてあたしを見た。初めに見た時とは違い、濃い紅色の眼をしてる。少し驚いたけれど、ここで怯んではいけないと思い、咳ばらいをして、呼吸を整える。
「戻るわけにはいかないの。風の魔法使いリューナ様の冒険譚は、ここから始まるのよっ!」
「はぁ……。オレが偶然見つけたから助かっただけだろう……よくそんなことが言えるな?」
「まぁ、それは……今回はたまたま風の魔法が効かなくて、運が悪かっただけよ」
「そういう問題か……?」
バカにされたような気もしたけれど、大丈夫。バカにされるのは慣れてる。
「……ちょっと待て。今、風の魔法と言ったな?」
「えっ、そうだけど?」
男の人は、驚いた顔をしてる。風の魔法を使う人は、あんまり多くないから、驚くのも当然よね。あたしは堂々と胸を張って、腰に手を当てた。
「そう! あたしはここ、ミストーリ国でもトップの"風の魔法使い"なのよっ!」
「それは……本当のことなんだろうな?」
「当たり前でしょ? たまたまアイツには風の魔法が効かなかったから苦戦してただけで、本当は……って、えっ――?!」
その男の人は、魔物を焼いた時と同じように、片手に炎を宿し、眼を紅く光らせた。
「それは好都合だ。自分から出てきてくれるとはな。おまえと違って、オレは運が良いようだ」
「なに……それ、どういうこと?!」
あたしは咄嗟に魔法の杖を構えると、その人と距離を置く。訳がわからない……あたしを探していたということ?!
「あの結界の中に行けずに困っていたんだ。風の魔法は……邪魔だ!」
「ひゃっ……!!」
魔法を使うよりも先に、あたしの足元は火の魔法で覆われた。男の人が腕を伸ばし、あたしに手掌を向けている。
「熱いっ……何するの……っ!」
炎に負けじと杖を構えて、風の魔法を使う。緑色の光が杖の先端で光る。
「誰だか知らないけど……こんなところで死ぬわけにはいかないのよっ!」
「――あっ、おまえは馬鹿か! 魔法を使うなっ!!」
「な……だって、そんなこと言われても!!」
その人は伸ばしていた腕とは逆の手であたしの肩を掴むと、あたしの後ろに魔法を放った。その時に、あたしの魔法で男の人の腕が傷つく。すぐ横で痛みに歪む顔を見て、とても悪いことをした気がした。
「ウゥアァァァ!!」
「クソっ……いちいちうるさい魔物だな」
魔物の叫び声に振り向くと、そこには、さっき旋回していた魔物がすぐ後ろで炎に覆われて暴れている。いつの間にこんな近くまで……?
「逃げるぞ!」
「えぇっ!!」
突然、男の人はあたしの腕を掴むと森の奥へと走り出す。何がなんだか、さっぱりわからない。あたしを魔法で焼こうとしておきながら……いや、違う……?
ケガしていたはずの足が痛くない……。さっきの炎は、癒しの魔法?
この人はいったい、何をしようとしてるの?
わからない。だけど……今のあたしはあの男の人に頼るしかない。男の人の背中を追うように、あたしも森の奥へと走った。
――――――――――
魔物の気配が遠ざかり、あたしたちは走るのをやめた。鬱蒼とした森の中は静かで、さらさらと木の葉が風に揺れる音だけが聞こえている。
「あの……ごめんなさい。手にケガを……」
男の人はチラリとあたしの方を見た。それから周囲を確認するように辺りを見渡す。
「ここならいいだろう。謝るくらいなら、魔法を使うな」
「はい……」
もう何も言えなかった。何をするのかと聞くことも、無意味な気がした。男の人は少し呆れたような顔をしてから、再び、その手に炎を宿した。
「おまえは知らないようだから教えてやる。あの魔物はおまえの風の魔法が作り出したものだ。その風の魔法を使い続ける限り、あいつはおまえの元に現れる」
そんなの知らない――聞いたこともない。あたしの魔法が魔物に……?
