転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第十五話「古城にて」

 ソフィーを兄妹の家の外に待たせて、俺と理恵はひとまず看病をした二人と話し合った。ヒェールがたまたま道に倒れている理恵のことを見つけたのだそうだ。


「それで、何でこんなことになったわけ?」とヒェールが言う。
「それは、まあ、竜に乗っていてケガをした、という感じだ……」
 苦し紛れの弁明をした。横合いに座った理恵は押し黙って状況を眺めている。
「ふうん? そう。最近きなくさいものね」
「いや、そういうわけでは……」
「ま、ま、とにかく重症にならずに済んだのは良かったよ。海翔に似てしぶといんだな」と気さくな調子で言う。
「ちょっとお兄ちゃん、話をそらさないで」
「そうは言ってもこれ以上責めるのは悪いだろう。悪いことをしたんじゃないし」
「十分悪いわよ。ただでさえそこのチビが迷惑かけてるってのに黙ってるわけ?」
 ガブリエルが機嫌悪くするだろ!
「まあまあ」とペスペがなだめた。さすがの彼でも妹の勢いには押され気味だ。
「大体記憶喪失って何よ、聞いたことも無いわ」
「まあ、とにかく、だ。フロンティアまで九日しかない現状では何が起こるかわからないから、君たちは迂闊には出歩かない方が良いと思うよ、そりゃあまあ、君たちの自由だけどさ。それに……、いや、なんでもないが、とにかく、だ」
 何を思わせぶりに隠したのだか知らないが、俺の知りたい情報なんて現状ではほとんどないからまあいいだろう。何かあれば理恵と相談することだ。


 そうしてうやむやな感じのままに俺たちは散会した。それからヒェールと理恵との三人とで外に出た。外にローブを来たソフィーを待たせてあるが、まあ何か厄介なことになる事は無いだろう。
 外に出ると、開いたドアに反応してソフィーがこちらを向いた。ヒェールの視線とかち合った。俺は少し緊張した。
「あぁんたね、私達に喧嘩売ってきたのは」とヒェールが指をさし向けて言った。「あんまり厄介事振り撒かないでくれない? 私達とまともにやり合いたいなら文句はないけど?」
 ソフィーはヒェールのことを冷ややかな風に眺めたまま何も言わなかった。ずっと見つめていた。
「王党派の犬がわざわざこんなところまでのこのこやってきて、よっぽど暇なのね?」とヒェールが言う。
 俺はその空気感に堪えかねて口を開いた。
「ま、まあそんなことはいいじゃないか。また後でな」
 そう言いおいて俺と理恵の二人は逃げるようにその場を去った。ごまかして逃げるのには少し抵抗があったが仕方が無い。ソフィーはどこか違う方へ行ってしまった。ヒェールもそのうちどこかへ行ったようだ。
 俺と理恵は先程の山の方へと落ち延びてきて、相変わらず無職一文無しなのだが、このまま教会に行って正式に竜騎士団に入団するというのもきまりが悪い。
 今後の展望もろくに見えないまま周りに流されてフロンティアなんてものを迎えるというのもまずいが、何しろ兄妹のところをおいて他に頼るあても無いのだ。
 すると今度は理恵が口を開いた。
「あ、さっきの人」
 手で示した先にはソフィーがいた。俺は半ば無意識に後ろを振り返った。誰も俺たちのことを気に掛ける人はいない。
 ソフィーはこちらにやってきて、理恵とは反対の右隣に落ち着いた。同じようにローブ姿のままだった。彼女は調子を整えるように静かに前を歩いていたが、しばらくすると少し神妙な風に声を発した。
「ごめんなさい。謝るわ」
 一瞬何のことを言っているのか分からなかった。だがすぐに理解して、
「ああ、ごめん、俺も謝る……」
 理恵は黙りこくっていた。出会った時以来は芳しいそぶりも見せていない。
 ともすると俺はうつむきがちになって、無言のまま流れに流されて、洞窟の方へと歩いた。歩き疲れた足を小屋で休めるでもなく三人は歩き続けた。ようよう古城が見えてきたころには既に日も沈みかけて、辺りはオレンジ色の光に包まれていた。
 そんな色の変わった太陽に、心まで変えられたかのような感じでソフィーは、
「陽が沈みきるまでお城の縁にでも腰掛けて太陽でも眺めません?」
 何を言うのだろうかと少し緊張して聞いていた俺は、少し不意を突かれたように感じた。特に断る理由も無かったので承諾した。


