転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第五話「天竜騎士団への入隊」

 あれからもうてんやわんやの大騒ぎになったのはもちろんのこと、エンルートちゃんのお兄さんの意識の回復まで一、二時間を要した。
 ガブリエルの暴走を許した俺達の責任によるところは大きいのだろうけど、何故暴れだしたんだ。今は穏やかに座っているが、またいつ暴れはじめるかわかったもんじゃない。


 意識がようやく回復し、お兄さんが部屋で一人静養をし始めたころ、エンルートちゃんはふらりふらりと立ち上がって、俺と理恵とにきっぱり正面対峙をする。ここに来る前の彼女からすればおよそ想像もつかないような、霧っとした面持ちだ。
 彼女は、若干素に戻ったように少し幼くなりながらも、きつく目を絞り、なかば尊大な様子で俺達に命じた。彼女の顔面は蒼白だ。


「いいですか、あなた達。今回の事は決して許しません。お兄様をあんな目にあわせるなんて。まずこれから私達には一切干渉しないで。それとその頭の上の猛獣、それは私が管理しますから」
 と言ったのだった。
 ところがここで黙っているような理恵じゃない。彼女は威圧するような荒い足取りで寄り付き、そのままエンルート氏のフリルのワイシャツをえぐるように胸ぐらを掴み上げた。
「そんなことは絶対にさせない。お前の首と差し替えてでも阻止する。あれは海翔のもの。それにお前達に干渉する気なんてさらさらない、こっちから願い下げ」
「おい、やめろ」
 そう言って俺は理恵の肩を掴む。理恵は思いのほか素直に彼女を下ろしたが、じりじり下がりながらそっと少女は呟いた。
「こ、この偽善者」
 理恵は思い切り右手で首筋を締め上げたが、俺は理恵の腕を力いっぱい握り締しめた。理恵はすっと腕を離して悄然しょうぜんとした顔になる。
 エンルート、もといヒェールは息を荒く吐きながら、一歩二歩後ろによろめいていく。
「お前が俺達を監視すればいいだろ、それでウィンウィンだろ」
「結局、干渉してるじゃない」と毒づく。
 それからわきを持ち、支えながら左の部屋へと連れて行く。ヒェールも駄目だ。妖気にでもやられているんだろうか。とにかく、兄が血を浴びてあそこまで重症になったのに、ヒェールが無事でいられるはずがない。もう既に満身創痍の彼女をベッドに運んで行き、それからドアを閉めて部屋を出た。


 外では、理恵が両手で顔を覆いながら、げほげほと激しくせき込んでいた。
「大丈夫か?」
「う、ん。なんでもないから……」と、苦しげに見栄を張る。片眼を閉じて、目を潤ませながら。
 どう考えても大丈夫では無いだろ。ぞぞっと、血の気が引き鳥肌がたつ。また悪魔の声だ。ないがしろにすればするほど――
 いや、そんなの言葉の呪縛じゅばくに過ぎない。そんな物語じみた呪いがあってたまるかってんだ。きっと急に変わってしまった環境にやられたか、あるいはここに来てからの出来事の数々で、それが遠因になって、何らかの病気にかかったんだ。俺のせいなんかじゃない。


 とりあえず体を休められる家かなんかを用意する必要はあるだろう。それにこのぼろ服も早い内に何と
かしないとみすぼらしい。なんとか稼ぐすべを見つけよう。


 しかし、どうすりゃいいんだろう。そもそもここには竜に乗りに来たというわけであって、今一つ服装などには頓着してこなかったし、そもそも金を恵んでくれる機会がない。あんなことを言った手前喜んで外に出ようというわけにもいかないし。


「金はどうやって稼ごう」
 息を整えなおした理恵にさり気なく尋ねると、
「とりあえず街に出てみないと……」
 その時、不意にドアが開いた。
「僕が案内してあげるよ。これならあの子に咎められることもないだろうし、それから服装はこちらで用意してあげるから心配しなくていいぜ」
 回復しかけだろう体調をおしてそう言うのは、ヒェールの兄である。うーん、ここの世界の人はみんな親切過ぎる。
「でも回復しかけなんじゃ」
「いいや、ただの妖気に過ぎないよ。心を落ち着けていればなんてことはない」、その片手間に部屋を出たかと思うと、すぐに戻ってきて、
「ほら、これで構わないだろ、よく考えたらこれしかなかった」
 照れ笑いしながら差し出してきたのは、例の紅紫のブレザーと栗色のワイシャツ、それから黒のズボンである。なんだか大層な服装だ。学校の制服並みに仰々しい。彼ら兄弟と似たような服装だ。