「なにそれ……どういうこと……?」
「そのままの意味だ。あの結界がおまえの魔法を魔物にしている。おまえだけではない。人間たちの使う魔法を幾らでも魔物に変えている。その中でもあの黒い魔物は厄介だ。だからオレは討伐を依頼された。あんなものを野放しにしておいたら、この国の奴らは、結界の外に出た奴から死んでいくぞ」
「そんな嘘みたいな話……信じられない。助けてくれたことは感謝するけど……」
「信じる、信じないはおまえの勝手だ。自分の魔法に、自分の魔法で攻撃しても意味がない。魔法が効かなかったということは、そういうことだ」
そう言うと、その人はあたしの足元に魔法を放った。紅い炎の熱に怯むけれど、あたしは動かなかった。この人の言う通り、あの魔物にあたしの魔法が効かなかったことは事実だ。そしてそれが何よりの証拠だとすれば……嘘じゃない、たぶん。でも、なぜ結界が魔物を……?
いや、それよりも――。
「それが本当なら……あたしを消さないとあの魔物が増え続けるってことよね?」
男の人はにやりと笑って、あたしに手掌を向けた。
「……そうだ。察しが良いな……だから邪魔だと言ったんだ」
そんな話……俄かには信じ難い。けれど、この人の言っていることが本当なら、あたしは消えるべきかもしれない。あたしの魔法が、誰かを殺してしまう前に……でも!! そもそも結界が魔物を造り出すなんて、矛盾も甚だしい。やっぱり、そんな話は信じられない!
「"結界"は人々を守るためにあるのに、それが魔物を造ってるなんて……そんなの矛盾してる! おかしいじゃない!!」
「そんなことをオレが知るか! 魔物を造り出しておきながら結界の中に逃げたのは、おまえたち人間だろう!?」
「あなた……やっぱり人間じゃないの? それじゃ、いったい……!」
疑問と共に、沸々と不安感が込みあげてくる。門を出るときに見た星族の姿が脳裏を過ぎる。結界のことも、星族のことも、目の前であたしに向けて魔法を使うこの人のことも、あたしは何も知らない――。
その眼が紅く光ると、あたしは紅い炎に包まれた。
「きゃぁっ!!」
手に持っていた魔法の杖が火に溶けるように消えていく。紅い炎に包まれて、体の中から溶けだすような感覚がした。なんとか、声を絞りだす。
「お願い……教えてっ……あなたは……?」
炎の勢いに耐えきれず、目蓋を閉じた。
「オレの名はルフ。火の精霊に仕える魔族だ。リューナ、と言ったな? 素直にオレの魔力を受け取れ……!」
……精霊……魔族……?
初めて聞く存在……あたしは何も知らなかったんだ。いや、あたしだけじゃない。きっと、結界に守られて生きている人々は誰も何も知らずに、当たり前に魔法を使っている。知らない何かを、危険に晒しながら――。
ルーセス……アイキ……あたしの、たった二人の大切な友人。
ルーセスとアイキにだけは、旅立つことを伝えれば良かった。あたしが知らないことを、ここで消えるあたしに変わって知って……。
振り返ってみると、赤黒い髪に紅い眼をした男の人が立っていた。黒を基調とした服は、この国の兵士の制服ではない。武器は持っておらず、片手に紅い炎を宿らせている。
あの炎は……この人の魔法?
