冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

紅焔の由来

「今度は助けられてしまったね、カイン・リヴァー」

 クリスはしゃがんで手袋についた血を砂で洗い始めた。

「やっぱり聞いとくべきだったな。俺の村のことと言い、その戦い方と言い────お前誰だ」

「僕は、クリス・エヴァランス。一介の冒険者に過ぎないよ」

 クリスは立ち上がって、洗い立ての手を差し出した。「よろしく」と一言加えてきたが、カインはそれを睨み上げながら握った。軽く力を入れた程度だが、それでも常人ならば悲鳴を上げて手を放しているはずであった。が、クリスは違った。

「はは、痛いな。さすがは、主食が”怪力の果実”だっただけはあるね」

 そう言うとクリスもカインの手を握り返した。それはカインにも引けを取らぬほどの力であった。それどころか、人間相手だからか加減をしているようにさえ見えた。加えて、何か痺れのようなものを感じ、カインは驚きのあまり手を引っ込めた。

「まさか、お前も怪力の果実を……!」

 クリスは首を横に振り、自らの手を開閉しながら見つめる。緊迫感が走る状況であっても、クリスの笑みが崩れることはない。

「知っての通り、怪力の果実はもうこの世にはないよ。僕はまた別の方法でこの手足を動かしている」

「なんだと」

「一つ教えよう、カイン・リヴァー。君を知っていたのは、僕の師匠が君を知っていたからだ。それ以上は、また今度にしようか」

 その瞬間、カインの足が宙へ浮いた。正確には、背後に立つストガがカインの頭を掴み上げていたのである。

「俺に砂をかけやがって! 目に入ったじゃねえか!」

「あぁ? 知ったこっちゃねえよ、避けろよ!」

「てめ……! ちっ、まあいい。んで、モンスター退治は終わったんだな?」

 カインはストガの腕を振りほどくと「とっくにな!」と胸を張った。ストガはそれには目もくれず、カインの奥に立つクリスに視線を移していた。

「”紅焔のクリス”……噂は聞いてるぜ。北方の雪国ティルカノーツ、その首都ティルカシカ城をたった一人で落としたんだってな」

「否定はしないけれど、昔の話だよ。それに大した城でもなかった」

「……ニヤついてんじゃねえよ、昔話と言えど人を殺した話をしてんだぜ。不気味な野郎だ」

「この顔は癖みたいなものでね。気分を害したなら悪かった」とクリスは眉をハの字にしながら、頭を下げた。そんな頃には、クリス一派とアベルらが集まってきており、みるみるうちに真っ二つに対峙していた。
 同じ冒険者と言えど誰彼構わず協力するというわけではない。特にクリス一派は仲間意識が強く、そのために部外者に対する当たりが強いことでも有名であった。故に、クリス一派を煙たがっている冒険者も多い。その評判から自然と対立する形となっていた。そんな中、カインが口を開いた。

「クリス、こんな無人島に漂着しちまった者達同士、ここは協力でもしねえか。報酬は山分けになっちまうが、生きて帰ることが最優先だろ」

「僕は良いと思うんだけれど、ライリスはどう思う」とクリスは、ライリスと呼ばれた青鎧に身を包む長身の生真面目そうな男に投げかけた。

「クリスさん、部外者を入れては混乱を招き、結束を乱す可能性があるかと。ここは我々だけで乗り越えられます」

 クリスが傍にいた側近らしき長髪の女と初老の男に視線を向けると、二人とも頷いて見せた。

「せっかくのお誘いだけれど、僕たちは僕たちで行かせてもらうよ。それではね」

 クリスはにこやかに一礼すると一派を率いて再び森へと入っていった。カインらはそれを見送ると、姿が見えなくなるなり、妙な緊張感から解放され、皆一斉にため息をついた。

「ストガ、さっきの城一つ落としたって……あいつがか?」

「有名な話だが知らねえのか? あいつの故郷でもあるティルカノーツ、その首都の王城に火を放った挙句、軍関係者と王族関係者全員を血祭りに上げたって話だ。その血塗れの姿と炎の中から現れる姿から、紅焔なんて二つ名がついたんだ」

 カインは改めて、クリスが入っていった森を凝視した。その素性が改めて気になったが、今更追いかけたところで取り巻きに追い払われるのが関の山。カインは諦め、クリスの言う通りまた今度にすることとした。

「ねえもう寝ましょうよ。さすがに眠いわ」とローゼが突然割って入ってきた。

「そうですね。カイン、今日はこの辺りで夜営しましょう。皆さん交代で見張りをしたいのですが、よろしいですか」

 アベルの提案を否定する者はいなかった。カインは落としたドラードを拾いに行った。砂浜に刺さる魔斧は、ヘルズとの戦い以降怪しげに光ることはなくなった。カインはそれを軽々拾い上げると、脈動することのないそれを暫し眺め、それから空を飾る星々を見上げた。

 カインはストガと共に怪力で木々をなぎ倒し、それらを組んで囲い柵替わりにした。そこで焚き火を起こし直し、見張り番兼火の番をつけた。
 先程のカインが薙ぎ倒していった狼は、通称ハイウルフと呼ばれる狼種の中では中堅モンスターである。その肉を器用にもアベルが捌いて焼いた。
 カインはそれを美味そうに頬張った。モンスターや狼の食文化がない者は、カインの姿を見て顔を引きつらせている。

「晩飯はしっかり食わないと力が出ねぇぞ。ほらローゼも食ったらどうだ」

「う、遠慮しとくわ……」

「ほーん、うめぇのに。まあいいか」

 先程の騒ぎが嘘のように静寂に包まれていた。会話も少なく、眠りに入る者も出てくる。カインとアベルも周囲に倣い、自分の見張り番になるまで眠りについた。

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