内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記ー家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇー

こたろう

01-15

セイファー歴 756年 3月2日


「おっ、早いな。よく眠れたか?」


まだ日が昇る前、あたりが薄明るくなりかけている頃にバルタザークが館の外へと出ると、セルジュが館の前で佇んでいた。


「流石に初陣で良くは眠れないかな。昨夜はどこへ行ってたの?」
「ちょっと敵さんを驚かしにな。良く燃えていたから大慌てだったぞ」


バルタザークはセルジュの緊張を和らげるべく大袈裟に身ぶりを交えて昨夜のことを説明するが、セルジュの表情は硬いままであった。バルタザークは肩に手を置き、セルジュを正面から見据えてこう告げた。


「心配するな。この勝負、こっちの勝ちだ。オレが手早く敵の大将をふん縛って連れてきてやるから楽しみにしてな」


セルジュはこれが気休めだとわかっていたが、その気休めが有り難かった。


「お前さんは鎧を身に着けないのか?」
「身に着けたくても、ボクの丈に合った鎧が無いからね。仕方ないよ」


五歳児用の鎧などある訳がなかった。そもそも、鎧を身に纏っていたとしても大人と対峙したら成す術なくセルジュは殺されてしまうだろう。纏うだけ無駄だと判断したのである。


それを説明した後、セルジュは小さく息を吐いてバルタザークに本音を明かした。


「正直怖い。ボクはボクが死ぬことが怖いんじゃない。大切な領民を殺してしまうかもしれないことが怖いんだ。残された家族が悲しみにくれると思うと罪悪感に苛まれるだろう。だから、そうならないためにも、頼む。ボクを助けてくれ」


セルジュは真っ直ぐにバルタザークを見つめると、バルタザークはセルジュの肩を二度ほど叩き「任せとけ」と告げてこの場を後にした。


セルジュはバルタザールがいなくなった後、自身の頭で孫子を思い出していた。と言っても全部覚えているわけでは無い。あくまでビジネス書の孫子をマーケティングに活かすために何冊か読んだ程度である。


その中で重要なのは自軍と敵軍の比較である。


まず、兵の士気に関してはこちらが上だと判断した。糧秣もない敵兵の士気が高いわけがない。そして地の利もこちらにある。この日のために着々と要塞化してきたのだ。


将の質に関しては敵将がわからない以上、比較することはできないがこちらは悪くない。そして、兵の質は明らかに向こうの方が上だ。


つまり、勝敗はセルジュがどれだけ領民の心に火をつけることができるかに委ねられたのである。




日が完全に昇った頃、セルジュたちは最後の準備に取り掛かっていた。館の周囲に何重にも防護柵を拵えていたのだ。


こちらの守備兵四〇名はみな弓兵だ。距離のアドバンテージを活かして防衛にあたるのが最善だろうとセルジュは考えていた。その準備は村人たちが敵影を発見するまで続けられていた。


一方のファート軍は村に到着するなり家々の中を改めていた。金目のものや食料を探していたのである。


特に糧秣や備品がなくなってしまった以上、何かしら食べ物を手に入れたかったのであった。しかし、セルジュが事前に触れを出していたので何一つ見つけることが出来ず徒労に終わってしまった。


リベルト軍は仕方なしに村に火を放ち、本命である館の方へと進軍を開始する。


「き、きたぞ!」


領民の一人がそう叫んだ。セルジュは大きく深呼吸をした後に声が震えないよう気をつけながら防衛にあたる四〇人の領民に静かに告げた。


「良いかみんな。今からくるのは敵だ。侵略者だ。ボクたちがここで殺さないとみんなの大事な妻や子どもは無残な目にあって最後は……殺されるだろう。そうさせないためにも殺せ。躊躇うな。あいつらは村を焼き払った悪逆非道の侵略者だ!」
「「うおぉぉぉぉっ!!」」


セルジュが領民を鼓舞すると、みんなの目の色が変わり雄叫びを上げだした。セルジュはそれを見て確信した。守るべき者を背に背負った領民ほど恐ろしい者は居ない、と。


事前の打ち合わせ通りにセルジュは館の前に陣取り、その両脇にはジェイクとジョイが立っていた。領民たちはエントランスからハの字に広がる土壁の後ろにしゃがんで待機させる。狩人の二人だけ館の二階に配置した。高所からどんどん狙っていくよう指示を出して。


「ジェイク、ジョイ、お前たちも弓で敵将を牽制しろ。当たれば儲けもんくらいに思ってるから、どんどん狙ってけ」
「任せとけって。こちとら隊長に死ぬほど訓練させられたんだ。文字通り一矢報いてやるぜ」
「それにセルジュにも指一本も触れさせない。安心してくれ」


