転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第六話「あなたが私のお父さん?」

「あっはっはっはっは」と快活に笑いやがるのは、ペスペ・エンルート、17歳。俺よりも数センチ身長が高いそこそこ長身の奴で、遠くから見るとすらりとした好印象の青年だが、その実、人の失敗をこれでもかというほど死ぬ気で笑い飛ばすくそ人間である。もう親切されても遠慮しねーぞ。


 俺と理恵、それからエンルート兄妹の四人で夕食をとっていた。場所は兄妹の自宅らしき場所。事情を知らないヒェールはむっつりとして口を堅く閉ざし続けているが、理恵とペスペはずっと笑い通しでほとんど夕食に手を付けられていないままだ。
 こうしているともう、ヒェールが余計かわいく見えて来るね。どうやらここの世界のこの地域でとれた※を生かして今夜の献立は主食がカレーライスとなっているため、全自動の機械のようにカレーをすくい口に運び、そして咀嚼するのを延々と繰り返しているだけなのだが、しきりに小さな口をもぐもぐさせている。その単純動作がいじらしい。


 理恵とペスペが何をそんなに笑っているのかと言えば、俺の左頬の青あざも当然そうなのだろうが、それよりも何よりもあの時の残念な事件のせいだ。
 俺はあの後確かにガブリエルにぶら下がるという荒業を訳もなくやって見せたのだが、思い出してほしい、俺とこいつとの出会いの場面を。こいつは空から落ちてきたんだ。それも誰もぶら下がっているのでもないのに。それを思い起こさなかった俺も確かに悪かろう。だが、まさかあんな急上昇を繰り出すとは思っていなかったんだ。それできっと地上五、六十メートルまでは行ったんだろう。ガブリエルはその高さに来て、急激に上昇速度を落としていき、ついには落下に転じた。その時俺は理恵とペスペに無断で飛んだのだから、その二人の知る由もないと言う事も出来るだろうけど、違う、断じて違うぞ。俺が地上数十メートルからの落下という喜劇を幕ひらく直前、つまり落下に転じ、ひっくり返る瞬間に見たんだ。こいつらは俺の上から高みの見物だったんだ。


 その後、やや遅れて理恵が急降下して俺をキャッチしたのだが、その時俺の落下速度にあわせなかったせいで、俺は理恵の乗る竜に向かって、思い切り左頬に鈍痛をこうむったのだ。ペスペは拾うとか言っておきながら拾わないわ、理恵は過保護なのかと思いきや結局ペスペと結託して笑うし、まったく人でなしかよお前ら。


 そんな風に心の中で恨み嘆いているのを知ってか知らずか、ペスペは、
「いやあ、あの時は何が起こったのかと思って反応が遅れてしまったんだ。ごめん」
 嘘をつけ。俺は信じないぞ。せめてこのぐりぐりとうねるような気持ち悪い痛みをどうにかしてから弁解しろ。
 理恵は明るい声で言う。
「とりあえずそれは置いといて、教皇様の儀式はいつ受けることになるの?」
 なんとか衝動を抑えて、ペスペが
「それはまだわからないけど、明日という可能性も無いことはないからね。気持ちだけは整理しておいた方が良いだろう」
 とっくに食べ終えていた俺は待ちくたびれたように、声を静めて
「まったく、儀式の日もわからないなんて適当だな」
「へへへへ、それは僕のせいでは無くて、教皇様が気まぐれだというだけのことだ。そうだ、早い方が良いのは確かだから、こちらから訪ねてみた方が良いかもね。住居と寝具と食器の一部は確保できるからね。ついでに言えば鎧もだけど。まあ教皇様もいつ起きてらっしゃるかわからないから運しだいだ、まあ頑張って」
「また投げやりなこと言いやがって」
「まあまあ、そう怒らないで」
 これで怒らずにいられるかっつーの。




 外の風がカタカタと窓を揺らす。天井からつるされた電球代わりのろうそくが、ゆらゆらした頼りない明るさの光を部屋に投げ続ける。
 まだ異世界になれない部分でもあるのだろうか、俺は少しだけ頼りないこの生活に不安を感じないではいられない。


「そうだな、今日はとりあえず二人二人に分けてこの家に寝てもらうしかないかな? あてはある?」
「ないよ」
「へへへへ、それなら僕達はこの部屋を使うから、君達二人は隣の部屋を使ってくれ。武器武具が入ってるけど二人寝る分くらいのスペースはあるから」
「そうさせてもらうよ」
 と味気なく答えておく。


 俺は二人の食べ終わるのを待っている義理も無いだろうと思い、すいと立ち上がり外へと出て行った。
「ちょっと夜風に当たってくる」
 なんてセリフを使う日が来ようとは。


 ドアを出て、よく開けた夜空を見上げる。電気の光のない世界の星はこんなにも明るいものかと、目を疑うほど煌々と照りつける星の光、月の光。ぼーっと眺めていると、不意を打つようにきらりと流れ星が流れた。それを追って視線を落とす。夜の通りはどんよりとした闇が支配する世界。人気のない世界だ。
 そ体でも異世界を感じ始めているのをしみじみとした思いで寒空のもと感じ入っていると、キィィという何かのきしむ音が背後から聞こえてきた。半ば無意識でそれを振り返ると、ヒェールだった。いつの間にか着替えていたらしい彼女は、長袖の白の、ドレスのようなワンピースを身にまとっていた。俺よりもいくつか下だろう彼女の、その年齢らしい一切の無駄のない、削りに削った体の肉のはかなさを目立たせていた。


 精気の抜けたような物憂ものうげな白い顔が星光に浮く。アホ毛もしなびて見えた。
 葛藤を抱えた人のような力の抜けた口元が開きかけたが、すぐに閉じられてしまった。俺はまた視線を星空に戻して何も言わずにそこにたたずみ、少しの時を過ごした。
 もとのヒェールの時のように少し喋るのに覚悟を要したようだ。ただしあの時とは意味合いが少し違かろう。


「う……ぁ、ん、星が、きれいですね」
「そう、お前の方がきれいだよ」
「えっ……」
 体を少しゆらした。
「あっは、きょどるなよ、子供だなあ」
 何となく、星の光でも顔の赤くなるのが見て取れた。
 光の透き通る肌がここまで色変わりするのかと思った。うぶなやつ。
「何馬鹿にしてるんですか。ただの、人たらしだったんですね」
 俺はドアの方へと振り返った。
「いいんだ、もうわかったよ、お前のことは」
 彼女のアホ毛を一回、軽く引っ張ってから帰る。
「ぃたた、もうなんなの?」
「ただの、異世界人さ」
 振り返りながらそう言った。


「まって」
 ヒェールが両手で俺の手を拾い上げた。
「今なんて言った」
「い、異世界人って」
「その話、もっと聞かせて。あなたが私のお父さん?」
 なんだって? アナタガワタシノオトーサン? いやいや、冗談でもそりゃ厳しいだろ。

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