転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第二話「イシュット王国の竜騎士」

 イシュット王国、ルシャータ大陸の西の半島の丁度真ん中あたりにある国。チェリーの話によることろでは、この国には竜というのが存在するらしく、おまけに竜騎士なんてのまで存在する。ただしそれは非公式の話で、公式の竜騎士団は実質存在しない。というのも、竜の調整は非常に難しく、生半可な世話のしかたではまるで取り合ってもらえず、挙句の果てに王国は南の小さな半島にいる竜に領土を脅かされるという始末だとか。


 そんな王国とは裏腹に、大陸の西の半島に広く存在する非公式のそれは、数百もの竜騎士を誇る大組織らしく、様々な逸話を作り出しているそうだ。そいつらはなんでも天竜ヘブンズ・ドラゴンと通称される、天竜騎士団というものらしい。崇高な理念を掲げる彼らは、治安の維持に貢献したり、南の竜の進行を食い止めたり、はたまた勇者を誕生させたりと、その活躍の数々は枚挙にいとまがない。
 勇者などというものは無為な日々を過ごしてきた俺からしてみれば、うさん臭いことこの上ないとたかをくくっていたが、つい先日にも南の竜の侵攻を見事防ぎ、イシュット王国から駆逐して見せたという。それもほんの二人の竜騎士と竜で。少なくとも勇者、あるいは英雄と呼ぶべき人物が存在することは確かなようだ。


 話を続けている内にだいぶ日も登って来た。森がやわらかな風にそよいで心地の良い音を立てた。
「そへが、リンベル・ルシャータとレイ・ルシャータっつうんだ」と、チェリーはもぐもぐと猛獣の焼いた肉を頬張りながら語る。
 なんでもその二人の先祖は、ルシャータ大陸の東西を翔けた偉大な英雄らしい。大陸の名もそこから取られているというわけだ。
 そのうち、その英雄の跡を継いだその臣下がそれぞれ独立して国も分裂していったそうだ。


「ちなみに、うぉ熱ッ、その英雄の名が、イシュット・ルシャータ。天帝という六色もの竜を下して、この国の王都を統べ、巨大国家の大王となった男さ」
 つまるところそいつの名を冠したこの王国がその直接の後継国家というわけだ。


「面白い建国伝説があるのね」とつやっぽく理恵が言う。
「詳しい話は私も聞いたことが無いんだけど、うわさではその大王が五百年たった今も生きてるって話だぜ。なんでも南の半島の白竜の生き血をすすって」
「へえ」と、自分からは縁遠そうな話を聞くように相槌をうった。いくら長生きできるとはいえこの世界にいちゃ仕方が無いだろう。


「面白いわ。私達も竜に乗りたい。ね?」と、顔の前で両手を合わせて、理恵が楽しげに言う。
 彼女はチェリーの方に向き直って、
「どうしたら竜に乗れるの?」とうきうきとした調子で尋ねた。
「ばっか、竜に乗るにはとんでもない努力ととんでもない才能が必要なんだよ。そうやすやすと乗れてたまるかってんだぃ」
「それでも」理恵は食ってかかる。
 チェリーは少し言い渋った。しかし最後には根負けして、
「んん、北だよ、北の山の麓あたりにその騎士団の本部がある。竜騎士団に入ったやつの話なんて知らないから、それでどうなるという保証も無いけどね。なんなら南の半島で竜をいきなり乗りこなして伝説を作る、なんて方法もあるけど」
「せめて北が良いな、そりゃ」
 余計な危険を冒すような方には行きたくないからな。
「じゃあ北に行こ、海翔」
 そう言って理恵は身を弾ませた。こういったものにすかさず乗り気になって俺を引っ張りまわすから、大した元気の持ち主だ。


「本当に行くのか!」と、チェリーが叫ぶ。
「だって他にすることないもの。それにもっと沢山の人から話を聞かないと困るでしょ?」
「困るのなんのって、近くの町でもいいだろ、人に聞くぐらいならそれで十分だ」
「だぁーめ、もっと偉い人に聞かないとわからない事があるの。それじゃあチェリーさん、ありがとう」
 するとチェリーは少しためらいがちに、
「これやるよ」と言って俺達に何かを投げ渡した。「守護霊が宿るってペンダント。困ったときに助けてくれるって」
 理恵はふふ、と含み笑いしてから、ペンダントを目の前で掲げて子供のように無邪気な様子で喜んだ。
「ありがと、それじゃあまたどこかで」
「せいぜい気を付けろよ。それと、食料の借りはこれでチャラだ」
「請求しねーよ」