二人にはバルタザークの過酷な訓練に耐え抜いてきたという自負がある。その自信に裏付けられた言葉は、それだけでセルジュの心を落ち着かせるのに十分であった。


リベルトもセルジュを視界に捉えていた。噂には聞いていたが自分の目で見るまでは本当に五歳の領主だとは思っても見なかった。


「大将。準備は整いやしたぜ」


しかし、リベルトはここに至っても迷っていた。攻めるべきか引くべきかを。


一番の問題は糧秣が無くなってしまったことではない。装備が十全でなくなってしまったことだ。特に大きな問題は飛び道具である矢を全焼してしまったことに起因するだろう。


「……うん。全軍、突撃!」


しかし、これも戦の定めと覚悟を決めてリベルトは号令を下した。その号令に合わせてゲティスとファート兵の七〇人がセルジュが居る館へと突撃してくる。


残りの三〇人とリベルトは堀の前で待機していた。セルジュは兵力を分散してくれたことに対し感謝をするとともに、迫ってくる兵士たちの恐怖に耐えるよう自分の太ももを抓って必死に堪えた。


引きつけて、引きつけて、今。


交互に配置された防護柵をジグザグに避けてセルジュに迫るファート兵の槍が、後十メートルでセルジュに届くと言ったところでセルジュが大声で号令をかけた。


「構え」


すると隠れていた領民たちが立ち上がり弓に矢を番える。


「放てぇー!」


領民たちは目の前を走っているファート兵に対して弓を放った。セルジュは知っていたのだ。戦で死傷する主な原因は飛び道具にある、と。


同士討ちにならないよう下に角度をつけ、面積の広いお腹や太ももを狙って射つように予め命令しておいていた。セルジュは敵兵を殺す必要はなく、戦闘不能にさえ追い込めれば良いと考えていた。


「ぐぉ!」
「がぁ!」


いくら四ヶ月の付け焼き刃だとしても、目の前五メートルもない場所を走っているファート兵に当てるのは造作もないことであった。しかし、一度の射撃ではファート軍の勢いは止まらず、ゲティスはセルジュの眼前まで迫っていた。


「雑魚には目もくれるな! 目の前の一番小さい小僧を討ち取れば終わりだぞ!」


それもこれもゲティスのお陰である。ゲティスが居たからこそ戦線が崩壊せずに走りきることができたと言っても過言ではない。ジェイクとジョイは弓を捨て槍に切り替える。セルジュは二人を信じて領民に指示を出し続けた。


「落ち着いてもう一度狙え! 数を減らしてくぞ!」


領民たちは鬼の形相で自分の目の前に立ちはだかる兵士たちに狙いを定め、次々と矢を放つ。おそらく最初のセルジュの檄が効いたのだろう。


そのお陰で突撃してきた兵の六割を戦闘不能にまで追い込んだセルジュたち。数の上ではセルジュたちが有利に立ちつつあるのだが、最大の難関がセルジュ目掛けて槍を振り下ろした。


「悪いが、そうはさせられないんで、ねっ!」


ジョイが最大の難関ことゲティスの槍を振り払うと、ジェイクがゲティスに向けて鋭い突きを繰り出した。それを首だけを動かして避けるゲティス。二人にはゲティスがバルタザークと同等の化け物に見えて仕方がなかった。


「なかなか良い動きをする小僧だ。だがまだまだ甘いな」


ゲティスの槍捌きに次第に劣勢に追い込まれていくジェイクとジョイ。これを好機と見たリベルトは残り三〇人のうちの二十五人を追加で戦線に投入した。


その追加された二十五人のうち一〇人はセルジュたちがいる館の方ではなく弓を射っている村人たちの方へと向かっていた。それに気が付いたセルジュはすぐに撤退の命令を出した。


「入口に近い人たちから順次撤退しろ! こっちはもう大丈夫だ!!」


これはセルジュの嘘である。だが、そうしなければ村人たちが殺されかねないという判断からであった。


しかし、これでリベルト側の本陣が薄くなった。そしてバルタザークがそれを見逃すはずもなかった。手薄になった敵本陣であるリベルトの元へ手勢の一〇人を引き連れて一目散に駆け寄っていった。


「お前たちは二人一組になって雑魚に当たれ。敵大将はオレが取る!」


戦場はセルジュが討ち取られるのが先か、リベルトが討ち取られるのが先かの速度勝負となった。


【後書き】
書き溜めてありますので、随時更新してまいります。


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