転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第四話「ガブリエルの暴走」

「それならどうぞ」と理恵は差し出そうとする。
 しかし俺がそれを制した。
「待て、お前の名前は?」
 少女は肩を揺らしてから、
「ひぇ、ヒェール・エンルートですけど……」
「お前……、二人の関係は」
「海翔……、何聞いてるの」と理恵が咎めるのも俺は無視した。
「か、関係って言われても……」
 少し戸惑っている様子だ。これは何かやましいことがあるに違いない。もっと突っ込んでいかなければ。
「身長は?」
「165……」
「好きな言葉は?」
「信頼です……」
「ちなみにスリーサイズは?」
 すると理恵がすかさず頬をつねってきた。
「あ、すみません。調子に乗り過ぎました……」
「キ〇タマにしこたまぶちこむわよ」
「う……」
 脅迫までされてしまった。これ以上調子に乗るのはまずいか。思うように聞き出せなかった。




「それで、私からも聞きたいんだけど、ここで竜に乗せてもらえるの?」
 早速攻撃的な発言だな。いきなり本題にもっていくのかよ。
「へへえ? 竜ですか」
 と答えてから最後、胸元が谷間に割れたブレザーワンピースの裾を揺らすように、あたふたし始めてしまった。なんだか温かい目で見守ってあげたくなるかわいさだ。


 俺は理恵に目配せをしてから、意地悪くも黙っていると、彼女は「ついて来てください」と意を決するように言う。あえて聞くことも無いだろうと思って何も言わずに従ったが、理恵もそれは同じだった。


 俺はふと考えた。ロンディーナ氏の、こんな少女に対する贈り物ときたらいったい何があるだろうかと。だいたいロンディーナ氏とこの少女とが一体どんな関係にあるのかすらよくわからない。
 あたりに落ち着いた時間が流れた。
 少女はしきりに後ろを振り返りながらちらちらと俺のことを、いや、おそらく頭の上の竜のことを振り返りながらおずおずと案内する。


「そう。あなたは普段何をしているの? 竜騎士の手伝い?」
「竜騎士の、じゃなくて竜さんの世話をしています。竜さんの世話も結構大変なんですけどね、が、頑張ってやればなんとかなります」
 とぎこちない返事をした。
「竜なんて久しぶりに聞いた単語だよ」
「ファンタジーっぽくていいじゃない。私も子供の頃よく読んだわよ」
「そうかい……」


 こんなやり取りをしていると、なんだか眠たくなってきた。昨日そこそこ寝たはずなんだけどな。疲労に対して睡眠が足りないか。まあ、せっかく現実から離れたわけだ。前向きに考えればここで寝て置いた方が良いのかもな。
 いや、駄目か。
「あのー」
 ハッとすると、こんどはフリルの袖を胸のあたりに当てながら、横並びの俺の方を見上げていた。
「お兄さんは何て名前なんですか?」
「俺か? 俺は海翔だ。東雲しののめ 海翔」
「はあ、海翔さんですか。それと、あと、頭に乗っかってるのは何なんでしょう」
 ますます消え入りそうな声だ。
「こいつはなんというか……、空から落っこちてきたんだ。誰かのをぶん捕ってきたわけじゃないんだ」
 となぜか弁明する。
「そ、そうなんですか……。強いんですか?」
「強い? なんだか的確な質問だ」
「えっ、そ、それは」
「まあ俺も竜の世話ぐらい出来ればなあ。まあ乗れたらそれが一番いいんだけど」
「えへへ、そうですね」
 と少し身を竦めてくすくすと幼い少女のように笑った。少し実際の年齢よりも背伸びをしているようにも見える。
 三人の左右を色とりどりの建物が流れ過ぎて行く。
「私も竜さんとは長い付き合いなんですけどね、中々慣れなくて」
「そういうもんなんだな。乗れる人間でもなれなかったりするもんなんだな」
「体格とかの問題もありますからね。バランスをとるのにも結構気を使ったりするんですよ」
「ずぶの素人の俺達には大変そうだ」
 そうこうしている内にもどんどん異世界の風情ある街並みは流れて行く。故郷でもないのにノスタルジーを感じてしまうのだからこういう街ってのは不思議な力を持ってるんだろう。


