転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第七話「異世界人の娘」

 俺は17歳で、こいつは精々14歳ぐらいだろう。年齢差を考えてみろ、たった三歳だ。天地がひっくり返っても三歳で俺が人をはらませられるわけも無いだろうと、常人の思考回路はそうできてるはずである。こいつはやはり、
「あたまおかしいだろ」
 ヒェールは慌てふためき手をわなわなとさせつつ、扇風機を早送りしたように首ふりして、「ち、ちがっ、ちがうちがう、違うから!」と。
 何が違うんだ。
「どういう思考回路してんだよ。ま、俺も大して変わらんけど」


 ヒェールは少し落ち着きを取り戻してから、
「違うわよ」
「なにが」
「ほら異世界人だって、あんた言ったでしょ。正直に言うとね……、私のお父さんも異世界の人なんだって」
 ある意味で拍子抜けした。
「おい、それ本当なのか!? 俺以外にも異世界人がいるのか!」
 仲間を得たような喜びを抑えきれずに、ヒェールの肩を両手で激しく揺さぶった。彼女は手から逃れて、ほてりながら、
「ふふふ、あんた馬鹿ね」
 おちょくるように笑って言う。
「お前こそ急に人が変わりやがって」
「それは……。とにかくあんた異世界人なんでしょ?」
 ヒェールが期待をかけるように言う。
「そうだけどさ、なんでこの年齢で父親だと思うんだよ」
「う……、それは言えないけど、私のお父さんが異世界人だって言ってたの! それであなたも異世界の人なんだから、私のお父さんについて何か知らないの? 最後に見たのはもう十年位前だけど、あんたみたいな人だったわよ」
 お父さん、と言われてもなあ。
 とりあえず、俺たち以外にも異世界人がいるということはある種希望だ。というかこいつ、異世界人の娘なのかよ。つまり最低でもその異世界人は四年間この世界にいたわけだ。それ以来見ていないということは帰ったのか?


「そいつの事は知らないけど、知ってるといえば、変な石の顔にここの世界に飛ばされたってことだなあ」
「石の顔? 確かお母さんもそんなこと言ってたっけ」
「おお! ということは、まさかお前の母親も」
「異世界人!」と、二人人差し指を突き出して一致した。ちょっと顔が近い。
 ヒェールははっと一歩引いて、両手で顔をこする。
 俺は笑って、
「そうなのか、それでそのお母さんは、一体どこにいるんだ? そいつもいないのか?」
「それは……、生きてはいるんだけど、もうちょっと待っててよ。それにきっとあなたも会えるわ」
「なんだそれ。まあいいけどさ。でもお母さんがいるんなら、お父さんの話も聞けるんじゃないか?」
「あの人は、あんまり信用できないからさ。本当のことを言ってるんだか、うそ言ってるんだかわからないのよ。でも、よく考えてみればあんたと彼女の、理恵とかいう人の縁は切れないでしょうね。それに、彼女の才能はきっと本当だわ、間違いない。大切にしなさいよ」
 とこちらをちらりと見、それから前に戻して憂い照れ笑いした。
 ほんの少し沈黙が流れた。
「そうか……。お父さんは十年前にいなくなったって言ってたけど、どこにいなくなったんだ? 元の世界に帰ったとか?」
 あごに手を当て、彼女はすこしためらいがちになりながらも、やがて吹っ切れたように手を下ろして、
「ああ、もうこの際だから言うわ。私のお父さんはっ」
「おや、おや、こんなところで何をしているんだい?」
 と、間も悪く、奥の方から声がかけられた。渋みを含みいた男の声である。
 二人がはっとして振り返ってみると、いつのまにやらブマク・ロンディーナ氏が例の制服姿で暗い通りに立ちつくしていたが、ヒェールは顔を背けて、いたずらの見つかった子供のようにばつの悪そうな顔をした。




 彼の話を聞くに、ロンディーナ氏がエンルート兄妹と同棲しているようだ。だからロンディーナ氏は二人の両親と接触している可能性が高い。それだから、彼からもその異世界人についての情報が聞き出せないことも無いだろうが、当面は控えておこう。


 三人は話し込んだ。儀式はなんとか明日の内に取り付けてもらうこと、普段竜騎士や竜騎士団がどんな活動をしているかということ、もうすぐ『フロンティア』という競技が催されるということ。だが異世界人がどうだとかエンルート兄妹が何者なのかという肝心のかゆい所に触れられることはなかった。
 そして、例の血がどうなったかということも、ヒェールは決して語らなかった。果たしてあれがどんな影響を及ぼすものなのかを俺は知らない。


 うすらさむい風の中、ちらちらと揺れるろうそくのように、流れてきた雲の合間から姿をみせる月の光があたりを明滅させた。寒気が下りてきた。とおくから竜の遠吠えが響いてくる。


 十年以上もロンディーナ氏は二人を見ているようだが、それならばおよそ親と言って差し支えないのかもしれないな。
 そう言えば思い出したが、ペスペの野郎はこの家には二人で寝ると言っていたから、少なくとも今日はロンディーナ氏が戻ってくるとは思っていなかったのだろう。


 しばらくした後に、ようやく家へと三人で戻った。ずいぶん長いこと外で話し込んでいたと思うが、中は中でまあそこそこに話が進んでいたようである。竜の話は俺はついていけないからな、丁度いい。乗れるやつが逆ならば問題はなかったのに。
 ペスペはロンディーナ氏とうやうやしく接して、そのかん俺とヒェールはちらちらと目配せをしていたが、やがてペスペとロンディーナ氏の二人はドアの外へと出て行った。ドアの近くで話しているようだ。その内容はよく聞き取れないが。


 窓ガラスは相も変わらず音を立てる。理恵が不意に言った。
「外で何を話していたの?」
「『フロンティア』がどうとか、明日儀式をやるとか、団員がどんな活動をすればいいかとかかな」
 すると彼女は顔にぽうっと微笑を浮かべて、
「あ、その話聞いた?」
 俺は元の椅子に座った。
「その催し物。どこまで聞いたの?」
「あんまり聞いてないけど、まあ十日後にやるとかぐらいかな」
「この街でやるっていうのは?」
「え?そんなの聞いてないぞ」
「私達もそれに出るって話をしてたんだけど」
「俺の同意なしじゃねーか」
「あ、やりたくないか」と、心持ち頬の肉が下がった。
「まずそんなに深いところまでは聞いてない」
「そこでお金が稼げるんだっていう話なの。悪い話じゃないでしょ?」
「その競技かなんかに参加すると金がもらえるのか? 賞金みたいなもんか」
「敵をとっ捕まえて身代金を要求するんだって。王族・貴族も参加するからそいつらを捕まえれば大金稼げるわ」と、半ば夢見がちなことを言っている。物騒な話だ。
「そんな簡単にいくわけ無いだろ」
「やって損はしないから」
 嘘をつけ。痛い目を見るのは俺だからな。


 するとペスペとロンディーナ氏が再び部屋に戻って来た。
 何を話していたのだか、とりあえずロンディーナ氏は小屋で構わないというので、言葉に甘えて、俺達は隣の部屋で寝るということになった。口をつぐみ続けていたヒェールは、ゆっくりと立ち上がって兄貴のところへと行き、そしてロンディーナ氏はドアの向こうの闇の中へと消え失せ、またそれぞれの立ち位置へ戻っていった。


 寝るか。あ、ちょっと風呂に入りたいな。叶わないけど。
 急に襲ってきた睡魔に抗いながら、隣の部屋へとドアを開いた。

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