魔女はきょぬーになりたかったので転生して好きに生きます。

秋先秋水

プロローグ 神魔皇、再誕

 魔女。
 それは世界で最も魔の法に長けた至高の存在。
 意識するだけで世界中の魔力を動かし、指を鳴らすだけで太古の神龍の鱗ですらも焼き尽くす焔を放つ。


 神を除けば世界の頂点付近に君臨する超存在――それが魔女だ。


 そして世界で現存している魔女の一人であるルクレツィア・シャイターン。


 彼女は他の魔女たちによる歓迎会から帰宅した後、己の魔術工房で慟哭の声を上げていた。
 思い浮かぶは他のナイスバディ(笑)な美女たちの可哀想なものを見るような目。


「くそう、あの乳お化けどもめ! 『あなたは肩がこらなくていいわね?』だと!? ふざけんな!」


 そう。彼女は女性の象徴(だと思っている)である胸が平たいことがコンプレックスだった。
 それはもうこの世の自分より大きな乳房を呪い続けるほどに。


 実をいうと、彼女はもともと人間だった。
 胸を育てる過程で――何の因果か彼女は魔女と成ったのだ。


 その軌跡を紹介しよう。
 彼女の怨嗟の奇跡だ。


 まず、オーソドックスな方法である牛乳を飲み続けた結果、骨が丈夫になり尋常ならざる丈夫さを手に入れた。
 塔の頂上から飛び降りても骨が折れないほどに。


 ストレッチで胸が大きくなると聞いた結果、尋常ならざる筋力を手に入れた。
 それはもう、巨大な竜の頭を片手でぺちゃんこにできるくらいに。


 胸が大きくできる『変身』の魔法があると聞いたので魔法を究めた。
 だが、嘘だった。人が扱える魔法でそんなものは存在しておらず、残ったものは『無限の魔法使い』という意味不明な称号と無駄に洗練された魔術だけ。


 ならば、と彼女は考えた。


 人でなくなればいいんじゃね?


 と。


 そして彼女は持ち前の魔力と人の範疇を超えた魔法を行使して魔女となった←イマココ。


 だがしかし――それも不発。


 魔女はユニークスキルと呼ばれる、人間では持ちえない強力なスキルが種族特性だ。
 彼女はその中に『変身』があると思っていたのだが、ユニークスキルの中にそれはなかった。


 『不老不死』
 『無尽魔力』
 『神の秘術』


 不老不死は言わずもがな。
 無尽魔力もその名の通り、魔力をいくらでも生成し続けられるチートスキルだ。
 そして神の秘術。


 当初彼女はついに『変身』が手に入ったのかと思ったのだが、それは違った。


 神の秘術スキルを使用しようとした時に浮かんだものは――何もなし。
 クソスキルなのかとふて寝しようとした時、彼女の脳裏をある可能性が過った。


「待てよ? 神の秘術ってことは、神の魔法が使えるんじゃない?」


 なぜそれに今まで気づかなかったのか。
 彼女は一目散に古い文献を漁り、ついにその記述を見つけた。


 『転生魔法』


 ひょんなことから神域に殴り込みに行ったときに奪ってきた魔法書の中に書かれていたのだ。
 『変身』魔法はそこにもなかったが、彼女は喜んだ。


「こんなクソみたいな今生はいらない! 私は転生して、今度こそきょぬーになるんだ!!」


 そして世紀の大魔女は転生した。


 これが、数多の世界を震え上がらせた『厄災の神魔皇ディザスター・シャイターン』が神話の表舞台から突如として姿を消した真相である。




――――――――――




 クリンドルフ領内の森林地帯を走る馬車の中に、一人の女の子がいた。
 彼女は孤児院に捨てられていた子供で、今まさに『適齢』となったので出荷されたのだ。


 奴隷として。


 その女の子はセラという名前のほかに何も持たぬ、何の変哲もない女の子だ。
 だがしかし、とびぬけて彼女は美しかった。


 流れるような銀色の髪、栄養をあまり摂らせていないはずなのに白磁を思わせるほどの白い肌。
 そして――同じ齢の子供たちと比べると、常識はずれなほどに大きな胸。


 それを見て孤児院の大人たちは舌なめずりをしていた。
 性行為ができる年齢まで待っていたのだ。


 だが貴族の商人が適齢になる前にセラを見つけ、奴隷として多額の金を積んで買い取ったのだ。


 セラは一度その商人を見たことがあるが、ひどいものだ。
 好みの女を見たならば、権力を振りかざして見境なしに自分のものにするというクズだった。
 孤児院の教会にいた優しいシスターも、その男に犯されて泣いていた。


 彼女には将来を約束していた幼馴染がいたというのに。


「なあ、後ろにいる奴隷の味見してもばれないと思うか? あんな女を抱ける機会は滅多にないぜ?」


 馬車の荷台にいても、御者の下衆な会話が聞こえてくる。


「やめとけやめとけ。商品に傷をつけたら俺たちに約束されてる報酬がなくなっちまうんだぞ? それに年も考えろって。適齢になりたてってことは、まだ八歳かそこらだろ?」


 もう一人が下衆な男を宥めるが、会話は下賤極まるものになっていった。
 やれ昔は奴隷を傷物にしてもよかっただとか、いつか無理やり抱いた奴隷は泣きながら昔の所有者の名前を呼んでて興奮しただとか。