「でも、いい雰囲気だな。俺もこんな町に住んでみたい」
「……だめですよ、ここは」
「え?」
「何でもありません」
「そうか……」
「ところで」と理恵が取り持った。「気になるんだけど、竜の操作ってどうやるの?」
「それはですね」と、趣味のあった人を見つけたような口調に変わった。
「竜というのは例外なく頭に角が生えてるんです。だからそこに縄を結んで離れないようにします。それを馬のたづなのように操作するんです。ところで皆さん知っていますか? 竜の事はあまりご存じないようですが。この世界には六色の竜に大別できるって」
「知らないわ」
 エンルート氏は不敵な笑顔を浮かべる。ちょっとかわいい。
「赤、黄、青、緑。それから黒と白ですね。この世界のバランスはそれらがせめぎ合い、うまい具合に取られているのです。中でもそれぞれの色にはその王たる竜がいて、自らを天帝と称する。つまりは喋れるということなんですね。彼らはとっても大きくてかっこいい存在なんです。私もいつかは乗ってみたいなあ、えへへへ」
 なかば自分の世界に入ってるぞ。
「あっ、ぅすみません。それで彼らのいる場所はわかっていないんですね。ただ白と黒の天帝は例外でして、白竜は南東の半島に、黒竜は消滅したって話です」
 目の前の山の上の方を恍惚こうこつとした表情でエンルートちゃんは眺めながら、饒舌になる。石畳の床からの太陽光の反射がじわじわと暑さをつくり出す。
「そいつは何で消滅したんだ?」
「それは私の先……じゃなかった。それはまた長い話になりますから」
「そうなのか」
 少女がはたと止まった。凛とした表情で振り返った。
「ここです」


 あほ毛のエンルートちゃんが案内した先は、町から少し離れた牧草地帯の入り口のような場所にたたずむ一軒の家。さっきのロンディーナ氏がいた場所とは、また一味違った雰囲気の漂う草むらがあたりに広がっていた。そんな大自然に囲まれた俺達の間を、生ぬるい風が撫で去っていく。五月ぐらいのいやらしい風だ。
 ガチャリと音を立てて、エンルートちゃんが入り口のドアを開ける。中は薄暗いが、整頓された部屋があった。奥にも二つドアがある。玄関が無い代わりに、手前には大きな部屋がある。


「すみませーん」と、少女が呼び掛けると、右の方のドアから、またまた俺と同じくらいの年齢の青年が身をあらわした。身長が少し高めの好青年である。服装の色合いはエンルートちゃんと似て、赤紫と栗色の組み合わせ。
「この人達が竜に乗りたいんですって」
 と、流暢りゅうちょうに答える。


「え」
 その時に、そのタイミングに、俺の頭からガブリエルが突然、飛びだして、ビュンとエンルートちゃんの持つ麻袋の方へと突撃していった。


 少女は、「きゃっ」とおさない声で叫んで、麻袋を抱きかかえるように身をすくめた。しかしガブリエルは容赦なくそれに飛び込んでいく。
「お、おい、ガブリエル!」
「い、痛い、いたい!」
 俺にはお構いなく、エンルートちゃんにガスガスぶつかっていく。痛そうにしている彼女から、今度は理恵がガブリエルを離そうとするその刹那、ほんの一瞬の隙を突かれ、その木箱は床に落ちてしまう。
「あっ!」と、エンルートちゃんと好青年の声が重なる。二人は飛び掛かる。しかしガブリエルもなかなかやるようで、器用にも床の上で袋に向かって突っ込み、二人の間から自分もろともすり抜けた。
 俺も慌ててガブリエルを取り押さえようとするが、
「ま、待って!」と今度はエンルートちゃんに止められる。
「な、なんだよ、止めないと」
「その木箱に近づいてはいけません!」
 しかしながらその隙に、今度は理恵が取り押さえにかかる。相変わらず箱に向かってぶつかり続けるガブリエルに対し。




「あ!」と四人の声が重なった。
 さっと飛び退いた理恵を除く二人の、エンルートちゃんと好青年に中の液体が思い切り飛び散った。うつくしい鮮血の色だ。遅かった。捕まえる直前にその木箱は割れてしまったのだ。


 くそ、やっちまった。でも果たして俺はどうすればいいんだ? とりあえず謝るべきか――




 それを止めるかのようにばたっと、倒れた。一番液体のかかった青年が。しかもそのまま、血だまりのようなところに頭を突っ込む。ばしゃりと。
「お、お兄ちゃん!」
 少女の悲痛な叫び声が響く。ガブリエルは理恵の手の中で必死に暴れていた。

「転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く