侵略のベルゼブブ

わいゑえす

覚醒


 シシカバは、アルフレッドと豪傑の騎士バーグの一騎打ちを観て、一方的な虐殺を観て恐怖の色を隠せなかった。
 鼓動が激しく脈打ち、汗が吹き出しては頰を伝う。体は震えて思い通りには動かない。
 自信はあった。アルフレッドと闘えば勝利を収める自信は。だけどもし、敗北すれば自分もバーグのように嬲り殺しにされると考えると恐怖が拭えない。

「さぁ、出てきなよ!シシカバ君。いや斎藤 サトシ君かな?」

 アルフレッドが対決を急かす。それがシシカバを焦燥の渦へと導く。今にも吐き気がしそうだ。


 アルフレッドはシシカバがなかなか出て来ないのを見兼ねて周囲の兵士達に問い掛ける。

「兵士諸君。君たちの英雄は戦意を喪失したようだ。そこで僕は標的を君たち兵士諸君に変えようと思う。一人一人を簡単には死ねない致命傷にすることを約束しよう!」

 そしてアルフレッドはまた、恐ろしく嫌な笑みを浮かべた。

 兵士達は自分がかわいかった。あんな酷い死に方したくないと心から思った。だから、シシカバがなかなか出て行かない事に焦燥から次々に声を出す。

「い・・・行ってくれ!シシカバ!!」

「あいつはお前を指名してんだぞ!!」

「行けっ!行けっ!行けっ!」

 シシカバは兵士達の変わりように苛立ちを覚えた。先程までは英雄すげぇ!と言っていたのに今となっては死ねと言っている。死ねと騒いでいる。

ークソが。お前ら兵士なんかこれから始まるおれの英雄譚の見届け人ですら無い分際で。

「ははっ!この世界の兵士達は面白いなぁ。さっきからコロコロ言っている事が変わる。シシカバ君も兵士達に何か言ってみたらどうだい?何かが変わると思うよ。」

「黙れっ!!!!!」

 シシカバは怒鳴った。糸が切れたかのように怒鳴った。
 すると周囲はきれいに静まりかえった。もはや呼吸の音すら聞こえない。

「おい!そこの兵士!お前、さっき一番騒いでいたな?だったらお前から行けよ!」

 シシカバは理不尽に兵士をアルフレッドへ差し向けようとする。とても未来の英雄とは思えないほどに理不尽だ。


「・・・わかった。行こう!」

 ところが兵士は承諾したのだ。あれ程恐れていたはずなのに今ではもう覚悟を決めた表情に変わっている。

ーあぁ。なるほどね。僕の憶測に違和感があったのはこれかぁ。

 アルフレッドは何かを納得した。そして背後で見守る調査隊員、ヤマトとミレーナにある訂正を求めさせる。

「君たちの調査、失敗してるじゃないか。彼の能力は超ステータスじゃないよ。」

「えっ?」

「どういうことですか?」

 アルフレッドは優しい笑顔で話す。バーグを殺した時の嫌な笑みでなく、生徒に教える教師のように優しい笑顔で。

「あれは 超都合ハイ・コンビニエンス だよ。早い話、彼の言葉は現実になる。この世界内の全ての人が彼の言葉に振り回されるんだ。しかも彼の言葉は自身のステータスにも影響が出るね。仮に、彼が僕より強いと言えば彼は僕より強くなるだろう。彼の知る限りの僕よりはね。」

 続けてアルフレッドは話す。

「現に君たちも振り回されているじゃないか。ヤマト君もミレーナも一体いつから本物の兄妹になってしまったんだい?二人は今日初めて知り合ったはずなのにね。お互いにもう他人とは思っていないんだろう?」

「・・・まさかわたしが影響を受けてしまうとは・・・面目ないです。」

「チートってすごいな。まさか生い立ちから干渉できるなんて。でも、俺はミレーナちゃんの兄貴の方がしっくりくるんだよなぁ。」

「そうですね。今から他人の振る舞いをする方が難しいかも。」

「ははっ!そこは好きにするがいいよ。やっぱり君たちはウマが合うね。僕の憶測通りだったわけだ。」

 ヤマトとミレーナはそこでようやく気づいた。いつの間にお互いを兄妹と認識していたのだろうか。だが、今となっては他人とは思いたくはないようだ。アルフレッドもまた、特に異論を唱える気もなかった。




「お、おいっ!俺が相手だ!いつまで喋っていやがる!」

「ん?あぁ兵士君か。シシカバに生贄にされてしまった兵士君ね。君も可哀想だね。彼に振り回されてさ。」


 アルフレッドはシシカバに振り回された兵士に同情した。兵士は元から闘う意思など全く無かったというのにシシカバが、行けと言った為に彼は都合よく かませ役 を全うしなければならない。そこに同情した。


「君は可哀想だから楽に殺してあげようじゃないか。」

「何・・・・・・・を!?」

 アルフレッドは瞬きする間もなく兵士の頭と体を分けた。鋭利なナイフで切ったのだろうか。一体、どう速く切ったのかは常人では捉えることは不可能だろう。
 兵士は何が起きたか理解できないまま、頭の下部分からおびただしい量の血が流れているという認識をして果てた。


 そしてアルフレッドは兵士の頭を持ちながらシシカバの方へゆっくり歩いていく。また嫌な笑みを浮かべながら。

「さぁ転生者、さっさと僕より強いって言わないと。さぁさぁ!」


 シシカバには、もはや後が無かった。この場を切り抜ける為にはもう、闘う以外道は無かったのだ。
 シシカバは震え声で唱える。



「おれは奴より強い おれは奴より強い おれは奴より強い おれは奴より強い おれは奴より・・・・・・・・・強い!!」


ーそうか!!

