魔法使いとSF少女

涼風てくの

第四話「混濁」

 岬はモスキートを手掛かりにしながら、煙の中で相手の動きを察知する。腹部の痛みは依然として強烈であったが、電極による精神安定がある程度をフォローしている。それに、腹部による苦痛のおかげで、モスキート音に向けられる苦痛の割合は減り、情報として活用が可能になったのである。ひどい無茶だとはあまり思わなかった。
 持っていた剣を再び変え、太く剛健なものにした。力に任せてなぎ倒そうという心づもりだった。
 右にモスキート音が、それからいったん距離をとり、岬から接近する。徐々にではあるけれど、形成は逆転しつつある。砂煙で目が潰れる前に片が付けられるかもしれない――
 ふっとインカムからは音沙汰がなくなった。どうしてかは分からなかった。耳がおかしくなったのかもしれないと、一瞬考えたが、とにかく眼の前のことだ。




「…………」
 奇妙にも、不意に敵の動きが止まった。岬も様子見をするように、動きを止めた。束の間の沈黙が辺りを包み、砂塵が少しずつ収まり消えて行く。ひとしきり収まりつくと、茫然と立ち尽くしている敵がそこにいた。岬は怪しげに思いながらそれを静観した。すると、ピクリともしなかったそれが、長めの髪を振り乱しながら、ねじを巻いたおもちゃのように猛進してきた。
 岬は、わざわざ動きを止めた理由を解しかねながらも、相手の動きを目で見、確認しつつ、受け身をとった。
 そこでようやく異変に気が付いた。剣を両手で握っているように見せかけて、片手に爆発物らしきものを掴んでいた。それも、そうと気づいたときには、手遅れになっていた。
「ッ!」
 爆発の衝撃を全身に受けることになった。それから視界のすべてが流れていった。


 研究室では、音声通信が回復し、無事が確認されたことで、多少ばかり緊張が和らいだが、
「なんだって?」
「F7です」
 息も絶え絶えになりながら、岬は訴えた。空也は横に立つ佐々木に目配せしてから、
「いいのか、まだ十分には調整すんでないんだろ」
「もう使うってのか」
 佐々木が驚いたように呟いた。
「はい、急を要します」
「無理はするなよ。今更かもしれないけど」




 空也はマイクを口から外して、椅子を回した。
「正直実践に耐えうるものかどうかは怪しいね。そもそもあれをどういう使い方をするのかも、今じゃわからないわけだし」
「彼女がそう依頼してきた以上、どうしようもないだろ。そもそも一人で前線に向かわせたのは上からの命令だ。もしかすれば彼女には何らかの当てがあるのかもしれない」
 二人の気がかりは何よりもそこにあった。そもそもF7というのは、彼女の頭に埋め込んだ電極の特殊機能のうちの一つ、痛覚麻痺という代物だ。まともに考えれば戦闘中に使うのだろうが、それはそれで戦闘におけるデメリットとならぬことも無かった。
 二人が釈然としない中、インカムから声が入ってきた。
「解除を打診します」
 どことなく緊張を帯びたような声に感じられた。
「もうするのかい、……了解」
 空也は言われたとおり、解除のためキーを打鍵した。それと同時に、岬は激しくむせ返った。空也は思わず身を乗り出した。
「おい、大丈夫か」
 だが返事は無かった。はやる気持ちを抑えながら、何とか打開策をひねり出そうとした。




