転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第十六話「地底国家ロスノヴァート」

「新しい国……」
 俺は誰に言うでもなく呟いた。ここに暮らす人々はみな新しい環境を目指してこの国を作らんとしているのだ。やぐらを組み立て天に穴を掘る者、建物から体を出し手をふっている者、店で商売をしている者、すべてが輝いて見える。
 中央を貫く大通りを進むごとに陽気な人々が声を掛けてきた。ソフィーもそれらをあしらうのに苦労が絶えない。こんなに祭り騒ぎさながらに元気で生き生きとした場所は初めてだ。地上の王都よりもよっぽどさかんに人の往来がある。地上とは隔絶された異世界に来たような気分さえしてきた。
「この国にはね、竜に乗れる人はそう多くはないの。その代わり皆洗練されてやる気に満ちているのよ。希望をもって」
 そういうソフィーの目もまた希望ある未来を見るようにきらめく。俺たちの横をまた子供たちがはしゃぎながら走り去っていった。
 それから俺たちは往来の中を通り抜けて階段から五つ目の交差点を右に曲がり、すこし歩いて比較的閑静な建物の通りに入った。ここにも棒と棒にかかるロープに提灯ちょうちんさながら蝋燭の入ったかごが並んでいる。
「それで、どこに向かってるんだ?」
「私のお家よ」
「はっ、いきなりお前の家かよ」
 驚いて一歩身を引いた。
「なによ、別にそこらへんにほっぽり投げてもいいけれど」
「い、いや、それは困るが……」
「なによ」
「いやなんでもない」
 ついには音負けして口をつぐまされた。中々強気なやつだと思う。


 その家というのは想像より質素な石造りの三階建である。色が石の色そのままなので無骨な印象が強いが、表面はきれいにまっ平らにつくられている。俺と理恵はソフィーに導かれるままにドアのない家の中に入ると、玄関で靴を脱ぎ、一段高い家にあがった。ひんやりとした床を靴下越しに感じたが、先にある部屋の床にはカーペットのようなものが敷かれている。ちらりと見た感じではやはり何の家具も無い殺風景な部屋だ。
 ソフィーは手で上を示して俺たちを上にあがらせた。二階には一部屋しかなかったが、家具がすくないのも相まってそれなりに広い部屋と見える。椅子が丁度三脚あった。
「とりあえず座って頂戴」
 そう言われて俺と理恵、それからソフィーが席についた。俺たち三人が囲む内側には机も何もない。
「まずは改めてあやまらせて、けがを負わせてしまったことと……、巻き込んでしまったこと」
「お気になさらず」と理恵が言った。
 ソフィーは軽く頭を下げた。
「その、俺たちを巻き込んだってのは、つまりフロンティアのことか?」
「そうよ」とソフィーが面を上げて言う。
 俺はなんだか見えない衝撃を受けたような感じがした。
「その代わりあなた達のことは私が責任をもって面倒を見てあげるから、心配しないで」
 俺は何も言わず、木が筋違いに組まれただけの所に穴の開いた窓を見た。薄暗い中をぼんやりと立ち上る光が異郷たるファンタジーの世界にいることを見せつけるように思えた。しかしこんな景色を見ていると、どうしたら元の世界に戻れるのだろうかという疑問も湧き出してくる。どちらも間違いなく向き合わねばならない問題だ。だがどちらも答えのない問題なのだ。


「じゃあ、つまり俺たちは王党派行きというわけか」俺は窓の外を見つめながらひとり呟くように言った。
「そういう事になるわ」
 淡々とソフィーは告げる。少し間をおいてから、
「それから、話そうと思っていたことがあるの。どうしてここにきたのかと、今後どうするかと」
 俺は前に向き直った。前に向いてそれから耳を傾けた。


「この国の人々はもともと、もう少し南の村に住んでいたんだけれど、あそこの近くには白の天帝がいて、あるときそれが村を襲って、その半分が木っ端微塵になってしまったの」
「それで、竜騎士団は助けには来なかったのか」
「うん、助けに来なかったわけじゃない」、ソフィーは言葉を切った。「でも多くの人が犠牲になった。その人たちを助けるには彼らが来るのは遅かったのよ。それで……、大切な人を亡くした人たちは、強力な竜騎士団を作ることを決意した。今の騎士団に代わる強力な集団をつくるってね。それに、その天帝は、そもそも教皇が乗っていた物なの」
 俺は気になって尋ねた。
「天帝に乗れるのは例の英雄だけじゃないのか」
「その妻の彼女も乗れるのよ。同じようにね」
「……え? あの教皇ってのが英雄の妻なのか? 五百年前の」と俺は自然と前のめりになって尋ねた。
「そうよ。彼女はもう五百年以上も生きているの。なんでも白竜の生き血をすすったって話。だから英雄も実はどこかで生きているんじゃないかって言われてるの」
 待てよ、そうなるとつまり、そいつもやっぱり異世界人って話になるんじゃないか。そう考えると理恵の言っていた、あの兄妹が英雄の子供だって話にも合点がいくじゃないか。何しろあんなに近くに住んでるんだからな。
 ソフィーは膝の上にのせていたこぶしを強く握った。赤いポニーテールが薄闇の中でも燃えるように赤い。
「あいつを殺せなくてもいい。その代わり、その代わり、あの騎士団の、教会の奴らを始末しなきゃ気が済まない。それがせめてもの手向たむけだと思うから……」