「のちのち竜にも乗るんだから問題無いだろう。服の代金ぐらいは何ともない」
「はあ」
「そうだ。いきなりだけど、どうせなら天竜騎士団ヘブンズ・ドラゴンに入隊したらどうだ? 最近できたばかりだからそう苦労することも無い。まあ肝心の竜に乗れなければ仕方が無いだろうけど。どう? 都合が良ければ」
 そう言って二人に洋服を配る。
「あ、ありがとうございます、でもいきなりっていうのは。それに、乗れなかったら仕方ない」
 でもとなりで目を輝かせてるやつがいるからなあ。
「ね、ね、行こ」
 と楽しそうな物を見つけた子供のようにねだる。
「衝動乗りするのかよ」
 青年は輝かしい笑みを見せながら、
「なんなら今すぐにでも大丈夫だ。ちなみに僕の名はペスペ・エンルート。よろしくな。これから君達は同じ竜騎士団員だ」
 かくして俺達は、特に何の儀式も無く入隊することになった。後日にはあらためて、教皇様とやらの前で入隊の儀式をするそうだ。




 先程の建物の裏にまわると、青々としてきれいな草むらが果てしなく広がっていた。さらさらと草が風に鳴る。草が波打つ。
 すると、ペスペはおもむろに、首にかけていたらしい笛を手に取って、ピィィィイイっとよく通る綺麗な音をならした。
広大な草むらに笛の音が鳴り響く。何が起こるのだろうかと、少し期待しながら待っていると、草むらのどこからともなく、数頭の竜がけて来た。見れば中々に色鮮やかな竜たちで、雄々しく飛び、かなりのスピードを保ちながら、一瞬の間にこちらまで飛翔してきた。
 それから好青年ペスペは竜をそこらへんに落ち着かせると、いきなり乗るよううながす。
「こいつらは誰も火を噴かないから安心してくれ。落っこちても僕が拾ってあげるから問題ない。ああ、今聞くのも何だとは思うが、二人はカップルなの?」
「え」
「はいそうです」
 理恵がすかさず答えた。恐ろしい。
「なるほど、それでどうする? 彼氏さんの方から乗るかい?」
「彼氏って……」


 早速ながら、ガブリエルを理恵の方に預けて、わなわなといった感じで小麦色の竜に近づいて行くと、
「ぶっ!」
 思い切り尻尾でなぎ倒された。
「あ、だいじょうぶかい?」
 あ、じゃないよ。
「はい」
 本当は思いっきり腹じんじんしてるけどな。理恵じゃなくてよかった。
 それから続けざまに二匹目、三匹目、四匹目と三者三様のユニークな断り方を披露された後、遂に最後の砦である。
「いい加減頼むぜ……」やけくそになってポンと青い竜の上にまたがる。翼と首とのわずかな隙間だが、直に座るとごわごわした竜の肌を生に感じる。
「やった、やったぜ!」
 ついに乗れた!
「よし、それじゃあ手綱を引っ張ってみて、それで上昇できるから」
 言われた通りに手綱をめいっぱい引っ張ってみる。こい、俺のパートナーよ!
 しばし沈黙。
「お、おい、聞いてんのか。動け、動けって!」
 いくら手綱を引っ張れども俺のまたがる竜はびくともしないし、うんともすんとも答えない。
 そこで怪訝に思った俺が竜から降りてみると、
「いやこいつ寝てんじゃねーか! 立ったまま寝るなよ」
 完全に才能なしである。


 続いては理恵の番だ。彼女はそっと一匹目の、うっすらと赤いその竜へと近づいていき、寝ている赤んぼうにそっと触れるように、やさしくて柔らかに竜へと触れる。どうやらなぎ倒されることはなかったらしい。俺は忘れていた呼吸を取り戻す。
 それからいよいよ、理恵は竜へとまたがっていくのだった。
 そして一匹目からいきなり乗ることに成功する。少なくとも俺よりも才能があるらしい。
「いよっと」とかわいげに掛け声をあげて手綱を引っ張る。するとどうだ、竜はその重い翼を動かし、ばっさばっさとはためかせて、見る見るうちに上昇していく。
「きゃっ、すごいすごい!」


 おかしいぞ。俺はどれにも乗れないのに、理恵は一匹目から乗りこなしやがった。
「ふへへへ」と何がおかしいのかペスペは気色悪く笑いだし、
「まあ、気にするな。彼女可愛いから仕方ないよ」
 と手の平を返すように軽くあしらわれる。さっきまで散々騒がせておいてこいつ……。理恵と竜は空高く飛び上がり、大きな青い空をほしいままにしている。それを追うようにして、ペスペも飛び上がった。


 彼は飛び上がりながら、
「彼女がレアケースだから、あんまり落ち込むなよ!」
 と言って飛び去っていった。
「けっ、どうせ俺には頭のぬいぐるみがお似合いですよーだ」
 そう毒づくと、頭の上からガブリエルが落ちかかりながら、俺の耳たぶを思い切りかじる。体張った芸人じゃねーよ、痛い痛い。
 こんなことになってるけど普通、異世界から渡ってきたら俺がチートするもんだろうに、この世界はどうも俺に当たりがきつい。俺にはなんのとりえも与えてくれないらしい。こういう時はこのガブリエルが突然進化してあの二人をあっと驚かせるような大活躍をするもんだろ?
「いでっ!」
 ぬいぐるみは手に落ち着いたかと思えば、今度は手までかみやがる。
「な、なんの意志表示だよ。……あ、まさかお前、飛べるのか!?」
 ガブリエルは両の手のひらの上で身震いした。

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