内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記ー家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇー

こたろう

01-06

セイファー歴 755年 6月14日


セルジュが汗水垂らして畑を開墾している頃、ビビダデはコンコール村のある屋敷の応接間に通されていた。


その応接間は質素な造りで飾り気は皆無ではあったが、手入れは行き届いており埃の一つも発見することが出来ない程であった。


「お待たせして申し訳ない」


奥から出てきたのはビビダデのお目当ての人物であるキャスパー=コンコールだ。キャスパーはファート配下の人物でコンコール村の領主を務めている。立場的にはセルジュと同じ二つ名だ。


「いえ、こちらも着いたばかりですから」
「それで、本日はどのような商品を持ってきてくれたのかね?」


キャスパーは着座するなり商談に移った。しかし、今のビビダデにはそれが有り難かった。今の彼には雑談に興ずる余裕などない。


ビビダデはキャスパーに商品目録を渡す。セルジュは荷馬車の前で実物を手にして商談を行っていたが、室内で目録を眺めながら商談をする方が主流であった。


「ほう、塩が安いな」
「アインノット子爵領にあります岩塩が豊富に採掘できたとのことで、それを安く譲って貰った次第でして、はい」
「アインノット子爵産の岩塩は質が良いと聞く。三樽貰おうか」


こうして商談をつつがなく終わらせ、ビビダデは今日に限っては本題と言っても過言ではない雑談と言う名の情報交換を始めることにした。


「何か入り用な品物はありますでしょうか、はい」
「そうだな。戦の影響でムグィクが少し不作になりそうでな。少し用意しておいてもらえると助かる」
「承知いたしました。しかし……戦ですか。当分は続くのでしょうか」
「そうだな。もしかするとあるかもしれん。我が主も何か思うところがあるようだ」


おそらくアシュティア領のことだとビビダデは考えた。背中を冷たい一筋の汗が流れる。その汗を顔に出さないところはさすが商人と言ったところだろう。高鳴る心臓を抑えて平静を装いながらビビダデは大勝負に出た。


「そういえば、面白い話を聞いたんですがね」
「ほう? 聞こうか」


キャスパーが興味を示したところでビビダデは右手の親指と人差し指で丸を作った。つまるところ、情報にお金を出せと暗に伝えているのである。タダで、しかも広めて欲しいと頼まれた情報をお金で売るビビダデは商人の鑑である。


「お主は根っからの商人よな」
「自分でも天職だと思っております」


キャスパーから投げ渡された銀貨一枚を手が震えていることをバレないよう素早く受け取ってポケットにしまう。それから声が裏返らないよう慎重に話し始めた。


「ここへ来る途中にアシュティア領を通ってきたんですよ」
「アシュティアにか」


驚きの余り、キャスパーはイスを倒しながら起立した。キャスパーがここまで驚いた理由はビビダデにはわからなかったが、平静を装いながら少し息を吐いてから言葉を続けた。


「と言っても通過しただけにございます。知り合いが北の方に居りましてね、そこを訪ねた帰りです、はい」
「そうか……。あそこも領主を失って大変だろうな」


事情を聞いたキャスパーは居ずまいを正した。ビビダデは流石は商人と言ったように、説明にあらゆる肉付けを行ってキャスパーを納得させていた。


「ええ。残されたのは五歳の嫡男だけでした。その嫡男が傭兵を雇ったらしいのですよ」
「傭兵を」


キャスパーは傭兵と言う言葉に過敏に反応し、そうかと小さく呟いてからそのまま考え込んでしまった。と言っても考え込んだ時間は一分にも満たないだろう。


「他にも情報はあるか?」
「そのアシュティア領ですが、屈強な男が出入りしていました」
「件の傭兵だろう」
「いえ、あの人物はスポジーニ東辺境伯のところで見かけた記憶があります」


この点、ビビダデは嘘を吐いていない。実際に東辺境伯配下のダドリックが出入りしていたので誤解で済ませることも可能だろう。


「もしかすると、こちらへの逆侵攻を考えているのやも……」
「そうか。貴重な情報を感謝する」
「いえいえ。キャスパーさまのお力になれたことを嬉しく思います。では、次の商談がございますので私はこれで。今後ともよしなに」


ビビダデは悟られない範囲で出来る限りの速度を持ってコンコール村を後にした。そしてビビダデは二度と危険な橋を渡るような真似はしないと心に固く誓ったのであった。




セイファー歴 755年 6月21日


ゲルブム=ティ=トレイユ=ファートは悩んでいた。その悩みとはもちろんアシュティア領を攻めるべきかどうか、である。白髪が混じりはじめた髭を撫でながら家臣たちの意見に耳を傾けていた。


「攻めるべきだ! 今を逃すとこんなチャンス二度と訪れねぇぜ!」


論調激しく主戦論を唱えるのはゲルブム配下の中でも一番の猛将であるゲティスである。年は三十を超えたばかりの脂の乗った良い時期を迎えていた。


「いや、今ではない。こちらも前の戦で被害が出ておるのだぞ? まずは領内の体制を整えてからだ。そもそもアシュティア領を攻める口実がない」


そのゲディスと真っ向からぶつかっているのがバーグ=モルツであった。バーグは青白い顔をしておりお世辞にも健康そうには見えない。彼は前回の戦争で掛かった費用とこれからの戦争に掛かる費用を事前に算出してゲルブムに提出した。


「ふむ。先の戦での食料や装備の費用および亡くなった領民への見舞金が金貨百五十六枚か。それでこれからの戦にかかる費用は……七十二枚、と」


合計で金貨が二百二十八枚なくなる計算になる。ゲルブムがいかに千人を超える領民を抱えていようと短期間でこれだけの額を捻出することは容易なことではない。


「そうだ、それにアシュティア領は傭兵を雇ったと聞く。今すぐ攻めるのは得策ではない」


バーグの意見に同調したのはキャスパーであった。ビビダデから仕入れた情報を即座に我が物顔で振りかざしていた。


「その情報は確かなものか。意図的に流しているという可能性は無いか?」


キャスパーの意見に異を唱えたのはファート領にあるサーヤラ村の領主を務めているラドリクであった。ラドリクは背筋を伸ばして姿勢の良い姿から真面目な人物だと外見から伝わってくる。


「それはないだろう。相手は五歳、頼れるものと言えば学のない領民だけだ。そんな知恵は出てこないでしょう」


キャスパーの意見を補完したのはバーグだ。どうやらこの二人は心の底から今は戦うべきではないと考えているのだろう。戦ばかりの領主は民衆の反感を買いやすいということをよくわかっていたのだ。


「いや、スポジーニ東辺境伯配下の者が出入りしていると聞く。そやつらの差し金かもしれん」
「しかし、傭兵を雇う金がどこから……そうか。自分の父の見舞金からか。だとしてもそう長くは雇えまい。急がなくても他領に取られる場所ではないのだ。戦は来年に持ち越すぞ」


ゲルブムは途中まで話してから思い当たったように気がついた。アシュティア領と接しているベルドレッド派閥は自分達だけである。他に取られる心配はない。


また、ゲルブムも十五歳になる息子をはじめ子どもを三人持つ親の身。その情が働いてしまったのかは分からないが安全策をとってしまったのである。


こうしてセルジュは人生を五歳という短い時間で終わるという最悪を回避することが出来たのであった。

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