侵略のベルゼブブ

わいゑえす

侵略開始! 転生者


 王都アンタレスに転生した男、シシカバは王都で開催される徴兵制度へ参加する筈が、大いに遅刻をかました。現在は他参加者達の注目の中、王城を背後に立つ騒然たるメンツに激しい叱責を受けていたのだった。
「初日から遅刻だなんて!」

「どう性根を叩き直してやろうか!」

「この者を一度牢獄へ閉じ込めよう」

「徴兵制度の大事さをわかっていないんですわ!」

 それはもう言われたい放題だった。また、参加者達も不満を募らせ、ヒソヒソとシシカバを批判している。

 シシカバはただ正面を見つめていただけで、とても反省をしている態度では無かった。口を半分開き、今にも眠りそうな目をしている。

「おい!聞いているのか!」

 痺れを切らした一人の騎士が、転生者 シシカバへ掴みかかった。ビンタの一発でも食らわせてやろうと右手を振りかざす。

「あぁ、おれ、あんたより強いから手は出さない方がいい。」

 そう言った遅刻してきた男に、辺りは一瞬の沈黙に陥った。そして次第にその発言を嘲笑する声が周囲に広がった。
 掴みかかった騎士も嘲笑って

「貴様のようなひよっ子が私より強い?ハッ!冗談も大概にしろ!」

 シシカバに掴みかかっていた騎士は再度右手を振りかざした瞬間

 ビュンっと騎士の左頬に風が吹いた。

「なっ!?」

 騎士は何が起きたかを理解するのに時間がかかった。何故、目の前の遅刻してきた男の右手が自分の右頰に伸びているのか。彼はまさか威嚇として右手を伸ばしたのか。それにしてもあの手の動き、速すぎないか。騎士はようやく理解し、その場にへたり込んだ。

その光景を目の当たりにしたアンタレス11世は、身を乗り出して

「え、英雄じゃぁ!!」

アンタレス11世は目を見開きおもむろに叫んだ。
 アンタレス11世を囲む重鎮達、徴兵として招集された参加者達から声が聞こえる。

「英雄?」

「先程の騎士殿を見ろ!戦意が喪失している!」

「まさか、本物の?」


 周囲は期待に膨らんだ声が徐々に増えていった。アンタレス11世は遅刻してきた男に歩みより肩を掴んで叫んだ。

「未来の英雄はここにあり!!」

 王の一言に周囲は歓声の渦にさらされた。





一連の流れを遠目に見ていた侵略者、ヤマトとミレーナは歓声の外から冷ややかな感想を述べていた。

「おいおいおい、なんだよあれは?」

「まさに、彼のためのこの世界って感じですね。」

「まさか今の一連の流れってこの世界を管理している 神 が仕組んだのか?」

「基本、転生者や召喚者は 神 から特別な加護を受けています。ですので今の一連の流れはヤマトさん、いやお兄ちゃんの言っていた通りです。」

「主人公補正とでも言うべきか。現実で見ると結構わかりやすいな。」

「元の世界でだいぶ文献を読んでいたようですね。そう、まるで物語の主人公のようにある程度上手くいく、それが神の特別な加護です。」

「じゃぁ俺はヤツを倒せないなぁ。」

 ヤマトの意外な発言にミレーナは驚いた。

「何言ってるんですか?わたし達はあくまで、調査です。さぁ仕掛けますよ!」

「お、おうよ!」

 二人の侵略者は異世界転生者へ駆け寄った。
 これから徴兵参加者は能力適正検査が行われるのだが、その準備がある為現在は各自待機中だった。参加者各々が周りの連中に声をかけたりしている。仕掛けるなら今がチャンスなのだ。
 ヤマトは駆け寄る最中、今回はミレーナがフォローしてくれる。お手並み拝見といこうじゃないか、と気合を入れなおした。


「シシカバお兄ちゃーん!」

 ミレーナの予想外なぶりっ子ボイスにヤマトは頭が真っ白になった。口に何か含んでいたなら間違いなく噴き出してしまっただろう。

「君は昨日助けた少女?」

 転生者がミレーナに気づいた。以前接触した時にお互いの自己紹介は済ませているようだ。しかし、表情はあまり興味が無いような表情をしている。
が、ヤマトは見逃さなかった。


 ー今、瞳孔が開いたな?それに姿勢が少しよくなっている。こいつは間違いなくミレーナちゃんを意識しているな。
 というか意識しない方がどうかしてんぞ転生者!ミレーナちゃんとは今日会ったばかりだけどこの子、良い子だからな?まぁ貴様にはそれが理解できないまま息の根を止めてやるがー
 すかさずヤマトも転生者へ声をかけた。