「――死にたいのか!!」
「ひゃっ!」
突然、その人は前へと踏み出し、紅い炎で燃える腕を伸ばす。あたしは咄嗟に、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
背後からゴウゴウと燃えるような音が聞こえて振り返ると、あたしのすぐ後ろで魔物が燃えている。魔物の動きは次第に鈍くなっていき、そのうち動かなくなった。
視線を男の人に戻す。さっきは合わなかった視線がピタリと合った。
「あ、ありがとう……」
何か言わなくちゃと、あたしは咄嗟にそう言った。でも……武器を持たずに魔法を使う人も、あんなに綺麗な紅い色の魔法も、見たことがない。まるで魔物のような、鋭い視線に釘付けになる。
「おまえは死にたいのか?」
繰り返された質問に、あたしは首を横に振った。
「……死にたくない」
「ならば、どうしてこんなところにいるんだ?」
当然の質問に返す言葉を必死に探す。この人がいなければ、あたしは死んでいた……。いや、死ななかったとしても、呆気無くあたしの旅は終わっていた。
でも……どうして、あたしはひとりで門を飛び出したりしたんだろう。ひとりで、どこに行こうと思っていたんだろう。
まるで何かに突き動かされるように、門の外に飛び出した気がする。いや……でも、何に突き動かされたというの? まさか、あたしに恨みを持つ者が、あたしを呪い殺すために――って、流石にそれは無いだろっての。何かがおかしい……。
そもそも、この人は何なの? どこかの国の兵士というわけでもなさそうだし……普通じゃない魔力を感じる。
「……変な目でオレを見ないでくれるか?」
「あっ、いや……あなたは?」
その人は、不思議なものを見るような目であたしを見ていたけれど、何かに気が付いたように空を見上げた。
「……オレは、その魔物を倒してくれと頼まれただけだ。また飛んでくるぞ。間違って出てきたのなら、早く結界の中に戻れ」
「戻れって言われても……今さら戻るのもカッコ悪いっていうか……あたしにもいろいろと事情が……」
男の人は、あたしの話を聞いていないみたいに空を見上げている。あたしも上空を見上げると、黒いものが浮いているのが見えた。
「あれは……?」
「面倒だな、次から次へと!!」
「――えっ?!」
急に男の人は、先に見える森に向かって走りだした。あたしも急いで立ち上がると、その人を追いかける。
「ちょっ、ちょっと待って――!」
走り出すと、さっきの魔物にやられた傷が少し痛んだ。
――――――――――
森の入口まで走ると、男の人と一緒に木陰に隠れた。さっき焼かれた魔物と同じ奴が、あたしたちがいた辺りを旋回しているのが見える。
「一匹だけじゃなかったんだ……」
「それはそうだろうな……って、おまえは帰ればいいだろ?」
男の人は呆れたような顔をしてあたしを見た。初めに見た時とは違い、濃い紅色の眼をしてる。少し驚いたけれど、ここで怯んではいけないと思い、咳ばらいをして、呼吸を整える。
「戻るわけにはいかないの。風の魔法使いリューナ様の冒険譚は、ここから始まるのよっ!」
「はぁ……。オレが偶然見つけたから助かっただけだろう……よくそんなことが言えるな?」
「まぁ、それは……今回はたまたま風の魔法が効かなくて、運が悪かっただけよ」
「そういう問題か……?」
バカにされたような気もしたけれど、大丈夫。バカにされるのは慣れてる。
「……ちょっと待て。今、風の魔法と言ったな?」
「えっ、そうだけど?」
男の人は、驚いた顔をしてる。風の魔法を使う人は、あんまり多くないから、驚くのも当然よね。あたしは堂々と胸を張って、腰に手を当てた。
「そう! あたしはここ、ミストーリ国でもトップの"風の魔法使い"なのよっ!」
「それは……本当のことなんだろうな?」
「当たり前でしょ? たまたまアイツには風の魔法が効かなかったから苦戦してただけで、本当は……って、えっ――?!」
その男の人は、魔物を焼いた時と同じように、片手に炎を宿し、眼を紅く光らせた。
「それは好都合だ。自分から出てきてくれるとはな。おまえと違って、オレは運が良いようだ」
「なに……それ、どういうこと?!」
あたしは咄嗟に魔法の杖を構えると、その人と距離を置く。訳がわからない……あたしを探していたということ?!
「あの結界の中に行けずに困っていたんだ。風の魔法は……邪魔だ!」
「ひゃっ……!!」
魔法を使うよりも先に、あたしの足元は火の魔法で覆われた。男の人が腕を伸ばし、あたしに手掌を向けている。
「熱いっ……何するの……っ!」
炎に負けじと杖を構えて、風の魔法を使う。緑色の光が杖の先端で光る。
「誰だか知らないけど……こんなところで死ぬわけにはいかないのよっ!」
「――あっ、おまえは馬鹿か! 魔法を使うなっ!!」
「な……だって、そんなこと言われても!!」
その人は伸ばしていた腕とは逆の手であたしの肩を掴むと、あたしの後ろに魔法を放った。その時に、あたしの魔法で男の人の腕が傷つく。すぐ横で痛みに歪む顔を見て、とても悪いことをした気がした。
「ウゥアァァァ!!」
「クソっ……いちいちうるさい魔物だな」
魔物の叫び声に振り向くと、そこには、さっき旋回していた魔物がすぐ後ろで炎に覆われて暴れている。いつの間にこんな近くまで……?
「逃げるぞ!」
「えぇっ!!」
突然、男の人はあたしの腕を掴むと森の奥へと走り出す。何がなんだか、さっぱりわからない。あたしを魔法で焼こうとしておきながら……いや、違う……?
