冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

情報屋

 カインは手短にホープへ別れを告げると、すぐに街へと繰り出した。

 グラントの冒険者ギルドは、クエスト依頼者と受注者の往来が多く、その近辺ではクエストに関するやり取りも多い。そこからほど近い裏路地に彼女は立っていた。カインが近づいていくと、手をひらひらと振ってきた。

「イルベス、景気はどうだ」

「あれ~、カインさん。わたくしの情報、ご入用になられたのでぇ?」

 独特の話し方と相手からは瞳が見えないほどに分厚い丸眼鏡に、跳ねの酷い頭髪、黒いフードを身に纏う怪しげな女────イルベス・トーヴィーはカインが信頼を置く情報屋であった。情報収集に長けており、身近なグラント内のことから伝承にまつわることにまで精通している。

「イーファ平原の向こうにある、地下迷宮。その情報が欲しい」

「かしこまりましたぁ」

 イルベスは「でへへ」と不気味に笑うと、手を差し出してきた。カインが数枚の金貨を差し出すと、そそくさと服の中にしまいこみ、カインを手招きした。情報を受け渡す際は、裏路地から入ることのできる部屋に移動する。情報漏洩と安全保持が目的なのだとイルベスは言う。
 部屋の中は存外に整頓されており、掃除も行き渡っているように見える。だが生活感はなく、一切の食料や衣服などは見受けられなかった。

「それでは情報をお渡ししますねぇ」

「ああ」

「迷宮は深入りしてしまったが最後、永遠に出られなくなるとされています。過去に何人もの冒険者が挑んできましたが、帰ってきたのはすぐに諦めた者たちだけ。そんな話から"無限迷宮"と呼ばれることもあります。迷宮の最奥には塔が立っているらしく、それを目印にして皆進んでいくようです」

「無限迷宮、か」

「ここまでの話はごく一部の冒険者しか知りません。ほとんどの者はただの地下迷宮だと思っているでしょう。なにせ、情報を持ち帰ってくれる冒険者が少ないもので。へへ」

「イルベスは、この迷宮をどう思う。意見を聞かせてくれ」

「わたくしの意見? そんな情報に価値はあるんですか」

「前から思ってたが、手練れの冒険者だったろ。体つきと雰囲気で何となくわかる。そんな人間の意見が聞きたいだけだよ」

「ええ~! そんなことないですよぉ。ただの情報屋ですからね~。……まあいいです、わたくしの考えでは、迷宮自体に帰ることができない、または帰りたくなくなる仕掛けがあるのではと思います。モンスターなのか、はたまた罠なのか、見当もつきませんけれど。でも、ひとつ気になる伝承があるんです」

「伝承?」

「あの迷宮、闘争の神ハキロが作ったらしいです。昔の童歌わらべうたでそう歌われているんですが、まあいずれにしろ、ただの迷宮ではなさそうですね。はい! ここまで~」

 イルベスは「ぶぶぶー」と言いながら手のひらを突き出した。カインは呆れながら部屋を出て行こうとしたとき、一瞬殺気を感じたかと思えば、気付かないうちに背後にイルベスが立っていた。

「今後、わたくしが冒険者だったなどと触れ回らないで下さいね。くれぐれも」

「……だって違うんだろ?」

「もちろんですとも〜」

 イルベスはニタリと笑って見せた。カインはため息をつきながら自らの家へと帰ることにした。

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