転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第十話「英雄となりし異世界人、うら若き教皇」

 眩しい、朝だろうか。夢見心地で周りの物音を聞いた。身を反射的に縮こまらせる寒さが体を襲ったが、いつの間にやらかけた覚えのない毛布が体を覆うようにかけられていたのを見て、少しその寒さが和らいだ。
 気だるげな体に鞭打って上体を持ち上げるが、理恵の姿は不在だ。首を回すが変わらず。


 外から差し込む鋭い日差しに照らされた部屋を眺めると、やや散らかりがちな鎧や服や物騒なものが煌めいていたりするのに気が付く。
 ゆっくり起き上がり、小さくこしらえた窓まで移動すると、外にはやはり青々と健康的な草むらが広がり、風に鳴る音が部屋のうちまで心地のよい音色を奏でる。寝ぼけまなこを擦った。すると部屋のドアがほんの少しの音をたてて開いた。現れたのは理恵だ。
 紅紫の制服に身をまとい、土色のくるぶしまでのブーツを履いている。そのままドアを閉めたかと思うと、俺のところによってきた。近くで見ると薄汚れているのがわかった。


「ちょうど良かった。あんまり起こしてあげたくなかったから」
 そう前置きしてから、少し間をおいて話し始めた。
「端的に言うけど、あのエンルート兄妹は本名を使っていないわ」
「え?」
「あいつらの本名はリンベル・ルシャータとレイ・ルシャータ」
「それってあの勇者の」
「そう」
 間髪入れずに答えた。
「そうか、そういうことか。あいつらの親がイシュット・ルシャータならヒェール、いやレイ・ルシャータが俺を親と間違えるのも無理は無いのか。あいつが英雄イシュットの娘なら、英雄様は不老不死という可能性もあるからな。五百年生きてるわけだし」
 と俺は合点がいったのだが、
「え? あの二人が英雄の子供なの? 直接の?」
「そう本人が言ってたが。いや、正確には異世界人の娘だってな。俺を親と間違えたんだけど、たぶん親が不老不死だって知ってたからじゃないかなあ」
 英雄の子孫と異世界人が結婚したという線も無いではないが。
「じゃあチェリーの、イシュット・ルシャータが今も生きてるって話は本当だったんだ」
「そういうことだな」
 理恵は整った顔の目元の張りを少しばかり落としながら、ほっと息をはいた。向かいあって立っていたからすこし顔に息がかかる。爽やかで控えめな香りがした。
 俺は窓の方に目をやった。遠くで朝日を竜が横切っていた。


「お前寝てないのか?」
 理恵は意表を突かれたように息をのんだ。
「何が起こるかわからないのに寝られるわけないでしょ」
 俺は窓から目を戻した。
「お前越したときもそんなこと言ってたよな。変わらないな」
 すると理恵は両手の指を顔の前でぴとぴと合わせながら目を窓の方へやった。
「だっておんなじなんだもん」
 まあ似てるけどさ。まじで寝てる間なにしてたんだよ。
「とりあえず今は寝てろよ。俺は俺で外に出てみるからさ」
「そう。ちょっと、寝ようかな」
 そう言ってワンピースの裾を手で押さえながらその場にへたり込む。俺は控えめに息をはいた。
 すると横からバサバサと音がした。それに肩をびくりとさせてみると、ぬいぐるみが頭の上に乗ってきた。
「痛い痛い、頭に噛みつくなよ」
 凶暴な奴。理恵がくすりと笑った。
「じゃあな、昼頃にはまた来る」
 そう言い残してドアに手をかけた。


 ええと、ヒェール・エンルートがレイ・ルシャータで、ペスペ・エンルートがリンベル・ルシャータ、ね。
 ドアを開けると例の二人が一つの毛布の下に寝ていた。床との間にも毛布を敷いている。それを起こさないようにそろりそろりと忍び足で通り、外へ出るドアのノブに手をかけた。


 外へ出ると相も変わらず閑散としているが、それは朝早いせいだろうからいいとしても、吹きすさぶ風が制服を通して体に刺さる。太陽はただの光の玉と化しているようで、ほとんど存在意義が無い。俺は気の進まないままに、ずんぐりとした石造りの建物の連なる中、歩を進めて行った。