 セラは聞くに堪えられなくなり、鎖につながれた手で両耳を覆う。
 ここまで来たら、自分もその少女たちと同じ道を辿ることになるだろうと考えると、ひどく憂鬱だった。


 いや、はっきり言って死にたくなるほど嫌だった。


 いまここで舌を噛んで死んでやろうかと思うほどには。


「ヒヒィィィンっ」


 不自然に馬が暴れ始めたのはその時だった。


「なっ、なんだ!?」


 男の一人が馬を慌てて抑えようとするも、馬は暴れ続ける。


「ヒヒィッィプビっ――」


 馬のいななきが途中で空気が漏れ出す音に代わり、遅れて切断音が聞こえてきた。
 何事かと思い、セラはその布で覆われた鉄格子のなかから前を見た。


 そこに居たのは――男たちの五倍はあろうかという熊がいた。
 漆黒の毛に、赤い瞳。その足は成人男性二人分の太さを持ち、爪はどんな名剣でも折ってしまうほどに鋭い。


「グォオオオオオオオオオ!!」


 そして響く咆哮。
 同時に放たれる圧倒的な魔力の気配に、セラの体は竦み上がった。


「グリムベアー!? に、逃げ――」


 荷台の布に男の血しぶきが付着した。
 逃げる間もなくやられたのだ。


 セラは周囲を檻に囲まれているため、逃げることすらできはしない。


 グリムベアーの名は、セラも聞いたことがあった。


 この周囲で出没するはずのない魔物で、歩く森の災厄とまで呼ばれる魔物だ。


 討伐するのに手練れの冒険者30人は必要だと言われている。


 幸い、あちらはセラの存在に気付いておらず、音から男二人と馬を食っていると推測できた。
 このまま過ぎ去って、と天に祈る。


 だが――グリムベアーは空腹だった。


 少しもしないうちに食事を終え、新たな獲物を探す。
 当然、グリムベアーはセラの存在に気付いた。


「グオォォォっ!!」


 バキン! と硬質な音を立てて鉄の牢獄の上半分が吹き飛んだ。


 青ざめたセラとグリムベアーの視線が交錯する。
 完全に獲物を見る目で見られ、セラは一歩も動けない。


 だが、死にたくない思いだけは残っていた。
 それは分からぬほどに熱く燃え上がる衝動。


(いやだ、いやだよ。こんなところで死にたくない!)


 セラは自分の胸に手を当てる。
 なぜか、彼女はこの胸を失いたくないと本能的に強く、強く感じた。


 そしてついにその時がきた。


 なんの前触れもなく、なんの合図もなしに。
 グリムベアーが襲い掛かるその直前。


「このおっぱいを傷つける奴は死ね!!」


 尋常ならざる魔力がセラを中心にして瞬間的に爆発する。
 グリムベアーはそれを瞬時に察知し、バックステップ。


 追いつめていたはずの獲物から発せられた魔力に、獣の本能が反応したのだ。


 そして、セラは理解していた。


 いや、思い出していた。


 自分が最高の魔女であること、前世は胸が貧相で死にたくなるほどつらかったこと。


 だが今は、理想の体に自分の精神が宿っていること。


 息を吸うように、当然のように彼女は魔法を行使する。
 手足を封じていた『奴隷の枷』という、つけた対象の能力を封じる物を魔力のみで破壊した。


 次いで、みすぼらしかった服は当然のように消えて、新たに煌びやかな装飾が施されたスリットのあるローブが彼女の体を包み込む。胸のところもきわどく露出しており、煽情的だ。


 そして極めつけはツバの広いとんがり帽子。
 彼女が巨乳になったらエロい魔法使いを目指そうと密かにデザインしていたものだ。


「ちょっと時間が掛かったけど……ふふっ、このずっしりと存在を強調する……私のおっぱい……最高っ!」


 でかい熊がいるというのに、少女は自分のおっぱいを優しく揉みまくる。
 不老不死のおかげで肉体の筋繊維が切れることはないが、やはりクーパー靭帯は大切なのだ。


 垂れた巨乳ほどみすぼらしいものはない。
 今の自分の胸はそんな垂れとは無縁の存在。


 至高のおっぱいと言えよう。


 感度も良好。揉んだ拍子に見えた乳首も乳輪も桃色で綺麗だし最高。
 あ、気持ちよくなってきちゃった……。


「はぁ……うんっ……」


 突如として豹変した獲物の艶やか姿に、熊は呆然とする。
 種族は違えども、熊は確かに目の前の魔女に情欲を抱いていた。


 熊のその視線が不埒なものへと変化した瞬間、魔女は熊のほうを見る。
 女の本能が反応したのだ。下衆がいる、と。


「あれ、まだいたんだ。邪魔」


 パチン、と彼女が指を鳴らす。
 それと同時に煉獄の炎がグリムベアーを瞬く間に包み込み、絶命させた。


 焼け焦げて動かなくなったグリムベアーの死骸を見て、彼女はつぶやく。


「そういえばお腹も減ったし、ちょうどいいね」


 これが、世界に対して無害となった『厄災の神魔皇ディザスター・シャイターン』が再臨した最初の日の出来事である。

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