婚約破棄された令嬢が、『家族屋』で自分の゙幸ぜを見つけていく物語

すず

絶望の婚約破棄


 ──寒い。
 マリス・ラーレット・リンガーベア改め、マリスはそう考えて、それも当然か、と白い息を漏らした。
 
 一刻前までは確かに、王宮で開催された王立マリセリア学園の卒業を祝うパーティーに『マリス・ラーレット・リンガーベア』として参加していた。
 
 しかし、悲劇はここで起きた。
 
 婚約者である第一王子リセリオ・ラセル・ルーベルトが愛らしい、だがマリスの知らぬ女性を侍らせ婚約を一方的に破棄してきたのだ。
 
 あまりにも突然──いや、正確には予兆はあった。
 晩餐会などに招待されたときも迎えは寄越されず、パーティーではエスコートを辞退、そして更に、マリスではない別の女性に心を奪われているという噂まで。
 
 もちろん、最初は信じてなどいなかった。
 ただ、社交界ならばともかく学園で火のないところに煙が立つことは少ない。増してや彼は王族、大多数の人が目撃していなければ女性関係で噂などありえないのだ。
 
 一応気をつけてもらうよう注意はしたが聞き入れてもらえたかは定かではない。
 
 別に側室をつくるくらい構わないが、王族の品位が損なわれては困るのだ。
 病に伏せり、徐々に衰弱していく現国王陛下や王妃陛下からも面倒を見るよう頼まれた。
 だからいくら邪険にされても構わなかった。きっと、きっと頑張れば目を覚ましてくれると信じていたから。
 
 しかし、その結果がこれだ。
 
 殿下──もう名すら呼ぶことを許されなくなった──の愛する人を虐げ殺そうとした、そしてそれが失敗し、今度は王子殺害を計画していた罪に問われた。
 私が昔から信用していたメイドがそう証言したらしい。
 
 免罪だ、反論をしようとすればできた。
 しかし、するのとそれが受け入れられるかは別だ。
 
 会場の空気は──明らかに王子側だった。
 王子の傍にいた明るい茶髪の女性──王子曰く男爵令嬢でレイアという──は、ぷるぷると小動物のように震えていた。
 それは男性の庇護欲を誘い、目に涙を溜める仕草は女性の同情心を誘った。
 
 レイアの計らいで死刑は免れたが、実家であるリンガーベア公爵家からは勘当され、着の身着のままで真冬の外に放り出された。
 
 ──酷いとさえ思わなかった。
 何もかもあっという間の出来事で、未だにこれが現実であることも受け止めきれない。
 
 夢であることを願うも、手は悴み、唇は真っ青に震え、感じたこともない硬い地の感覚が夢ではないと伝える。
 このままでは、凍死か餓死が関の山だろう。
 
 「私は……どこで、間違ったんだろ……」
 
 いくら考えても、その答えは出ない。
 全て、正しかったはずだ。あの少女を虐げてなどいないし、王子殺害も画策していない。女性関連で殿下を咎めたことも、政略結婚に頷いたことも。
 自分の気持ちを押し留めてまで他人に尽くしたのに、何故こうなった?
 自分は、何か罪を犯しただろうか? ここまで強く存在を否定されなければならない罪を──
 
 
 「……あ、やっと見つけた」
 
 近くで、男性の声がした。
 しかし、自分には関係ないとマリスは反応しない。
 公爵令嬢ではないマリスを訪ねてくる者などいないのだ。だからこの男性が用があるのは自分ではなく──
 
 「おい、聞いてるか?」
 
 ──どうやら、自分に用があったらしい。
 知り合いがこの状況を嘲笑いにでも来たのか……マリスは少し迷い、顔を上げた。
 
 「……誰、ですか?」
 
 桃色の髪を揺らし、湖面のような瞳でその男を見つめる。
 見たことあるような気はするが、名前と結びつかない。
 
 「ルドって呼ばれてる」
 
 ルド、ルド……聞いたことは、ある。しかしやはり知らない。
 
 25歳前後の男で、アルビノなのか髪は白く肌の色素も薄い。しかし対照的に瞳は紅く、まるで血のようだ。
 口角は二っと上がっているが、何故か怖くはなかった。
 
 「……貴族でもない私に何の用ですか」
 
 用がないなら早く帰れと目で伝えるが、気づかぬふりをして男は口を開いた。
 
 「お前、うちで働かねぇか?」
 「……?」
 
 ……どうやら、寒さに耳がやられたらしい。幻聴が聞こえた。
 そもそも、相手が誰かもわからない。もしかしたら向こうはわかっているのかもしれないが、目的が掴めない。
 
 「何故……?」
 「うちの店の利益の為」

 躊躇せず、彼はそう答えた。
 若い女で利益を生む、それは、いかがわしいものなのではないだろうか。
 
 だが、もうどうでも良かった。今殺されそうになったとて、マリスは抵抗しないだろう。
    今死ぬかあとで死ぬか、それ以外何も変わらない。

    もう嫌と意思表示するのも億劫で、マリスは素直に頷いた。

    「そうか、じゃあ早速行くぞ」

    ……いくらなんでも早すぎではないだろうかと思うも、゙そっちの世界゙の知識はない。そういうものか、とマリスは納得した。

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