魔法使いとSF少女

涼風てくの

第五話「最終決戦」

 ぼんやりとした意識の中に、遠くの方から大地のうなりが近づいてきた。岬ははっとして目を開いた。周りには学園の仲間が形成を整え、敵の襲来を待っているようである。左の方に少し、懐かしい声がした。
「目覚めたかな、ぐっすり寝ていたようだけど」
「よかったぁ~、もう目を覚まさないかと思った」
 何となく聞き覚えのあるセリフだった。
 タオルの上に寝転がっている自分に対して、すぐ右には綴がすわり、左には白衣を風に揺らした空也が剣を構えて立っている。岬は珍しいものでも見たように、ぽかんと口を開けた。
「珍しいですね、監督官が武器を構えているなんて」
 綴がすかさず言った。
「ふふ、これでも学園屈指の剣豪なんだからね、張り切ってるのよ。全く、一度離れたかと思ったらすぐ戻ってくるんだから」
「褒めてるのかおちょくってるのかと思ったけど、どう考えてもおちょくってるよね、それ」
「ま、それはともかく。残りは一仕事終えてからにしましょう。岬ちゃんは休んでいた方がいいかしら」
 岬はやおら起き上がり、
「いえ、まだいけます」
「無理はしなくていいのよ」
「いえ、やります。戦力不足なんですよね」
 綴は明朗に笑い声を上げた。
「わかっちゃった? ご明察よ。相手は五万といるようだけれど、ささっと片付けてやりましょう」
「ま、大体俺がやっちゃうだろうけどね」
 岬は笑みをこぼしながら言った。
「頼もしいです」
「岬ちゃん、おだてなくていいのよ」
「綴は邪魔しない」
 三人は改めて剣という武器を構え直し、ひしめく敵の方へと切りかかっていった。








 その次の日、ようやくのことで岬は学園内の病院施設に運び込まれた。
 戦い自体は三人の一騎当千の防衛の末、何とか敵の勢力を食い止め、学園内への侵入を防ぐことが出来たが、看過できないほどの人的被害を被ったことは否みようがなかった。戦いはその日の内、数時間でけりが付いた。今回はあくまで防衛に成功したものの、三人が死に者狂いで奮戦した結果だ。これからの雲行きはいいものとは言えなかろう。その三人の奮戦というのもすさまじいもので、岬は再び気を失ってしまったのだった。








 霧のようなあいまいな声でだれかが語りかけた。
「もう一人の岬さん?」
 岬はまた、暗闇の中、ぼうっと立っていることに気づいた。何にもない、虚無感を恐ろしく感じた。寂しい空間だ。
「ん、……なに」
「抜け駆けしたでしょ、どっちが残るかっていうので。それじゃあ今度は私の番ね。今まであなただったんだから、これからは私でないと割に合わないよね」
「…………」
 岬の意識はどことなく遠くの方に浮かんでいるような感じがした。
「私が残るって言っても、裏にはちゃんと残ってるよ。だってあなたが抜け駆けしたときにも私は裏で残っていたんだからね。きっと……」
「いや、次も私が行く。あなたはここに居て」
「ちょっと、それじゃ割に合わないでしょ。さっきあんたが抜け駆けしたのにまたあんたがやったら……」
 岬はもう一人の、肩を優しく、撫でるように叩いてから、そっと足を進めた。光の方へと。
「元々私は私だもの。私があの光を目指す資格はある」
「いや、それじゃ……」
 今度は喋らない方の岬がまくし立てていた。
「もしかしたら、あなたも元から私の一部だったのかもしれない。それを確かめるすべはないけど、あなたはいつだって私の中にいるから、結局は私と一つなのよ」
「だめ! それじゃ納得できない」
 岬は立ち止まった。そこへもう一人の岬が駆けてやってきた。そして横あいから何やら言う。
「だいだい私は一度も歩いたり喋ったりしたことないんだから、さんざんやってきたあんたが譲るのが道理ってもんでしょ」
 岬は必死に訴える自分を横目で見つめた。らしくも無く取り乱した様子で、スカートを揺らしながら訴えている。自分を客観的に見ているせいだろうか、なんだかひどく滑稽なものを見ている心地がした。
「消えるのが怖いなら、私が取り込んであげるけど」
「何上から言ってんのよ! だいたい死んだらあんたは死ぬのがこの世のルールでしょ! それを捻じ曲げて死なないなんて! 神様がそんなずる許すと思ってるの? 死んだらこの私になるのが当たり前なの!」
 岬はけらけら笑った。今までの自分らしくはない。
「話出来て良かった。これでまた前に進めたから」
 もう一人の岬は半狂乱の形相ぎょうそうだった。
「もおお、こうなったら力ずくでも止める」
 岬はそれを尻目に再び歩き始めた。きらびやかな光を暗闇の中へと伸ばす光の源の方へ。
 もう一人の岬は、岬の左手に必死に掴みかかった。力は強いけれどずいぶんと華奢な手だ。岬は手を握り、もう一人の半狂乱の顔、それも自分の顔を見つめながら、
「私はもっと前に進む。この光を伸ばす埋め込みインプラントを作った学園の方へ。監督官や綴さんの方へ。それじゃあ、またね」




