転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった
第三話「竜騎士と謎の木箱」
煙の中から現れたのは、すらりとした印象の、背の高い竜騎士だ。竜から降りると、兜の顔の部分を右手で上げた。年齢は見たところでは三十路だろうか、身には銀色のとても軽そうな鎧を着けていた。
像ほどに大きい灰色の竜の吐息に緊張感を覚えながら、その竜騎士を見守った。理恵も同じように固まったままだ。
「おっと、ぼくは君達の思ってるほど立派な人間じゃないよ。竜を乗りこなすのにも一苦労さ」
と、そんな嘘か誠かわからないような彼の言葉を聞き流しながら横目で理恵の方を見やると、もう目が輝いている。とんでもない好奇心の持ち主だな。何とか自制してくれ。頼むぜ。
「僕はブマク・ロンディーナというが、君達は?」
「えっと」、足をもつれさせながらも、俺は居住まいを正して、「僕が海翔でこっちが理恵です。北の山への旅の途中だったんですけど、どうも泊まるところが見つからなくて」
「ほう、それなら一軒空いたところがあるから、そこに泊まると良い」
親切にもあっさりと受け入れられてしまう。
「いいんですか、そんなわざわざ。そもそも持ち合わせたお金が無いんです」
「どうせ空いてるんだ。使ってくれたまえ」
そうして竜の首をポンポンと叩いて巨体をどこかへ飛び立たせると、ロンディーナ氏が手まねで着いてくるよう促した。
そんな竜騎士の背後には、木々の間に太陽の溶け込んでいくのが見えた。傾斜の緩やかな川の音が、心地よい安らぎとなって耳を癒した。のどかな田舎に来たようでどこか懐かしさを覚える。
「二つしか部屋のない家だけど自由に使ってくれていいよ。何かあったら」
来た道の方を示しながら、
「あそこの煙突のある所まで来てくれ」
そう言ってロンディーナ氏は背を向けかけたが、
「そうだった、そうだった。これじゃあ君達、夕食のあては無いかな」
図星ですよ。それでも素直に、はいありませんと答えるのもはばかられるが、俺が考えているその間を認めると、
「さ、済まないがこっちだ。夕食は賑やかな方が良いね。今日は羊肉だから、君達運がいいよ」
「そんなに良くしてもらうのは困りますよ……」社交辞令というか本音だ。
「そう気負いすることは無い。それに君達は北の山の方、つまりイシュールに行くのだろう? それで少し頼みたい事もあるからね。それに比べればなんてことは無いさ」
またしても頼まれごとを引き受けるのか。俺って頼もしいのかな? そう思っていると左から理恵の視線を感じた。察しのいい奴。
そんなところで、丘のような緩やかな傾斜を下りながら、みすぼらしい自分の冒険者風の衣装を見下ろして、思わずため息をついた。みすぼらしいのは衣装だけでなく自分の身の上も、なのだ。異世界に転移した初日。
さあやるぜ! と初日から敵をなぎ倒しまくる勇者なんてのは無理だろうけど、せめて武器の一つでも持ち合わせていれば何らかの収穫はあっただろうに。まあそれも初日だ初日。よくある異世界もんでも初日はあくせくするもんだろう。
隣をふんわり歩いている理恵にしたってそうだ。スカートとはいえ、結局冒険者のぼろ服に過ぎない。それを彼女なりの身のこなしとすらりとした今にも絶妙なバランスをもったその出で立ちが、辛うじてその悪印象を食い止めているようなものだ。
そんな風にさり気なく俺が見ていることを知るはずもない理恵と、偶然その視線がぶつかり合った。理恵は柔らかな微笑みをしたが、彼女からふいと前を向いてしまった。頭の上にいるガブリエルはずっと押し黙っている。自分の定位置を完全にそこに定めたようだった。
それから無言の流れを断ち切るように、ロンディーナ氏は、一つ尋ねた。
「君達はどうしてイシュールに行くんだい?」
「はい、私達、竜に乗りたいんです」と、理恵が率先して答えた。
ロンディーナ氏は快活に笑った。
「そうかそうか、竜に、ね。でも丁度いいかもしれない。さっきの頼み事だが、ある人に届け物をしてほしいんだ。その人に届けてくれればきっと色々うまくやってくれる。ただその竜に乗るのもね、なかなか大変だよ。何せ初めから乗れるなんてのはいないんだからね。さ、ここだよ」
そう言って指示した先には既に明かりをともした石造りの家だった。
「今日は二人も客人がいるからね、ちょっと賑やかだ。それで、届け物なんだけと」