「こっちにファンクションの依頼をしてきた以上は、ある程度の余裕があったってことだよな。じゃあ何が……」  
 佐々木がぼやいた。
「とにかく今は援護部隊の方に再連絡するぞ。つながる確証は?」
「ない、けど、やってみる」
 佐々木は椅子を入れ替わり、真剣な面持ちで機器の操作を始めた。因果なもので、こういう緊急事態のある時に限って機器の調子が悪くなる。ここでつながらなければ学園から救援を送る必要がある。そうなれば到着までには相当の時間がかかってしまうのだ。なんとしてもここで繋げる必要があった。それに援護部隊の方でも、援護対象がいなくなったことで混乱が続いているのは明白だ。音声が入らなければ状況はことさら悪いものになる。
 佐々木は必死に捜査を続けていたが、依然音声は入らない。やがて五分、十分が経つ。空也は打開法を考えながらも、その光景を苦々しい気持ちで眺めた。焦燥感でいらだちが募る。
「まだか」
「あと少しで、来た。あー、聞こえてるか」
「……るわよ」
「今どうなってる!?」
 空也は叫んで言った。
「今はもう本拠地の方に向かってるわよ」
「そうか、それならよかった」
「あとどれくらいで着く?」
「詳しくはわからないけど、そう長くはかからないはずよ。もう見えてるから」
「そうか」
「それより映像はまだつながらないの?」
「ああ、そっちの方はな」
「ふうん、それで彼女の方は大丈夫なの? 状況はどんな感じ?」
「大丈夫とは言えないだろう。だいぶ苦戦してるようだから出来るだけ早く行ってやってほしいというわけだ」
「わかった。あと十分ぐらいで着けると思う」
 綴は安堵したようなおっとり声で言った。
 何とか一つの試練を乗り越えられた。これでこのまま救出といけば完璧だ。
「そうか。とりあえずは安心か。それで、本拠地とやらに何か変化は?」
「遠くから見た感じでは特に何もない。至って普通よ」
「了解」
「そういえばあんたが行ってあげればよかったのに」
「……そんなことしたらクビだろ。それに今はお前らがいる訳だし」
「ふふ、それもそうね」失笑しながら言った。「あ、そうだ。敵はどんな感じなのよ。どれくらいいるの?」
「詳しいことはこっちにもわからないけど、彼女が相手してるのは一人だそうだよ。一部床が崩れて、穴が出来てる。その穴に入って、正面に突き進んで行った所にいるらしい」
 綴は遠くに悠然とそびえる建物を見つめながら、
「そう、結構大きめの建物のようね」
「なるほど、一階建てかい?」
「ええ、だいぶ崩落してるみたい。無事だといいけど」
「そっちからじゃ向こうに音声は入ってないんだよな」
 佐々木が念押しして尋ねると、
「何の音も入ってない。もう一時間近く沈黙を貫いてる」
「なるほど……。わかった、ありがとう」
 すると佐々木は、再び考え込むようにして焦点を虚空に投げかけた。




 遺跡の周りには強い風が吹きすさみ、激しく砂埃が舞っていた。綴達は目を細めながらも前へと進み、ようやくで建物が眼の前まで迫って来た。すると不意に爆音が飛び込んできた。
「何かしら……きゃっ」
「な、何があった」
 すると、不意に耳をつんざくような爆音がインカムで鳴り響いた。鳴りやんだかと思えば、再び豪快な音が響きだした。数十秒の後、ようやくのこと音は止んだ。
 綴は爆風による砂埃にむせながら恐る恐る顔を上げた。
「何かが爆発したようね……。恐らく二回目の音は建物が崩壊した音」
「どのくらい崩壊してるんだ」
 佐々木がこわごわとしたていで尋ねた。
「今は煙が尋常じゃないからわからないけど、おそらく地表にあるのはみんなお陀仏。シルエットが瓦礫の山よ」
 佐々木は焦りを滲ませて、
「おい、空也どうする? ……っていねえし」
 空也はすでに姿を消していた。




 毅然とした態度で、空也はある場所へと向かった。長い学生寮の通路を抜け、学園棟の中心部へ。やがて見えてきた研究部を設置した人物、魔法科長の札の下がったドアをノックする。相も変わらず白衣のままの居住まいをただした。
「失礼します。って、いない、か」
「私はここに居るぞ」
 突然背後から声が掛けられた。
「あっ、後ろに……」
「ふん、今来たところだ」
 そう言って、空也を退けながらドアをくぐると、左手の壁にある本棚に目を向け、背表紙に目を通していった。空也より一回り背の高いスーツの男だった。出鼻をくじかれた感じだ。
 男は空也の方に目をやって、言葉を促した。
「私は技術開発部の七年、津路空也と申します。D-1に所属しています」
「ああ、あそこか。今日被験者が出撃した。もしやと思って戻ってきてみたが、君だったか」
 素っ気なく男は言った。
「ええ、率直にお尋ねしますが、なぜ被験者を不十分な調整のまま出撃させたのですか。それどころか一人で敵の中心部に突撃させたとか」
 空也の言葉を聞いた後、魔法科長はおもむろに、部屋の奥の机のある方に歩みを進めた。黒い革のソファーに座ると、やおら口を開いた。
「残念だが、それを考えたのは私ではない。私はあくまで容認したに過ぎない」
「じゃあ誰が」
「誰だろうがその情報は他言無用になっている。君がどうした所で取り合ってはもらえないさ」