 そうしてもう一人の岬の手を振りほどいた。もう一人の岬は茫然自失といった感じで立ちつくしそうになった。だが、手はすかさず掴みなおした。決して離さぬように。
「そうだ、このまま二人でここに居ればいいんだわ。そしたら寂しくない」
 目に溜めた涙を潤ませて嘆いていた。振り向きもせずに、岬は前を向いたまま進んでいく。
「ちょっと、あんまり私を子供みたいにしないでよ」
 ブラウスの袖を掴んでいたもう一人を、今度は岬が握り返し、力任せに引っ張った。もう一人の岬はつんのめるように倒れかかった。それを岬は抱き留めて、
「寂しいなら一緒に」
「別に寂しいんじゃないって。ていうか子供みたいに……」
 それから、岬は口をふさぐように、二人の唇を重ね合わせた。もう一人の岬はひどくまごついた。それから光は辺りを、眩くも包んでいく。








 岬が目を覚ましたのは運び込まれてから数時間後、翌くる朝だった。東の窓からは朝日が差し込んでいた。到着したのを聞くや否や、空也は病室に飛び込み、目の覚めるまでそばに付き添い続けていた。敵の攻撃によって大きな打撃を受けると、魔法使いに取り込まれてしまうのだ。一度敵として存在してしまえば、再び普通の人間に戻ることは無い。もしこのまま岬が目を覚まさなければと、彼も気が気でなかったろう。




 岬は音も無く静かに目を開いた。空也は喜びにかられるような思いだったが、それとは裏腹に平静な風に言葉をかけた。
「目、醒めたかな」
 返答はなかった。それを見届けると、思わず空也は嘆息をした。
「いつ起きるかとドキドキしていたんだけど、普通に起きてくれて安心したよ」




 岬は寝転がったまま、少し赤らめた顔を空也の方へ向けた。
 空也はおっかなびっくり尋ねた。
「普通に起きてるよね?」
 岬はそっと頷いた。長い髪が少し寝乱れていた。
「救援に飛びだす前に魔法科部長の方に行ってみたんだけど、やはりというか何というか、取り合って貰えなかったんだけど、なるほど、これもその一つかもしれないね」
「……何がですか」
 今一つピンと来ずに尋ねたが、
「いいや、なんでも。君には難しいかもね」
 空也はこらえ切れぬ笑いを漏らして言った。
「子供みたいに言わないで下さいよ」
「まあぁ、それなりに子供だよ。そうだ、いくつか言いたい事があったんだけどね……、そう、CDが届きました~! それと、ついでといっちゃあなんだけど、ヘッドホンもプレゼントするよ。まあ、勤労の気持ちを込めてね。お疲れさん」
 さっと体を起こした岬は、それを輝いた目とともに受け取った。しばらくうずうずしながら、窓からの日に照らされた笑顔で喜びを噛みしめていたが、ふと空也が、
「あと、一つ佐々木君に怒られたことがあってね、それというのも、監督官の免職だって。ちょっと大事おおごとになってきてるんだけどね」
 という空也は半ばやけくそなのか、楽しそうに言い放った。
「ええ、それじゃあどこかに」
 岬は長髪を揺らした。
「出て行くことになるだろうね~。いやあ、大変大変」
「それなら、私は空也さんについて行きますよ」
「へええ? そりゃあ困るなあ。夏島ちゃんは大事な研究対象なのに」




 岬は嬉々として言葉を弾ませた。
「空也さんと前に進んでいきたいと思うんです」
 岬の一点の曇りもない笑顔と言葉に、空也は少しだけ辟易した。その時ちょうど、窓から部屋へ風が吹き、岬の長い髪をゆらめかせた。

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