内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記ー家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇー

こたろう

01-12

セイファー歴 755年 12月15日


とうとうアシュティア領にも冬が訪れた。雪が積もって根雪となってきたのである。前世は北国育ちであったセルジュにとっては見慣れた光景だ。


こうなると村人たちは畑仕事が出来ないため、木のスプーンや器などをつくって春に訪れた行商人の作物と交換するという、ちょっとした小銭稼ぎを行なっていた。


また、領民はそれしかすることがなく時間を持て余しても居たので、セルジュは領民の男性を集めて弓の訓練をさせることにした。


集めたのは村に住んでいる十五歳から四十歳までの三十七名。弓は四十張しかないので人数に関してはこれくらいで良しとしていた。


「バルタザーク、この者たちに弓を教えて欲しいんだけど」


そういうとバルタザークは明らかに難色を示す表情を浮かべた。それを察知したセルジュはすかさずフォローを入れる。


「と言ってもそんな難しい願いをするわけではない。止まって二ルタール先の的に当てられるようにして欲しいのだ」


ルタールというのはジャヌス王国で使われている距離の単位で一ルタールがおよそ二メートルである。つまり、セルジュは四メートル先にある直径五〇センチの的に当てられるよう、訓練を積んで欲しいとお願いしたわけだ。


「それくらいならば、まぁ……」


気乗りしないバルタザークを宥めながら調練をつける方向へと持っていく。バルタザークは四人組を九つ――正確には五人組が一組あったが――つくり、午前と午後に一組ずつ五日で一周するペースで男たちに弓を教え続けた。



セイファー歴 756年 1月20日


年が明けてもバルタザークたちの調練は続いた。本来であれば年明けは家族と新しい年を慶び祝うのがジャヌス王国の習慣なのだが、残念なことにセルジュは今年からは独り身である。


バルタザークも館に居たのだが、彼自身が前のめりになって行う祝い事は勝ち戦の戦勝祝いだけだ。一月一日の当日なんかは「あ? 今日から新しい年なのか?」とのたまう始末であった。


それにセルジュは新年を目出度いと言って祝っても居られなかった。今年は確実にファート士爵が攻めてくることがほぼ確実にわかっていたからである。そんな年をうかうかと祝ってられるはずもなかった。


彼ら二人にとっては元日も普通の一日へと成り下がってしまったが、彼らの周りは違う。領民はセルジュの気苦労なんのそのと言った様子で新年を盛大に祝っていた。無論、セルジュも咎める気は毛頭なく、領民たちの笑顔を肴に政務に勤しんでいた。


なので、兵士および村人の調練が始まったのは一月の四日からであった。そこから前者はバルタザークの厳しい訓練、後者は的確なアドバイスをもらってメキメキと実力を伸ばして行った。


バルタザーク曰く、本職ではない人間には厳しく教えないらしい。


そして一月二〇日の今日、村人たちの弓の取り回しが何とか形になったとバルタザークからの報告がセルジュの元に上がった。


「ありがとう。じゃあ村人はこちらで引き取るのでバルタザークは引き続き兵士たちの調練を頼むよ」
「もちろんだ。やってやるぜぇ。ふっふっふ」


不敵な笑みを浮かべながら兵士たちの元へゆっくりと歩を進めるバルタザーク。兵士たちの無事を祈りつつもセルジュは村人たちの様子を見に館の裏手に急造させた射撃場へと足を運んだ。


本日がおそらく調練の最終日だったのだろう。調練に参加していた全員である三十七名の村人たちが集められていた。セルジュはそこにいる村人たちに対し、こう話し始めた。


「みんな、弓の訓練に参加してくれてありがとう。これでみんなも狩人として冬の間はやっていけるだろう。この辺は鹿や野ウサギが豊富にいるから是非とも狩りに出かけてみて欲しい」


この言葉はセルジュの本心ではなかった。いや、この言葉も本心ではあったのだがセルジュが本当に伝えたかった言葉はこれではなかった。


これではダメだと直ぐに思い返し、セルジュ自身の思いを領民にぶつけた。


「そして、みんなに弓を覚えてもらった理由は狩人になってもらうためじゃない。その……人を殺すためだ。おそらく、今年にはファート士爵の侵攻が予想されるだろう。ボクはみんなの笑顔を守るべく、その侵攻に立ち向かうつもりだ。みんな、どうかボクに力を貸してくれ、頼む」


セルジュはみんなに深々と頭を下げた。領民もそれを静かに聞いていた。耳が痛くなるほど辺りは静まり返っている。ただ、雪が深々と降っているだけ。


どれほどの時間が経っただろうか。実際は一分少々であったのだがセルジュには永遠のように感じられていた。その静寂を、ある一人の男の声が切り裂いた。


「おれにゃあ難しいことはようわからんけど、あんたの父さんには良くしてもらった。だから、あんたにも着いてくよ。あんたなら間違いなさそうだ」


そう言って男性は笑いながら弓の弦を弾いた。鈍い音が辺りに響く。その瞬間、周りの男たちからもそうだそうだと賛成の声が上がり、その熱量は雄叫びとなって表へと現れた。


「みんな……ありがとう。じゃあ、これからも弓の練習は続けるからね!」


セルジュは前を向いて最初の一声を放った男性の手を握った。それからは村人たちは自発的に弓の訓練をするため、領主館に足繁く通われたそうだ。

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