転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第十七話「ガブリエルの消失」

 目がさめたのはソフィーが来る数十分も前だった。毛布の間に挟まれ、理恵は汗ばんでいるようだったが、うなされるほどでは無いようだ。
 そっと俺はハンカチとして使っている布切れで汗をぬぐった。フロンティアまで八日、それまで持つか怪しいように思える。
 対処法がほとんど不明だから無性に焦りが生まれる。なんだかそわそわしてきた。
 俺は窓辺により、天の穴から点々と指す太陽の光に目をやった。空から光線のように降り、国の一部分をきれいに彫りだしていた。それから下に目を移すと、国のところどころで火をともし始めているのが見える。
 外を眺めるのにも飽きが来て、外をぶらぶらしてみようかと思ったが、無断で外を出歩くのに抵抗があったからやめた。窓の外では昨日の喧騒が夢のように静かだった。ただロウソクに火を灯す竜の羽の音ばかりが無暗に響いている。ぼんやりと、竜に乗れるソフィーも火をつけるのに躍起になっているのだろうと想像した。それだから昨日もロウソク消しに熱意を注いでいたのだと合点がいって少しおかしかった。
 そんな所へソフィーが上から降りてきた。当てが外れたらしい。


「あら早いのね」
「なんだか、そわそわして眠れなかった」
「慣れないうちは仕方が無いわ。それより、ちょっと出掛けるからね」
 そう言って下へと降りて行った。昨日と似たような格好だったが、ローブは着ていなかった。
 俺は思い出したように窓に向かって声をかけた。
「いつ帰ってくるんだ」
「そう長くはかからないわ。じゃあね」と言って向こうへと行ってしまった。何というか、行動力のあるやつだ。


 窓の外の移り行く風景を眺めるのも悪くないと思い始めていたが、しばらくしてあることに気が付いた。ガブリエルが頭にいない。
 睡眠中顔面に乗せるわけにはいかないと、そこら辺に放ったり小競り合いをした覚えがあるが、起きてからは見かけていない。
 頭をポンポンと手でまさぐってみたが当然いないし、二階のどこにもいない。
 三階や一階ものぞいてみたが、やはりいなかった。俺はあらためて二階に戻った。本当にガブリエルがいなくなってしまったらしい。
 なんで急にいなくなったのか、思い当たる節が無い。気が変わってどこかへ逃げたのだろうか。それとも誰かが奪い去っていったのだろうか。そんなに素質のあるやつだったか? また窓の外を眺めた。先ほどとは違った心持ちだった。


 俺はソフィーが帰ってきてからそのことを尋ねたが、全く心当たりがないという。赤い髪をはねさせてきょとんとするばかりだ。


「おい、髪の毛はねてるぞ」
「え、どのあたりよ」とソフィーは頭のアホ毛をみょんみょんいじり始めたが、一向になおらない。しまいに「ちょっと何とかしなさいよ」という始末だ。一体どういう髪質だよと思いつつも仕方なしに手を伸ばす。
「その代わりお前にもガブリエル探し手伝ってもらうからな」
「抜かりないわね、まあいいけれど……」と言って無表情のままねるように言う。なかなか芸達者だ。


「お前背が高いから見にくいんだよな」
「しゃがめばいいじゃない」と言って少し呆れた風に言ってしゃがむ。
「確かに」
「まったく頼りないわね」
「余計なお世話だ」
 そういいつつもあれこれ髪を細工しているうちに、なんとかなおった。
 俺はふと、後ろに動きがあるのを感じた。振り向くと理恵が無表情のままじっと見つめていた。
 微妙に気まずい雰囲気が流れている。


「この度は、不貞を働き申し訳ございませんでした」
「お前が煽るな!」と反射的につっ込んでしまった。これでは始末が悪いと思い、「ぃや、ごめん」と言う。
 理恵は意にも返さぬ風にのっそりと起き上がった。心なしかやはり火照っているように見える。
 俺はいたたまれなくなり病状を尋ねてみたが、理恵は素っ気ない風に問題ないという。髪はおさげのままだ。それから理恵は辺りを見回したかと思うと、そのままぼんやりしていた。俺は声を掛けた。


「これからあいつを探しに行きたいんだがどうする」
「もちろん行くよ」
「無理しなくてもいいのよ」とソフィーが言う。
「無理なんてしてないわ」と理恵が答えた。
 俺とソフィーは目を見合わせた。




 三人はひとまず食事をとった。
 俺は根本的な事を考えなければなるまい。いよいよ本格的に。つまり理恵の病気――あえて呪いとは言わないが――を治すということだ。もはや唯一の手段にすがるしかない。例の人面石からのヒント。だがその実行にはまず、より踏み入ったやりとりで何らかのヒントや対処法を見いださねばならない。
 それならソフィーを一旦除いて理恵と二人きりという状況にもっていくべきだろう。さてどうするか……。


 三人は黙々とスプーンを持つ手を動かしていた。中々口を開くタイミングがつかめないが、思い切っていった。
「なあ、とりあえず今日はどうするよ」
「どうするって?」とソフィーが続きを促す。
「いや、つまりガブリエル探しをだな、えー、なんだ……、例の兄妹のところに行こうと思うんだが」
 そう言う俺を、ソフィーはじーっと見つめていた。何やら俺を見定めるような感じで。

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