 壁の灰色が急に重苦しさを加えるように思われた。雰囲気が重苦しい。
 俺は何も言えずにその場でじっとしていた。理恵も似たようなものだ。ガブリエルは頭上で羽でも休めているのだろう。
「主目的は金銭の問題じゃない。とにかく私たちは教会を取り潰せればそれでいいの」とソフィーは丁寧な息づかいで告げる。


「そうか。まあ、普段の生活の面倒を見てくれるんじゃ、断るわけにはいかないよな」と言って俺は立ち上がり、窓に寄り掛かった。「できることは大してないかも知れないけど、できることはするよ」
「海翔……」と理恵が嘆息するように言った。
「本当!」とソフィーは立ち上がってそばまで来た。そばまで来て俺の手を握った。俺の右手を包む手が温かい。それから少し思いとどまるように言った。「断ってもよかったのに。別にそれで見放したりしないわよ」と意気揚々な感じで言う。
「嘘つけ、絶対見放してたぞ」
「そんなことない」と言って笑った。笑ったショックに右目から一筋だけ流れた。どうも目がウルウルしている。「ありがとう」、俺の手を揺り動かした。
 理恵はそばに立って微笑んでいた。




 それから俺たちは一階で素朴な食事をとった。消灯の始まる三十分前ぐらいにソフィーに連れられて通りへ出た。人通りの少ない通路が続く。階段からは遠く、掘削の進む地底の奥深い通路だ。物々しく灰色の壁がそそり立つのが見える。街並みとは違い、岩肌はごつごつしている。
 先にあるのは階段から見て右のくぼみだ。そこにもくだる階段があった。それを十段ほど降りると、やはり人口の通路がある。右手の壁に一つろうそくが灯るだけだった。奥まったところには黒い扉のようなものが見える。近づくと、精巧に彫り込まれているのがわかる。両開きのドアで、通路と同じように大き目だ。
 ソフィーが腰に巻いたバッグから鍵を取り出し、ドアの錠前を外した。荘厳な扉が音も無くゆっくりと開かれる。中からの風に通路のろうそくが一瞬消えて真っ暗になって、少し驚いて身がすくんだ。それから気を取り直して前を向くと、床の巨大な魔法陣のようなものが真っ先に目につく。俺は無意識に息をのんだ。丸底フラスコのような空間の底に、焦げ跡のように真っ黒な線が刻まれている。何やらわからない文字が円状に書かれていたり、四角や三角等の多角形、小さな円や複雑な模様がアラベスクさながらに描かれている。直径二十メートルはあるだろうその魔法陣には、巨大なだけあって精緻巧妙な模様が織りなされていた。
 ソフィーはどこか誇らしそうに俺たちを招き入れた。
「何に使うかわからないからってあんまり多くの人には言わないようにしてるけれど、あなた達なら教えておいてもいいかと思ったのよ」
 そう言って魔法陣を示した。中央の真上には地上まで穴が通じ、そこから月の光が差し込む。
「何でこんなところに……」
「まあここも王城の地下だから、もしかすると何か重要な遺産かも知れないわ」とソフィーの目はいささか楽しそうだ。


 それから魔法陣を触ったりガブリエルを置いてみたりしたが、魔法陣が地面に直接書かれていて全然消えないというどうでも良いことしかわからなかった。
 俺は顔をあげて壁を見た。壁にも魔法陣のような模様がいくつか書かれていた。全部で六つ。その数を鑑みるに、確かに竜に関係のある場所だろうとは思うが、この陣にいったいどのような意味があるのかはさっぱり分からなかい。
 そして俺たちは収穫のないことを確認した後、蝋燭が消される前に扉の鍵を閉めて洞窟を戻り外に出た。外の光は前よりも暗い。ちょうど消灯時間の直後だったようで、国の明かりは見る見るうちにしぼんでいく。ソフィーは帰りぎわに蝋燭によると、ロウソク消しを取り出して一個一個消していった。ソフィーが言うには、住人が自主的に消していくものなのだそうだ。


 時が経つにつれ、これでもかというぐらい地底は暗くなっていく。普段は意識しない星月が、どれだけ明るいか痛感させられたような気がした。
 俺はソフィーについて歩いていたが、突然誰かに肩を叩かれて振り向いた。
「ん、どうした」


「ちょっと、疲れたかも……」と言った理恵が両手をのせていた。
 俺は適当に返事をして前に向き直ろうかとも思ったが、どうも呼気もあつく熱っぽいようなので、仕方なく負ぶってやった。理恵はわざわざ俺に寄り掛かるほど消耗しているくせ遠慮をしたが、それを適当にあしらって背負う。


「風邪かしら」
「恐らくは」
 ソフィーは嘆息した。
「私が負ぶおうかしら」
「いいよ、お前はロウソクを消してくれ」
 ふんと息を漏らして、彼女はまたロウソク消しにいそしみ始めた。
 背中は蒸れるほど熱くなっていた。
 しかし荒唐無稽こうとうむけいな考えを巡らせていたから、むしろ背筋が寒くなる。仮にあの呪いをうのみにしたとして、一体何をすればいいのわからないから恐ろしい。こいつを受け入れるって、どういうことなんだろうか。
 そんな他人ひとの焦りも知らずに、ソフィーは家に戻るまで健気にロウソクを消し続けていた。

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