 空也は先手を打たれた形になり、まごついた。
 男は机の上で手を組み合わせた。
「じゃあ、あの実験はそもそもうちだけで開発したものなんでしょうか」
「それも言えん」
「あの実験の主目的は」
「言えん」
「何のために」
 男はゆっくりと席を立った。後ろの壁にあるブラインド越しに窓を眺めやった。外はしとしとと雨が降っているようだ。
「それ以上言う事が無いのなら、私は帰ろう。まだすべきことがあるのでね」
 男は出口に向かって歩を進める。
「私を責任者に据えたのは一体……」
 さて、返答はなかった。部屋にはぽつんと、空也だけが、ただ突っ立っていた。




 寂寞せきばくの砂漠の中、数時間にわたって捜索が行われた。激しい砂嵐の中の作業は相当な困難を極めたが、そのかいあってか目的を達成された。数千年という歴史の中に埋もれかけていたのだ。




 ふと、岬は目を覚ました、それも夢というものの中で。狂気を帯びた暗闇の中、人知れず立ったいる自分に気づいた岬は、ふと周囲を見回してみると、何一つとしてその空間には存在していない。完全なる暗闇が辺りを支配していた。それでも自分の姿だけが嫌に、はっきりと意識させられるように目についた。
 ある疑念が脳裏をよぎり、岬は不意にわなないた。もし、あの場で、敵に一度殺されたのだとしたら、それはすなわち、敵に汚染されたことになる。いや、それ以前にここを脱出しなければ埒が明かなかいが、待てど暮らせど一向埒が明かず、しばし途方に暮れた。
 すると、ふと眼の前にあらわれた。学園の制服も、髪型も、何から何まで同じようだ。
「え……」
「こんにちは、夏島岬さん」
 自分とうり二つ、いや全く同じと言っていい人間がそこにいた。まるで鏡を見ているかのようだ。
「だれ?」
「いや、あなたでしょ。岬さん」
「ん、私は私だけど」
「まあいいや。取り敢えずね、あなたは死んだの。さっきの爆発でね」
 岬らしくなく良く喋る人物である。右手の人差し指で空気を掻きながら、
「それであなたは眠っているというわけ。普通の人ならね、ここで終了、汚染でおしまい。ところがあなたは普通じゃなかった」
 よく喋る岬は楽しげに辺りをうろついた。
「あなたの脳にはね、電極があった、埋め込みインプラントってやつ。それが面白いことに、あなたという人格を守るかのように覆いかぶさっているの。人格というより存在かな? それはまあいいけど、それであなたみたいな存在が残っているの。今の私は本当はこの私のはずだった」
「私が存在してなかった?」
「そう、困った。私の中に私が二人。どうしよう」
「どうしようって……」
「言うと思ったよ。ま、あなただろうがわたしだろうが記憶は失われず残るけどね、こんなことは初めてだから何が変わるかわからない。あなたが好きな物とか、人とか……、とにかくわからない。でもあなたがこのまま残り続ければ、そして私が消えれば、何も変わらない可能性が高い、でしょ?」
「でもどっちが残るかなんてどうやって決めるの」
「それを決めようっていうのよ。そうだ、根競べってのはどう? どっちが長い間動かずにいられるかって」
「でもそんなことをしてたら時間が経っちゃう」
「そんなのは心配いらない、だってここは永遠だもの。…………」
 岬は言い知れぬ寒気を感じた。

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