「それでも、地下にいる人たちが心配したりしないのか?」と尋ねた。
 ソフィーは笑いながら後をついだ。
「そんな子供じゃあるまいし」
 俺は何か馬鹿にされたような心持でいたが、城を上がった先に見た太陽を眺めているうちに、そんな気もすっかり失せてしまった。水地平線近くの太陽というものは、海でもなければそう見ることもあるまい。高層ビルなんかから見るそれとは違って手前の木々の背が目線の先にある。
「太陽ってこんなに綺麗だったっけな……」
 そう感慨深げにいた俺の横で、二人は笑い出した。
「なに詩人みたいなこと言ってるの」という理恵の方は何がおかしいのやら、全然笑い止まない。
 俺は抗議の声を漏らしながら、
「誰がこんなところに呼んだんだよ」と言った。
「まあまあ、その壁の上にでも座りなさいよ」とソフィーが手を差し出して言う。オレンジ色の古ぼけたレンガだった。
「言われなくてもそうするよ」とやけくそ気味に言った。
 そうして腰を下ろした頃には、太陽はその大部分を地平線の下に隠していた。普段では考えられないほど早いスピードで移動しているように見える。
 それから、理恵と左右を代わって俺の右隣に座ったソフィーが、
「あのずーっと左前の少し地面が違って見えるところ、あれが巨大樹の国につながる海よ」と言った。言われた先を見ると、確かに地面が煌めいているように見える。
「なんだか……、作り話みたいな世界だな」と、また感慨深げにつぶやいた。
「私もいつか行ってみたいとは思うわ。天帝でなければ向こうへはたどり付けないというから、中々行こうとする人はいないけれど」となんだかくたびれた風に言う。
「その天帝ってのはどこにいるんだ? 俺はそんなものほとんど見たこと無いが」
 ソフィーに向かってそう言うと、彼女は何かを言いかけて、躊躇するように言いよどんだ。太陽が沈んで次第に黒くなっていく地平線を見つめていた。


「天帝というのはね、今はもうほとんどが封印されているのよ。お察しの通りイシュット・ルシャータのお手柄ね。で、確実に生き残っているのが、彼が乗っていたと言われる白竜の天帝のみ」そこでソフィーは一息ついた。
「白竜の天帝なら、お前も乗れるのか?」と俺が興味津々に聞くと、
「無理よ。あれには特別な力を持っている人しか乗れないものなの。それでね、天帝が対応する色の竜の存在によってパワーバランスをとっているという話を聞いたことがあるか知らないけれど、つまり白竜単体では世界のバランスが取れないの。それが本当なら黒竜の天帝もどこかに存在しているというわけ。でも誰も見つけていない。だから、もしかしたら弱体化してどこかにいるかもしれないとも言われているわけ」
 俺は何となく、はあとかへえとか相槌をうった。
「案外そこのおチビちゃんがそれだったりして」とソフィーが冗談めかして言った。
 ガブリエルの爪が俺の頭皮に食い込み始めているのは気に掛けないらしい。痛い。
「まあそんな気配ないしどうだか。もしそうで俺が乗れるようになったらフロンティアも一件落着という話なんだがなぁ」
 ソフィーが小さく笑った。
「そう簡単にはいかないでしょうね。何しろ天帝に乗れたのは英雄夫婦だけなんだから」
「あ、イシュット・ルシャータにも妻がいたのか。まあそりゃそうか」
 何しろあの兄妹がその子なんだからな。果たしてソフィーはそのことを知っているのだろうか。
 俺がぼーっとソフィーに見とれていると、彼女は手を床について立ち上がった。服に着いたほこりを手で払い落すと、意を決したように、
「そろそろ暗くなってきたし中に入りましょ。もうじき六時になるわ」
 そういって彼女は笑みを浮かべた。前髪が風にさらさらとなびいていた。そよそよさやぐ辺りの色合いもすでに夜一歩手前といった感じである。
「あ、その前に」と言って何やら腰に付けた袋を探ると、ソフィーは自分が来ているのと同じローブを差し出してきた。
「あなた達はこれを着ていないとお話にならないわ」
 と言ってすこし微笑んだ。


 洞窟の中は外よりも湿っていてひんやりした空気に満ちていた。ソフィーの行く方へと着いて行くと、この前とは違う方に折れた。辺りは全く陽の光も届かず、通路には点々と蝋燭ろうそくの頼りない光がともっているばかりで、結構薄暗い。どの蝋燭もかなり短くなっていた。
 ぼんやりしながらごつごつとした狭苦しい岩肌を眺めていると、その先から物音が響いてきた。その物音はやがて人の声や靴音など、明瞭な形をとっていく。うす暗い通路をさらに曲がると、ようやくその正体が見えてきた。通路は徐々に広くなっていき、ついに巨大な空間になって目の前に現れた。
 見下ろすと、眼下には巨大な都市が広がっていた。階段の先には大通りがあり、計画的に区画されたと見える商店街や家々が林立している。よく造りこまれた人工的な環境だ。様々な場所から人の叫ぶ声や石を細工する音が聞こえてくる。閉じた空間ともあって、植物のそよぐ音が聞こえない代わりに音がこもり、地下空間独特の雰囲気をかもしていた。さながら地底国家といった感じである。
「さあ、ここが私たちの国、ロスノヴァ―トよ」
 ソフィーは俺たちを振り向いてそう言ったのだった。

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