ケガしていたはずの足が痛くない……。さっきの炎は、癒しの魔法?
この人はいったい、何をしようとしてるの?
わからない。だけど……今のあたしはあの男の人に頼るしかない。男の人の背中を追うように、あたしも森の奥へと走った。
――――――――――
魔物の気配が遠ざかり、あたしたちは走るのをやめた。鬱蒼とした森の中は静かで、さらさらと木の葉が風に揺れる音だけが聞こえている。
「あの……ごめんなさい。手にケガを……」
男の人はチラリとあたしの方を見た。それから周囲を確認するように辺りを見渡す。
「ここならいいだろう。謝るくらいなら、魔法を使うな」
「はい……」
もう何も言えなかった。何をするのかと聞くことも、無意味な気がした。男の人は少し呆れたような顔をしてから、再び、その手に炎を宿した。
「おまえは知らないようだから教えてやる。あの魔物はおまえの風の魔法が作り出したものだ。その風の魔法を使い続ける限り、あいつはおまえの元に現れる」
そんなの知らない――聞いたこともない。あたしの魔法が魔物に……?
「なにそれ……どういうこと……?」
「そのままの意味だ。あの結界がおまえの魔法を魔物にしている。おまえだけではない。人間たちの使う魔法を幾らでも魔物に変えている。その中でもあの黒い魔物は厄介だ。だからオレは討伐を依頼された。あんなものを野放しにしておいたら、この国の奴らは、結界の外に出た奴から死んでいくぞ」
「そんな嘘みたいな話……信じられない。助けてくれたことは感謝するけど……」
「信じる、信じないはおまえの勝手だ。自分の魔法に、自分の魔法で攻撃しても意味がない。魔法が効かなかったということは、そういうことだ」
そう言うと、その人はあたしの足元に魔法を放った。紅い炎の熱に怯むけれど、あたしは動かなかった。この人の言う通り、あの魔物にあたしの魔法が効かなかったことは事実だ。そしてそれが何よりの証拠だとすれば……嘘じゃない、たぶん。でも、なぜ結界が魔物を……?
いや、それよりも――。
「それが本当なら……あたしを消さないとあの魔物が増え続けるってことよね?」
男の人はにやりと笑って、あたしに手掌を向けた。
「……そうだ。察しが良いな……だから邪魔だと言ったんだ」
そんな話……俄かには信じ難い。けれど、この人の言っていることが本当なら、あたしは消えるべきかもしれない。あたしの魔法が、誰かを殺してしまう前に……でも!! そもそも結界が魔物を造り出すなんて、矛盾も甚だしい。やっぱり、そんな話は信じられない!
「"結界"は人々を守るためにあるのに、それが魔物を造ってるなんて……そんなの矛盾してる! おかしいじゃない!!」
「そんなことをオレが知るか! 魔物を造り出しておきながら結界の中に逃げたのは、おまえたち人間だろう!?」
「あなた……やっぱり人間じゃないの? それじゃ、いったい……!」
疑問と共に、沸々と不安感が込みあげてくる。門を出るときに見た星族の姿が脳裏を過ぎる。結界のことも、星族のことも、目の前であたしに向けて魔法を使うこの人のことも、あたしは何も知らない――。
その眼が紅く光ると、あたしは紅い炎に包まれた。
「きゃぁっ!!」
手に持っていた魔法の杖が火に溶けるように消えていく。紅い炎に包まれて、体の中から溶けだすような感覚がした。なんとか、声を絞りだす。
「お願い……教えてっ……あなたは……?」
炎の勢いに耐えきれず、目蓋を閉じた。
「オレの名はルフ。火の精霊に仕える魔族だ。リューナ、と言ったな? 素直にオレの魔力を受け取れ……!」
……精霊……魔族……?
初めて聞く存在……あたしは何も知らなかったんだ。いや、あたしだけじゃない。きっと、結界に守られて生きている人々は誰も何も知らずに、当たり前に魔法を使っている。知らない何かを、危険に晒しながら――。
ルーセス……アイキ……あたしの、たった二人の大切な友人。
ルーセスとアイキにだけは、旅立つことを伝えれば良かった。あたしが知らないことを、ここで消えるあたしに変わって知って……。
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