 シシカバはそこでようやく自分の能力チートの使い方を全て把握した。まるで窮地で覚醒する主人公のように覚醒した。

「うぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 シシカバは雄叫びを上げる。空気すら震えるほどに強い力を全身に纏った。
 そして迫り来るアルフレッドに自信に満ちた表情で語りかける。


「無駄だ。アンタはおれに勝てない。」

「そうなのかい?いやぁ、それは戦々恐々・・・だなっ!!」

 アルフレッドは手に持っていた兵士の頭を強くなげつけた。スピードは弾丸を超えるスピードだ。体の中心に命中すれば間違いなく風穴を開けるだろう。

「・・・無駄だ。」

 シシカバはそれを右手首の運動だけで弾いてみせる。
 その瞬間に、アルフレッドは目に止まらないスピードでシシカバに接近してナイフで切りかかる。

 「遅いっ!」

 シシカバは体を捻らせ左足で蹴りあげた。

 「くっ!?」

 アルフレッドの顔面にシシカバの蹴りが命中した。その衝撃でアルフレッドは右方向へ飛ばされるが、すぐさま受け身の態勢をとり地面を掴み衝撃を緩和させる。

 「では、これはどうだい!?」

 アルフレッドは フッ と土煙をあげ消えた。縮地だ。

「おれの雷は奴を捕える。 超雷撃魔法!」

 雷撃魔法はシシカバを中心に円を描くように広範囲に広がった。

 バチっとした音と共にアルフレッドが姿を現わす。動きは止められ、効果は絶大だったようだ。

 「おれの剣技は誰よりも華麗だ。」

 動きを止められたアルフレッドにシシカバは華麗に斬りかかる。動きに無駄の無い、まるで舞っているかのような華麗な剣技を連続で繰り出した。

 アルフレッドは持っているナイフで防戦するので精一杯だ。右、下、右、左とシシカバが振るう剣が華麗に舞う。
 
 「お前、さっきの一騎打ちは手を抜いていたな?」

「よくわかったね。ちょっとした遊びだったんだよ。」

 アルフレッドとシシカバはナイフと剣を交わらせ顔を近づける。

「いやぁ、君は強いね。僕はもう全力だっていうのに君はまだまだ強くなる。これは闘う相手じゃなかったよ。今は後悔で胸が一杯だ。」

「アンタもなかなか強い方だぜ?まぁ、おれの方が強いのは間違いないが!!」

 シシカバはナイフを剣で押し退け、左手に力を込める。雷を左手に纏い、恐ろしく速い掌底をアルフレッドへ打ち込む

「おれの 必殺技 は奴を殺す雷撃衝撃ライトニングインパクト!!!」

 シシカバの必殺技はアルフレッドの体へ命中した。掌底の衝撃で後方へふき飛ばされかなり遠くの高い建造物の上部に打ちつけられた。

「ぐぁぁぁっ!ががっ!」

 直後に激しい電圧がアルフレッドの全身を襲う。これが直撃すればひとたまりもないだろう。

「・・・。」

 そしてアルフレッドはそのまま動くことはなかった。一点を見つめて口は半開きの状態だ。

 
 「勝った・・・よな?おれ、勝ったんだよな!?」

 シシカバは自分を疑った。自分の手のひらを見た。足を見た。体を見た。顔を触った。傷一つ無かった。

「うぅ・・・うぉぉぉぉぉぉっ!勝った!!勝ったぞぉぉぉぉっ!!!」

 シシカバは兵士達に勝利の喜びを叫ぶ。

「見たかぁ!!これが英雄、今日ここに!英雄シシカバが誕生したんだ!!あの豪傑のバーグですら勝てなかった相手に!おれは傷一つつけないで勝った!勝利した!!勝利!勝利!勝利ぃ!!」

 あまりの嬉しさにシシカバは涙すら流した。心からこの世界に転生できたことに感謝した。自分という存在を初めて愛した。

 「何が侵略だ!!なにも侵略なんかしていないじゃないか!!おい!なんとか言ってみろよ魔族ぅ!?」

 シシカバは絶頂を迎えていた。そして残されたヤマトとミレーナに当て付けのごとく問いかける。

「じゃ、煮るなり焼くなり好きにしろよ。」

「ロリコンきもっ」

「魔族はバーグの仇として同じ痛みを再現してやろう。ミレーナ、お前はおれの奴隷1号だ。」

 シシカバの表情はもはや英雄とは程遠く、醜い表情に変わっている。鏡があれば自分の今の表情を見て落胆しているだろう。それ程に醜い表情だ。

「おらぁっ!兵士供!何をボサっとしてやがる!歓喜の声はどうしたぁ!?ほらっほらぁっ!!」

 シシカバの言葉には従わざるを得ない。兵士達は次々と歓喜の声を上げ



なかった。むしろ兵士達はある方向に注目している。唖然と注目している。

「あぁん?お前ら一体何みてやが・・・るん・・・だ?」

「・・・・・・嘘だろ?」

 兵士達の注目先を見るとそこには先程倒したはずの男が足を組みながら座っていた。まるで見世物を鑑賞しているようにこちら側を眺めていたのだ。

「あれ?どうしたんだいシシカバ君。僕は君の喜ぶ顔を見たいんだ。ほら、笑って笑って!」

「あ、ありえない!お前は確かにおれの必殺技を食らったはずだ!必殺だぞ!?かならずころすと書いて必殺だぞ!?どうして生きているんだ!!」

「それはね。」

「っ!!!!!??」

 アルフレッドはいつのまにかシシカバの背後に立っていた。先程まで200Mは離れていただろう距離からほんの一瞬でシシカバの背後を取った。


「君が弱いからじゃないかな。」



 
 



 




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