「やぁ、君が僕の 妹 を悪漢のおじさんから助けてくれた正義の味方か。妹が世話になった。感謝してるよ。」

「は?あんた・・・誰?」

 転生者はヤマトに対し、あからさまな態度をとった。妹と言っていたのを聞いていなかったのかは定かではないのだが。

「あぁ。自己紹介が遅れたな。俺はそこにいるミレーナちゃんの兄貴だ。よろしくな。」

「あ、あぁそう。」

 転生者は社交的なタイプでは無さそうだ。ヤマトに対しまったく興味がないと言えるだろう。

 ヤマトは苦笑した表情で思考を張り巡らせた。目の前の異世界転生者から引き出す情報は、2つだ。決して多くはないはずなのだが、あの口ぶりから察するに、ヤマト単体だけでは情報を引き出すのは困難を極めただろう。
 引き出す情報は

 異世界転生者の能力

 異世界転生の背後にいる 神

たったそれだけだ。



 「シシカバお兄ちゃん。シシカバお兄ちゃんはどうしてあんなに強いの?」

 ミレーナが唐突に仕掛けた。唐突は唐突だが、先程の騎士とのやり取りを見た後ならこの質問が自然に出てきても不思議ではないだろう。
 それを聞いたヤマトはミレーナの質問に関心した。ここは先輩に任せよう、そう心の中で決めた。そしてミレーナにアイコンタクトを送り指示を仰ぐことにした。

  一方、ミレーナは先程の質問の答えを待っていた。我ながらなかなか良いタイミングでの質問だったのではないか、と自身を褒めた。

「いや、対して強くないぞ。俺は。」

「へ、へー、そうなのぉ?」

 斜め上の返答が返ってきた。

ーいやいや、あなたさっき偉そうな騎士に対して 俺の方が強い って言ってましたよね?今さら謙遜しますか?王様なんか英雄とか言ってるんですよ?私、こういうタイプ嫌いです!ー

 ミレーナが次の質問を考えていると、何やら視線を感じた。隣に立つ後輩、大和 ヤマト がアイコンタクトをしていたのだ。

ーあの決意のこもった視線は・・・何?ー

 ミレーナは流石にヤマトのアイコンタクトを読み取ることができなかった。早く質問をしなくては目の前の異世界転生者がどこかに行ってしまう可能性がある。ミレーナは一先ず、引き出さなくてはならない情報を隅に置き、別の会話で繋ぐことにした。

 ーちょっと強引ですが、これでいきますー

「シシカバお兄ちゃん。私のお兄ちゃんね、12歳から前の記憶が無いの。」

 ヤマトはミレーナのあまりに突拍子のない発言に困惑せざるおえなかった。確かに簡単な打ち合わせで記憶喪失の兄役という形式をとったが、流石に転生者だってそこまでバカではない、下手をすれば怪しまれる、いくらなんでも無理があるだろうと冷や汗を垂らす。

「記憶・・・喪失?」

 転生者は、ほんの一瞬だがヤマトを見やり、疑惑の目でミレーナへ質問を返した。
 とりあえず会話に食い付いた、そうミレーナは判断し、すかさず疑惑の目から逃れる為の行動を取る。


 転生者の手をミレーナは両手で強く握り、顔を近づけて懇願する表情で口を開いた。

「わたし達を、助けて!」


 突拍子のない発言で相手の注意を引き、思考が理解される前に話題を理にかなった話題にすり替える心理学だ。付け加えて色仕掛けも駆使した。これで相手は話を聞かなくてはいけないという状態に持っていかれる。

  「助けて欲しいって・・どういうことだ?」

 ミレーナは心理学がひとまず成功したと安堵した。





  王都アンタレスに転生したシシカバは、目の前の女の子 ミレーナ から助けて欲しいという言葉に対し、どう耳を貸そうか考えていた。

 たまたま昨日助けた少女は、シシカバにとっては中々の容姿に見えた。また、シシカバは個人的に年下の女の子がタイプであり、この子を俺の英雄譚に侍らす第1号にしようと目論んでいたのだ。
 だがシシカバは転生してからというものの、世間に興味なさそうで実は世話焼きの最強キャラという自己設定を課しており、素直に承諾という行動がとれないでいたのだった。

「助けて・・・くれないのぉ?」

 目の前の女の子が返答を急かした。承諾したい、しかし俺のキャラ設定が、とシシカバは葛藤していた。

 ーこんな可愛い子、次はいつ会えるかわからない。クソ、何かいい手はないか。だめだ、まったくわからない。

 「ヤマトお兄ちゃんからも言ってよぅ」

 目の前の女の子は自身の兄を頼り始めた。あぁそういえば居たなこんな奴、とシシカバは本当に興味が無かった。

「僕の方からも頼むよ。助けてくれ。」

 ミレーナの兄からも頼まれてしまった。というか助けてくれってそれが人様にお願いする態度なのか、とシシカバは苛立った。

 ー妹だけなら助けてやってもいいけど兄は、なんか邪魔だなぁ。

ー閃いた!

「・・・話くらいなら、聞いてやろう。ただし、適性検査が終わってからだ。」

「ほ、本当?やったぁ」

「助かったぜ、シシカバ!」

  ーやはりこの兄、ムカつくなぁ。図々しいんだよ。・・・何、転生してからは全てが順調なんだ。今回もうまくいくさ。適性検査の時、みてろよ?

 シシカバはある計画を練っていた。

 


 








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