ようやく三人が食事を終えたところでこう切り出した。部屋からおもむろに出て行くと、数十秒ほどで片手に木箱を抱えながら戻ってきた。頭よりも一回り大きな立方体をしている。
「これだ。中身は軽いけれども決して開けてはいけない。それでなんだが、、これを渡してほしい人物なんだけれどね。町の中心部に噴水があるから、そこのふちにでも腰掛けといてくれればきっと回収しに来る。その子に話してくれればさっきの話も何とかなる。図々しいお願いだが、今日の分と思って」
と、にこやかながら言う。半ば投げやりの感もあるが、俺達は素直に首肯した。「恐縮です」
「僕はまた出かけなくちゃならないから今渡しておくよ。それじゃあ、よろしく」
そう右手を挙げて言い、せわしなく鎧を着てから、家を出て行った。
自然に俺と理恵は顔を見合わせて、俺は肩を竦めてみせた。外はもう、黒い体のガブリエルが溶け込みそうな真っ暗闇になっていた。
あっという間に次の日は来て、靄のかかっている朝の内には出発をし、徐々に変化する街並みを眺めること二時間、ようやく目的の町、イシュールへ到着した。想像していたよりも人通りは少ない。屋台や出店が並んでいるという様子も無いが、目的の地は噴水だ。肌寒い中をぼろ冒険者服で練り歩く。
二人はざくざく刺さるまばらな周囲の目を気にしながらも、何とか目的の噴水を発見するとすぐに淵にへたり込んだ。二日で何十キロ歩いたかもわからないのだから仕方あるまい。俺の頭に鎮座するガブリエルは一人だけ楽をしているのだが、おかげで自分がどれだけみすぼらしい格好をしているのかということも意識せずに済んでいる。
なんとなくうなだれていると、噴水の音が何となくさっきの村に似ている様に聞こえる。
「あのー……?」
「え?」
突然の頭上の声に動揺しながらも顔を上げてみると、そこには俺と変わらないような年の少女が、怪訝そうな目で俺達を見下ろしていた。それが俺達の見てくれのせいなのか、ガブリエルのせいなのか、はたまた箱を入れた麻袋のせいなのか判然としなかった。しかし彼女はとにかく洒落た服をまとい、胸に手を当ててこちらを見ている。
彼女は長髪のてっぺんのあほ毛を揺らして、
「その麻袋をくれますか?……」
と消え入るような声で言った。
「あなたは誰?」と理恵。
少し考えてから
「えと、ブマク・ロンディーナさんの、知り合いです……」と、少女は呟く。
像ほどに大きい灰色の竜の吐息に緊張感を覚えながら、その竜騎士を見守った。理恵も同じように固まったままだ。
「おっと、ぼくは君達の思ってるほど立派な人間じゃないよ。竜を乗りこなすのにも一苦労さ」
と、そんな嘘か誠かわからないような彼の言葉を聞き流しながら横目で理恵の方を見やると、もう目が輝いている。とんでもない好奇心の持ち主だな。何とか自制してくれ。頼むぜ。
「僕はブマク・ロンディーナというが、君達は?」
「えっと」、足をもつれさせながらも、俺は居住まいを正して、「僕が海翔でこっちが理恵です。北の山への旅の途中だったんですけど、どうも泊まるところが見つからなくて」
「ほう、それなら一軒空いたところがあるから、そこに泊まると良い」
親切にもあっさりと受け入れられてしまう。
「いいんですか、そんなわざわざ。そもそも持ち合わせたお金が無いんです」
「どうせ空いてるんだ。使ってくれたまえ」
そうして竜の首をポンポンと叩いて巨体をどこかへ飛び立たせると、ロンディーナ氏が手まねで着いてくるよう促した。
そんな竜騎士の背後には、木々の間に太陽の溶け込んでいくのが見えた。傾斜の緩やかな川の音が、心地よい安らぎとなって耳を癒した。のどかな田舎に来たようでどこか懐かしさを覚える。
「二つしか部屋のない家だけど自由に使ってくれていいよ。何かあったら」
来た道の方を示しながら、
「あそこの煙突のある所まで来てくれ」
そう言ってロンディーナ氏は背を向けかけたが、
「そうだった、そうだった。これじゃあ君達、夕食のあては無いかな」
図星ですよ。それでも素直に、はいありませんと答えるのもはばかられるが、俺が考えているその間を認めると、
「さ、済まないがこっちだ。夕食は賑やかな方が良いね。今日は羊肉だから、君達運がいいよ」
「そんなに良くしてもらうのは困りますよ……」社交辞令というか本音だ。
「そう気負いすることは無い。それに君達は北の山の方、つまりイシュールに行くのだろう? それで少し頼みたい事もあるからね。それに比べればなんてことは無いさ」