 あれからもう何時間歩いただろうか。途中何回か休憩をはさみつつ、相当の距離を歩いてきたはずだが、一向に村や町のような立派なものは見えてこない。辺り一面自然で占められている。いったい俺達はどれだけ進んでいけばいいんだろうと少し滅入ってきた。
 昼を回るころ、俺に寄り添い歩いていた理恵が唐突に空を指さしながら明るい声を上げた。


 空を見てみると、何やら空を飛ぶこうもりみたいなものが一体いる。そいつはいよいよ俺達の直上にきたかと思うと、突如として脈絡なく急降下を敢行した。それがまずかった。何がまずいって、俺の顔面にものすごい勢いで落下してくることだ。
「あっあっ」と、俺は妙な声でうろたえている内に、ズドンと絵にかいたような効果音と共に顔面に直撃をくらった。
 鼻の奥の方でいやな痛みがじんわりと広がっていたが、それよりも顔面のこいつを引っぺがさなくては。


「はなれろっ、くそっ!」と、独りでに奮闘し、「やった、とれた」
 するとその途端、顔面に火の気が走った。火も吐けるんだなあ。やっかいだ。
 そのちっこい生き物の鳴き声が妙な余韻を残していた。遠に羊の鳴き声が聞こえた。


「見てよ、かわいらしい竜よ! ぬいぐるみみたい」
「ぬいぐるみみたいな竜なんて、ちんけな奴だ」
 俺が両手づかみでがっちりと取り押さえてようやく大人しくなったそいつは、観察すれば観察するほどみすぼらしい出で立ちだった。
 わにのような頭に角が生えたところまではいい、羽がこうもりっぽいのもまあいいとして、
「何でこいつ、しっぽが豚みたいに渦巻いてんだ」
 それにこたえるかのように、がぶりと俺の手首に食いついた。
「ずいぶん気に入られてるみたいね、海翔」
「少なくとも俺はそんな気はしないぞ」
「せっかくだから名前、付けてあげなよ」
 理恵が竜を覗き込みながら、髪の毛をさらりとかき上げた。
「こいつ、誰のだかもわからないし……」
 そこでまた、がぶりと手首をかまれた。俺の手首の痛覚から尋常ではない痛みが走る。
「決めた、こいつはガブリエルだ。とりあえずこいつを手から取り去ってくれ」
 理恵はひょいと距離をとって手を引き、くすくすと笑っていた。
 遠くでヤギの鳴き声がした。馬鹿にされたような気がする。




 とって噛みつかれの紆余うよ曲折の後、なんとかガブリエルを頭の上に落ち着かせて北の山を再び目指し始めた。今朝よりかは多少山に近づいたが、とても今日一日で到着できるような距離ではないと悟った俺達は、夕暮れどきになってようやく近くの宿を探し始めようということになった。


 日がいよいよ地平線の下に落ちて行こうかという頃、ようやく小さな村に行き着くいた。百人住んでるか住んでないかの規模の村だ。
 人の行きかいはあまりなく閑散としているが、小さな川が中心を貫くのどかな村だ。傾く日と川のせせらぎの中、なんとか宿を探そうとしたが、この時間や村や町の少なさを見るにこの村に泊めてもらわないわけにはいかないだろう。
 まあ宿はなくともせめて、泊めてくれるような家があればいいのだが。


 するとまた理恵は、
「あれ、あれ」と言って人差し指をさす方にはちっこいこうもりではなく……、何とも立派な竜が飛翔しているではないか!
「お、おい」、俺はわなないた。またしても直上から落下してくるのだ。しかも今度はさっきの比じゃないごつい灰色の竜が。
 ひょいと、なんとかギリギリのところでそいつの落下をかわしたのだが、極端な地響きと、衝撃波とに間近で襲われる羽目になってた。
 二人して地面に転げながらその竜の方を見上げると、
「やあ、旅の人かな? 驚かせてしまって済まない」
 と言って、土煙の中からむくりと姿を現す影があった。そもそも驚かせただけじゃすまないが……。
「本物の、竜騎士?」
 二人の口が、同じように呟いた。

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