冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

神獣ムシュルオプス

「に、人間だ!」

「どうしよう、どうしよう」

 小さな声であったがフェアリー達がひどく困惑している様子が窺えた。カインは、彼らが攻撃的でないことを悟った。何か仕掛けるために取り囲んだのではない。不意に、不用意に飛び出してしまったのだろう。カインはすぐさまその場に座り込み、武器を置いた。意外なその行動に、その場にいた冒険者らは訝し気にカインを見下ろす。

「驚かせちまって悪かった。俺はカイン・リヴァー。冒険者をやってる人間だ」

 フェアリー達もカインを見つめる。その場に座したカインの目線はフェアリー達と同じ高さであった。それ故か、フェアリーからは最初ほどの緊張は感じられなくなった。しかしまだ警戒は解いてはいないようである。フェアリーの中でも強気に見える女が前へ出てきた。

「わたしはミュウファ。人間、お前達は何をしに来た。ここに人間が来るなんて、何十年とない」

「ミュウファ、俺達はこの島に隠されたお宝とやらを探しに来たんだが、船が壊されてみんな帰れなくなっちまったんだ」

「そうか……。それはかわいそうだ」

 他のフェアリー達もしょんぼりしたように口々にかわいそうだ、つらかったなと同情した。まともに会話ができている様子を見て、カインがアベルへ視線を飛ばした。アベルはそれを受け取ると、身振り手振りで冒険者らをその場に座らせた。

「お前達フェアリーもずっとここに住んでるのか?」

「何代前かはわからない。気づけばこの島に暮らしてた」

「なあ教えてくれないか。この島にお宝と呼べるものはあるのか? わかりやすく金銀財宝だとか」

「この島に何代と暮らしてきたけど、見たことはない」

 ミュウファは真剣に考えながら答えている。その様子からカインは嘘偽りがなさそうだと信用することにした。その時、カインの中で一つの可能性が頭を過った。だがそれは残酷な可能性であったが故に、カインは喉奥にそれを留めた。フェアリー達がお宝を知らないだけ、その可能性も捨て去れない。

「もう一つだけ教えてくれ。この島の周りにいるあのイカはなんなんだ。撃退する方法はあるのか?」

「……そっか、あれにやられたんだ」

 ミュウファは神妙な表情でカインを見つめ返す。

「あれはムシュルオプス」

「ム、ム、ムシュリュ……なんだって?」

「ムシュル! オプス!」とミュウファは顔を真っ赤にしながら喚いた。カインが「わりいわりい」と頭を下げる。

「そもそも、普通の獣と、魔獣……モンスターの違い知ってる?」

「獣や魚なんかの中でも魔力が強い個体を総称して魔獣、いわゆるモンスターと呼ぶ。理性がある生き物は、無意識に魔力を自然放出して抑制してるからモンスターにならないって話だ。まあ魔導術師が放出の仕方を間違えて暴発することもあるが……」

 そう、とミュウファは話を続けた。

「この近海はかつて海龍神様が住処とされていた場所。そこにわずかに残った神の御力によって異常成長した獣が稀に出てくる。元々この辺りの海で獲れるただのイカ、それが影響を受けた姿があのムシュルオプス。魔力で獣が魔獣となるなら、ムシュルオプスは神獣と呼べるかもしれない」

「海龍神に神獣……突拍子もない話だな」

 まだまだ聞きたいことがあった。カインが再び口を開こうとした瞬間、遠くで小さな声が聞こえてくる。それと共に、何か弦を弾いたような音が同時に耳に入った。

「助けて、助けて!」

「大人しくしてりゃ怪我させねえって」

 カインが声のする方向へ顔を向けると、そこには、一人のフェアリーを弓を携えながら追いかけ回す冒険者の姿があった。カインらと共に行動していた者でも、クリス一派の者でもなさそうである。
 距離こそ五十メートルほど離れていたが、状況を理解するには十分であった。ミュウファは混乱しきった様子でその冒険者とカインらを交互に見比べた。

「おいテメエ何してやがる! やめろ!」とカインは立ち上がり、弓の冒険者を怒鳴りつけた。アベルらも即座に立ち上がり、それぞれ武器に手をかける。

「ああ? お前ら知らねえのか? そこのフェアリーに聞いたんだ、この島にお宝なんてもんはねえ」

「そんなの知ってらぁ!」

「ただし、一つを除いてな────ほらお前らの目の前にもいっぱい飛んでるだろ」

 カインは咄嗟にミュウファに視線を向けると、ミュウファは怯えた様子でカインからじりじりと距離を取った。カインは奥歯をギリと噛み締める。

 フェアリーはその希少さ故に一部の闇商人の間で破格の値段で取引されることがあると聞いたことがあった。カインはかつて傭兵稼業をしていた頃、闇商人の護衛を請け負った際に、酷い扱いを受けているフェアリーを見たことがあった。鳥籠に捕らわれ、目も当てられないほど劣悪な環境下で生活したそのフェアリーの、その全てを諦めきったような表情はいまだ脳裏に焼き付いている。
 きっとお宝とは、フェアリーなのだろうと想像するに難くなかった。

 カインは泉の傍にあった石ころを固く握りしめ、腕を振りかぶり、全力で投擲した。
 地面の花々と土煙が舞い上がり、鋭い風切り音と共に弓の冒険者の真横を通り過ぎていく。弓の冒険者が冷や汗を垂らしてから、やがてこちらを睨みつけてから素早く矢を放ってきた。恐らく熟練の弓使いなのだろう。遠距離からの狙撃にも関わらず、その矢は正確無比にカインの眉間に向かった。
 だがカインはそれをいとも容易く捉え、手で掴んで見せた。眼前で止まった矢じりを見つめてから、カインは不敵な笑みを浮かべながらその矢をへし折った。弓の冒険者はすっかり腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

「拘束します。フェアリーといえど人身売買は許せません」

 テリアが土魔導術を使用したらしく、硬直していた冒険者の手足が隆起した土に絡めとられ固定された。一方、追いかけられていたフェアリーは、他のフェアリー達と抱き合って無事を祝福し合っていた。

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