またしても頼まれごとを引き受けるのか。俺って頼もしいのかな? そう思っていると左から理恵の視線を感じた。察しのいい奴。
そんなところで、丘のような緩やかな傾斜を下りながら、みすぼらしい自分の冒険者風の衣装を見下ろして、思わずため息をついた。みすぼらしいのは衣装だけでなく自分の身の上も、なのだ。異世界に転移した初日。
さあやるぜ! と初日から敵をなぎ倒しまくる勇者なんてのは無理だろうけど、せめて武器の一つでも持ち合わせていれば何らかの収穫はあっただろうに。まあそれも初日だ初日。よくある異世界もんでも初日はあくせくするもんだろう。
隣をふんわり歩いている理恵にしたってそうだ。スカートとはいえ、結局冒険者のぼろ服に過ぎない。それを彼女なりの身のこなしとすらりとした今にも絶妙なバランスをもったその出で立ちが、辛うじてその悪印象を食い止めているようなものだ。
そんな風にさり気なく俺が見ていることを知るはずもない理恵と、偶然その視線がぶつかり合った。理恵は柔らかな微笑みをしたが、彼女からふいと前を向いてしまった。頭の上にいるガブリエルはずっと押し黙っている。自分の定位置を完全にそこに定めたようだった。
それから無言の流れを断ち切るように、ロンディーナ氏は、一つ尋ねた。
「君達はどうしてイシュールに行くんだい?」
「はい、私達、竜に乗りたいんです」と、理恵が率先して答えた。
ロンディーナ氏は快活に笑った。
「そうかそうか、竜に、ね。でも丁度いいかもしれない。さっきの頼み事だが、ある人に届け物をしてほしいんだ。その人に届けてくれればきっと色々うまくやってくれる。ただその竜に乗るのもね、なかなか大変だよ。何せ初めから乗れるなんてのはいないんだからね。さ、ここだよ」
そう言って指示した先には既に明かりをともした石造りの家だった。
「今日は二人も客人がいるからね、ちょっと賑やかだ。それで、届け物なんだけと」
ようやく三人が食事を終えたところでこう切り出した。部屋からおもむろに出て行くと、数十秒ほどで片手に木箱を抱えながら戻ってきた。頭よりも一回り大きな立方体をしている。
「これだ。中身は軽いけれども決して開けてはいけない。それでなんだが、、これを渡してほしい人物なんだけれどね。町の中心部に噴水があるから、そこのふちにでも腰掛けといてくれればきっと回収しに来る。その子に話してくれればさっきの話も何とかなる。図々しいお願いだが、今日の分と思って」
と、にこやかながら言う。半ば投げやりの感もあるが、俺達は素直に首肯した。「恐縮です」
「僕はまた出かけなくちゃならないから今渡しておくよ。それじゃあ、よろしく」
そう右手を挙げて言い、せわしなく鎧を着てから、家を出て行った。
自然に俺と理恵は顔を見合わせて、俺は肩を竦めてみせた。外はもう、黒い体のガブリエルが溶け込みそうな真っ暗闇になっていた。
あっという間に次の日は来て、靄のかかっている朝の内には出発をし、徐々に変化する街並みを眺めること二時間、ようやく目的の町、イシュールへ到着した。想像していたよりも人通りは少ない。屋台や出店が並んでいるという様子も無いが、目的の地は噴水だ。肌寒い中をぼろ冒険者服で練り歩く。
二人はざくざく刺さるまばらな周囲の目を気にしながらも、何とか目的の噴水を発見するとすぐに淵にへたり込んだ。二日で何十キロ歩いたかもわからないのだから仕方あるまい。俺の頭に鎮座するガブリエルは一人だけ楽をしているのだが、おかげで自分がどれだけみすぼらしい格好をしているのかということも意識せずに済んでいる。
なんとなくうなだれていると、噴水の音が何となくさっきの村に似ている様に聞こえる。
「あのー……?」
「え?」
突然の頭上の声に動揺しながらも顔を上げてみると、そこには俺と変わらないような年の少女が、怪訝そうな目で俺達を見下ろしていた。それが俺達の見てくれのせいなのか、ガブリエルのせいなのか、はたまた箱を入れた麻袋のせいなのか判然としなかった。しかし彼女はとにかく洒落た服をまとい、胸に手を当ててこちらを見ている。
彼女は長髪のてっぺんのあほ毛を揺らして、
「その麻袋をくれますか?……」
と消え入るような声で言った。
「あなたは誰?」と理恵。
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