 エンルート改めルシャータ兄妹の家を出、右に曲がり少し行くと十字路に出る。横の通りは商店街で、大きな通りの両側には屋台の骨組みがぶっきらぼうに立っている。十字路を右に曲がって、身が縮こまりながらも遠くを見ると、建物が見えた。上の部分がピラミッドのように段になった建物。他の建物より大きいようだ。


 薄霧かかった中を進んだ。近づいて始めて白塗りの壁だと気づいた。円形のステンドグラスもしっかりついている。街に教会というものいくつも無いだろうから、用があるとすればきっとここだ。教会を行き止まりにT字路になっていた。


 しばらく悩んでいると、教会の中から俺と同じ制服を着た、背の小さな髪の短い女性があらわれた。せっかく兄妹のもとを離れたんだから、何か聞いてみようかとその人に近づいて行くと、それに気づいた女性は俺の方に振り向いてぎょっとした。
「きゃあっ!」
「えっ?」
 するとその女性はあわてて笛を口にくわえ、ピイィィィィィ! と甲高い快音を響き渡らせた。どういう状況かはよくわからないが、ここは逃げるべきなのか? それとも女性に襲い掛かるべき? ……一択じゃねえか。
「逃げるっ! あれ? もう来たんです?」
 すぐ右の方から黄色の竜がカッと翼をひらき、上空から急降下してくる。あっという間に前の道をふさがれてしまった。こうなったら左右のどちらかに逃げるか……、いや、無駄なあがきだろう。




「まあまあ、穏便に。それにしても今回のお客様はずいぶんと面白い方のようで」
 と、突然優雅な口調でたしなめるのは、奥の方から現れた、黒色の髪を地面ぎりぎりまで伸ばしたうら若い少女だった。彼女は薄紫のローブの裾をひらひらとカーテンのようにひらめかせながら囁いたのだった。
「き、教皇様!」
 と女性が慌てる。どうやらこの少女が教皇と来ているようだ。またユニークなやつ。三メートルほど離れたところからでも可憐なその顔がわかる。
「落ち着きなさい、ミス・アベーラ。あなたは中に控えていてよろしい」
「え、ええ。教皇様」
 そういって先の、多分二十代中盤くらいの女性を引き下がらせると、少女はお上品に、
「見慣れない顔ですこと。あなた新しい竜騎士さんかしら」
「は、はい」ともすれば年下な少女に敬語を使うか迷ったが、「そう、ですけど」
「そぉれはよかった」
 少女は手を合わせて言った。
「あなたみたいな人が入ってくれるなんて。きっと運命に違いないわ」
 ローブにあわせてはなはだ長い髪が揺れる。どこか大人び、ゆったりとした口調だ。
「あなたが教皇様ですか」
「ええ、そういう事になっておりますけれど」
「そうですか」
 少女はそっと微笑んだ。
「ええ。今日の太陽が一番高くなったときに鐘をならしますから、その時にまたお越しくださいな。このローゼン教会において儀式を執り行って差し上げますから。それはそうと、あなた達、お名前は」
「俺は東雲海翔って言うんですけど、もう一人って?」
 黒髪をさらさらと背景に揺らめかせながら、俺の方に右手を指し向けて、
「その、頭の」
「こ、こいつですか。……こいつはガブリエルです」
 少し肩身がせまい。
「そう、いい名前ですこと。いつも一緒にいらしって」
「はい、いつも頭に座ってます。ちょっと重いんですけどね」
 ふふふ、と含み笑いをしてから、
「そうですか。それじゃあまた、お昼に会いしましょう」
「わかりました。入団の儀式、ですよね」
「そうですわ」
 と優しくささやいた。
 ふたりで会釈しあった後、教皇様はゆらりゆらりと奥の方へと戻っていった。


 もう、戻るか。一悶着あって目がめたしな。
 それから踵を返して、教会を薄い霧の中に置いて行った。ちょっと軽くあしらわれてしまったような気もするが、どうせ昼間にもあうだろうし、邪魔をするのも悪いと思って直ぐにそこを去った。

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